幸せの形 Bタイプ


A situation of happiness
Type B-1



 第3新東京市の一角にある、レンガ調の新築のマンションに夕闇が迫り、そ
の外装の赤が次第に深まってゆく頃。

 その中の1軒にある12畳ほどのキッチンルーム。フローリングの床は、ワ
ックスで綺麗に磨き上げられており、天井にある照明が反射して、光の帯を造
っている。部屋の中央から、やや壁寄りに配置されている長方形のテーブルの
長い辺の両サイドに、木製の椅子が2つずつ置かれている。

 そして、調理場では、胸の辺りに、名前がアルファベットで刺繍されている
真紅のエプロンを身に着けたアスカが、料理に腕を振るっていた。
 朱色の発色の良い唇に笑みを浮かべ、お気に入りの曲を口ずさみながら、流
しに置かれている水を張った大きめのボウルに浮かんでいるレタスの葉を、サ
ラダ用のガラスの器へと盛り付けている。

 アスカのその瞳は輝いている。
 愛する夫のために夕食を作る新妻のそれと同じだ。しかし、まだ結婚はして
いないから、同棲している男のためといった方が正解だ。
 その、一緒に棲んでいる男・・・シンジは、すぐ後ろのテーブルで、アスカ
が夕食を作り出したときから、ずっと座っている。
 すでに、アスカの席とシンジの席の前には、パンを乗せた皿が置いてあり、
あとは、サラダと、今日のメインであるビーフシチューが出来上がるのを待つ
ばかりだ。

 アスカは、レタスを盛り付けた後、ツナをのせ、その周りにプチトマトを数
個添えた。その後すぐに、ガスコンロの方へと移動し、ビーフシチューを煮込
んでいる鍋の中を覗き込んで、出来上がり具合をチェックする。
 料理をするようになって長いのだろう。ずいぶんと手慣れた様子だ。
 数分の間、お玉で鍋の中を丁寧に掻き回していたが、

「よし、でーきた。」

 軽やかに言うと、ガスコンロのつまみを捻って火を消した。
 用意してあった2枚のスープ皿へシチューをよそい、その上にクリームを垂
らした後、テーブルへと運んでいき、一つは自分の席に、もう一つは、そのす
ぐ右隣のシンジの席へ置いた。

「サラダを持ってくるからね。」

 アスカは、シンジに言うと、サラダの入ったガラスの器を持ってきて、テー
ブルの真ん中辺りへと置いた。
 そして、エプロンを外して向かい側の椅子の背もたれに掛けると、自分の席
へと座った。

「いただきまーす。」

 アスカは、早々に挨拶を済ませると、スプーンを右手に持ってシチューを掬
い、口の中へと運び込む。
 2・3度、舌の上で転がしてから喉へと通すと、口を綻ばせながら、納得し
たように軽く肯いた。よほど、シチューの出来に満足したのだろう。

 そのままの笑顔でシンジを一瞥すると、持っているスプーンで、シンジのシ
チューを掬う。そして、それをシンジの口元へと持っていった。

「シンジ、あ〜んして。」

 と、可愛い声で促すアスカ。これほどの美少女に、この声でそう言われたら、
大抵の男ならば無意識のうちに口を開いてしまうだろう。
 ところが、シンジは、口を開くどころか、アスカとは反対の方向へ顔を背け
てしまった。
 アスカはアスカで、シンジのその行動を気に留めた様子も見せず、左手をシ
ンジの右頬に当てて自分の方に無理矢理向かせると、

「さあ、あ〜んして。」

 シンジの唇を見据えながら催促した。心なしか、声のトーンが落ちている。

 それでも、シンジは口を開こうとしない。シンジの目を見てみると、アスカ
の顔が視界に入るのを拒むかのように、横に逸らしいる。
 アスカは、スッと笑みを消し去ると、右手を降ろしてスプーンをシンジのス
ープ皿に置いた。
 そして、五指を真っ直ぐに立てた右手を高く挙げる・・・

 バシッ!

 その右手が、シンジの左頬に容赦なく振り下ろされ、鈍い音を立てた。
 アスカは、シンジを殴った反動で宙に浮いてしまった左手を、元の場所・・・
シンジの右頬へ帰す。そして、何事も無かったかのように笑みを浮かべながら、
シチューを湛えたスプーンをシンジの口元へ持っていくと、

「シンジのために作ってるんだから、素直に食べてよ。それに、2日も食べて
 ないからお腹が空いてるでしょ。体に毒よ。」

 と言って、更に、スプーンをシンジの口へ近づけた。
 シンジは、唇をキュッと閉める。しかも、空腹と疲労で虚ろになっている目
を、限界まで横に逸らした。なおも、アスカに抗うつもりだ。

 アスカは、再びスプーンを置くと、先ほどと同じように、シンジの頬へ右手
を飛ばす。

 バシッ!

「くっ・・・。」

 痛みに耐え切れず、呻き声を上げるシンジ。
 これまでも、そうしてアスカに殴られ続けてきたため、シンジの顔には、数
箇所、青アザが出来ている。その上に、手加減を知らないアスカの手が飛んで
くるのだ。我慢しろというのは無理な話だ。

 アスカは、両手を、まだ痛みの覚めやらぬシンジの両頬を包み込むように添
えると、

「ごめんね。こんなにアザを作っちゃって・・・。でも、シンジが悪いのよ。
 アタシが、シンジのために頑張って料理を作ってるのに、なかなか食べてく
 れないんだから。」

 と、申し訳なさそうに言った。だが、顔には、薄い笑みが浮かんでいる。
 アスカは、その両手に、僅かに力を加えると、相変わらず目を真横に逸らし
ているシンジを見つめながら、幼子を諭すように言葉を続ける。

「それに、アンタは、身動きが取れないんだから、アタシが食べさせてあげる
 のは当然じゃない。」


 そう、シンジは身動きが取れない。だが、怪我や病気で動けないのではない。

 縛られているのだ。
 シンジを縛ったのは、誰でもない、すぐ目の前にいるアスカ。

 手首と足首はもちろん、膝や腕も縛られ、更に、手首から伸びる縄の先は、
椅子の脚に括り付けられていた。
 縄には、所々血が染み込んでいる。しかし、肌に残っているのは、僅かな赤
黒い瘡蓋だけ。以前、何度も自力で解こうとしたが、それを見つけたアスカが、
縛り付ける個所や強さを増していき、とうとう、身動きが取れなくなったのだ。

 自力で解くことを諦めざるを得なかったシンジに残されたものは、

「自分で・・・。自分で食べるから、縄を解いてよ。」

 と、懇願することだけ。

 しかしそれは、アスカに対する、ささやかな抵抗だった。
 自分で食べるから、自分で用を足すから、ゆっくり寝たいから・・・。シン
ジは、必ず何らかの理由を付け、ただ『縄を解いて』と、アスカに乞うことだ
けはしなかった。

 それに対するアスカの返事は決まっている。

「いや。」

 ただそれだけ。にべも無い。
 今まで、幾度となく、そんなやり取りが繰り返されてきた。
 そして今も・・・。

 ところがそのとき、ふと、ある考えがアスカの頭に閃いた。
 アスカは、素早く思案すると、ごく簡単なものではあるが、望みを叶える有
効な手段だと確信した。

 14歳で大学を卒業したほどのアタシが、今の今まで、こんな単純な案に気
付かなかったなんて・・・アスカは、そう思ったとたん、自分自身が無性に可
笑しく見えて、クスクスっと小さく笑った。

「でも、気が変わったわ。解いてあげる。」

 アスカのその言葉に、シンジがピクリと反応したのが両手から伝わってきた。
 縄から解放されて自由になりたがっているシンジ。そのシンジが、反応を示
さないはずがない。反応が意外と小さかったのが少々不満だったアスカだが、
思ったとおりに興味を示してきたのが可笑しくて、また、クスクスと、悪戯を
している子供のような笑いを洩らす。

「ただし、アタシの言うこと聞いてくれたらよ。でも、安心して。簡単なこと
 だから。」

 アスカはそう言うと、シンジが、どう反応するのかを見守った。
 相変わらず、アスカの方に向く気配の無いシンジの目。しかし、僅かだが、
瞳が揺れている。
 期待と落胆。
 明らかに、シンジは動揺している。

 完全に思った通りの反応をしたシンジを見たアスカは、込み上げてくる笑い
を必死に抑えようとする。

「ふふっ・・・くくくくく・・・。」

 しかし、努力も虚しく、洩れ出る笑い声。
 アスカは、シンジに顔を見せるのだからと自分に言い聞かせて、必死に笑い
を抑え込む。そして、とびきりの笑顔を浮かべると、

「アタシを見て。アタシを見つめて・・・。アタシを見てくれるなら、解いて
 あげるわよ。」

 と言って、シンジの目が自分に向くのを、胸を躍らせながら待った。
 輝く瞳でシンジを見つめるアスカと、暗く沈んだ瞳をアスカのいない方へ向
けているシンジ。
 二人の間を時間が過ぎていくにつれ、アスカの胸の躍動が静まっていく。

「アタシを見るだけなのよ。簡単じゃないの。さあ、アタシを見なさいよ。」

 業を煮やしたアスカは、シンジの顔を前後に揺さぶりながら、もう一度言った。
 しかし、シンジは、一向に目を向けようとしない。そればかりか、先ほどの
動揺した様子も消え失せ、いつもの虚ろな瞳へと戻っている。

 シンジがこの条件に乗ってこないはずがない。だから、見ようとしないので
はなく、見られないのかな・・・アスカは、そう考え、

「そっか。今まで、アタシを見なかったから、照れくさいのね。アタシとシン
 ジの仲なんだから、恥ずかしがること無いのに。分かったわ。アタシが、見
 せてあげる。」

 と言うと、自分の顔をシンジの瞳のある方へ持っていく。
 それと同時に、シンジが目を硬く閉じてしまう。
 アスカの動きがピタリと止まった。

 アスカは、信じられなかった。シンジは、開放されたがっているくせに、こ
んな簡単な条件さえ飲もうとしない。自信を持っていた、上手くいくとばかり
思っていた手段が、全く通用しなかった。

 シンジの頬に添えている両手の指に徐々に力が篭り、小刻みに震え出す。
 やがて、アスカは、パッと両手を離し、椅子から勢いよく立ち上がると、
シンジの両頬へ、右手を往復させる。

 バシッバシッ!

 殴打する音が、キッチンルームに鳴り響いた。

 シンジは、小さな呻き声を出すと、気を失ってガクリと頭を下げてしまった。
疲労が蓄積していて、2日間も食べていない上に、激しく殴られたのだから無
理も無い。

 アスカは立ちつくしたまま、項垂れたシンジを見下ろしていたが、何かを吹
っ切ったようにテーブルに目を移すと、シチューをスプーンで掬って口に含んだ。
 そして、シンジの頭を持ち上げて顔を上に向けると、自分の唇をシンジの唇
につけ、口移しで流し込もうとする。だがそれは、シンジの口の中に入らずに、
脇から滴れていく。
 口の中のシチューを流し終えたアスカは、唇を離すと、ぐったりしたままの
シンジに囁きかける。

「おいしいでしょ?アタシがシンジのために、有りっ丈の愛情を込めて作った
 んだから。」

 そしてまた、2杯目を口に含み、唇をキュッと押し付けてシンジの口の中へ
と流し込もうとする。それもまた、脇から流れ、シンジの頬を伝っていく。

 再び唇を離して、3杯目・・・そして、4杯目・・・。
 アスカは繰り返す。
 一滴も、シンジの口の中に入っていくことなく床に滴れ落ち、ポタポタと音
を立てている。

 それでも、アスカは、ただひたすら繰り返していた。



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後書き

アスカ:『幸せの形 Bタイプ』・・・。英語にすれば分からないだろうと思
    ったら、大間違いよ。こんな、イカレた小説の主人公をアタシにする
    なんて許せない!!

 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ  バタンッ

アスカ:こらぁ!!一体これは、どういうつもりよ!!・・・って、あれ?い
    ない。いつもなら、この後書きの部屋にいるのに、まだ、来ていない
    のか。ん?紙切れが・・・なになに・・・。

     − しばらく旅に出ます。探さないで下さひ −

アスカ:あぁぁぁっ!逃げたわねぇぇ!!書き逃げするんじゃないわよ。だ
    いたい、アタシがシンジを縛ってる話なんて。なんで、こんなこと
    になっちゃってるのよ。って、そんなことを考えても無駄ね。
    「そんなの飾りだから、どうでもいい。それが、エヴァでしょう。」
    とかなんとか言うに決まってるわ。ホント、自分のスタンスを変えな
    い、Going my way な奴ね。
    ん?追伸があるわね。

     − PS:LASには、ならないかも・・・。 −

アスカ:・・・・・・(プチッ)。さて、あいつの墓を造りに行こうっと。



杉浦さんへの感想はこ・ち・ら♪   



管理人(その他)のコメント

アスカ「おめでとう、おめでとう、ぱちぱちぱち〜」

カヲル「・・・・どうしたんだい、いったい」

アスカ「何がよ」

カヲル「いつもの君だったら、「すっぎうっらぁぁぁぁx!! なによこれは!!」みたいな口調で怒り狂ってマサカリ抱えて杉浦館を襲撃するはずなのに」

アスカ「馬鹿な事いわないでよ。アタシだって分別を持ってるわ。杉浦さんに「おめでとう」っていって何が悪いのよ」

カヲル「だから、そのなにが「おめでとう」なんだい?」

アスカ「襲名、「巨悪」4人目(にっこり)」

カヲル「・・・・・・汗」

アスカ「あおやぎ、じゅうにしき、ひかりんにつづいてこれで4人目の鬼畜襲名を、祝ってあげてるんじゃない(にっこり)」

カヲル「・・・・笑顔の下に煮え滾るような怒りを感じるのは気のせいかな?汗」

アスカ「ああ、そうかもしれないわね〜(にっこり)」

カヲル「しかし・・・・逃げた作者はそれほど怒ってないみたいだね。ちゃんと掲載するし」

アスカ「ああ、逃げた作者が言うには、「こういう形もまあ、あってもいいんじゃないかなぁ☆」だそうだ」

カヲル「のんきに星印なんかつけて・・・・あとでぼこぼこになっても知らないよ、僕は」

アスカ「後で、はないわ。もうぼこぼこにしてきたもの(にっこり)」

カヲル「・・・・あははは(汗)」



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