(仮称)アスカ様補完計画

第壱話「一筋の光明、そして」

 

 時に、2021年。人々の心の補完は終わってはいなかった。あのときから、時が動いていない二人がいた・・・。

 

 「ええ、以上で本日の講義を終了します。各自、試験に備え勉強するように。」

 ぴっ、と音を立ててウィンドウが閉じる。上の空であった青年は慌てて試験範囲のファイルをダウンロードする。それが終わると開いていたノートマシンを閉じ、またとなりのベッドに横たわる少女を見つめた。いや、もはや少女とは呼べないであろう。最後の使徒との戦いが終わってから6年。年月は確実に、少女を大人の女性へと変えていた。

 栗色の長髪に赤い髪飾り。絶世の美女と呼ぶにふさわしい美貌は、生気のない表情を浮かべていた。

 ここは第三新東京市立総合病院。都心からモノレールで10分ほどのこの病院は静けさに覆われていた。6年前の修羅場が嘘のようであった。この病院は、シンジもレイもアスカも・・・なじみのある病院であった。第一脳神経外科、そう呼ばれる場所に何度も運ばれたものだった。ネルフの緊急カートレインに運ばれて救急病棟にかつぎ込まれたことも数しれない。

 だが、あの日々は遠い昔のものではなかった。少なくとも、この二人にとって。

 秋のさわやかな風が病室を駆け抜ける。花瓶に挿した花が揺れる。

 「ふむっ・・・」

 かわいらしいその唇から、うめき声が漏れた。他人が聞いてもとうてい理解できないものであるが、シンジにはそのすべてが解った。

 「アスカ、散歩に行くかい?」優しく声をかけたシンジは、傍らの車椅子を手に取った。

 「う・・・」あらぬ方を向きながら、小さく、同意のうなずきを返した。

 

 病院の中庭もまた、静かであった。鳥の鳴き声、そして秋の空だけがそこにあった。車椅子を押しながら、二人がやってきた。

 「空がきれいだね、アスカ」

 「具合、どう?」音もなく、レイが歩み寄ってきた。

 「まあ、安定してるよ。安定しすぎているぐらいだ・・・」

 「そう・・・」アスカをのぞき込み、レイが答えた。ひゅぅう、と風が木の葉を揺らす。アスカの目が、舞い落ちる木の葉をとらえた。

 「あ・・・今、目が・・・」

 「えっ?!・・・アスカ、アスカぁ!」シンジが慌ててアスカの顔を見る。

 「なんや、みんなおそろいで」

 「久しぶりだな、シンジ!」

 突然の声にアスカ以外の二人が一斉に顔を向ける。そこには、松葉杖をついた、トウジの姿と、相も変わらずカメラを片手に持つケンスケの姿があった。

 「鈴原君・・・相田君・・・」

 「トウジ・・・ケンスケ・・・久しぶりだね。トウジの足は・・・まだ良くならないの?」

 「ああ、まだリハビリにかよっとるんや。ま、日常生活には問題あらへんで!」

 「そう、それは良かった・・・ケンスケは、最近、どうだい?」

 「おまえが大学来ないから、寂しいぞ。いくらネット上で講義受けられるからって、全然来ないってのは、ちょっと薄情じゃないか?」

 「ごめんね。つい、アスカにつきっきりで・・・」

 「それはそうと、惣流はどうなんや?」

 「そうそう、俺たちの間でも持ちきりだぞ、碇」

 「アスカは・・・変わりないよ。でも、僕はあきらめないよ。今日だって、外のことに関心を向けてくれたんだ。いつか、絶対にアスカは元に戻る!」

 シンジは、断言した。その表情には強い決意が現れていた。その横顔を見て、レイが少し悲しそうに声をかける。

 「ねぇ、碇君・・・どのくらい前からここにいるの・・・?」

 「・・・ずっとかな、あれから。もう6年になるけど、毎日来てるよ」

 「ずっと、このままだったの・・・」

 「ずっと?ああ、僕にとってはついこの間からのようだけどね」

 「まあ、惣流にはシンジが一番の薬なんやろな」

 「・・・ぅ・・・・ぁ・・・・」

 アスカがかすかに唇を動かす。

 「う、うん。そうだといいんだけど」心なしか顔を赤くしてほほえみながら、シンジはアスカの顔を見つめる。

 「うん?アスカ、レイやトウジ、ケンスケたちが来てくれてるんだよ」

 「・・・・ぁ・・・・ぁ・・・」

 「おっと、悪かったね、アスカ。今行くよ。じゃ、ちょっと・・・待っててね、みんな」

 「どうしたんや、せんせ?」

 「どこ・・・行くの?碇君・・・」

 「け、化粧室!」

 顔を赤らめながらシンジはアスカの車椅子を押して病棟内に向かっていった。

 「そう・・・あれだけで解るのね・・・」

 「うめき声だけでわかるんか・・・まるで夫婦やな」

 「昔からそうだっただろ、碇たちは」

 三人は口々に話し始めた。レイは、あまり会話に参加しなかったが。

 

 シンジは、車椅子用トイレにアスカを連れてきた。すっかり手慣れた様子でアスカに手をさしのべる。

 「さあついたよ。立てるかい、アスカ」

 反射的に手を取るアスカ。

 「じゃ、じゃあ、僕は外にいるから・・・大丈夫だよね、アスカ」

 アスカがかすかにうなずくのを確認すると、シンジは恥ずかしそうに個室から出た。こういうところは、いつまでたっても変わらない。

 「ふぁ・・・ぁぁ・・・ン・・・ン?んん・・・」

 「終わったようだね。入るよ、アスカ・・・っと、パ、パジャマの下ぐらいはいてよ・・・ってわけにも行かないか。・・・よいしょっと。戻るよ、アスカ」

 「・・・・・ぅ」

 会う看護婦は、皆挨拶してくる。6年間、毎日通い詰めのシンジはすっかり有名人になっていた。

 「お待たせ、みんな」

 「あ・・・お帰りなさい・・・碇君・・・」

 「少しずつ、回復してる様やのう」

 「うん。お医者様も気長にやることだって。何か、きっかけさえあれば一気に戻るそうだけど」

 「そうやのう・・・・ここは定番ちゅうことでせんせがキスしてみたらどうや?」

 「そうそう。眠れる美女を目覚めさせるには王子様のキスって相場は決まってるじゃないか、碇」

 「そ、そんな・・・ケンスケまで・・・」

 シンジは顔を真っ赤にして必死にごまかそうとする。しかし、アスカに対する注意だけは払っていた。

 「・・・・き・・・・・す・・・」

 「あ、アスカ、何?」

 「・・・・・・あ・・・あたし・・・・誰?」

 かすれた小声であったが、シンジの耳はその声を捕らえていた。

 「アスカっ、アスカ!!!気がついたのかい!」

 泣き叫ぶシンジ、驚きの目で見守る彼ら。彼女の声が、弱々しく響く。

 「・・・だ・・・れ?だれ・・・なの?あたし・・・」

 「アスカ、アスカはアスカに決まってるじゃないか!!」

 「・・・そ、惣流さん?」

 「惣流!気いついたんか?」

 「・・・ン!この瞬間を逃がしてたまるか!」

 アスカを揺さぶるシンジ、立ちつくすレイ。駆け寄るトウジに、カメラを構えるケンスケ。

 「アスカ!・・・」

 「ば・・・馬鹿・・・・痛いじゃないの・・・・」

 うつむいたアスカをシンジは上を向かせた。見つめ合う、二人。

 「アスカ・・・!」

 シンジはアスカの背中に手を回し、抱きしめてその唇を奪った。

 「おお!決定的瞬間!スクープは我が手に!」

 「あ〜、見ておられんや・・・わしは妹のとこ行って来るわ・・・後で様子見に来るさかいに。ケンスケ、行くで」

 「うん。これは家に帰って編集だ!いい作品になるぞ・・・」

 去る二人。帰り際にトウジが叫んだ「ガンバレや、シンジ!」。その声がレイを現実に引き戻した。

 「アスカ!元に戻ったんだね!良かった、良かった・・・・」

 声のでないシンジを後目に、アスカは次第に元気を取り戻す。

 「・・・馬鹿・・・あたし・・・ずっと見てたわ・・・よぉ・・・」

 「えっ・・・」

 赤面する二人の横で、レイは視界がにじむのに気がついた。

 『これは・・・涙?私、泣いているの?』

 「あ、アスカ。ぼ、僕・・・6年前から言いたかった言葉があるんだ」

 「・・・・・・」

 息詰まる沈黙。やっとの思いで、想いを口に出すシンジ。

 「す、好きだよ、アスカ!世界一、大好きだ!」

 「やぁ・・・あ・・・」

 強く抱きしめられ、かすかに身じろぎするアスカ。しかし、その動作に、抵抗はみじんも感じられなかった。

 「この日を、ずっと、ずっと、待ってたんだよ・・・アスカ!」

 「・・・馬鹿・・・アンタ・・・馬鹿よ・・・」

 「馬鹿、でもいいよ。アスカに言われるんだったら・・・」

 「そ、それに・・・卑怯よ・・・あ、あたしにっ・・・ほかの答え、無いって・・・わかってて・・・言うんだもの・・・」

 「卑怯でもかまわない!僕はアスカが好きなんだ!」

 涙をあふれさせる3人。それぞれの涙の元は違えども、ほとばしるガラスの真珠は、それぞれの頬を伝っていった。

 「シンジ・・・シンジ・・・あ、あたしなんかで、いいの・・・?」

 「もちろん・・・もちろんだよ!」

 「・・・馬鹿・・・バカシンジ・・・馬鹿莫迦バカっ!」

 「ううぅっ・・昔通りのアスカだ・・・馬鹿って言われても・・・うれしいよぉ・・・」

 アスカの視界に、レイの涙顔が入る。

 「あ・・・レイ・・・アンタ、もしかして・・・」

 「ううん、いいの・・・私も、あなたが回復するのが望みだったから・・・」

 「ありがとう、レイ。一緒に喜んでくれてるんだね!」

 気づかないシンジ。愛は、人を盲目にさせる・・・

 「で、でも!」

 「だって、碇君はそうなるのが望みだったし・・・だから、いいの」

 「ごめん・・・レイ・・・」

 「どうかしたの、二人とも?」

 「いや、何でもないわ、碇君」

 「どうでもいいでしょ、シンジ!」

 「なら、いいんだけど・・・」

 「そろそろ、私は行くわ。じゃ、さよなら・・・」

 「あ、レイ・・・」

 「レイ・・・幸せに、なってみせるから・・・」

 アスカの声を聞き、にこやかな笑顔で去ってゆくレイ。心の中で泣きながらも、人間らしい生活を送るようになって身につけた、最高の宝をアスカに送った。極上の、微笑みを・・・

 「・・・シンジ・・・」

 「なんだい、アスカ」

 いつもの、人を和ませる微笑みをアスカに向ける。

 「・・・今、いつなの?だいぶ経ったのは知ってるんだけど・・・・?」

 「2021年11月20日・・・後2週間でアスカの二十歳の誕生日だよ」

 「え?本当?」

 「ぼ、僕がアスカにうそを言うわけ無いだろ?」

 「それもそうね・・・みんな大人になっちゃって」

 ふと感慨に耽るアスカ。シンジの言葉が、アスカの意表を突いた。

 「誕生日プレゼント、指輪、でいいかな?」

 「え?なにが?」

 「プレゼント。全快祝いと一緒にさ」

 「プレゼント・・・・シンジが!?」

 「僕だって、少しは大人になったんだよ・・・」

 いじけたように言うシンジ。そんなシンジをジト目でにらんで言い放つアスカ。

 「・・・偽物じゃないでしょうねぇ・・・」

 「な、何を言うんだよ・・・アスカぁ・・・」

 「だってさ、やることなすことシンジらしくないし、ひげも生えてるし・・・」

 「え、ひげ?・・・あ。最近忙しくて、そり忘れてたよ・・・」

 「忙しくて、って私に?」

 「う、うん・・・」

 思わず黙り込んでしまった二人を、いつの間にか赤い夕日が見つめていた。

 「部屋に戻りましょ。ここじゃ、人目に付くから・・・」

 「え・・・あ、アスカ・・・わかったよ・・・」

 何を勘違いしたのか、赤面するシンジ。

 「・・・?・・・何よ、変なの・・・」

 「そ、そう言えば、もうこの車椅子、いらなくなるね」

 「だって、もう立てるんじゃない、アスカ?」

 「・・・・・・たぶん、無理・・・」

 「そんなこと無いよ。体はちっとも悪くなかったんだから。さあ、立ってごらんよ」

 病室まで車椅子を押してきたシンジは言った。不安そうにアスカが答える。

 「そ、そんなぁ・・・」

 「できるよ、アスカ。今までだって何でもできたんだもの。僕が保証するよ!」

 「や、やれば、いいんでしょ!」

 赤くなったシンジの顔を直視できずに、自分も赤くなるアスカ。腕に力を込め、自力で立ち上がろうとする。

 「っく・・・」

 「がんばれ、アスカ!」

 「んんんんっ・・・ほ、ほら!できたわよ、シンジ!」

 「だ、大丈夫?アスカ?」

 「大丈夫・・・あ・・・」

 「あ、アスカ!」

 倒れそうになるアスカを慌てて抱き留めるシンジ。心配そうに顔をのぞき込む。

 「ぁ・・・やっぱり、駄目ね・・・足腰、弱ってるわ・・・」

 「まあ、6年も寝たきりだったから、最初はこんなモンで上出来じゃないかな?アスカ」

 「そ・・・ね」

 短い沈黙を破ったのはシンジだった。

 「そ、そうだ・・・指輪の宝石って、どんなのがいいかな?」

 「そんなの自分で考えなさいよ・・・と、言いたいとこだけど、アンタが宝石なんか知ってるわけ無いものね・・・うーん、サファイヤ、なんてどう?あたしの瞳の色よ・・・」

 「そうだね、それにしよう!ちょっと、値が張るけど・・・」

 「この期に及んでケチなこと言わないの!」

 「そのかわり・・・」

 「何?」

 「こ、婚約指輪と、兼用で、いいかな・・・」

 消えてゆきそうなシンジの声。はじめての、プロポーズ。これが精一杯であっただろう。

 「・・・・・・・・え?」

 「駄目?アスカ・・・」

 硬直したアスカに真剣な面もちでシンジが迫る。硬直が解け、アスカは頬をトレードマークの色に染め、視線をはずして答えた。

 「・・・・・・・大切に、しなさいよ・・・・」

 「も、もちろん。いいの、アスカ?」

 「・・・二度も、言わせないでよぉ・・・・」

 「離さないよ、アスカ・・・」

 恥ずかしそうに文句を言うアスカの唇をふさぐシンジ。恥じらうアスカ。

 「んぁ・・・ふ・・・も、もう・・・キス、うまくなっちゃって・・・」

 「そんなぁ。アスカだけだよ、僕がキスしたのは」

 「・・・ほんとぉ?寝てる間、あたしで練習してたんじゃないでしょうね?」

 赤面するシンジに照れ隠しの軽口が墓穴を掘らせることになった。

 「え・・・た、たまにだよ・・・知ってたの?」

 「え・・・冗談で言っただけなのに、ホントだったの!?」

 「ええっ、冗談だったの?」

 長い間の習性で、思わず体をひくシンジ。堅い口調で追い打ちをかけるアスカ。

 「・・・・・・それ以上のこと、した?」

 「そ、そんなことするわけないだろ!アスカ!」

 「お風呂入れたり、着替えさせたり・・・その辺は覚えてるけどさ・・・」

 「し、下心なんて無かったんだからね!信じてよ、アスカ!」

 「わかってるわよ、シンジ。・・・ベッドに寝かせて」

 「へ・・・あ、あ、ああ、いいよ」

 夕暮れの病室。赤く染まったベッドにアスカが映える。

 「アスカ・・・きれいだよ・・・」

 口づけにうっとりとして、その顔をますます赤く変えるアスカ。

 「もぅぉ・・・どこもかしこも、見たくせにぃぃ・・・」

 「恥じらうアスカも、かわいいよ・・・」

 再び口づけを交わす二人。夕日が射し込む中、いつまでも続いていった・・・

 

 

 第壱話 完



phoenixさんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「phoenixさん、この分譲住宅へようこそ。僕は待っていたよ」

アスカ「あうあうあうあうあうあう・・・・」

カヲル「どうしたんだい、そんなおバカそうな声をあげて・・・・ついに本性でも表したのかい?」

アスカ「あ、あ、あたしがシンジにお風呂入れてもらったり着替えさせてもらったり、そ、そ、それに・・・・」

カヲル「おやまあ、きみにも恥じらいとか言う環状があったんだね」

アスカ「ぬあんですってえええ!!!!」

 どかばきぐしゃああ!!

カヲル「うがっ・・・・きょ、今日はまた一段と強烈だね」

アスカ「ここの逃げた作者が最近アタシを活躍させないからよ!」

カヲル「そ、そのかわり、ここではしっかりとシンジ君がプロポーズなんかしているじゃないか・・・・僕は悲しいよ・・・・」

アスカ「どーせ「シンジ君、プロポーズするなら僕に・・・・」とか言いたいんでしょ、はん!」

カヲル「いやいや、こんな暴力女と結婚なんてかわいそうに・・・・と言いたくてね」

アスカ「・・・・ぶちっ」

カヲル「ん?」

 げしげしげしげしげしっ!!

カヲル「うがあっ!!」

アスカ「だ、だれが暴力女よ!!」

カヲル「・・・・せ、説得力のない否定だね・・・・がくっ」


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