<魔女たちの談合>




 ・・・ここはどこだ・・・。確か食事をして・・・。それから記憶がない・・・。

 碇ゲンドウは暗い部屋の中で目覚めた。しかし、それは自然の目覚めでなかったため、頭痛がする。そして何やら椅子に縛り付けられているようだ。その縛り方も生半がなものではない。そして部屋の広さもかなり大きいらしい。がさごそと椅子を揺すってる音も、すぐにまわりに吸収されてしまう。それでも縄の結び目は緩みそうにもない。ゲンドウは肚をくくって、大きく息を一つついた。使徒迎撃の任務は終了したとはいえ、その残務整理には膨大な量がある。その処理のため、泊りがけの仕事となるのもままあった。そんなある深夜、食堂に行って軽い食事をしている最中に意識を失ったのである。

・・・さては委員会の連中め、ついに私を排除することにでも決定したのか。大方その前にしぼり取れるものはしぼり取ろうという魂胆だろう・・・。まあいい、さいわい抗自白剤の用意はできている。奥歯の横のカプセルを、舌で強く押せば済むことだ・・。それにしても誰が薬を盛ったのか。食堂のスタッフ? それとも外部のものが侵入して、直接行動に出たのか。いずれにしてもうちの保安部も大したことはない。早急な保安システムの見直しが必要だな・・・。

しかし自分の置かれた状況を、まるで他人事のように冷めた目で分析するゲンドウであった。と、突然、頭の上から一筋の光がゲンドウを照らし出す。目が慣れていないせいか顔をしかめざるをえない。次いで目の前の床の上にもまるでスポットライトのように三本の光の筋がいずこからか伸びてきていた。そしてその真ん中の光の筋の中には、彼のよく知っている女性が唯一人たたずんでいたのである・・・。





「ご気分はいかがですか、碇司令?」

 そういつものように冷静な面持ちで尋ねたのはリツコであった。

 ・・・リツコが委員会のエージェント・・・。これはまいったな・・・。

 ゲンドウは覚悟を決めた。リツコがそうだとすると、その訊問は熾烈を極めることになろう。自分が今まで彼女にしてきたことの数々が思い出される。

「今日はこのお二人にも手伝っていただきますわ」

 そうリツコが言うや否や、残りのスポットライトの中に二人の女性の姿が浮かび上がる。

「ゲンちゃん、ごきげんいかかが?」からかうような口ぶりはナオコ。

「お久しぶりですわね、あなた」なつかしい声の響きは妻のユイ。

 ・・・どうして二人がここに・・・。

 内心の驚きが表情に出たのだろう。リツコが説明する。

「お二人の姿はプロジェクターによるものですよ、司令。実は私、お二人から相談を受けているんです。私を含めた三人のうち、誰と司令は暮らすのがふさわしいのかってね。使徒迎撃の任務も終わったことだし、あなたはもう用済みの存在。以後の事後処理は、むしろ冬月先生の方が適任でいらっしゃる。ならば先行投資した分を回収してもいいころだってね」

 リツコの顔には、これから始まることへの期待感からか愉悦の表情が浮んでいた。

 それを見てゲンドウは何だか悪い予感がした。

・・・どうも委員会とは関係がないようだな。情報を引き出すためならば薬を使えばそれで十分。新手の洗脳技術かとも思ったが、どうやらそうでもないらしい・・・。

「リツコ、君と暮らすのはともかくとして、他の二人とはどうやって暮らせというんだ、実体がないんだぞ・・・」

 ゲンドウは思わず反論するが、リツコの揺るぎのない自信を見て、後の方は消え入るよう・・・。

「ご心配には及びませんわ。ちゃんと考えてありますから。母との暮らしをお望みですか? それでしたらまず脳内探査を受けていただきます。それで得られたデータは保存され、次に作られるMAGI2の重要なサンプルとして利用されるでしょう。司令の優れた指揮能力はわたしたちに多大な貢献をもたらすでしょうからね。いずれはMAGIとも相互にリンクされるでしょうから、その広大なサイバースペースのなかでいっしょになれますわ。永遠にね・・・」

 ・・・脳内探査だと、つまりは死んでその脳味噌を明け渡せってことじゃないか・・・

 ゲンドウの背中には冷たいものが一筋流れる。

「あらおいや? ならば初号機に乗って強制シンクロ400パーセントでコアに吸収される方を選びます? ユイさんがお待ちですよ・・・」

 ・・・この世に別れを告げることには違いはないな・・・

「それとも私との暮らしをお望みですか?」

 その目元と口元には邪悪な笑みがへばりついている。

 ・・・一緒に暮らすといったって、どうせ今までのことをいちいちあげつらい、尻に敷こうっていう魂胆なんだろう。見え見えだよ・・・。

「ご不満のようですわね。でも誰かを選んでいただかなくてはね。そうじゃないと今後のネルフの運営にも支障がきたすんですから。そうなっては困ります。それとここで約束されたことは必ず履行されますからそのおつもりで。そのための証人も用意させて「ただきました」

 突然、部屋の明かりがついた。何やら背後に人の気配がする。首を肩越しにひねってのぞいて見ると、いつのまにやらネルフの面々がそこに集まっていたのである。

「冬月、お前がいながらこんなことを許したのか・・・」

 まずその中での首謀者であろう冬月に対し、ゲンドウは開口一番に問いただす。

「いや、なに、そろそろお前にも休息のときが必要なころだと思ってな・・・(大学時代の論文盗用の件をたてに脅かされたなんて、口が裂けても言えんよ・・・)」

 オペレーターの三人組も目についた。そちらへ視線を移すとみな言い訳がましく理由を並べ立てる。

「初号機を暴走させると脅かされました・・・(ミサトさんのXXXな写真。写真。でへへ・・・)」

 マコトである。

「MAGIが協力してくれないとネルフ全般の運営が成り立ちませんので・・・(マヤちゃんのXXXな写真。しゃっし〜ん! くうーっ、たまんねえ〜っ!)」

 こちらはシゲル。

「やっぱり先輩にも幸せになってもらいたくて・・・(男を手玉に取る方法のいいお手本よね。しっかりと見ておかなくちゃ・・・)」

 意外とマヤちゃん、悪女の素質大である。

 それに対してミサトはぜんぜん悪びれた様子もない。

「葛城三佐、君まで一緒なのかね・・・」

「ええ、大学時代からの親友であるリツコには幸せになってもらいたいと思っていますし、司令にも思い当たる節がおありだとは思いますが・・・(協力したらMAGIを使ったバーチャルリアリティーのソフトを開発してくれるって約束よね。加持との一体XXXをとことん再現してもらうわよ。リツコ!)」

 ・・・うっ、何も言えん・・・。

 よく見ると、大人たちに交じってチルドレン三人の姿も見える。

「シンジ、お前たちまで呼び出されたのか・・・」

「うん、もしかしたら父さんの本当の姿が見られるかもしれないって言われて・・・(リツコさんたらひどいよ・・・。もしかしたらあなたのお母さんになるかもしれないんだから協力してねってあんなに恐い顔して言われたら断れないじゃないか・・・)」

「リハビリのときには世話になったし、やっぱり愛しあうものは一緒にいるのが一番よ。その方がシンジも安心するだろうし・・・(エヴァのパイロットは今となっては必要ないんだから、LCLに毒でも入れられちゃあたまったもんじゃないわ。それにシンジのお母さんになるってことは、いずれ姑になるってことじゃない。今のうちから点数稼いでおかなくっちゃ・・・)」

 シンジが言い終わらないうちにアスカがフォローする。

「碇司令・・・、幸せになって下さい・・・私はもう大丈夫ですから・・・(碇君がいるからあなたもうはいらないの・・・。それに赤木博士は私の体のメンテナンスをしてくれる大切な人。けがや病気をして碇君を悲しませたくないから・・・)」

 レイの頭にはもうゲンドウのことなどこれっぽっちも残っていない。あるのは自分とシンジがいかに気持ちよくすごしていけるかという願いだけ。

・・・こいつらみんなぐるだな。援護射撃は望めんというわけか・・・

 みんなけっこう打算的である。それだけゲンドウに人望というものが欠けているせいだろうか。言わば身から出た錆。それならばと逆にゲンドウは打って出た。

「・・・しょうがない。ならば誰と一緒に暮らせばいいのかね? 君たちの中での意見は統一されているのか?」

 その一言が三人の女性の中に亀裂を産んだ。見る見るうちにその対峙する緊張感からか部屋の温度が下がっていくような気がする。部屋の空気も刻一刻と張り詰めていった。

ゲンドウの背後に位置する面々も、固唾を飲んでその成り行きを見守っている。その静けさを破ったのは妻のユイが最初だった。

「もちろん私です。配偶者としての正当な所有権を主張しますわ!」

 ・・・さすがに一度手に入れたものは逃さないというわけか・・・。

「いいえ、私よ。何と言ってもあなたがいなくなってからは、公私両面でお世話してきたんだから。ねっ、ゲンちゃん?」

 ・・・だてに年を取っているわけではないな、でも私に同意を求めんで欲しいものだ・・・

「あら、私がいなくなってからって、あなたがそう仕組んだんじゃないの? 私が生きてるうちからちょっかいかけて、人の旦那を横取りしようっていうくらいの人だものね。それくらいはしかねないわ」

「あら、心外ね。何か証拠でもある?」

 ・・・ちょっとむっとしたか・・・そろそろ、かな・・・

「一番目のレイを手にかけた人だもの、それくらいはどうってことないでしょ。それに主人はその証拠を握っていたかもしれないけれど、計画続行のためにあえて口をつぐんだのよ。そうでなくちゃ、自分よりずっと年上のあなたなんかと仕事の方はともかくニして、私生活の方まで寝起きをともにするなんていう悪趣味、主人にはないはずよ。バアさん

 ・・・こりゃもう止まらんな・・・

「なんですって? 黙って聞いていれば図に乗って・・・。たまたま何年か先に生まれただけじゃない! そういうあんただって大した性悪女よ! あんたをもとにして作られた最初のレイがいい例だわ! 人の生まれついてのことをいちいちあげつらう、いけ好かない女。人のことを用済みだって触れ回っていたのもあんたの一存だったんでしょ! やさしいゲンちゃんがそんなことを言bヘずがないもの。ゲンちゃんもそんな口うるさいあんたに嫌気がさして、私のところへやってきたんだから!」

 二人の言い争いは収まりそうにない。そのかたわらでリツコは一人ゲンドウを冷静に見つめていた。

「君はいいのかね・・・」

 それに対する答えは自信にあふれたもの。

「ご心配なく。あの二人に対しては決定的に優位な点を持っていますから。何と言っても実体を持っているのは私だけです。あなたとじかに接することができるのは私だけ、あなたが生きていると実感できることを提供できるのも私だけ、そして望むならば子氓ワでも、ね・・・」

・・・子供までだしに使うのか、私は種馬じゃないんだぞ。こりゃますますもって奴隷だよ・・・。

「あら、やさしくできるのはあなただけではないわよ」

急に今まで言い争っていた二人が、口をそろえて抗議の声を上げた。

「快楽中枢に電気的な刺激を与えればわけないわ。生身のからだではたかが知れてるでしょうけれど、私たちなら好きなだけそれができるのよ。ゲンちゃん、そういうのに興味ない? そんなことはないわよね、生きている間はあれほどやさしくしてくれたんだから」

・・・ナオコのやつめ、子供たちのいる前でいらぬことを・・・。

「それに今はいいでしょうけれど、いずれ彼女も老いるのよ。そんな姿を見たいと思うの? それに引き換え、私たちはもう年をとることがない。私にいたってはあの事故のときのまま、二十八・・・だったかしらね。リツコさんを含めて一番若いわ」

・・・確かにそれは言えるな。若さも財産のうちってところか・・・。

「そうかもしれない・・・。でも、司令だって自分が年を取っていくのに連れ合いがそのままだなんて気色悪いとは思わないかしらね? なんだかそれじゃあ惨めよ。自分たちが化け物だっていう気持ちにならないかしら?」

 ・・・言うな、リツコも。自分の母親を含めて、絶対後には引かないって肚だな。まあここまでことを公にしたんだ、もう恥ずかしいとか言ってられんだろうが・・・。

 三人の仲はそれぞれ険悪。始めのころの連帯感はもはやない。あるのはただ自分のプライドと、男を獲得することで他のものに対して得られる優越感のみ。すると今までゲンドウの背後で事の成り行きを見守っていたシンジがおずおずと手を上げた。

「何、シンジ君。言いたいことでもあるの?」

 最初に気づいたのはリツコだった。

「ええ・・・。もしかしたら皆さんに納得してもらえるんじゃないかと思いまして・・・」

 そのまま三人の女性のいるところまで歩を進める。そして三人が神妙な顔つきでシンジの言葉に耳を傾けた・・・。

 ・・・何を話している、シンジ? お前も実際、同じようなことで悩んでいるんだからわかるだろう。少しでも私の有利なようにことを運んでくれ・・・

 そうゲンドウは願っていた。やがて話は終わったようである。三人を代表してリツコがゲンドウに決定したことを申し渡す。

「司令、話はまとまりましたわ」

 その顔には薄気味の悪いような笑みがへばりついている。そして判決が下された。

「司令の第一所有権は私にあります」

・・・ほう、そうかリツコになったのか。まあ生身の人間だから一番妥当だろう。それに、ナオコの引きもあったのかも知れんしな。まあいい、残りの人生いっしょに過ごすこととしよう・・・。

「ただしそれは、あなたが存命中のときに限ってです。もしも亡くなったらすぐにその脳は解析にまわされて母の元へと委ねられます。それまでのあいだはベータ版というものでがまんしてもらうことに話はまとまりました。その作成にはご協力願いますね。

・・・何! 死んでもナオコの面倒まで見させられるのか! それにベータ版の制作といったってその過程ではとてつもない苦痛を伴うんだぞ。死んだほうが楽かも知れん・・・。

「まだあるんですよ、司令。ユイさんのご希望で、月に何回かはコアに取り込まれて相手になって欲しいんですって。ユイさんが満足されたら無事に解放してくれるそうです。その連絡はシンジ君を通じてするそうですよ」

・・・強制シンクロか、拷問だな。それも月に何度もだと・・・。

「何そんな暗い顔をしているの、ゲンちゃん。そんなに生きるのがいやになったら一言声をかけてね。その晩からこちらへ早くこれるようささやきかけてあげるから」

・・・眠ることもできんのか・・・。

「あら、そんな回りくどい方法なんか取らなくたっていいわ。私の元へ来たときに、もう二度と外へは戻りたくないって言ってくれさえすればいいんだから」

 ・・・どうころんでも奴隷は免れん・・・。


「文句はないわね!」

 三人の魔女たちの声が一つに唱和する。

「はい・・・」

 ゲンドウはそれを聞いてただうなずくほかはない。こうしてゲンドウはその犯してきた悪行のため、未来永劫その奴隷となり奉仕することを三人の魔女より誓わされたのである。

 なお、その判決を聞いたシンジの顔には、あの父親譲りの笑いが浮んだとみなは口を揃えて言ったという。(・・・ニヤリ・・・)

                           




めでたし、めでたし



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管理人(その他)のコメント

カヲル 「そして2作目の「魔女たちの談合」お届けだよ。しかしこれをみると、碇司令もかなり哀れだね」

シンジ 「うん・・・・父さんも、ここまでひどいことをされるなんて・・・・」

カヲル 「といいつつ、シンジ君、最後の笑いは何かな?」

シンジ 「あ、あ、あれは別になんの意味も・・・・ううっ、僕ってそんなキャラクターだったのかな・・・・」

カヲル 「ところでシンジ君、向こうのコメントで聞きそびれた話、こたえはなんなんだい? どちらが、本当の君の父さんだと思う?」

シンジ 「そ、それは・・・・・って、父さん!!」

ゲンドウ「ふう、ふう、やっと穴からはい上がったぞ・・・・しかしフィフスチルドレン・渚カヲル。なかなかやるではないか」

カヲル 「ええ? なんのことですか? ぼくはなにもしていませんけど」

ゲンドウ「そのひらがな読みが白々しいのだよ・・・って。また足下に×印が・・・・」

 どかああああん!!

ゲンドウ「ぐああああっ!! こんどは地雷かぁあああああ!!」

カヲル 「まったく、同じパターンによくはまる人だ・・・・」 


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