山荘
 私は今年も此所にやってきた。
 此所には忘れられない思い出がある。
 東北山中の小さな別荘地。
 此所は私の出発点だから…。


 「シンジィー!遅いわよぉぉ!!」
 私は坂下から上ってくるシンジに声を掛ける。
 「そんなこと言うなら、少しは荷物持ってよぉ」
 情けない、あのくらいの荷物で!
 「あーら、私の夫は妊婦に荷物を持たせるような薄情な男だったのかしらねぇ」
 そう言うとシンジは困ったような表情(かお)で
 「そんなことはないけどさぁ…」
 「さ、早く早く!あんたのペースじゃ日が暮れちゃうわよ」
 私はシンジを急かすとコテージの鍵を開けた。


 「一年振りね……」
 山小屋風のコテージの内部を一渡り見まわして、私は言わずもがなのことを呟く。
 この部屋で過ごした一年余りのことは一生忘れないだろう…なんて感慨に浸ってたら。
 「アスカぁ荷物片付いたよぉ!」
 シンジの間抜けな声が聞こえる。
 私は一つため息をつくとシンジが居るであろう二階の寝室に向かった。
 「なぁによ」
 「あ、いや、ほら奇麗な青空もみえるし…いっしょに散歩でも行かない?」
 そうなのだ、私たちの寝室の屋根の一部は嵌め込みのガラスになっていて、ベッドに
 横たわっていると空が見えるように成っている。
 「うーん…今はいいわ。ちょっと一人になりたいの」
 「え…アスカ…」
 「やぁねぇ、心配しなくても大丈夫よ。あんたは夕食のメニューでも考えてなさい」
 私はシンジを階下に追いやると、ベッドに腰掛けて、また物思いにふけりだした。


 少しすると階下のラジオから軽快な音楽が流れてきた。私とシンジの約束で
 此所にはテレビも端末もない(流石に電話は外せなかったみたい)。情報機器
 としては時代遅れの感があるマルチバンド・デジタルラジオだけ。 
 私のわがままでそうなったきり。あの頃私は外界を全て遮断したかった。だから
 最初は電話もラジオもなかった。私が少しずつ、外の世界を受け入れられるように
 なったときシンジが初めて出してきたのがあのラジオだった。それ以来此所には
 あのラジオしか置かない。
 最初にあのラジオから流れてきた曲は…確かバッハの無伴奏チェロ組曲。シンジったら
 自分の楽器に合わせたのかしらね。
 チェロの優しい音色が私の中に染み入って思わず涙を流してた。


 「シンジ、それで今晩は何にするの?」
 「え?まぁ初日だからアスカの好きなスペシャルハンバーグにするよ」
 「やったぁ!じゃあ私はサラダでも作るわね」
 「お願いするよ。アスカ特製のサラダは僕も大好きだから」
 「ところで、材料は?」
 「もうすぐ配達がくるはずだけど…あ、来たみたい」
 シンジはいそいそと玄関口に走っていく。ほんとはこういうのは妻の役目なんだろうけど。
 ま、いいわよね。人は人、うちはうちってことで。
 そんなことを考えてたらシンジが重そうに保温ボックスを引きずって来た。
 「アスカ、冷蔵庫にいれるの手伝ってくれる?」
 「いいわよ」
 そんなこんなで、整理が終わった頃には夕方近くになっていた。


 「風が気持ちいいわねー、いつも思うことだけど」
 「そうだね、第三新東京に比べたら雲泥の差だね」
 「空もきれいねぇ」
 「そうだね、第三新東京とは……」
 (ゲシッ)
 私はシンジの向こう脛を蹴って
 「もっと気の利いた台詞はないの」
 だって空にも辛い思い出とうれしい思い出があるんだから。


 私は廃屋のバスタブに浸かって空を見上げていた。
 ううん、多分目は空を見ていたんだろうけど私は何も見ていなかった。
 自分の中に閉じこもってしまっていたから。
 シンジやミサトの話によれば、私はそのまま何日も過ごしていたらしい。
 でも、その間日の移ろいも星の瞬きも感じることができなかった。
 そして全てが終わったあとシンジと二人で此所にきた。
 それでも私は私の外に出ようとしなかった。
 私がほんとに空の奇麗さを感じることができたのは、シンジと初めて
 結ばれた後、シンジの腕に抱かれながら見た夜空が初めてだと思う。
 あの時…
 『アスカ…アスカ……もう離さないから』
 『シンジィ』
 シンジの腕の中で寝室の窓から眺めた夜空には満天の星が煌き、天の川
 の薄いベールが掛かっていて、とても綺麗だった。夜空の奇麗さとシンジの
 温かさがとっても嬉しかった。


 「アスカ…お腹大丈夫?」
 「ん?勿論。シンジも心配性ねぇ」
 「だって、僕たちの初めての子どもなんだから、心配にもなるよ」
 「んふふ、じゃ当分止める?」
 「う……ア、アスカがそう言うなら、我慢する」
 「ふふ、まぁだ大丈夫よ……ね?しよ?」
 あはは、顔真っ赤にしちゃって。こぉんなとこは初めての時から変わってないわね。
 ま、そこがいいんだけど…って照れるわね、私も頬が赤くなっちゃった。
 ん……シンジィ………好きよ。


 私はシンジの腕の中にいる。シンジの温かさを感じると私は涙腺が弱くなる。
 「アスカ…どうしたの」
 「何でもない」
 「でも…涙が…」
 「女の子にはいろいろあるのよ!」
 そう、いろいろあるのだ。
 シンジの腕の中にいると安心と充足を感じるそれが嬉しくて涙が出る。
 そして涙はいやな記憶も運んでくる。
 思い出したくない、嫌な記憶……。


 『なによ!なによ!!シンジなんかどうせ同情で私についてるんでしょ。あんたなんて
 大嫌い!!』
 『なぁに?ファーストを殺しちゃった罪滅ぼしの積もり?そんなの他人には迷惑なだけだわ!!』
 『あんたなんか…あんたなんか……だいっきらい!!!』
 そして…涙。


 んん…明るい……もう朝?………朝なんだ。シンジが…じっと私の顔を見詰めてる。
 「おはよ、アスカ」
 「ん…おはよ……シンジ」
 「悪い夢でも見たの?」
 「え……」
 「だって……いつもだったら起きたらすぐキスをおねだりするのに、僕の顔をじっと見詰めてるんだもの」
 「………忘れさせて」
 「え?」
 「忘れさせて!!」
 「え…と……」
 「抱いて!」
 「……アスカ」
 シンジは私のことをギュっと抱きしめてくれた。シンジの匂いと体温で嫌な記憶が遠ざかっていく。
 そのまま…私たちは愛を交わした。


 私は毎年此所にくる。
 此所には忘れられない思い出があるから。
 東北山中の小さな別荘地。
 そして毎年新しい思い出ができるから。 



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お姉さん「あら、前回の菊地さんの話でシンジ君の気持ちを確かめたと思ったら、もう子供まで作っちゃったんですか、きゃ〜♪」

管理人 「ちっがぁぁぁうう!! 菊地さんちのアスカちゃんとpzkpfw3さんちのアスカちゃんは別人なの!!」

お姉さん「あ、そうですの。そうしますと、管理人さんちのアスカちゃんとも別人なんですね?」

管理人 「ま、おおむねそうだろうな〜何しろ性格が・・・・おっと」

お姉さん「?」

管理人 「いや、口は災いの元・・・そうそう、pzkpfw3さん、投稿、ありがとうございます(^^) いつもながら、短い文章の中ですばらしい雰囲気を作り上げてくださいますね〜」

お姉さん「あら? 私、pzkpfw3さんの作品をまだ拝見したこと無いんですけど」

管理人 「いいの。分譲住宅の中でも、お姉さんが見てはいけない世界というのは存在するのだから」

お姉さん「?」

管理人 「まあそれはおいておいて・・・・そうそう、今回はレイちゃんがでてこないんですね〜」

お姉さん「あ・・・・それを言っちゃ・・・・」

管理人 「ここしばらくアスカ君の独壇場が続いているような気がするのはやはり気のせいではないですよね〜」

お姉さん「いやだから・・・・あのー」

管理人 「ん?」

お姉さん「だから口は災いの元・・・・

管理人 「?」

覆面男 「管理人、覚悟!」

ちゅどむっ!

管理人 「むぎゃっ・・・・人間爆弾・・・・ぬうっ」

覆面男 「レイ・・・・これでいいのだな・・・・ふっ」

管理人 「・・・・ヒゲオヤヂ・・・・ばたっ」

お姉さん「だから・・・災いの元だって・・・・(^^;」




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