『これが・・涙?泣いてるのは、私?』


その数秒後、唐突に雑音が混ざると、ぶっつりと途切れてしまう。
まるで前世紀製の古いラジオのごとく。

彼女はそのディスクをプレーヤーから取り出すと、深くため息をついた。
夫の部屋から無断で持ち出したものだ。

今の生活にはある程度満足はしていた。
夫はこの上なく頼りない奴だが、良いところもたくさんある。

だが、彼をすべて理解しているかというと嘘だろう。
その事実を頭で分かっていても、思い知らされるのは辛い。
今のように。

(あいつ・・・隠してたのね・・・)

それはエヴァンゲリオン零号機のACレコーダーだった。
記録日は12年前の11月23日。




“二人目”の涙




「ただいま・・今日は早かったんだね。アスカ」

「まあね」

「保育所にサヤカを迎えに行ったら、もう迎えに来たって言われたから・・」

「ああ、ごめん。連絡忘れてた」

「・・・・・」

彼は妻の機嫌がよろしくない事に気付く。
受け答えがいつもの数倍ぶっきらぼうだ。

「・・ごはん、作るよ」

「出前取ったわ」

「あ・・そう・・・」

けだるそうな顔で、娘の両手をもてあそぶ妻。
もうすぐ1歳になる娘が嬉しそうに母に笑いかける。
妻はその体を持ち上げて、自分の顔の前に寄せてやる。
ぺちぺち。
小さな手が頬をたたく感触が心地良い。
自分が産み出した、自分の大切なモノ。

心の底にため込まれたもやもやが、きれいにされた気分になって。
思わず彼女は娘に微笑み返した。

ふと、横を見ると。
夫が着替えも忘れて自分たちを見ている。
自分と同じように微笑んで。

「な、なに見てるのよ?!さっさと着替えなさいよね」

「ごめん、あ、アスカが・・とっても・・・いい顔してたから・・・」

聞いたとたんに彼女は複雑な気持ちにとらわれた。
それはたぶん、彼の偽りのない気持ち。
しかし。
それが余計に彼女を惑わせるのだ。




明け方のことだった。

「ねぇ〜、シンジぃ、なんとかしてえ〜」

彼女はまだ起きていた夫の部屋に駆け込んできた。
ぎゃあぎゃあ泣く娘を抱えている。
こういう場合、この家庭ではたいてい気短な妻に代わって夫が娘をあやすことになる。

「しょうがないなあ・・」

泣き疲れたのか、父の腕の中の方が落ち着くのか。
娘はやがて小さな寝息をたてはじめた。

娘を夫から譲り受けた妻は、ふと夫の机の上にあるディスクに気付いた。
このディスクに彼女は見覚えがあった。
自分の仕事先―――――ネルフでしか使わない、特殊なタイプだ。
それもトップシークレット用の。
ふだん職場で使うものがなぜ夫の机にあるのか。
ネルフとは縁がなくなったはずの夫に。

「どうしたの?アスカ?」

彼女は見逃さなかった。
彼がそのディスクを隠そうと手をやったのを。

「・・・ううん。なんでもない」

窓の外の、朝焼けに染まり始めた空は妙に彼女の分離不安をかきたてて。
子供を抱きしめる手が一瞬こわばった。




『碇君と、いっしょになりたい』

自分の知らなかった、彼と彼女の絆。
耳に付いて、離れなかった。

(ちくしょう・・・・・・)




妻が娘のためのおかゆを作っている。

「めずらしいよね、アスカが料理するのって」

娘を抱いた夫が言う。

「悪い?これでも主婦のはしくれなんだから」

「へえ・・自覚があったんだ」

「聞こえなかった。悪いけど、復唱してくれる?」

「え、あ、いや、僕は別にアスカに母親としての自覚がないだなんて・・」

「コロス!」

「ああ!アスカっ!おかゆが」

「え?きゃあああああ」

熱いおかゆを見事にぶちまけてしまう。
彼女は隙がないように見えて、実は抜けているのかもしれない。
そこに、最悪のタイミングで呼び鈴が。

「ちわーっす。宅配のピザ2人前、お届けに上がりました」

「あ、はい、はいぃいいいい」

慌てて玄関に駆け出す夫。
妻は、無邪気に笑う娘の脇で火傷した指を泣きそうな顔で冷やしていた。




自分の隣で寝息をたてる娘。
娘をはさんだ向こうにいる夫ももう寝かかっているだろう。
彼女は結局レコーダーの話を持ち出さなかった。
雰囲気を壊すだけだから。

ただ、彼と自分の間にはいつも絶対的に不透明な隙間があったのだ。
どんなにじゃれあおうと。どんなに笑いあおうとも。
それに今まで気付かなかったことだけが、辛かった。

物事を“適当に”済ませるのが何よりも嫌だった少女時代。
なんでも一番になりたかった頃。
あれから十年あまり。

アスカは、大人になった。

あの頃より、ずっときれいになった。
あの頃より、ずっと“賢く”なったと思う。
それでも。

(今の私は色褪せてしまったのだろうか)

二度と使うことはないヘッドセット。
それを手に取り、もてあそぶ。
頬を伝うは、一筋だけの、誰にも気付かれない涙。

そして、その指には彼が巻いてくれた包帯。

彼女は思う。

(・・明日からは、また忘れて生きていこう)

それでも、ただ今だけは過ぎ去った思い出を強くかみしめて。









あとがき〜(一体何月ぶりのことやら(爆))

丸山さん、『エデンの黄昏』50万ヒットおめでとうございます。
投稿はたいへんお久しぶりになってしまいましたhuzitaです。
今回は自己最短の2時間ででっちあげてしまいました。
お題の詰め込み方がむちゃくちゃやなあ・・・
当初はもっとレイ寄りな話にするつもりだったんですが、いつのまにかベタベタと化してしまってます。
お粗末ですが、受け取ってやって下さい(平伏)
それでは。
これからもエデンが末永く繁栄する事を期待しております。
私も協力を・・・できるのか?(自爆)



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お姉さん「huzitaさん、重ね重ね投稿をいただきましてありがとうございますです」

管理人 「協力できるのか? なんて言わないでくださいよ。こんなに投稿をいただいて、できないもなにもないじゃないですか」

お姉さん「そうですよ、管理人も草葉の陰で喜んでいます〜」

管理人 「勝手に殺すな!」

お姉さん「で、この小説、アスカさんの一人称ですね。あらら、シンジ君と結婚しちゃって。やっぱり女の幸せは結婚ですね〜」

管理人 「・・・・で、お姉さんは?」

お姉さん「・・・・は?」

管理人 「お姉さんは、結婚しないのですか? と(にや)」

お姉さん「結婚しても、いいんですか?」

管理人 「・・・・え?」

お姉さん「結婚しちゃったら、コメント、誰とやるんですか?」

管理人 「・・・・・・」

お姉さん「それでもいいんでしたら、それでは、結婚させていただきます」

管理人 「誰とだよー。こんなぼへぼへのお嫁さんで、だれがもらうっていうんだよー」

お姉さん「教えて欲しいですか?」

管理人 「聞きたいね。どー見ても炭以外の何物でもない焼き肉とか、かつては野菜だったらしい残骸のサラダだとか、そう言う物を喜んで食べる奴の顔が見たいよ。ある意味アスカよりも強烈だね、あれは」

お姉さん「ううっ、ひどいです! 管理人さん、どうしてそこまで私をいじめるんですか!(号泣)」

管理人 「お、おいおい、そこで泣かなくても!」

お姉さん「いーんですいーんです。どーせ私は塩水みたいなみそ汁しか作れないし、スクランブルエッグな目玉焼きしかつくれないんですから(すすり泣き)」

管理人 「あ、いや、だから・・・・そ、そんなに泣かないで、りょ、料理なんて練習すればうまくなるって。あのアスカだって曲がりなりにも料理しているんだし」

お姉さん「(ぱっと顔を上げて)そ、それじゃ管理人さん、毒味役になってくださいね!」

管理人 「・・・え?」

お姉さん「だって、食べる人がいないと練習にならないじゃないですか〜もったいない」

管理人 「・・・・・・」

お姉さん「それじゃ、作ってきますね〜」

管理人 「う・・・・またか、また食わされるのかーあの炭焼き肉とかをー(涙)」




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