「我々は征くべきなのだ。遥か高みに輝くあの星たちへ」
綾波帝国宇宙軍初代司令 六分儀ゲンドウ大将
「宇宙を引っ掻き回した女。として記憶されたかった・・・」
第3代綾波レイの遺言
1.1975年3月11日午前7時30分。空軍厚木基地
厚木基地の滑走路に数機の鋭い姿をした戦闘機が朝日に照らされて佇んでいる。
その中の一機の前に一人の女性が佇んでいた。
まだ肌寒い風に亜麻色の髪をなびかせている。彼女の名前は惣流・飛鳥という。飛行機と空をこよなく愛した(もちろん妻と愛娘にかける愛情もかなりのものであった)父が名づけた名前。彼女の父自身は第3次大戦後に東南アジアでおこった地域紛争でパイロットとして出征し、戦死しているが、アスカは彼女の父が見たら恐らく満足したであろう進路を進んでいた。”航空軍初の女性パイロットの一人”それが周囲の人間が彼女に与えた賛辞である。しかし、今の彼女の顔には眉間に深い皺が刻まれていた。
「アスカ・・・・」
自分の名を呼ぶ声に答えて後ろを向くと、寮機のパイロットである洞木光が立っていた。
「ヒカリ・・・・・何か用?」
ヒカリはしばらくちゅうちょしていたが、意を決して口を開いた。
「碇君。確か今日だったよね・・・・・?」
アスカは自分の機体の機首を凝視している。沈黙。それが肯定だった。
「アスカ・・・・・昨日。碇君から電話があったんだけど・・・・」
アスカは沈黙したまま。何も答えない。
「”アスカに帰ったら言いたい事がある”だって」
アスカは何も言わず自分の機体の前脚の車輪を思いっきり蹴り飛ばした。
そして、ヒカリにも強がっているのがばればれな声で言った。
「ふんっ!空とアタシを捨てた男にはもう用なんてないわ!!」
「アスカ・・・・碇君はきっと」
アスカは手を上げてその言葉を制した。
「ヒカリ。今は何も言わないで」
アスカは思った。何でアタシはあんなのに惚れたんだろ?
2.1974年2月
アスカは基地内にあるバーで一人グラスを傾けていた。別に、同伴しようと願う男達はいない訳ではなかったが、彼女は誰とも酒を飲もうとはしなかった。飲むとしたら独りでか、ウイングマンのヒカリとだけ。
とにかく、その時のアスカは独りで飲みたくてバーのスツールに腰掛けていた。
既に、彼女の前にある七面鳥の絵が書かれたバーボンは空になっていたし。酔った頭で注文した四つの薔薇が書かれたバーボンも半分程になっていた。彼女は後日領収書の額を見て青くなる(決してパイロットの給料は高くはない)のだが、これは関係無い。
「まっひゃく!おろころもはろうしてどいつもどいつもひょうなのよ!」
既に、舌も回っていなかった。バーテンをやっている軍曹が心配そうにアスカを見ていたが気にもかけないアスカはそのままグラスにつぐと一気に飲み干してしまった。
バーテンが声をかけようとした時、一人の少尉が入ってきた。
少尉はやたらとポピュラーな安い角型の瓶に入ったウイスキーを水割りで一杯だけ頼むと、アスカの横に腰を降ろした。
「ああ・・・少尉。そこの席は・・・」
バーテンが言いかけると、少尉は微笑む。
「分かってるよ。”結界”だろ?ま、本人が潰れてる時くらい役得がないとね」
バーテンもあいまいな表情でうなずいた。
「あんた。そんな安い酒のんでんじゃないわよぉぉ」
と言うとアスカは自分のバーボンを自分のグラスについで彼の目の前に置いた。
「いや・・・・あの・・・・」
少尉が目を白黒させていると、アスカは完全に座った目つきで彼をにらんだ。
「あんた。アタシの酒がのめないっていうのぉ??」
「頂きます」
それから何があったかはバーテンしか知らないが、彼はそれについて何も言わなかった。ただ、後に一つの噂が基地内を騒がせた「4小隊のアスカ少尉を第2小隊の碇シンジなる少尉が撃墜した」と。後日、それが当事者二人によって肯定された事により基地内が混乱に包まれたのはいうまでもない。
3.1975年3月11日午前8時00分。統合航空軍防空司令部
綾波帝国の防空の要である統合航空軍防空司令部は、非常事態宣言の発令を迫られていた。防空司令の葛城中将は先程から腕を組んだまま巨大なディスプレイを凝視している。その巨大なディスプレイには刻一刻と敵味方の航空機の表示が増えていた。
「司令。やはり陛下に伝えるべきです。宇宙軍のイベントを中止させましょう」
葛城ミサト中将は副司令の日向マコト少将の方を向いて言った。
「残念だけど、陛下は今日という”良き日”を待ち続けていたのよ。中止はさせられないわ」
「ヴェトナムより、アスカ帝国空軍の給油機部隊が離陸しました」
報告を聞いた日向はミサトの方を向いた。ミサトはしばらくうなっていたが、口を開く。
「各航空隊に連絡。稼動全機を滑走路待機。それと、御所につなげて」
4.午前9時14分。綾波御所
「はい・・・そうですか・・・・・。わかりました、迎撃を許可します。もちろん領空の侵犯を確認してから・・・・・ええ。健闘を祈ります」
電話を置くと、第3代綾波レイは窓際のロッキングチェアに軽い体重を預ける。
既に、彼女の身体は病魔に蝕まれていた。医師は大丈夫というがもう私の命の火は消えかけている。と、彼女は自覚していた。まだ19才。死ぬには早い。彼女自身そう思っていたが、病魔は遥かに強かった。
「せめて、人が宇宙に行くのを見てから死にたい」
彼女が幼い頃第2代綾波レイ(当時15才)に連れられて見た満天の星空。そこに行くのが彼女の夢だった。
しかし、望み叶わず。彼女の身体は弱っていった。初代と二代目と同じ様に。
もう時間が無い。彼女は自分を邪魔する者に容赦するのをやめた。
5.午前10時。”ロンギヌス1”ロケット内部。
”燃料充填完了。どうだい?人類初の”宇宙人”になる感想は?”
「まだなると決まったわけじゃないよ」
”おいおい。辛気臭い台詞を吐くなよ。せめて光栄です。位言えないのか?”
「非常に光栄です。これでいいのかい?」
”ああ。上出来だ。あんたにしてはね。さて、準備は全て完了。あと1時間の辛抱だ”
「了解した」
機器に埋め尽くされたロケットの弾頭に当たる部分で、碇シンジ宇宙軍中尉は半年前の事を唐突に思い出した。
6.半年前。厚木基地
「"何て言った?・・・もう一度言ってくれない?」
厚木基地のバーで、アスカは呆然とシンジの方を向いて言った。
「だから。僕の宇宙軍への移籍が決定したって・・・・」
「アンタ・・・それ、空を飛ぶのをやめるって事ね?」
アスカの不気味なまでの落ち着きに、シンジは薄ら寒い物を覚えて言った。
「別に、空を飛ぶのを辞めるってわけじゃ・・・宇宙にも行ってみたいって・・」
「嘘ね!アンタは空にあきたんでしょ!?アンタ。空と宇宙とアタシ。どれが一番大事?今すぐ答えてくれる?」
「もちろんアスカだよ・・・・」
「嘘ね。だったら何で空軍をやめてアタシから離れようとするのよ!?」
「・・・・・・それは・・・・・・」
「ほら。図星じゃない。大方宇宙軍で新しいの見つけたんでしょ?」
「それは違うよ!神に誓って!!」
「信じられないわね。それじゃあね。さよならシンジ」
と、言うとアスカは出ていってしまった。しばらくシンジは呆然としていたが。バーテンの曹長(昇進した)が彼の前にグラスを置いた。あの時の角瓶水割り。
「少尉。貴方は今少しほっとしてたでしょう」
曹長の言葉にシンジは苦笑した。
「もし。空軍のアイドルと宇宙軍の宇宙飛行士見習いの恋愛。それが上層部に発覚したら宇宙軍に真っ向から対立してる航空軍は彼女に何をやると思う?」
「分かりませんが。昇進できそうにはありませんね」
「そういう事さ。僕の為に彼女の未来を傷つける訳にはいかない。そうだろ?」
曹長は彼に微かな尊敬を込めて言った。
「貴方は。恋人としては最悪かもしれませんが、去る者の義務は分かっておいでのようですね」
シンジは苦笑して答えた。
「まことにありがとう。しかし、できれば男としての、恋人としての義務もいつかは果たしてやりたい。そう思わずにはいられないのさ」
「全くその通りだと思います」
7.3月11日午前10時32分。日本海上空
”アスカ!六時下方に敵機がついてるわよ!!”
「畜生!デッド・シックスに入られるなんて!!」
と言いながらアスカは機体に小刻みな旋回をさせる。しかし、熟練者の操る敵機はピタリと彼女の後ろについていた。
「こうなったら一かばちか」
と言うとすばやい動作でエアブレーキを全開にし、スロットルを失速寸前まで切る。
アスカの機体のあまりにもむちゃくちゃな減速に反応が遅れた敵機は彼女の前に飛び出してしまう。アスカはアフターバーナーをかけ急加速。アスカ空軍機の真後ろについた。
「しねぇぇ!!」
アスカの指がトリガーを引く。微かな射撃音を伴って光る棒に見える曳光弾が敵に吸い込まれる。右主翼を吹き飛ばされた敵機はまっさかさまに落ちていった。
「ざまあ。みなさい!!」
8.3月11日午前10時52分(発射カウント残り8分)。綾波御所
「カジドリヒ皇帝?もうやめましょう。無駄な争いは。ええ。そうです。技術援助?わかりました。約束しましょう。我が国とアスカ帝国の友好を祈って・・・」
彼女は疲れた手で電話を置いた。最早、指一本動かす事さえ難しくなった。彼女はただ一心に念じていた。
「頼むから・・・あと8分もって。私の命」
9.3月11日午前11時00分(発射時刻)。日本海上空
アスカの機体は、3機の敵機に徹底的に追尾されていた。既にヒカリは撃墜されていた。ミサイルの直撃。空中爆発。彼女の生存の可能性は無かった。
しかし、アスカにはまだ忘却の川を越えるつもりはさらさら無かった。
「もう一度シンジに会って!ぶったたいてからもう一度聞いてやる!!」
と思った彼女の視界の隅に、細長い物体が入る。ミサイルでは無い。もっと巨大なもの。「シンジ・・・・・」アスカは一瞬我を忘れて呟いた。それが命取りだった。
その僅かな間に彼女の愛機は数十発の弾丸を受け、ズタズタに引き裂かれていた。
アスカに右腕と腹部を激痛が襲う。マスクの中に大量の血を吐き出す。
「こん畜生・・・こんな所で・・・・・」
動力を失った彼女の機体は、眼下の海へ落ちていった。
10.3月11日午前11時3分。綾波御所
ロッキングチェアに座っている第3代綾波レイは、蒼空へと突き進むロケットを見上げて、自分の願いが叶った事を悟った。
そして、彼女は目を閉じた。永遠に。
綾波帝国第3代綾波レイ。死去。その顔は満足感に満ちていたと言われる。
11.3月11日午前12時。衛星軌道上
「こちら”ロンギヌス1”。衛星軌道にのった」
”了解。何か歴史的な一言は無いかい?”
「ここは・・・・広い。ただ、広い。今思ったよ。人類はこの広大な海を征する為にいるんだってね」
”全くその通りだ。そういや。地球は何色に見える?”
「青。地球は青かったよ。僕の勝ちだね、4千円」
”負けた事を喜ばしく思うよ。人類初の宇宙飛行士殿”
「今度は・・・アスカと来たいな・・・・」
”ごちそうさま。オーヴァー”
エピローグ1975年5月21日。午後6時。
「シンジ。もう一度だけ聞くわよ」
ベッドに包帯でぐるぐる巻になった半身を横たえたままのアスカは、脇に立っているシンジの方を向いて言った。
シンジは微笑みを浮かべて、その質問をまった。
「アタシと空と宇宙。どれが一番大事?」
シンジは笑みを浮かべたまま答える。
「どれも大事だよ。でも、一番大事なのは、空だろうと宇宙だろうとアスカと一緒にいられる時が大事だね」
アスカは満面に笑みを浮かべると、満足そうにうなずいた。
それから1年後である。惣流飛鳥が初の女性宇宙飛行士となったのは。
彼ら夫婦はどこまでも征くだろう。星の海を、お互いの命果てるその時まで永遠に。
後書き
ふっ。疲れた。がらにも無いものかくんじゃないわな・・・・
13万ヒットを祝って。「遥かなる星」へ・・・・
作者とカヲルの掛け合い漫才(^^;
作者 「さてさて、13万記念小説募集第一段は12式さんの小説。見事なまでにワタシの「趣味」を見抜いた書き方をしてくれますねぇ」
カヲル「僕、出てきてないね(涙)」
作者 「あーいーのいーの。君は出てこなくても」
カヲル「しくしくしく」
作者 「しかし、アスカちゃん大活躍。いやーすごいすごい」
ごすっ
アスカ「どこが大活躍よ!! 酔っ払ってくだ巻いていたり飛行機撃墜されたり・・・・悲惨な役回りじゃないの!」
作者 「あー、そっちのアスカちゃんも活躍していますけど、わたしが言いたいのは神聖アスカ帝国のほうですよ」
アスカ「?」
作者 「カジドリヒ・・・・加持さんを後継者に(指名したのか地位を奪われたのかは知りませんけど)しているところが活躍ですね、といいたかったんですよ。やっぱりまだ加持さんのこと・・・」
べきいぃっ!!
アスカ「し、し、仕方ないでしょ!原作どおりにいったら、あの役回りをやっている加持さんが後継者にならなきゃおかしいんだから!」
カヲル「あー。分からない人への解説。これは話の元ねたである「レッドサン・ブラッククロス」を読んでいただければわかることと思います」
げしげしげし!!
アスカ「横で澄ました顔して解説するんじゃない!!」
カヲル「うくっ・・・・しかし・・・ロンギヌス1か・・・・」
アスカ「なによ、そのこらえ笑い」
カヲル「いや、後の記念投稿作品を、まあ読んでもらえればわかるよ。奇妙な偶然にね」
アスカ「?」
作者 「ま、おいおいわかることですよ」