Welcome外伝「それが僕らの出発点」
その外伝
〜通称『外伝外伝』〜
第1話 赤いイト

みきひろかず作





「ゲ〜ン〜ちゃ〜ん、あっそび〜ま、しょっ!」

いつもの様に霧島ヒナの声が、六分儀家の玄関に響き渡る。
幼い子供特有のカン高い声だった。
その小さな身体の何処からこれ程の声量が?
そう首をひねりたくなってしまう。

いつもだったら、ココでゲンドウがドアを開いて飛び出して来るのだが・・・・
いつまで待っても返事がない。
不思議に思ったヒナは、そ〜っとドアを開け、中を覗いてみる。

「アラ、ヒナちゃん。いらっしゃい」

思いがけない声が思いがけない方向から聞こえて、
ヒナの小さな身体がビクッと跳ねる。
驚いて振り返ると、タイトなスーツを隙なく着こなした女性が立っていた。
年の頃は30歳前後か。
子供心にタメ息が出るほどカッコいい。
女性は優しく微笑みながら、キビキビとした足取りでヒナの方に近づいて来る。

「ああ、ビックリしたァ。おかえりなさい、おばさん」
「はい、ただいま。どうしたの? こんなトコで」
「ん〜、おっきなこえかけたのに、ゲンちゃんでてこないの。
 ゲンちゃん、どっかいっちゃったの?
 ヒナとあそぶのヤなの?」

幼児のたどたどしい説明に、六分儀サキは、ああと頷いた。

「そうか、そうか。ゲンドウ、ちゃんと約束守ってるようネ。
 大丈夫よ、ヒナちゃん」

つぶらな瞳に大粒の涙があふれさせた少女に向かって、
サキは安心するよう笑いかける。

「あのネ、ヒナちゃん。ゲンドウは、多分宿題やってるのヨ」
「しゅくだい? なぁに? それェ」
「そうネェ〜、どう言えばいいかしら・・・・
 自分のお部屋でお勉強するコト、よ」
「おべんきょ?」
「そ。さ、入って、ヒナちゃん。
 すぐココア持って行くから、ゲンドウの部屋で待ってて」
「エ? わぁ〜〜い!」

歓声を上げると、ヒナは靴を脱ぐのももどかし気に、
ゲンドウに部屋へと走り出した。

バンッ!!

勢い良くドアを開いて、部屋に飛び込む。
小さなテーブルに向かい、ノートと格闘していたゲンドウは、
文字通り飛び上がって驚いた。

「ヤッホ〜、ゲンちゃん」
「ひ、ヒナ〜。あ〜、ビックリしたァ」
「エヘヘ、おどろいた?」
「うん、おどろいた。ひどいや、ヒナ」
「だって、ゲンちゃんがわるいんだよ。
 ヒナ、おそとでずっとよんでたのに、へんじしないんだモノ」
「エ? そなの? ゴメンね」

ゲンドウはバツが悪そうに笑いながら頭を掻いた。

「ネ、ナニしてたの? しゅ、しゅくだい?」
「しゅくだいって?」
「おばさんがいってたの」
「おかあさんが? あ、おかあさん、かえってるの?」

少女の質問など無視して、少年は瞳を輝かせて尋ねた。
そんな少年の様子に少女はムッとなり、一瞬黙り込んだ。
それから、仕方なさそうに口を開く。

「・・・・うん、おそとであったの。ココアもってきてくれるって」
「うぁ〜、どうしたんだろ? こんなはやくにおかあさんがかえるなんて」

少年の言葉通り、サキの帰宅はいつも遅かった。
ずっと共働きだった為、ゲンドウは幼稚園から帰ると、
すぐに着替えてヒナが来るのを待つ。
それからヒナと遊んで、霧島家で夕飯と入浴を済ませる。
7時頃に帰宅するサキが迎えに行く。
それが日課だった。
ヒナの母ツグミが、サキの高校以来の親友で、
彼女らの住まいが極近かったから出来るコトだった。

そんな母の思いがけない早い帰宅に少年はウキウキと心踊らせている。
だから少女の様子になど、気付きもしなかった。


コン、コン。

ノックの後、ドアを開いてサキが部屋に入って来た。

「おかあさん、おかえんなさい!」
「はい、ただいま。さぁ、おやつにしましょう」

その言葉に続いて、テーブルの上には湯気が立ち上るカップと、
大きなイチゴがのったショートケーキが3つずつ並べられた。
それを見た少女は、さっきまでの不機嫌などすっかり忘れてしまったかのように、
ニコニコと笑顔を振り蒔いている。

「わぁ〜い、いっただきまぁ〜す」
「アラ、ダメよ。2人とも手を洗ってらっしゃい」
「「はぁ〜い」」

たしなめられると、2人は揃って部屋を後にした。
そして、先を争って洗面所へと走り出す。
蛇口をひねり、バシャバシャと音を立てて少女は手を洗った。
ふと横を見ると、少年は感心にも石鹸を泡立てて、
ゴシゴシとしっかり洗っている。
少女は仕方なさそうに自分も石鹸に手を伸ばした。

バタバタと音を立てて、子供達が戻って来た。

「ちゃんと洗った?」
「ウン。ネ、ヒナ」
「ウン、セッケンでゴシゴシって」
「そう、偉かったわネ。それじゃあ、召し上がれ」
「「いっただきまぁ〜す」」

見事なユニゾンだった。
それから2人は生クリームの甘さに至福の表情を見せた。
そして、サキはそんな子供達を嬉しそうに眺めている。

「ゲンドウ、ちゃんと練習してた?」
「ウン!」

母の質問に少年は嬉しそうに答えた。
そして、自慢気に先程までテーブルに向かっていた成果を見せる。
ノートには『ロクブンギゲンドウ』の文字が、一面に踊っていた。

「なぁに? コレ」

母子の横から覗き込んだ少女は、不思議そうに小首を傾げて尋ねた。
すると、少年はハッキリと胸を反らして答えた。

「ボクのナマエ! ボク、ジがかけるんだよ!」
「エェ〜?! コレ、ゲンちゃんのナマエ?」
「そう。ロ・ク・ブ・ン・ギ・ゲ・ン・ド・ウってかいてあるんだ」
「ふ〜ん、すごいね。ゲンちゃん」

少年は、少女に褒められてすっかりご機嫌だった。
2人のやり取りにサキはクスクス笑いながら、少女に話しかけた。

「もうすぐ2人とも年長さんだモノ。名前くらい書けないとネ。
 ヒナちゃんにも教えてあげようか?」

しかし、少女は意外にもハッキリと首を振った。

「いいの。ママにおしえてもらったから。ホラ」

少女は自分のカバンから1枚の紙を取り出してテーブルに広げて見せた。
そこには少年達には、まだ読めそうもない漢字が印刷されていた。
そんな味気ない活字の狭間に力強い筆跡で『キリシマヒナ』とサインがあった。

「わぁ〜、コレがヒナのナマエなの?」
「そうよ。うまいでしょ?」
「うん、じょうずだね」

少年が素直に褒めると、少女は嬉しそうに笑顔を弾けさせた。

「あ、それでネ。ママがココにゲンちゃんにも、ナマエかいてもらいなさいって。
 オトナはみんな、コレにナマエかくんだって」

そう言いながら、少女は自分の名前の隣を指さした。

「ココ? まかせて!」

練習の成果を早速見せられると思って、少年は嬉々として名前を書いた。
その上、この紙に名前を書けば大人の仲間入り。
そう考えたゲンドウは一生懸命、間違えないようにキチンと署名欄にサインした。

「あ、あのネ、ヒナちゃん。コレ、どうしたの?」

それまでア然としていたサキが、ようやく我に返って少女に尋ねた。
少女は元気に答える。

「ママがくれたの!」
「ツグミが?」
「ウン。あのネ、このマエ、ママとシヤクショにいったの。
 そのとき、ママがもらってくれたの」

それを聞いたサキは微苦笑を浮かべた。

(あの娘も変わんないわネェ〜)

「・・・・ま、いいか。ヒナちゃん、ゲンドウ」
「?」
「なに? おかあさん」
「あのネ、ココに名前書いただけじゃダメなの」

この時サキの声には含み笑いが混じっていた。
親友のコトを変わらないと言うサキだが、彼女もまったく変わっていない。
昔から、ツグミがとんでもないイタズラを思いつき、
最初は呆れつつもサキがそれを煽る。
そんな絶妙なコンビネーションを誇る2人は、確かに親友だった。
それとも悪友と呼ぶべきだおろうか?


「どうするといいの? おかあさん」

少年の質問にサキはハンドバックから朱肉を取り出して、
少女の手を取った。

「コレに親指を付けて、・・・・そう、それから、お名前の下に指をおしつけるの」

紙面には少女の小さな指の跡がクッキリ朱色で残った。
それを見た少年は、

「ボクも、ボクも」

少女に負けないよう拇印を押した。
それからサキは出来上がった書類に何か書き加えていた。

「はい、これでOKよ。ヒナちゃん、大切に持ってなさい」
「ありがとう!」

サキは子供達にニコニコとキレイな笑顔を向けていた。




そして、月日は流れ・・・・


「ひっどォ〜い、ゲンちゃん! アタシを捨てるの?!
 婚約者のアタシを!!」
「な、なんでそうなるんだ!!」
「あの日、2人の誓いはウソだったのネ?!」
「だ、だから、それは子供の頃の話で・・・・」
「ちゃぁ〜んと、証拠だってあるんだから!」
「証拠って、何?」

始業前、2年A組の教室にいつもの喧噪が巻き起こる。
新学年が始まって早1ヶ月。
第壱学園入学以来すっかり有名になってしまった名物コンビの夫婦喧嘩にも、
すっかり慣れたクラスメート達だった。
その中からひょいと抜け出して、ヒナに向かって無邪気な質問を投げかけたのは、
当然のコトながら碇ユイだった。

最近では、彼女を入れて「第壱学園かしましトリオ」などと呼ばれている。
そんな称号は1人を除いた本人達を喜ばせている。

「あ、ユイ。ちょうど良かった。ホラ見て」
「わ! ば、バカ! やめ・・・・」

ヒナは左手でゲンドウの口をふさぎつつ、
右手でカバンの中から取り出したクリア・シートをユイに向かって差し出した。

「エと・・・・、婚姻届?」

ドヨッ!!

ユイがさり気なく読み上げた言葉にクラスがザワめいた。
ヒナは嬉しそうに胸を張る。

「そ! ちゃんと市役所から貰ってきた書類にサインして、拇印も押してあるの。
 で、お母さん達の承諾書も、ホラ、あるんだ」
「だ、だから、コレは子供の頃に、何にも知らずに書いたんだ!
 母さん達のイタズラで、オレは何も・・・・。
 こ、こんなモノ、無効なんだ〜!!」

すっかり取り乱したゲンドウとは対照的なユイは淡々と事実を指摘する。

「でも、これって正式な書類だし・・・・。
 サインと拇印も本物なんでしょ?」
「う・・・・」

ユイは頬に指を当てて、小首を傾げながらそう告げた。
その愛らしい表情には悪意の欠片も感じられない。

(だからこそ、始末に負えないんだぁ〜!!)

そう心の中で叫ぶ六分儀ゲンドウ・15歳だった。


この日、彼が無事帰宅の途に着けたかどうか、
それは定かではない。



〜Fin〜




みきさんへの感想はこ・ち・ら♪   


月刊オヤヂニスト

カヲル 「そうか、この手があったか!

ゲンドウ「おい

カヲル 「どさくさ紛れに婚姻届を書いてしまえば、あとはこっちのもの・・・ふむ、彼女もなかなかやるものだね」

ゲンドウ「おいといっているのだ」

カヲル 「ということは、同じ手が息子のシンジ君に通用しないわけがあるだろうか。いや、ない!」

ゲンドウ「こら! 人の話を聞け!

カヲル 「おや、騙されたオヤヂじゃないか」

ゲンドウ「騙されたとは失礼な! 私は何もしていない! それにそのまま結婚してしまったわけではない!」

カヲル 「同じことをユイさんにやられて、どっちが怖いか考えてユイさんを選んだとかいうんじゃないだろうね」

ゲンドウ「な、な、なんでそんなことをせねばならない! そもそもユイと知り合ったのは高校時代、そこで婚約届の意味も知らずにサインをするほど馬鹿じゃない!」

カヲル 「わからないね。それは。案外酒でも飲まされてべろんべろんに酔っぱらって、そこで前後不覚のままサインなんかさせられてたりして」

ゲンドウ「う、く、そ、そんなわけがないじゃないか!」

カヲル 「さっきからきになってるんだが、その「う、く」とか「な、な」とか、どうしてそう必要以上にどもるんだい?」

ゲンドウ「ぎくぅっ!!」

カヲル 「・・・・本当のことなのかい?」

ゲンドウ「・・・・・・」

カヲル 「本当のことなんだね?」

ゲンドウ「・・・・じゃあ、逆に聞くが、それがもし本当だったら、どうする?」

カヲル 「ほんとうだったら? 決まってるじゃないか」

ゲンドウ「じゃあ言いふらすわけだな。「ゲンドウはユイに騙されて結婚したんだ」って

カヲル 「・・・・・・」

ゲンドウ「言いふらすわけだな。ユイの悪事を」

カヲル 「・・・・ふっ。できるわけがないじゃないか。そんな神をも恐れぬ所行を」

ゲンドウ「(よっしゃ、勝利!)」

カヲル 「それに・・・・」

ゲンドウ「ん?」

カヲル 「僕はユイさんのそのことが悪事だなんて一言もいってないよ。言いふらすとさえもね。ねえ、ユイさん

ユイ  「そうですわね(にっこり)」

ゲンドウ「びくううっ!! ユ、ユイ、そこにいたのか!」

ユイ  「あら、なにをびっくりしているのかしら?」

ゲンドウ「いやそのそれはだな、この腐れ管理人が・・・・ってもういない!

ユイ  「まあ、いろいろとあるでしょうから私にはなにもいいませんけど(にこり)。わかっているわよね、あ・な・た(はぁと)」

ゲンドウ「・・・・・はい。わかっていましゅ・・・・(落涙)」


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