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特別企画 補完ストーリー |
〜碇ゲンドウ編〜 |
この日、碇学園長と冬月教頭は1度も職員室に姿を現さなかった。
入学試験、卒業式、そして入学式。
年度の変わり目を迎え、彼らの仕事は急増していた。
しかも、来年度からこの第3新東京市へ、遷都が実施される。
人口の爆発的増加は確定された予定だった。
それに伴い、生徒数も激増する。
その結果、例年になく彼らは仕事に忙殺されている、
そういった次第であった。
・・・・もっとも、冬月が事細かな、細大漏らさぬ説明を行い、
ゲンドウは、ただそれに黙って頷くのみ。
そんな光景が延々と続いていたのだった。
そして、終業のチャイムも鳴り終わり、
冬の陽がつるべ落としに姿を消そうとしていた頃。
学園長室の重厚なドアがノックされた。
「?」
冬月は怪訝そうな顔でゲンドウを振り返った。
しかし、ゲンドウは眼鏡の奥に表情を隠したまま、
何の反応も見せなかった。
冬月はタメ息をつくと、ドアに向かって声を掛けた。
「入りたまえ」
「「「失礼します」」」
ピッタリとユニゾンした3人の女性の声。
冬月は、ますます訝しく思う。
ドアが開き、入室してきたのは、ミサト、リツコ、マヤだった。
「あ、やっぱりこちらにいらしたんですネ。冬月先生」
ほぅらネ、そんな勝ち誇った表情のミサトがリツコを振り返った。
それに対してリツコは小さく舌打ちしている。
その横でマヤが苦笑いをしているところを見ると、
賭でもしていたのだろう。
「ん、それで何か私に用かネ」
「え? ・・・・あ、はい。ね、リツコ、マヤ」
「エエ」
「はい」
3人は同時に背中に隠していた包みを冬月へと差し出した。
「・・・・コレは?」
「冬月先生・・・・」
マヤは少し呆れたようにタメ息をついた。
「先生、今日は2月14日、バレンタイン・デーですよ」
「あ? ああ、そうか。もう、そんな季節かね。
ここの所、新聞にすら目を通せないでいたからなぁ・・・・
? ・・・・わ、私にかね?」
「「「ハイ」」」
「いや、それはすまんな。ありがとう。
ハハ、この年になっても、嬉しいモノだな」
戸惑いながら、はにかみながら、3つの包みを受け取る冬月。
その頬は年甲斐もなく紅潮しており、まるで少年のようだった。
そんな冬月の様子にミサトらは、
(やっぱり、冬月先生って、かわい〜!)
などと、小声でささやきを交わしていた。
この時、ゲンドウは、いつものように机に肘をつき、
両手を軽く口の前で組み合わせたまま、沈黙を守っていた。
しかし、1人話に取り残されたその表情が、
微妙な変化を見せたコトに気付いたのは冬月だけだった。
(こ、これは・・・・、まずいな・・・・)
冬月は努めてさり気なくミサト達の方へ視線を戻すと、
努めてさり気ない声で言った・・・・つもりだった。
「あ、ああぁ・・・・、その、ン、ン。
・・・・が、学園長には、べ、別に用意してあるのかネ?」
その台詞にゲンドウの眉がぴくりと跳ね上がったと、
冬月は視覚によらず感じた。
「エ? 学園長の分ですか? ありません!」
キッパリと無慈悲な宣告は、リツコによるモノだった。
コレには、冬月も二の句が継げない。
「あの・・・・、私は準備したんですけど・・・・」
と、マヤが控えめに発言する。
「でも、先輩に止められたんです。
教頭先生にご迷惑が掛かるからって・・・・」
「? なぜ私が?」
意外なマヤの言葉に冬月は首をひねった。
「学園長がいくつチョコを貰おうが、時分には関係ない。
そんな顔ですネ、冬月先生」
しっかりその心理を見澄ましたミサトがニィっと笑う。
その言葉の後をリツコが続ける。
「でも、冬月先生。私たちからチョコを貰った学園長が、
明日無事に登校できると思いますか?」
「あぁ!」
「!」
経験者は語る、そんな口調のリツコだった。
冬月もゲンドウも、全く虚を突かれた気がした。
「そうか、それは盲点だったな。
うん、そうだな。それは実に正しい判断だ」
「・・・・冬月」
「碇、赤木君らの思いやりに感謝しろよ。
義理でチョコを贈るばかりが気配りではないんだな。
ウン、ウン・・・・」
妙に感心するコトしきりの冬月は、
ゲンドウを完全に無視して、ミサトらに感謝の意を述べた。
「いや、ありがとう、君たち。
君たちの気遣いがなかったら、ホレ、
この仕事の山を前に、私1人途方に暮れるところだった。
本当にありがとう」
その視線の先には、堅牢な造りの学長室の机でさえ押しつぶしそうに、
書類がうず高く積み上げられているのであった。
ミサト達は、その量に呆れたように目を瞠った。
「それでは失礼します」
そう挨拶を残すと、3人はクスクス笑いながら学園長室を後にした。
そして、すっかりご機嫌な冬月と、
これ以上はない! といった不機嫌そうなゲンドウは、
中断していた仕事を、1人は鼻歌混じりに、1人は憮然と、
再開したのだった。
「・・・・ただいま」
自宅のドアをくぐると、ゲンドウは不機嫌そうな声で呟いた。
「あ、おじ様。お帰りなさぁい」
「お邪魔してます!」
「ユイおば様、まだですヨ」
二階から姦しい声が降ってきた。
その賑やかな少女達の言葉に、ゲンドウのささくれだった心も、
少しは癒やされた気分になる。
「・・・・お、お帰りなさい、父さん」
少し遅れて、シンジの声。
「うむ」
そう返事をすると、すっかりいつもの調子が戻り、
ゲンドウは自室で、いつもの和服へと着替えた。
そして、文机に向かい、静かに墨を擦る。
それから和紙に黒々と、『本日のお品書き』をしたためた。
曰く、
一、豚肉の生姜焼き
一、厚焼き玉子
一、南瓜の含め煮
一、豆腐の中華風サラダ
そして、ほかほかの炊き立てご飯。
カツオダシと油揚げのミソ汁。
献立を決定し、ゲンドウはリビングへと足を踏み入れる。
するとテーブルの上には、淡いピンクの包みが置かれていた。
茶色のリボンと1枚のカード。
そこには、「碇ゲンドウ様へ」との文字が見える。
「おぉ、ユイからのチョコ!」
ゲンドウは呟くと、いそいそとリボンをほどき、ラッピングを開けた。
現れたのは、大きなハート形のチョコ。
その中央には、ホワイト・チョコで「Lovin' You」の文字が。
瞳を潤ませながら、がぶりと一口。
「うん、うまい」
すっかり感動してしまったゲンドウは、
他の言葉を忘れてしまったかのようだった。
そして、あっと言う間に最後の一欠片を口に放り込もうとした時、
「ただいまぁ」
ユイの声が玄関から聞こえて来た。
「おかえり」
「アラ、こっちだったの?」
リビングに現れたユイは、
その手に紅いラッピングを大切そうに持っていた・・・・
それを目にした瞬間、ゲンドウの思考は蒸発してしまい、
身体はベークライトで固められたかのようだった。
今まで食べていたチョコの最後の1片を手に・・・・
ユイも同じような有様だった。
しかし、テーブルの上にカードを見つけると、
全てを理解できた。
念のため、カードを手に取り、裏返す。
そこには、
「from 霧島ヒナ」
と、記されていた。
・・・・きっかり3分間の沈黙。
ユイは、カードをテーブルに戻すと、
ゲンドウにニッコリ笑いかけた。
翌日
冬月教頭は気の毒にも、膨大な書類の山を前に、
1人呆然としていたという。
[了]
ずたぼろな人のコメント
ゲンドウ「うぬぬ、なぜ私がここまでされなければならないと言うのだ」
カヲル 「日頃の行いじゃないのかい?」
ゲンドウ「日頃の行い? 清廉潔白な私が一体何をしたというのだ?」
カヲル 「・・・・清廉潔白、って意味、知ってるかい?」
ゲンドウ「むろんだ。私のためにあるような言葉ではないか」
カヲル 「・・・・」
ゲンドウ「そもそもなぜ、あのチョコレートが机の上に置いてあったのだ! そのせいで私はユイに・・・」
カヲル 「それはほら、日頃の行いが・・・」
ゲンドウ「日頃の行いでチョコレートが勝手にやってくるわけがなかろう!」
カヲル 「だとしたら・・・・」
ゲンドウ「としたら?」
カヲル 「ほら、自然界には人間の法則では説明できないことがいっぱいあるから・・・」
ゲンドウ「ちがう! あれは説明できないことではない!」
カヲル 「じゃあ、直接ヒナさんに聞いてみればいいじゃないですか。『チョコ、美味しかった。ありがとう。ところであれはどうやって机の上に置いたのかい?』って」
ゲンドウ「・・・・冗談ではない。もしそんな台詞を彼女に言ったことがユイにしれたら・・・」
カヲル 「しれたら?」
ゲンドウ「・・・いや、何でもない。気のせいだ。忘れてくれたまえ」
カヲル 「・・・何に、おびえているんだろうなぁ(笑)」
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