愛する者達へ





やわらかな日射しの中、
僕はベランダのデッキチェアに横たわり、 まどろんでいた。
庭先からは子供達の明るい声が聞こえてくる。
楽しげな笑い声が、言い争いに変わったかと思う間もなく、

「おかあさぁん!」

男の子の泣き声が響きわたる。

「アラ、アラ。どうしたの?カオル」
「レイがぶったのぉ」
「レイ!あなたお姉さんでしょう!弟泣かしちゃダメじゃない!」
「だって、カオル、なまいきなんだもん!」

女の子の不満げな言葉に、 男の子のいっそう大きな泣き声が重なった。
どうやら、またぶたれたようだ。

「ちょっと!レイ!待ちなさい、コラ!」
「やぁだよぉ!泣き虫カオル、や〜い、や〜い」
「うぁ〜ん!」

その騒動に優雅な午睡をあきらめて、僕も庭に降りることにした。



泣きじゃくる男の子。
それをあやす母親。
周りを囃し立て、走り回る女の子。
とても平和な光景。
夢のようだ。

「あ、おとうさん!」

女の子が、僕の愛娘レイが駆け寄る。
まとわりつく娘の頭を撫で、せがまれるまま抱き上げる。

「あなた!少しはレイのこと叱ってやって下さい!
本当にレイには甘いんだから!
もうすぐ6歳だって言うのにお転婆にも程があるわ!」



そうか、僕らの子供達ももう6歳になるのか!?
すると、あれからもう10年?早いものだ。

そんな感慨に浸り掛けた僕を現実へと連れ戻したのは、 妻の剣呑な視線だった。
ここは、ひとつまじめに娘の教育など・・・・

僕はレイを降ろすと、身をかがめた。
レイと視線を同じ高さにして語りかけた。

「レイ、おまえはカオルのお姉さんだろ?いじめちゃダメだよ」
「うまれたのはいっしょじゃない!」

それはそうだ。この子達は双子なんだから。
なかなか鋭い指摘だ。
さすが我が娘・・・・
と、と。感心している場合じゃない。

「レイは強いんだろ?」
「うん!レイ、ツヨシくんにも、ケンジくんにもまけないよ!」

どうやら幼稚園でも常勝のようだ。

「強い子は弟を泣かせたりなんかしないんだよ。
本当に強いって事は、みんなを守れるって事だよ。
だから、レイはカオルを守ってあげなきゃ。
みんなを守ってあげなきゃ」

そうレイを諭す。しかし、その言葉に自嘲してしまう。



そう、あの頃の僕は本当の強さを知らなかった。
みんなを守れる力が、エヴァがあっても・・・・
逃げてばかりで・・・・
自分のことばかりで・・・・
守れなかった。
守ろうとしなかった。
父さん、ミサトさん、リツコさん、・・・・



「おとうさん、どうしたの?なきそうなかお!
レイがカオルのこと、いじめたから?
レイがカオルのこと、まもんないから?
レイ、もうカオルのこと、いじめない!
レイ、カオルのこと、まもる!
だから、おとうさん、ないちゃダメなの!」

つい顔に出てしまったようだ。 レイは自分も泣き出しそうな顔になる。
つたない言葉で一生懸命約束してくれる。 うれしい言葉だった。

「そうか、やっぱりレイは強い子だな!」

レイの頭を撫でながら、レイが安心できるよう僕は微笑んでみせた。
レイも晴れやかな笑顔を見せてくれた。







再び明るい声が庭に響きわたる。
レイとカオルは小犬のようにはしゃぎ、駆け回る。
妻は僕に寄り添い、そっと話し掛けてくる。

「あなた。さっき、あの時のこと思い出してたでしょ?」
「ああ」

子供達の様子を眺めたまま、僕はうなずく。



「あの時、僕が強ければ、逃げ出さなければ、
サードインパクトは起きなかったかもしれない、
いや、起きなかったはずなんだ。
僕のせいでみんな死んでしまった・・・・
父さんも、ミサトさんも、リツコさんも、・・・・綾波も」

僕はよほど沈痛な表情をしてしまっていたのだろう。
彼女の表情は悲しげにゆがんでいる。

「でも、あなたは最悪の事態を防いでくれました。
人類の滅亡は回避されたんですもの」
「それは違うよ」

彼女の言葉が同情や慰めでないことは分かっている。
でも、違うんだ。僕じゃない。

「僕が起こしたサードインパクト、その被害を最小限に
押しとどめたのは綾波だよ。綾波が僕を止めてくれた。
悲しみに沈む僕を導いてくれたんだ」



さわやかな風が僕たちを包む。
日射しは今もやわらかい。
どこからか聞こえる小鳥のさえずり。



「この世界を守ったのは綾波だよ。
 命と引き換えに、守ったんだ」

妻の心配を和らげようと、僕は微笑んだ。
今の僕にできる精一杯の微笑み。

「そして、今の僕があるのは君のおかげだよ」







あの惨劇の後、僕は自分から逃げ出した。

世界との関わりを自ら絶った。

自分がやったこと
全てが失われたこと
現実を認めたくなかった
事実を受け入れたくなかった

そして、僕は逃げ出した・・・・
自分の中に、深く、深く・・・・

それからの3年間彼女が僕を見ていてくれた。
全ての愛情を注いでくれた、僕のために。
自閉した僕はそんな彼女を拒絶し続けた。

つらくはなかったと、彼女は言う。
僕を信じていたと、彼女は言う。

つらくなかったはずはない。
信じ続けられたはずもない。

それでも、彼女は僕を見ていてくれた。

僕が世界を取り戻したとき、彼女がそばにいてくれた。

一瞬の驚愕の後
瞳を涙であふれさせながら
最高の微笑み

僕の頭を胸に抱き締めながら、彼女は言ってくれた。
「おかえりなさい」、と。

うれしかった。
本当にうれしかった。

僕は罪人なのに
決して許されない罪人なのに

本当にうれしかった。

「ただいま」

そう自然に言えた。
彼女の微笑みに応えることが出来た自分がうれしかった。
彼女は、また涙を流して、僕を抱き締めた。
強く。強く。


それからはリハビリの毎日
すっかり衰えた身体と
傷ついてしまった精神

日常を取り戻すためのつらい日々

そんな日々も彼女がそばにいてくれた。
崩れそうになる僕を支えてくれた。
いつでも僕を抱き締めてくれた。

いつしか僕らは結ばれた。







僕は僕を許さない。
僕は僕の罪を忘れない。

僕のやったこと
僕のやらなかったこと
逃げたこと
失ったもの

それでも彼女がいてくれる。
僕が必要だと言ってくれる。
僕のことを愛していてくれる。

だから、僕は生きる。
彼女のために。
帰らない人たちのために。
忘れられない人たちのために。
僕は精一杯生きる。
僕らが生きた証を残すために。

僕は生涯をかけて、僕の罪を贖おう。
帰らない人たちのために祈りを捧げよう。

でも、僕はそのために生き続けるんじゃない。
彼女と新しい時代を築くために、
輝かしい未来を次の世代に残すために。

僕と彼女の間に子供が産まれた。
女の子と、男の子。
僕は大切な人たちの名前を付けた。
レイと、カオル。

レイ。いつも僕を守ってくれた赤い瞳の少女。
カオル。僕を好きだと言ってくれた最初の人。

レイ。僕の代わりに生命を投げ出した少女。
カオル。僕がこの手で生命を奪った人。

忘れられない、忘れたくない人たちの名前。
僕は僕の子供達にその名前を与えた。

僕は好きだったんだ。あの人たちのこと。
とっても好きだったんだ。
そのことに気づいたから。
そのことを思い出したから。
僕は僕の子供達にその名前を与えた。


いつしか自然と僕の顔がほころんでいた。
自然と微笑みを浮かべていた。
それに気づいて彼女もやわらかな笑みを浮かべる。
僕の腕につかまり、しなだれかかる。

ふと、思い出したように僕を見上げる。
いたずらな笑みを浮かべ、そっと囁く。

「あのね、あなた。今日病院へ行って来たの。
 3人目ですって!」

僕は目を丸くした。
そんな僕を見て、くすくす笑いながら彼女が続ける。

「女の子だそうよ。あなたの希望通り」
「そうか、女の子か!ありがとう」

彼女を優しく抱き締めた。
そして、感謝のキス。

「ちょっと、あなた。子供達が見てるわ」
「あ。ご、ごめん。でも、本当にうれしいよ」
「名前は決まっているんでしょ?」
「ああ、もちろん。アスカだよ。碇アスカ!
随分待たせちゃったけど、許してくれるかな?」
「そうね。アスカちゃん、今頃天国でお冠かもね。
でも、それってただの照れ隠しよ、きっと」
「そうだね。あの頃の僕には分からなかったけどね」

アスカ。僕の一番そばにいた女の子。
僕が逃げ出したせいで、死んでしまった女の子。

僕は僕を許しはしない。
僕は僕の罪を忘れない。

そして、君のことを忘れない。
君と生きていたことを忘れない。
あぁ、好きだったよ。
君のことが本当に好きだったよ。

アスカ、僕の娘に君の名前をあげてもいい?
君のように強くて聡明な子に育つように。
祈りを込めて、君の名前をあげたいんだ。
新たな生命を生きて欲しいんだ。

「そうだ、次の日曜日みんなに報告に行こう。
生まれてくるアスカのことを。
レイとカオルをつれて。
天国にいる父さんや、ミサトさん、リツコさん。
アスカ、綾波、それからカオル君。
みんなに報告に行こう。
いいだろう?マヤ」
「ええ、そうしましょう」



僕は生きていく。マヤと子供達と。
彼女たちと一緒なら、僕は強くなれる。



〜Fin〜



みきさんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「さて、みきさんのこの作品、ずいぶんしっとりとした雰囲気だね。登場人物のほとんどが死んでいるというのも・・・・以外ではある」

アスカ「もっと意外なのは、あの「マヤ」が奥さんだってこと・・・・ね」

カヲル「おや、今日は怒らないんだね。「何でアタシが死んで、マヤがシンジと!!」って」

アスカ「そりゃ、言いたいことはいっぱいあるわよ。ショタコンマヤ、とかいろいろとね」

カヲル「は、ははははっ・・・汗」

アスカ「でも、この話、そういう雰囲気を越えてなんて言うか・・・・そう、いい話だもの」

カヲル「ま、そりゃそうだね」

アスカ「ふざけていられる作品とそうでない作品の区別くらい、つくわよ」

カヲル「ま、分別があるのはいいことだ」

アスカ「そう?」

カヲル「ぎゃーぎゃー騒いでいるだけの君だったら、シンジ君もああは言ってくれなかっただろうしね」

アスカ「死んでしまったらもう遅いわよ」

カヲル「生きているうちに、か」

アスカ「月並みな言い方だけどね」

カヲル「むう、何かまじめなコメントだ」



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