「プールサイド」
C−PART:これからと……
秋良つかさ
「わっ」
慎治は驚いて身を離した。
あすかが足を滑らせて頭を打ったのを見た慎治は、急いでプールサイドにあがり、心配そうにあすかの様子を見ていたのだった。そして、慎治が身をかがめた瞬間にあすかが「麗」と叫んで起きたのだから、慎治が驚いたのも無理はない。
「あすか、そんなに急に体を起こして大丈夫なの」
「大丈夫……」
歯切れ悪くあすかは言った。
あすかは「大丈夫」と言った後で、「麗はどこ?」と慎治に尋ねたかった。だが、慎治の心配そうな顔を見た瞬間に、尋ねようと言う気はどこかにぶっ飛んでいってしまった。そして、それをあすかは完全に自覚していた。
……麗を懲らしめてやろうと思ったけど、そんなことより、慎治の心配そうな顔を見ている方がいいな。それに、麗は慎治の妹だったってこと、思い出したし……、麗なんかどうでもよくなっちゃった。そう、慎治だけ見ることができれば……
そう思いながら、あすかは左手をプールサイドに打った箇所に持っていった。
「いたっ」
「大丈夫?」
いいな。慎治にこんなに心配されるなんて。でも、打ったところ、痛いな。ちょっと手を動かしてみよっ……やっぱり膨らんでいる。こぶができてるんだ。高校生になってまでこぶを作るなんて……恥ずかしい……でも、慎治に心配されるんだからいいか。
あれ?わたし、慎治に心配されることばかり考えてる……なんか、わたしじゃないみたい
「うん、大丈夫だけど……ちょっとこぶができているみたい。こうやってさわると……」
あすかは左手をもう一度動かした。
「痛っ」
「だったらさわらない方がいいよ」
慎治は、右手であすかの左手を優しくつかんだ。まるで、慎治があすかの左手をつかまないと、あすかが触るのをやめないと思ったかのように
あすかは、慎治に掴まれた左手に視線を移した。
慎治の手のひら、熱い。でも、なんだか気持ちいい。ずっと握っていてほしい。あれ? わたし、こんなことも思えたんだ。今までの私だったら、「何、手を握っているのよ」って言って怒鳴っているのに。
あすかは、やがて、慎治の細い腕のほうに視線を移していった。
慎治の腕、女の私から見ても、羨ましいくらいに白くて細い。でも、肩幅のあたりは……ついこの間まで、おかま、とか、女装が似合うなんてからかわれていたのが嘘みたい……実際に慎治がおかまとからかわれていたのは、中学時代であるのだが、あすかの記憶ではそうはなっていない……服を着ていると、確かに撫肩だけど、実際に見てみると、結構広い。やっぱり慎治って男なんだ。
あすかはさらに視線を、慎治のうなじから髪のあたりに移動させていった。
髪が濡れてる。プールに入っていたから当たり前だけど。なんか、いつもよりも綺麗。髪についてる雫と夏の太陽のせいかな? 慎治の髪ってまっすぐで、線が細くて……とっても好き……まるで慎治みたいだもの。そう、慎治みたいだから……好き。だから……
あすかは、慎治の瞳をのぞき込んだ。そして、
「ねぇ、慎治。前にもこんなことがあったのを覚えてる?」
と、言った。
慎治は、うろたえたように、一瞬だけ瞳をそらした。
ふーん、慎治も昔のことを覚えていたのね。よかった……
よかった? 何か今のわたしって、変。本当に変。いつもの私ならこんなこと思わないし、こんなことしないし……
あすかは、次の言葉を滑らかに口から出すためかのように、舌をちょっと出して、唇を舐めた。乾きかけた唇が、濡れてまた赤くなった。
慎治、わかる? 今わたしが唇を舐めたのはわざとよ……えっ、わたし何考えてんのよ……
でも……いつもなら、言えないこと、今なら……
「じゃぁ、あの時、わたしが何を聞いたかも覚えてる?」
慎治の頬に朱が走り、瞳が揺れた。しかし、今度はしっかりとあすかの瞳をのぞき込むと、
「うん」
と、だけ言った。
一方のあすかは、本当に不思議と落ち着いていた。
あれ、こんなに落ち着いているの? 告白する時ってもっとドキドキするものじゃないの? ヒカリから聞いた話じゃ、心臓が破裂しそうになるって……昔のことを思い出したから? 慎治に好きだと言われたことがあるって思い出したから? だから、落ち着いてるの?
でも、そんなこと、どうでもいい。言いたいことが全部言えるなら。
「それなら……ね。あの時の答えは変わった? 変わってない?」
既にあすかの瞳には慎治しか映っていない。慎治の瞳にもあすかしか映っていない。プールではしゃいでいる他の恋人達の声も聞こえていない。
「変わってない」
今度は慎治ははっきりと即座に答えた。まるで、あすかの質問を予想し、答えを用意していたみたいに。
あすかは微笑んだ。あすかの瞳も、夏の陽の光が弾ける清流の水面のように柔らかく輝いた。
慎治はそのあまりにも柔らかいあすかの微笑みに、目を離せなくなってしまう。
「じゃあ……」
それだけ言うと、あすかは慎治の左手を握った。そして、そのまま見つめ続ける。
今度は慎治が唇を舐めた。
あすかの視界に慎治の顔が徐々に徐々に大きくなってくる。
あすかはそのまま瞳を閉じた。
……慎治……夏の太陽が熱いよ。でも……唇はもっと熱い……
この瞬間が永遠に続けばいいのに……
そうあすかが思った時
「あーすかちゃん」
「きゃー」
あすかの悲鳴と共に水しぶきが上がった。
何?何が起こってるの?
鼻が痛い。
ここはどこ?水の中?どうして? 慎治は? 水を飲んじゃったじゃない。それに、本当にいいところだったのに。誰? 絶対ゆるさない。
ようやくあすかは、水面に顔を出した。
激しく息をすると同時に、かなりむせている。
「誰?」
あすかはいつものように鋭い口調で言ったつもりであったが、実際には苦しげに声を絞り出したにすぎなかった。
「えへへ」
あすかの耳に無邪気そうな笑い声が届いた。だが、声は無邪気だが、その声の主は、小悪魔のような性格の持ち主であることをあすかは思い出していた。
「麗!、どういうつもりなの?」
「どういうつもりなの?」
麗はあすか語調を真似て、言葉を繰り返すと、小首を傾げて言った。
「こんなとこでキスなんてしちゃってさ」
とたんに真っ赤になってしまうあすかと慎治。
「みぃんな、見てたよ」
そう言った麗の瞳が、見ていた人を指さすかのようにクルッと動いた。
言われたあすかが横目で周囲を伺うと、一緒にプールにやってきたヒカリ、冬司達は確かに視線をあすか達にとばしていたが、大半はあすか達を無視して自らの楽しみに没頭している。特にヒカリの視線は「やったね、あすか」と言っている。
「麗! うそばっかり」
「えへへ、あすかちゃん、あたしのことを麗って呼ぶってことは、あたしことをようやく思い出したんだね。忘れてたあすかちゃんが悪いんですよぉだ」
麗はそう言ってもう一度笑うと、あすかと慎治に背中を向けて逃げ出した。
「待ちなさいよ!」
そう言ってあすかは麗を追いかけようとした。だが、ふと思いつて、慎治に向き直ると、腕をのばした。
「慎治も一緒に! それに麗のことをすぐ教えてくれなかったことでは、慎治も同罪よ! 麗を捕まえるの手伝いなさい!」
そう言ったあすかの口調は、これまでとは違い、柔らかく冗談めかしたものだった。それに表情も笑っている。
「え? えっとそれは……」
あすかの言葉と口調と表情と、とっさにどれに対応して良いのか迷っている慎治の表情を見て、あすかは一瞬だけ笑った。
「まぁ、そんなことはどうでもいいわ。ただ……」
「えい」
かけ声と共に、あすかは慎治の腕をつかむと、プールの中に引っ張り込んだ。
「わぁ」
慎治の叫び声と盛大な水しぶきが再びあがった。
「あすか、何するんだよ」
慎治はそう言ったが、慎治も怒ってはいない。
「麗を捕まえるわよ」
あすかは笑いながら言った。
「よぉぉし」
珍しく、慎治もはっきりと言って、笑い返した。
「慎治、私が麗を捕まえたら、クリームソーダね」
「また、クリームソーダ? あすか、本当に好きだね。うん、いいよ。じゃあ、僕が捕まえたら、あすかは何をくれるの?」
「それは……」
あすかはちょっと考え込んだが、
「クリームソーダみたいなものあげるわ!」
「なにそれ?」
と、聞く慎治に、
「秘密!」
そう真夏の笑顔で言うと、イルカのように身を翻して、麗を追いかけていった。
クリームソーダも慎治へのキスもどっちも甘いものね……と思いながら……
<終わり>
管理人(以外)のコメント
ゲンドウ「シンジ、ちょっと来い」
シンジ 「父さん・・・・な、なんだよ」
ゲンドウ「よくやった」
シンジ 「はあ?」
ゲンドウ「小学校時代からアスカくんをモノにしていたとは、父は知らなかった。それでこそ私の息子だ」
シンジ 「モノ・・・って、なにをいっているのかわからないよ!」
ゲンドウ「かつては『日本の種馬』と呼ばれた私の血を、立派に継いでいるようではないか」
シンジ 「・・・・いいの? そんなこといって」
ゲンドウ「真実を言っているまでだ。かつては私目当てに多くの女性が眠れぬ夜を過ごしたという・・・・おいシンジ。聞いているのか」
シンジ 「僕はこの辺で遠慮しておくよ。もっと聞きたいって言う人もいるみたいだし」
ゲンドウ「・・・・なに?」
ユイ 「あ・な・た♪(はあと)」
ゲンドウ「げげっ! いやその、これはだな。息子にもっと雄々しく育ってもらおうという親心で・・・」
ユイ 「にしては、ずいぶんと自慢げでしたわね〜(にっこり)」
ゲンドウ「う、う・・・」
ユイ 「そのあたり、もう少し詳しく話してくださるかしら? あ、考える時間ならご心配なく。お夕飯が終わった後で、じっくりと聞きますから、それまで考えていてくださいね」
ゲンドウ「・・・・つまり夕飯抜きと言うことだな(号泣)」
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