新世紀エヴァンゲリオン
「選ばれた1001番目の世界」
最終話<時の中で真実を知った


「あ、綾波?」
「れ、レイ?」
「ファースト!」
 色素の薄い白い肌、水色の髪、赤い瞳の綾波レイであった。すっかり取り乱したシ ンジが問う。
「あ、綾波、でも、カヲル君は、お風呂に、でも、出てきた・・・・」
「渚カヲルもあたしよ。あたしの可能性の一つ」
 綾波はいつものように、無表情に答える。
「ど、どういうこと?」
 シンジが言った質問には答えず、綾波は先を続けた。
「でも、カヲル君という可能性を経たことで、あたしは大事なことを確認することが できた。それは・・・・」
 そこで、綾波はちょっと口ごもって、下を向いた。しかし、意を決してシンジの方 を向くと、言った。顔は真っ赤である。
「わたしが碇君を好きということ」
「あ、綾波・・・・」
 シンジとレイはお互いに見つめあい、真っ赤になってしまった。カヲルに何かを言 われたときの比ではない。
「ちょっと、あんたたちぃ!」
 完全に二人の世界をつくられてしまったアスカは苛立つ。さらに、レイとカヲルが 同一人物であるのなら、カヲルがシンジに迫ったとことは、レイがシンジに迫ったこ とと同じであることに気づき、さらに苛立つ。
「あんたねぇ! 思い知りなさい!」
 そういうと、アスカはセントバンデュールからセントトルナードを取りだした。
「夢のメモリアルキャンドル! セント・トルナード・ドリーミー!」
 光の粒子がレイに向かって放たれる。
 だが、それは、すべて、レイの右手から出現した黒い小さな球体にすべて吸い込ま れてしまった。
「えっ!? どういうこと?」
 あたしの技が効かない?
「これは、闇の力よ・・・・。あなた、七色の声を持つ私に・・・・、ロード・オブ ・ナイトメアをも操るこの私に勝てると思っているの?」
「やってみなくちゃわかんないじゃないの! それに、これは、勝算が有る無いの問 題じゃないわ」
「そう・・・・」
「ミサトはどうすんの?」
 アスカが聞く
「セーラームーンよっ!」
 間髪入れず、ミサトは訂正する。
「はいはいわかりました、セーラームーン、あんたはどうするの?」
「あんた達みたいに凶暴な小娘に、かわいいシンちゃんを渡すわけにはいかないわっ !」
「そう。そういうことなら、三人とも立場は同じね」
 レイがそう言うと、三人ともお互いに距離をとって離れ、身構えた。
「ちょ、ちょっと、三人ともやめてよ!」
 もはや、シンジのその叫びも三人には届かない。
 そして、三人はある瞬間をじっと待ちかまえているかのように睨み合った。


「先輩、これはいったい・・・・」
 これまでのミサトでのマンションでの出来事をすべて把握している人がいた。諜報 部に依頼して、ミサトのマンションに監視カメラを取り付けさせた、リツコとマヤで ある。
「・・・・」
 リツコはそれには答えず、唇を噛みしめ、拳を握りしめるだけであった。
 しかし、マヤはそれには気付かず、言葉を続けた。
「どうして、レイはカヲルからもとにもどったんでしょうか? それに、あの二人の 変身はいったいどういうことでしょうか?」
「マヤ・・・・」
 リツコは絞り出すように声を出した。
「先輩?」
 リツコの様子に初めて気付いたかのように、マヤはリツコを見上げた。
「薫溺泉(クンニーチャン)の水に浸かった者は、水を浴びると変身し、お湯をかけ るともとに戻るのよ。すっかり忘れてたわ・・・・」
「先輩、詳しいんですね」
 だが、マヤのその言葉はリツコには届かなかった。
「でも、そんなことはどうでもいいこと。問題なのは・・・・これが、これが、補完 計画だと言うの? こんな、こんな・・・・」
 リツコは独り言を言うように言った。
「え? 補完計画? 先輩どういうことです?」
 だが、マヤはその答えを与えられなかった。
「マヤ、司令のところに行ってくるわ。ここ、お願いね」
「せ、せんぱぁい!」
 マヤはリツコを引き留めようと叫んだが、リツコはそれを無視し、部屋を飛び出し た。


 一度、私室に戻り、ゲンドウの私室から司令室に通じる扉のIDカードを取り出す 。
 まさか、本当に使うことがあるとは・・・・
 それから、通りなれた通路を通り、ゲンドウの私室に急ぐ。歩きながら、ゲンドウ の言葉を思い出す。「補完計画に重大な欠陥が生じたとき、もしくは、補完計画に重 大な欠点が発見されたときには、私の私室から司令室につながる扉を使いたまえ・・ ・・」
 ゲンドウの私室の前に立ち、インターホンを押さず、IDカードを使ってドアを開 ける。あまりにも飾りの少ない、そして、あまりに見慣れたゲンドウの私室がリツコ の瞳に飛び込んでくる。
 この部屋で・・・・
 いいえ、そんな場合ではないわ。
 あやうく、感傷の海に浸かりそうになる気持ちを、あわてて引き締める。そして、 部屋の奥にある司令室に通じている扉に目をやった。
 ここね・・・・
 リツコは扉の前に立つと、もう一枚のIDカードを使って扉を開け、躊躇無く足を 踏み出した。その時、司令室に入るときにいつも感じるめまいのようなものを、普段 よりも強く感じた。
 だが、それを訝しく思う間もなく、ゲンドウから声がかかった。
「そろそろ来ることだと思っていたよ」
 なんですって?
 怒りに燃えた瞳をゲンドウに向けた。
「補完計画のことだろう? 不満があるのかね?」
 リツコはまっすぐ歩いて、ゲンドウの執務机の前に立った。
「不満ではありません。怒りです。これが本当に補完なのですか? こんな醜悪な・ ・・・」
 それだけ言うとリツコは拳を震わせた。
 だが、ゲンドウは微動だにしない。
「そうだ、これが補完計画の一つだ。そして、足りないものを補い、完全なものにす るためには、様々な可能性が考えられる。」
「可能性だけなら、どんな計画でも成功します。それを逃げ道にするつもりですか? 」
「そうではない」
 ゲンドウのその返答を、ほとんど無視する形でリツコは続けた。
「誰も何も自らに欠けているものを補わず、だれも自らの心の弱さと向き合わず、他 の世界から都合の良い部分だけをとってきて、貼り付ける。そして、その異能力を使 うことで、何か為したような気分になる、もしくは罪の意識から逃れる。こんなもの は、補完ではありません。醜悪なパロディーです!」
「・・・・」
「まったく根本的な解決にはなってない・・・・心の傷の治療にはまったくなってい ないではありませんか!」
 リツコは執務机の上に身を乗り出し、更に続ける
「ミサトやアスカやレイが今やっているのは、その力を使って他を圧倒しようとして いるだけのことです。それは補完ではありません!」
「自と他に対する認識が深まらず、自を確立するために他を排除しようとしていると いうことか?」
「そうです。私たちの自らを構成する自と他の歴史を、深めることにはなっていませ ん!」
 そう言って、リツコは両方の手のひらを机に叩きつけた。
「そうか、冬月もそうだったよ」
「副指令? 副指令がどうかしたのですか? あの人の良い副指令まで、この計画の 犠牲になったのですが!?」
 リツコはキッとゲンドウを睨んだ。
「そう、人がよいかどうかは人によって意見が分かれるだろうが・・・・。冬月はネ オアトランティス総帥ガーゴイルとして旅立っていったよ。私に対する不満、自らに 対する怒り、そして、エヴァパイロットへの自責の念を何一つ口にすることなくな・ ・・・」
「まぁ、いい」
「まぁ、いい、ですって? こんな、誰も救われない、いや、救われないどころか、 心に傷を負ったまま異数の能力を手に入れたら、どうなると考えているのですか!」
「これからただ単に血で血を争う戦いが起こるだけです。わたしは・・・・わたしは 、あなたを信じてやってきたのに!」
「こんなのが・・・・こんなのが、補完計画だったなんて・・・・」
 そう言って、リツコは泣き崩れて、床に座りこんでしまいそうになった。しかし、 次のゲンドウの言葉に、リツコは更なる怒りをかきたてられた。
 その言葉は
「このシナリオは、おそらく失敗するだろうと思っていた。」
 で、あった。
「なんですって! それなら、何故!」
「シナリオに従ったまでだからな」
「それが免罪符になると考えているのですか!」
「そうではない」
 そういって、ゲンドウは唇の端をつり上げて酷薄にニヤリと笑った。そのあまりに 不気味な笑いに、リツコは一瞬言葉を封じられる。
「どちらにしても、このシナリオは失敗したのだ。次のシナリオを試さねばならんな 」
「次のシナリオ? どういうことです? それにどうやって? どうやって、やり直 すというのです! MAGIにだけ記録されるような微細な時空震。それだけの影響 しかない形で行われた複数の世界の融合を、もう一度分離させるのは不可能です!」
「私は専門家ではないからな。君がそう言うのならそうだろう。だが・・・・方法は 様々にあるのだよ。君が今入ってきた扉、それを君が明けることが引き金になってい る。そう、もう既に次のシナリオは始まっている。1002番目のシナリオが・・・ ・」
「え?」
 引き金? どういうこと? それに、1002番目? 補完計画は一つしかシナリ オがないはず・・・・
 ゲンドウの丸い眼鏡がキラリと光った。
「今、面白いものを見せてあげよう・・・・。シナリオの意味には君の知らないもの もあるのだ。あぁ、それから、君の声は私以外の誰にも聞こえず、君の姿は私以外の 誰にも見えない。君がその扉を開けたときからそうなのだよ。それを良く覚えておく んだな。」
 どういうこと? いったいどういうことなの?
 リツコがその疑問をゲンドウに問う間もなく、執務机の上のインターホンが来客を 告げた。
「入りたまえ」
「失礼します」
 そう言って入ってきたのも・・・・「リツコ」であった。
 わ、わたし?
 新たに入ってきた「リツコ」も、まっすぐ執務机の前まで歩いていって、そこに立 った。その結果、先に司令室に入ったリツコには、自分が並んで立っているように見 える。
 「リツコ」は報告書を広げる前に、怪訝そうに周囲を見渡している。最初から司令 室にいるリツコと視線が一瞬あったが、まったく気付かなかった。しかし、それでも 訝しげにしていたが、
「報告を聞こう」
 というゲンドウの声に我にかえったかのように、報告を始めた。
「はい。ハーモニクス試験の結果は良好です。ファースト、サード共に問題ありませ ん。ただ、セカンドには最近、深層心理での揺らぎが見うけられます。引き続き、カ ウンセリングを続けたいと思います」
 ど、どうして・・・・?
 それに、わたし・・・・、見えないの?
「ダミープラグは?」
「まだ、時間がかかりそうです。システム2−6とプロジェクトA−Vの遅れが響い ています」
 こ、この報告、昨日のわたしの報告と同じ・・・・。いったいどういうこと?
「それについては、委員会にも報告してある。間もなく状況は改善されるだろう。と ころで、補完計画についてだが・・・・」
 ゲンドウは先に司令室に入ったリツコの方を見て、ニヤリと笑った。
 まさか? まさか!
 ゲンドウは後から司令室に入った「リツコ」に視線を移すと、
「システム1002を起動しておいてくれ」
 と、言った。
「わかりました」
 こ、ここは、私の時はシステム1001だった・・・・
「他に報告するべき事はあるかね?」
「いえ、以上です。では、失礼してよろしいでしょうか?」
「ああ」
 そうして、「リツコ」はゲンドウに背を向けて歩き出した。
 ゲンドウはもう一度、先に司令室に入ったリツコに視線を戻した。
 こ、これは・・・・、タイムスリップ? 時間制御? いつの間に・・・・。まさ か!?
 リツコは司令室に入るときには常にめまいに似た感覚をおぼえることを思い出した 。
 あれが、時空震? と、いうことは、この司令室は時空間的に特異な位置にいると いうこと? そうだとしたら、わたしがあの扉を開けたときに、世界は時間を遡った ? もしそうだったら、めまいに似た感覚がいつにもまして激しいことの説明がつく 。でも、そうなの? 本当に時間を遡ってやり直すと言うの?
「そうだ。本当にやり直すのだよ」
 ゲンドウはリツコの思考を読んだように言った。
 そして、誰もが納得できる世界ができるまで、繰り返し、世界の構築を行うと言う の? それが、真の補完計画? 
 そんなことが許されるの?
「彼女がこの部屋をでていったら、君は消える。ここに存在してはいけなくなるのだ からな。一つの可能性に過ぎないと言うわけだ。では、さらばだ」
「司令、何か、おっしゃいました?」
 既に通路への扉を開けている「リツコ」が振り向いて訊ねた。
「いや、何でもない」
「君は早急にシステムの準備をしてくれ」
「はい」
 そういって、「リツコ」は通路へと足を踏み出した。
 そんな、そんな・・・・、そんなのが、補完計画なんて・・・・そんなの・・・・ 。
 でも・・・・待って。どうして、わたしが私室から司令室へのドアを開けることが 引き金なの? 何故? 何故、私が?
 司令室の扉が閉まろうとしている。
 それだけを、それだけは・・・・
 だが、その疑問も、ゲンドウの顔を見ていると理由がわかった。いや、わかってき た。
 その顔には、「君の本当のたった一つの望みが叶えられるようなシナリオは、一つ も用意されていないからな」と、書かれていた。
 そ、そういうこ・・・・
 そして、扉は閉まった。
<完>


新番組予告
危ういバランスを保ちながらも
楽しき日々を送る、レイ、アスカ、シンジ
しかし、人は変わっていくものである
その時、あらわれたフィフスチルドレン
彼の出現は幼年期の終焉を意味するのか?
そして
影で進行する補完計画
闇の組織ゼーレのシナリオとは?

かつて無い規模とスケールで送る
新時代ストーリー

新世紀エヴァンゲリオン
「選ばれた1002番目の世界」
第一話<フィフスチルドレン>

おたのしみに!


秋良つかささんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「秋良さん、ご苦労様。この分譲住宅連載ものでは「戦艦アスカ様の最後」に続く完結だね。おしくも一〇〇本目には届かなかったけれども、ご苦労様、といわせてもらうよ」

アスカ「最後のほうはタクい知識がないと分からないネタだったけどね。逃げた作者、訳分からなくてパニくってるわよ」

カヲル「それも一つの可能性。知りたければビデオでも再放送でも何でも見ればいいのだから」

アスカ「は、ははははっ(汗)。そういえば、これ、最終話なのに次回予告がついているけど、どうして?」

カヲル「えーと、秋良さんが言うには、この物語自体が一つの無限ループみたいでね。題名を見てご覧、次回予告は「選ばれた1002番目の世界:になっているだろう?」

アスカ「あ、ほんとだ」

カヲル「だから、再び1002番目のリツコが物語を繰り広げ、続いて1003番目、1004番目と果てしなく物語は繰り返すわけだね。そう言う意図を込めて、秋良さんはこの次回予告を付けたらしい」

アスカ「じゃ、続きはなし、と」

カヲル「まあ、そういうことだね」

アスカ「詐欺行為だってJAROにメール出す奴、いるかしらね・・・・」


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