サイレント・エヴァ

 

1st Mission −発火するアジア− A Part

 

 

 のどかなところだな。

 それが、土門シンジ一等陸尉が習志野の第一空挺団駐屯地にやってきたときに思った最初の感想であった。

 とてもではないが彼には、ここが日本で一番最初に騎兵連隊が駐屯した場所にも、大戦中数少ない戦車師団がおかれた場所にも、今自衛隊で唯一の空挺部隊が存在する場所にも見えはしなかった。常に最良の精鋭部隊が駐屯してきたにもかかわらず、なぜかここの風景は、のどかで閑静であった。

 シンジはいったん足を止めて自分の身なりを整え直すと、足早に第一空挺団の駐屯地営門をくぐろうとした。

 その時であった。

「遅刻、遅刻ぅっ! 隊長が戻ってくるのに遅刻ってのは、かぁーなりやばいって感じよねぇっ!」

 ちょっとかん高くて陽気な女性の声が聞こえたかと思うと、シンジは、よける間もなく衛兵詰所の陰から飛び出してきた女性と衝突してしまった。

「うわっ!」

「あややっ!」

 シンジの目の前が一瞬真っ白になり、それから、オリーブドラブの制服と黒いストッキング、そして……まあ、そういったものが見えたような気がした。

「きゃっ!?」

「あ?」

 呆然として転がったままその女性を見たシンジの前で彼女は、あわててタイトスカートの裾を押さえ、跳ね上がるようにして立ちあがる。

「ごめん! まじで急いでいたんだ、ごめんねー!」

 そのまま足どりも軽く、翔ぶがごとく走り去っていく。

 詰め所の衛兵が冷たい目で見下ろすなか、シンジはあっけにとられてそれを見送るしかなかった。

 

 その女性は、椅子にふんぞり返るようにして座ったまま、シンジの身上書にその澄んだ深い青色の瞳を落とした。やたらとスタイルの良い身体を、東南アジアのどこかで買い入れた開襟シャツで包み、長くて形の良い足をたかだかと組んでいる。多分欧州系の血が混じっていると思われる、その彫りの深くきつめの美貌が、困惑と不審でしかめられているのが、シンジにもよくわかった。

「第三新東京市の生まれ。親族は、官界政界学界に多数。私学出身で陸へ。無茶苦茶な経歴ね。法務士官? 土門一尉、特技は?」

「え?、チェロとそれから……」

 シンジは、直立不動のまま答えた。

あんたっ、ぶわくわぁっっっ!! 武道や銃器に関する資格のことよっっ!!」

「あ、す、すいません、特にないんですが……」

 女性は、やりきれないといった様子でその栗色の頭髪を左右に振ると、ひったくるようにしてわきの電話の受話器を取った。

「坂崎はいる!? 音無よ。三〇秒で顔を出せと伝えて。大至急よ!」

「あの、問題でも……?」

「あんたは、何処への配属を希望したの?」

「あ、実戦部隊です。その、これまでは、施設や後方や研修続きでしたから。それで……」

「何かの手違いがあったみたいね。ここは、あんたが来るべきところじゃないわ」

「いえ、しかし……」

 駆け足が聞こえてくると、ドアがパタンと開けられた。あわてた様子も無く彼女は、その少しだけそばかすが散った童顔に面白げな表情を浮かべながら、ひょこっと顔をのぞかせる。シンジは、彼女が自分を出迎えてくれた背広の事務方であることを思い出した。

「お帰りなさい、アスカ。元気なみたいでよかったわ」

「元気で悪かったわね」

「ひがまないでよ」

「そこの土門一尉が、何かの手違いでここへの配属命令を受け取ったみたい。あたしは着替えたら防衛庁へ報告に行かなきゃならないわ。後を頼んだわよ」

「ああいえ、アスカ、間違いじゃないわ。土門一尉は、サイレント・エヴァへの異動です」

「冗談でしょ? あたしが求めたのは、第二小隊の小隊長で、法務士官じゃないわ」

「でも、上は法務士官の必要を認めたみたいよ」

 音無アスカ三佐の表情は、今にも爆発しそうに真っ赤に変わっていった。血の底から聞こえてくるような低い声で、言葉を続ける。

「うちは訓練部隊じゃないし、広報用のお飾り部隊でもないわ。法務士官の必要性なんか認めない。現場に出ないわけにはいかないし、戦場に出たとたん戦死されたんじゃかなわないわ。まして足手まといになられても困るのよ」

「その、努力しますから……」

シンジは、たまらず小声でつぶやいた。

あんた、ばかぁっ!? ちょっとヒカリ! これが一ヶ月もカンボジアの地雷の海を泳ぎ回ったあたしに対する、背広組の挨拶!?」

「落ち着いて、アスカ、ね? いかんの人事に背広が口を出せるわけがないでしょ。土門一尉は、長男でもないし、しばらく結婚の予定もないそうだから、サイレント・エヴァの隊員たる資格を持っているわ。受け入れてもらえるわよね?」

 アスカは、気を落ち着けて、もう一度身上書に目を落とした。

「あんた、戦史が趣味らしいわね?」

「はい。将来は戦史研究に人生を捧げたいと思っています」

「あんたが得た戦術の知識を、あたしの部隊で応用できると思ってる?」

「その、僕はそれほど不遜ではないです。経験に勝る知識などないですから」

アスカはニヤッと笑った。

「あんたがここで指揮できるのは、三〇名にも満たない小隊よ。戦場ではあたしの下僕でしかなくて、生きて帰れる保証もないわ。その死に報いて涙してくれる世論もない。我々は存在しない部隊よ」

「覚悟しています。最善を尽くします」

「よろしい。ヒカリ、レイを呼んで。バカシンジを紹介するわ」

「?」

「いい、あんたはこれから、バカシンジよ」

「そんな……」

い、い、わ、ね

「はい(泣)」

 シンジが心で号泣しているその時、バタンと勢いよく部屋の扉が開かれた。いかにも快活そうな雰囲気の、けれどもアスカに負けず劣らずのプロポーションと美貌を誇る、アルビノの女性が飛び込んでくる。

「おっかえりなさーい(ハアト)」

 あくまで楽しげな彼女の声に、シンジは思わず記憶のなかの何かを呼び起こされて、はっとして彼女に向き直った。

「あっ、君は!?」

ああっ!! あんた、さっきのパンツのぞき魔!!

「違う、違うよ! あれは事故で……」

「あんた、事故で人のパンツのぞくの? うう、ひどい、ひどいわ」

 思わずしどろもどろの弁解を始めるシンジ。ついそれにのせられてしまうレイ。シンジのかたわらで、ヒカリが思わず身を引いて「不潔、不潔よっ!」などとつぶやいているのを見て、アスカはとうとう爆発した。

あんたら、ぶぅわくぅわぁっっっっ!!!

 その彼女の怒声は、空挺団宿舎全体に響き渡ったという。

 もっとも、いつものことと、誰も気にはしなかったそうであるが。

 

 

 発令所のナビゲーション・コーナーのチャートの上にかがみ込む、タイ海軍がロシアから輸入したキロ級潜水艦サタヒップ(三〇〇〇トン)の艦長、トキタ・ナット中佐の額に脂汗が浮かぶのを、副長のシンジ・スルワット少佐は無言のまま見つめていた。航海長のカヲル・ロンノル少佐は、二度、「航路は?」と、尋ねなければならなかった。

「二−七−〇へ転針、いや、直進だ」

「駄目です、艦長。その、このままだと、浅海域に入りますけど」

 シンジ・スルワット少佐は、そっと警告を発した。

「浮上するか……。もう逃げ切れるとは思えない」

「外交問題になるのでは……」

「仕掛けてきたのは向こうだ。ここは公海だから、我々が浮上しても、彼らに臨検する権利はない」

 シンジ・スルワット少佐は、同意できないというふうに黙ってその澄んだ漆黒の瞳で艦長を見つめた。右舷方向からの、アクティブ・ピンの音が大きくなった。向こうが、こちらを捉えていることは間違いなかった。ソナーがキャッチする水上艦の数は、少なく見積もっても一〇隻を超えていた。確かに浮上するというのも、この入り組んだ海底状況では、事故を避けるためのひとつの解決策ではある。ただし、潜水艦がとっていい解決策ではなかったが。

「浮上しよう。前方にフネはいないな?」

「はい。近くには、ね」

 カヲル・ロンノル航海長が答える。

「メイン・タンク・ブロー。上げ潜舵。アップとリムをかけよ」

「浮上、メイン・タンク・ブロー。さあいこう。アダムの末裔、リリンの僕」

 艦を包囲する水上艦部隊に知らせるため、サタヒップは、派手な音を立てつつ浮上を始める。

 シンジ・スルワット少佐は、緊急浮上のブザーを押すよう命じると、ナビゲーション・コーナーのハンドルを掴んだ。艦長の焦りが気になった。この程度のことで慌てられては困るとも思った。

 艦長は、浮上までの短い間にスキップシートに戻り、腰のベルトを締めた。潜航係士官が、深度計を読み上げ始めた。

 実はタイの王族でもあるシンジは、多少憂鬱な思いで、このまま母港へ直行だなと思った。

 

 サタヒップが見落としていたことがあった。確かに前方に艦影はなかったが、左舷後方から高速で突入してくるシンガポール海軍のミサイル艇があった。しかし、それが発生させる雑音は、他の大型艦が発生させる雑音に紛れて、サタヒップのロシア製ソナーには感知できずにいた。

 

 最初に襲ったのは、艦全体を叩きのめすような衝撃であった。

 シンジ・スルワット少佐も、カヲル・ロンノル少佐も、空中に投げ出され、相当の怪我を負う羽目になった。が、少なくとも、なぜかベルトが切れて前方に放り出され、コンソールに頭から突っ込んで頭蓋が潰れ、ついでに電線がショートして真っ黒焦げになって感電死した艦長にくらべれば、まだ幸運であったといえた。

 シンジは、上体を覆う重量で、意識を取り戻した。

 何が起こったかは、一目瞭然だった。バッフルズの背後から突っ込まれ、何かにオーバーシュートされて乗り上げられたのだった。うめき声が聞こえたが、真っ暗だった。緊急ランプが点滅していた。コンソールに胸まで突っ込んでいる艦長の姿が見えた。その身体は、ぶすぶすと黒い煙をあげていた。

「艦長! 艦長!」

 シンジはゆっくり動いた。動いてみて、ようやく艦が傾いていることに気がついた。左舷に傾いていた。まず自分の身体の上に乗っている誰かを押しのけた。

「もう、終わりなのかい?」

 シンジは無言でカヲルを引っぺがすと、スキップシートのかたわらに備えつけられたマグライトを取ってライトを点けた。目が何かでしみた。手のひらについた血液を見て、ようやく自分が怪我をしていることに気がついたが、どこが傷むのかよくわからなかった。と、生暖かいものが自分の額に触れる。すぐにカヲルが自分の傷口に舌をはわせているということに気がついたシンジは、怪我の手当てを彼のしたいようにさせておき、発令所内に呼びかけた。

「無事な者は返事を!」

 シンジは、呼びかけながらベント操作盤に歩み寄り、あらんかぎりのタンクのベントレバーを解放しようとした。が、すぐにカヲルが、彼の手のひらに自分の手を重ねて一緒にレバーを解放しようとする。シンジはタンクを彼一人に解放させると、艦内の状況を把握しようと試みた。反応するタンクもあれば、無反応なタンクもある。

 前部魚雷庫から、水しぶきと共にクルーが転がり込んでくる。

「前は駄目です! ソナードームから、居住区から全滅です!」

「ハッチを閉鎖するんだ! 航海長!」

「操舵手、舵はどうだい?」

「反応がありません。まったく……」

「副長、後部タンクを注水した方がいい。このままだと、艦首から海底に激突するだろうからね。操舵手、深度計は生きているかい?」

「いえ、一〇メートルで止まったままです」

「確か、この辺りの深さは……」

「八〇〇から一二〇〇はあったと思うよ」

 シンジは、落ち着いて答えた。

「今の状態じゃあ、四〇〇でももたないだろうね。副長、脱出トランクへ急いでくれるかい」

「冗談を言うなよ! 誰が指揮を取るんだ?」

「艦長は?」

「黒焦げになってる。何かで感電したみたい。他に選択の余地はないだろ、フネは僕が指揮を取る。副長として命令するよ。航海長はただちに脱出トランクへ」

「シンジ君、生き残るべきは君であって、僕じゃない」

 カヲルは、ベントレバーを操作しながら、優しく言った。

「カヲル君、僕はそういう教育は受けなかったんだ。部下を、とりわけ親友の君を見捨てられるわけがないじゃないか?」

「それが、僕の運命だからさ」

「副長、脱出してつかわさい……。それが乗組員の唯一の願いなんや」

 航海科のトウジ・ワライ中尉が、暗がりから小声で進言した。彼は、ロシアの潜水艦学校に留学して、キロ級のシステムを学んで帰国した時代のエリートであった。

「黙ってて!」

「副長、わいらの名誉の問題なんや。御前はんを脱出させせえへんと、わいらの名誉に傷がつくんや」

「そうなんだよ、シンジ君。君が脱出できれば、僕らは政府と君の狂信的なファンから恩情を得ることができるのさ。遺族には、それなりの謝礼もでるだろう。そう、君と僕らの遺族には、未来が必要だ」

「もういいよ……。どのみち脱出できる深度を超えているもの」

 

 シンガポール海軍のアオバ・ワン海軍少将は、インドネシア海軍のフリゲート艦ファタヒラ(一四五〇トン)の左舷ウイングにたたずみ、救難活動の様子を見守っていた。海綿状、低い高度に、沈んだミサイル艇の断末魔が吐き出した黒煙がまだ漂っていた。

 もちろん、艦影はどこにもなかった。そのミサイル艇は、サタヒップに左舷から乗り上げ、横転して瞬時に沈没していた。

「お前さんのところの潜水艦ではないんだな?」

 ワン提督は、インドネシア側の指揮を執るヒュウガ・ヒフタル海軍少将にもう一度念押しした。

「間違いない。うちの海軍の潜水艦は、とっくに訓練海域から脱出している。タイだよ。こんなことをするのは、タイ海軍しかない。あそこが最近配備したロシア製の潜水艦のはずだ」

「だとしたら、厄介だな」

「まあ、犠牲者を悼んで終わるとも思えない。責任のなすり合いが始まるだろうな」

「この深さで助かるとも思えないが……」

 ヒフタル提督は、艦長にソナーの様子を聞いた。

「そんなに気にくわないのかな、俺達の訓練が?」

「隣国としては、気にもなるんだろ。我々の軍事力だって、無視はできないだろうからな」

 水平線のむこうにいたタイ海軍のフリゲート艦が、ゆっくりとむきを変え、こちらへと向かってくる。

 へりが頭上を舞い始め、沈んだミサイル艇の黒煙をかき乱した。二人の提督は、厄介なことになりそうだと思った。実際には、その沈没した潜水艦は、二人が考えるよりももっと厄介な要素を抱えていたのであるが。

 

 

 一ヶ月ぶりにまともな制服に着替えた音無アスカ三佐は、統幕が差し向けた黒塗りの車で、習志野から市ヶ谷の防衛庁へと向かった。ハイヤーを差し向けたのが、一ヶ月のジャングルでの労苦に対する、上層部のねぎらいらしかった。

 通された部屋には、すでに三幕僚長と、統幕議長がそろっていた。アスカは、陸幕長が顔を出すという話は聞いていたが、雛壇そろい踏みだとは思ってはいなかった。

 アスカが末席に腰掛けると、お茶が出された。

「帰国した当日に済まないわね」

 陸幕長の矢田キョウコ陸将が、やんわりとした口調で言った。指揮官として、できた人物であるという以外、アスカにとっては印象のない相手であった。

「情報が錯綜しています。外務省は分析ずみのフィルターのかかった情報しかよこさないし、現地にいるのは施設科部隊で状況判断は任務外。メディアも、一時にくらべればカンボジア報道の情熱を失ったみたい。経験者の、最前線を見た報告が欲しいのよ。陸海空いずれも、その時に備えなければならないわ。聞かせてちょうだい」

「もう、何もかも遅すぎます。来月にも、内戦状態に逆行するでしょうね。一言で言えば、バカな外務省のせいです。連中は、PKOが引き上げた後の青写真を、カンボジア国民に提示できなかったわ。選挙さえ無事乗り切って、仮設道路さえ出来ればよかったんです。だからまた引き返す羽目になった」

「あれは国連軍活動よ。表立っての外務省批判は控えてちょうだい。彼らも精いっぱいやったのだから」

「ほんのちょっと時間を稼いで、民衆にぬか喜びを与えただけよ。軍は腐敗しきり、政府は権力闘争に明け暮れ、政情不安が景気後退に拍車をかける。その一方で、じわじわとタイとベトナムが経済支配を強めている。それが昔と変わらぬカンボジアの実状です」

「ポルポト派は?」

「一時ほどじゃありませんが、依然として勢力を維持しています。武器弾薬は、今では政府軍の横流しでもっている。なにしろ、政府軍に戦う意欲がありませんから、やりたい放題ね」

「どうすればいいと思う?」

 海幕長の江田ナオコ海将が、メモを取りながら尋ねた。

「簡単なことです。大使館を畳んで、撤退すればいいわ」

「外務省には聞かせられないわね……」

「バカな役人が面子にこだわって、これまで国民が払ってきた犠牲は、せいぜい税金と環境破壊ぐらいだったけれど、この失敗であたしたちが払わさせられる犠牲は、多分自衛官の生命よ。国論を二分し、犠牲者を出してまで守らねばならない役人の面子や、現地の民主主義なんてものはないわ。米軍がベトナムで犯した過ちを、日本がカンボジアで払うことになってもいいって言うの?」

「問題はそれなのだけれども、PKO積極推進の立場を取る私たちとしては、外務省の方針を支持せざるをえないの」

「大使とも話をしてきましたけど、そもそも外務省は、どの程度覚悟して、どの程度深入りするつもりなの? 自衛隊が霞ヶ関の、ゴルフ焼けしか知らないようなどこぞのお坊ちゃん外交官と心中する必要はないでしょう。筋を通すべきね。我々は実戦部隊を送るつもりはないと……」

「実はもう約束が出来ているわ。ちかぢか、混成団を編成して送り出すことになったわ」

「なんて早まったことを……」

 アスカは、椅子から上半身を起こし、大げさなアクションでテーブルを叩いた。

「解ってるの? ことの重大さを」

「自衛隊が進駐して、バッファ・ゾーンを作る。そこから徐々に中立地帯を拡大していくという計算よ」

「何をどう解釈して、そんな短絡的な発想が生まれるっていうの。犠牲を払って、ほうほうの体で逃げ帰るのがオチよ。貴方は責任を取れますか。そんなバカな約束を役人と結んだことを、遺族に申し開きできますか?」

「残念ながら、その決断を下す立場に私たちはいるのよ。外務省との交渉のテーブルに、いずれあなたにも参加してもらうこともあるかもしれない―――」

「まっぴらごめんね」

「言葉遣いには―――」

 ドアがノックされ、陸幕長の副官が、メモを差し出した。キョウコはそれを一瞥すると、眉間にしわを寄せながら海幕長へとそれを渡した。

「タイ駐在の、うちの武官からね……」

 ナオコはそれを声に出して読んだ。

「南シナ海にて、タイ海軍のタイプ877EKM潜水艦が、シンガポール海軍のミサイル艇と衝突沈没……。非公式ながら、救難母艦の出動を要請された。なお本艦には、シンジ・スルワット殿下が座乗の模様である。続報を待て……」

「なんてことだ……!?こいつは戦争になるぞ……」

 統合幕僚会議議長の、斉藤三弥陸将が一呼吸おいてうめいた。

「スルワット殿下だって?……。どこかで聞いたことがあるぞ」

「防大の留学生ですよ。四年間防大で勉強し、江田島の幹部候補生学校にもいたんですから」

 ナオコが答えた。

「殿下ということは、王族なんだろうな?」

「ええ、もちろん。継承順位は六番目かそこらですが、国民には、海軍士官の殿下としてアイドルなんか比べものにならない人気があるんです」

 ナオコは、大声で「副官、副官!」と呼んだ。

「幕僚スタッフを召集、救難母艦の居場所を突き止めて、至急出航準備させて。洋上にいたら、とにかく南へ急がせて」

「目標は……」

「そんなのいいわ。とにかく南よ。いえ、南シナ海のあたりということにしておいて」

「やめた方がいいわ……」

 アスカはゆっくりとお茶を飲み干すと、落ち着きを払った態度で口を挟んだ。

「やめた方がいいわ。火薬庫に火を点けることになるわよ」

「もう、導火線の下でろうそくを燃やしているのと同じことよ」

「だけれど、近づかなければ、火傷を負う心配もないわ」

「救難活動よ、音無君。あの付近に、まともな救難母艦をもっている海軍はいないのよ」

「修羅場に救難母艦一隻というわけにもいかないでしょう。護衛艦の二隻も随伴させないことには、まともな救難活動なんて出来はしないわ。そんなところで戦争でも始まったら、中立では済まないわよ」

「これは海軍の問題よ。口出しはしないでちょうだい」

 アスカは、了解したというふうに、静かに頷いてみせた。まったく、戦場から遠いバアサンに限って威勢がいいのにも困ったものだ、などと思いながら。

 そんな彼女の内心をその瞳の色でかぎつけた江田ナオコ海幕長と、アスカの間で激しい火花が散る。

「もし、戦争になるようなことでもあれば、それこそ艦艇でバッファ・ゾーンを作って納めてみせるよ。ショー・ザ・フラッグは、本来こういうためのものだ」

 あわてて統幕議長が仲裁に入る。

「では、あたしはこれで失礼いたします。レポートは一両日中に提出いたします。外務省のお気に入るようなものをね」

 

 外に出ると、制服に身を固めた司馬レイ一尉がぴょこんと立ちあがった。各幕僚長連中の副官の誰よりも背が高く、自衛隊でも屈指の美貌の持ち主であるレイの姿に、副官連中がドギマギしているのがよくわかった。

「迎えに来たわよー」

「ご苦労。このまままっすぐ中華街に直行するわよ。久しぶりに人間が食べる食事をしたいわ」

 レイの父親は、中華料理のチェーン店を経営している典型的な華僑成功者であった。

 まるでファッション雑誌の中から抜け出してきたような二人に、すれ違う職員の視線が集まるなか、アスカとレイはエレベーターで地上まで降り、駐車場に止めてあるレイのシトロエン2CVに乗り込んだ。

「駄目じゃない、隊長。あんな厳しいこと言っちゃ(笑)。立場がある人たちなんだから」

「潜水艦の話、聞いた?」

「うん。ヤバいニュースよねー。処理を間違えると、戦争になっちゃうわよね。そいえば、一回スルワット殿下と会ったことがあるわ。タイ海軍の親善訪問の時だったかな。なかなか良い男だったよ(ハアト)。王族の鏡って、やつ?」

「なんで王族がドンガメなんかに乗ってるのよ?」

「潜水艦だっけ? 士官はオールマイティであれって、海自の伝統にしたがったんじゃない?」

「カンボジアはもう駄目よ。あの国論を割った大騒動はなんだったんだろうって、思っちゃうわ。そういえば、レイ、あの新任の青白いのをどう思う?」

 レイはくすっと笑った。

「いい感じじゃない。経歴だけ見ても、なかなか面白そうだし。隊長の好みじゃないかもしれないけどねー」

「あんな奴に二〇キロの荷物を背負わせて、四〇度の灼熱地獄のなかで地雷の海で作戦行動させることを考えると寒気が走るわ。誰か知り合いでもいない? 結婚でもさせて、さっさと追い出さなきゃ」

「あ、それいい感じ(笑)。彼氏いない暦何年かの女の子を紹介してあげようっと」

「言ってやって。あたしと同じで出世の可能性は全くないって」

「うんうん(笑)」

 レイはまた笑った。2CVは、混み始めた夕方の首都高に乗り、一路夕方の中華街へと向かった。

 日本は、まだまだ平和の海に浮かんでいた。

 

To Be Continued B Part  


  後書き ――もしくは、まったく関係ない人物による言いたい放題――

 

金物屋忘八:
 初めまして、金物屋忘八と申します。この「エデンの黄昏」には、初めての登場となりますか。このような私を拾ってくださったなお管理人様に対し、最大級の感謝を捧げたいと思います。

山岸マユミ:
 初めまして、「エデンの黄昏」の皆様におかれましては、初めてお目にかかることとなります。山岸マユミと申します。以後よろしくお引き立てのほどをお願いいたします。

金物屋:
 いや、相変わらずの丁寧なご挨拶ですね。

マユミ:
 はい。やはり初めてのページですから、きちんとご挨拶申し上げませんと。

金物屋:
 さて、マユミさんは、私のホームページでも解説の対談を担当していただいていますが、今回の小説について一言どうぞ。

マユミ:
 え、そうなんですか?

金物屋:
 そりゃそうです。そのためのお呼びしたんですから(笑)。

マユミ:
 あ、はい。それでは。そうですね、アスカさんが、すごいですね。階級からいったら、はるか上の人を相手に一歩も引かずにあれだけ言いたいことを言いたい放題言って、しかも自衛隊から放り出されないなんて。ものすごく実力のある方なんですね。ちょっとびっくりしてしまいました。

金物屋:
 それはそうでしょう(笑)。もとの「環太平洋戦争」等の「サイレント・コア」シリーズは読みました?

マユミ:
 はい。一応全て目を通してきました。それで思ったのですけれども、実はずいぶんと端折ってはいませんか? それに、ずいぶんとこじんまりとまとめようとしているようにも見えたのですが。

金物屋:
 おや、わかってしまいましたか。ええ、基本的にこの「サイレント・エヴァ」シリーズは、一話一話を短くするために、原作のエピソードを抜き出して、それだけで完結させる形で書いていくつもりなんです。

マユミ:
 え、何故です?

金物屋:
 つまり、私がこれだけにかかりきりになれるならともかく、自分のホームページでも何本か連載を抱えているわけです。そうである以上、これに割ける労力は限定されるわけですから、一話一話を完結させて完成させる方を選んだのです。

マユミ:
 なるほど。だらだらと終わりが見えないままに続けるよりは、むしろ短編の連作としてまとめる方を選んだわけですね。

金物屋:
 そうです。ですから、自衛隊側のキャラクターは、基本的にあの通りにしていくつもりです。

マユミ:
 では、サイレント・エヴァのメンバーは……。

金物屋:
 そうです。あのまま最後まで固定していくつもりです。

マユミ:
 ……可哀想な碇君。ではずっと、碇君は、アスカさんの下僕なままなのですね(泣)。ずっとバカ呼ばわりされて、いじめられて……。

金物屋:
 そ、そんな涙ぐんだ瞳で、私を見つめないでください(汗)。大丈夫ですって、それなりにきちんとフォローは入れていきますから。

マユミ:
 本当に?

金物屋:
 約束します(キッパリ)。

マユミ:
 わかりました。それでは、くれぐれも碇君をよろしくお願いいたします。

金物屋:
 わかりました。それでは最後に何か。

マユミ:
 はい。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。もし機会がありましたならば、またお会いしたく思います。

金物屋:
 それでは皆様、これで失礼いたします。マユミさんも、今日はどうもご苦労さまでした。

マユミ:
 はい。それではこれで失礼いたします。よろしければ、また呼んでいただけると嬉しいです。それでは。





金物屋忘八さんへの感想は、こ・ち・ら♪   
そして金物屋さんのぺえじ「楽描工廠」はここ   


管理人(その他)のコメント

カヲル「ようこそ、金物屋さん。この分譲住宅へ」

アスカ「・・・・あれ。この敷地には確か・・・・」

カヲル「はい、そこまで」

アスカ「・・・・まあいいわ。で、金物屋、ってなんか鍋でも売ってそうな名前よね」

カヲル「そう言う話も、そこまで」

アスカ「・・・・じゃあ、何を話せっていうのよ」

カヲル「決まってるじゃないか。この作品についてだよ。どうやら君と綾波レイは友人のようだし、やっぱりここでもシンジ君を馬鹿よわばりするし・・・・」

アスカ「す、すきでしているわけじゃないのよ! あいつがあまりに馬鹿だから・・・」

カヲル「ふっ。まあいいさ。で、この小説の元になっている「サイレント・コア」シリーズだけど・・・・」

アスカ「読んだこと無いから、わからない」

カヲル「そう身もふたもないこと言わないでほしいなぁ〜」

アスカ「とにかく軍事小説なんでしょ? 12式・島津・龍牙についで四人目よね」

カヲル「そうだね。でも、先行きがたのしそうじゃないか。逃げた管理人は、原作を知らないから、ラストも知らない。その分、これを読む楽しみがあるって言ってるよ」

アスカ「最近ミリタリーの伸張が著しいのよね〜チャットのメンバーもほとんどがそれ系だし」

カヲル「それ系って・・・・君は文句を付けてるのかい?」

アスカ「そういうわけじゃないわよ。ただ、このペースで浸食が進むと、このページが何か変わりそうな気がして」

カヲル「まるで、全員が相田ケンスケのようなページに?(にや)」

アスカ「いっいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


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