「ありがとう。君に逢えて、うれしかったよ」
少年は微笑んだ。エヴァンゲリオン初号機という鬼神の掌中で。
やがて、その首がLCLに落ちる。
碇シンジは初号機のプラグの中で、ただ俯いていた。
「彼は死を選んだ。生きる意志を放棄して、みせかけの希望にすがったのよ・・・シンジ君は悪くないわ」
「・・・冷たいね、ミサトさん」
日の暮れた湖畔の風は妙に冷たい。
シンジには葛城ミサトの言葉が限りなく薄情なものに思えた。
渚カヲルはシンジにとって最初で最後の『全てを受け入れてくれた』人だった。
だから、シンジにはミサトの考えを『受け入れる』ことはできなかった。
その後、彼はおよそ二ヶ月の間全てを拒絶することになる。
寂しさに耐えられなくなって、ヒトのぬくもりが恋しくなるその時まで。
EVANGELION:REBIRTH/2 終わりなき、日常
第零話「叩け、天国の扉を」
それは、使徒殲滅から一ヶ月後のある日のことだった
独房の扉が開き、薄暗い室内に男性士官の影が差し込む。
「赤木博士。現時刻を以って貴方の拘禁を解除します」
「・・・・・今更、何のつもり?」
独房内の女性、赤木リツコはうなだれた姿勢のまま士官に問う。
長い拘禁のせいか、彼女の顔はいささかやつれていた。
「エヴァ参号機の修復作業の指揮を執って頂きます。詳細は司令執務室の碇司令よりお聞きください」
士官は事務的に答えを返した。
リツコは黙っていたが、やがて乾いた笑みを浮かべて立ち上がった。
「・・・必要となれば、捨てた女も利用する。エゴイストな人・・・」
「初号機を実戦配備から外すですって?ちょっと、どういうことよ!それ?!」
ミサトはそれを聞いたとき、猛烈に反論した。
彼女に知らされたのはエヴァンゲリオン初号機の実戦配備からの除籍という知らせだった。
「度重なる戦闘によって初号機の素体のヘイフリックは限界に達しているわ。
それに、初号機の素体が製造されたのは現行の機体では最も古い2005年。老朽化も激しいのよ。
だから大規模な延命処置が必要なの」
久しぶりに発令所に姿を現したリツコは食ってかかるミサトに対して至って冷静に答える。
「あんた、久しぶりに顔見せたかと思えば急に何言い出すのよ!」
「既に決定済みの事よ。もう変更はきかないわ」
「そんな事言ったって、アスカはいまだに入院中なんだし、弐号機は戦力にはならないのよ!!」
ミサトは食い下がった。
冗談じゃない。事実上パイロット不在の弐号機だけでどうしろというのだ、と彼女は思う。
「初号機の替わりは用意してあるわ。一つも使えるエヴァがないと、何かと困るから。マヤ、出して」
「はい」
リツコの指示を受けて、伊吹マヤがキーボードを叩く。
メインスクリーンに表示されたエヴァの配備状況は参号機が再就役する事を示していた。
「・・なによこれ?参号機の再就役なんて、聞いてないわよ!」
ミサトがリツコに対して当然の疑問を口にする。
「当然よ。伍号機以下の第二次整備計画とは別に、極秘裏に修理を進めていたから。初号機の代替機として、シンジ君に乗ってもらうわ」
「あんなにズタボロになった機体なのよ。使えるの?」
「全体の89.6%のパーツを新作しているわ。新しくエヴァを作るよりは、安上がりよ」
「・・いいかげんなハナシね」
「それより機体が使えてもパイロットの方はどうなのかしら?シンジ君の管理はあなたの担当なのよ」
なおも不満げなミサトに対して、リツコは話を逸らせる手に出た。
「そのセリフ、何度も聞いたわよ」
そう言いつつも、ミサトは黙り込んでしまう。
(そうね・・それが問題なのよね・・・)
リツコの狙いどおりに考え込んでしまったのだ。
ミサトは最近めったに自宅に戻っていなかった。
独自に人類補完計画の真相を探ろうと、
諜報二課の目を欺きつつターミナル%ドグマ周辺の立ち入り禁止区域をうろつく事が多いためではあったが、
第十七使徒の件以来どこか冷めてしまったシンジに接するのをためらっていたのも事実だ。
そんなミサトに対してリツコは止めをさすように言う。
「・・とにかく、参号機は数日中に再就役。起動実験はレイで行います。でも、運用はシンクロ率の高いシンジ君をベーシックにするからそのつもりで」
「・・・・わかったわ」
ミサトはため息とともにその言葉を吐き出した。
数週間後。長野県松代市のネルフ第五実験場に黒いエヴァンゲリオンがいた。
間近に見ると、その機体色は黒というよりむしろダークブルーに近い。
EVA-03、エヴァンゲリオン参号機。
第十三使徒に寄生されたため初号機によって破壊された機体だが、
人類補完委員会、すなわちゼーレ主導のエヴァ製造計画である第二次整備計画とは別にネルフが独自に修復した。
コアの損傷が少なかったとはいえ、まともに人型を留めていなかった機体を修復して再就役させた背景には、
ネルフがゼーレとの対立を強めている事実がある。
建造中の伍号機以下のエヴァはネルフ本部にまだ配備されていない。
つまり、ネルフがゼーレと決裂した際にはいつ伍号機から十三号機までの九機のエヴァンゲリオンが敵となるか分からないという事になる。
参号機はネルフ自身の手元に置いておく事ができる貴重な戦力なのだ。
実験場を中心とした半径二キロには、人間は一人―――テストパイロットの綾波レイ―――を除いて誰もいなかった。
一般住民にも避難勧告が出されている。
多数の犠牲者を出した前回の爆発事故の教訓を踏まえた結果だ。
実験場内、地下ケージの参号機は通常よりも厳重に拘束されていた。
万が一、また暴走した場合の備えではあるが、
万一の場合はたかが拘束具を追加したぐらいではエヴァの怪力の前には何の役にも立つはずがないのは明白だ。
いわゆる気休めでしかない。
プラグハッチが開くと、そこへ真新しい白いエントリープラグが挿入される。
エヴァンゲリオン参号機の二度目の起動実験が始まった。
参号機の目にうっすらと光がともる。
「これより、参号機起動実験を開始します。・・・レイ、準備はいい?」
『はい・・』
ケイジのある実験場から二キロ離れた指揮車のコントロール%ルーム内で、リツコが実験の開始を告げる。
それに答えるのはレイの相変わらずの無機質な声だ。
「第一次接続開始。主電源コンタクト」
「稼動電圧、臨界点を突破。問題ありません!」
至って冷静に指示を出すリツコに対し、報告するマヤはやや緊張していた。
ケイジでは周囲がエヴァの起動音で満たされていく。
ぼうっ、と両肩部に<EVA3>、両腕部に<EVA03 PRODUCT>という文字が相次いで浮き出る。
電力が伝達されていく際の“ギミック”である。
他のエヴァと違い白い部分に黒い文字が浮き出るので、まるでそれが染み出している様に見えて不気味だ。
「フォーマットをフェイズ2に移行」
「オールナーブリンク終了。中枢神経素子に異常なし」
「1から2590までのリストクリア」
オペレーター達の報告は、起動試験が至ってスムーズに行われていく事を告げていた。
もっとも、絶対境界線を超える瞬間までは、前回もそうだったのだが。
「絶対境界線まであと2.5」
「1.5」
「1.0」
「0.8」
「0.6」
「0.3」
「0.2」
マヤはアナウンスを続けながら、一瞬だけリツコの方を気にした。
以前、この機体は大惨事を起こしているのだ。
先輩は怖いと思わないのだろうか?
「0.1」
リツコは至って落ち着いているようだった。
そして、グラフはあまりにあっさりと臨界点を突破した。
「絶対境界線、突破!エヴァンゲリオン参号機、起動しました!!」
その場のオペレーター達にどよめきが起こり、管制室内の張り詰めた空気が少し和らぐ。
「先輩、やりましたね!」
「・・・そうね」
「・・・・・・・・・・・・」
ようやく緊張から開放されたマヤがうれしそうにリツコに話し掛けるが、リツコの反応はそっけなかった。
マヤはやや怪訝そうな顔をしたが、仕事を続けた。
「引き続き、連動試験に入ります」
周囲が白く染まった部屋。
病室。
シンジはそこにいた。
「・・・・・アスカ」
「・・・あんた、また来たの」
ベッドに横たわる少女、惣流・アスカ・ラングレーは背中を向けたままそっけなく返事を返す。
「うん・・・アスカの事が気になって・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「さびしいんだ、アスカがいないと・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アスカは何も言わない。
沈黙が流れる。
その沈黙に耐えかねたシンジが何か言おうとした時、彼はアスカの肩が小刻みに震えている事に気づいた。
(泣いてる・・・?)
シンジはそう思った。が、
「ぷ・・・ククク・・・・」
「え?」
「あはっ、あっはっは」
「???」
「あははははははははははははは!!!」
アスカの口から漏れたのは笑いだった。
「あはははは・・・な〜にウジウジしてんのよ、バカシンジ!!」
「アスカ・・」
「ふーん、さびしいのね。あたしがいないと」
アスカがこちらをむいた。
シンジを見つめる、碧い瞳。
「あ、い、いや、あの・・・・・・う、・・・・・うん・・・・さびしんだと・・思う・・・」
図星を突かれたシンジはゆでだこのように赤くなり、しどろもどろに返事する。
アスカの笑顔が、とても可愛らしいと思った。
「・・・・・・ありがと」
「・・・・・・・・・・・・・」
シンジは何も言わなかった。いや、言えなかった。
体が熱くなっていくのが分かる。初めて見る素直なアスカを前にして、シンジはますます緊張していった。
そんなシンジを見てアスカはクスッ、と笑うと体をベッドから起こした。
「ねぇ、シンジ」
甘えるような声。
「私のこと、好き?」
「え?」
「私のこと、好き?」
「あ・・・アスカ・・・」
「答えて」
アスカはこちらを見つめて微笑んでいる。
かわいい。本当に可愛い。
少しの間、緊張で口を魚のようにぱくぱくさせていたシンジは、自分の気持ちを必死に落ち着かせようとしていた。
〔すぅう・・・はぁあ・・・すぅう・・〕
深呼吸を繰り返す。
アスカがその様を見て、またクスッと笑った。
〔ごくり。〕
シンジの喉が鳴る。ようやく喋れる状態になったようだ。
「ぼ、僕は・・アスカが・・」
〔ピピピッピピピッ、ピピピッピピピッ〕
シンジが言いかけたとたん、彼の胸ポケットに入っている携帯電話が鳴り出した。
「・・なによぉ、こんな時に!電話のスイッチくらい、切っときなさいよ!!ホント、気が利いてないんだから!このバカシンジ!!」
アスカが口を尖らして文句を言う。
「ご、ごめん・・」
〔ピピピッピピピッ、ピピピッピピピッ〕
静かな病室にやたらとうるさくコール音が鳴っている。
シンジは電話をポケットから取り出してボタンを押した。
〔ピッ〕
「はっ!!」
気づくとシンジはベッドの上にいた。
病院ではない。自宅のベッドだ。
窓からは朝日が差し込んでいる。
訳が分からないまま、ベッドから体を起こした。
(アスカ・・・アスカは?)
側にいたはずのアスカの姿をさがす。
が、すぐにそれが無駄であることに気づいた。
「夢・・・?」
夢だった。
シンジは夢を見ていたのだ。
病室のアスカを見舞う夢を。
彼はその事実に気づくと、気がぬけたようにベッドに寝転がった。
その際に枕元の目覚まし時計が腕に当たって床に落ちる。
スイッチが入って目覚ましのベルが再び鳴り始めた。
〔ピピピッピピピッ、ピピピッピピピッ〕
それが“携帯電話”の正体である事は言うまでもない。
シンジは放心したように鳴り続ける目覚ましを見つめていた。
シンジがアスカの見舞いに行ったのは一度だけだった。
その時は変わり果てたアスカの姿を見ても、何も思わなかった。
激しいショックを受けてしかるべきなのに、彼はただ呆然とベッドに横たわるアスカを見ていただけだった。
アスカの事が心配でないのではなく、カヲルが消えて以来シンジは精神的に打ちのめされ、心を閉ざしていたのだ。
ただ、惰性的に起きて、食べて、寝る。
それだけを繰り返す毎日だった。
シンジは夢と現実のギャップを味わい、呆然としていた。
やがて、頬を生暖かいものが流れ落ちる。
彼は自分が泣いている事に気づいた。
「う・・・・・っく、う・・・・・・・・・・・・・・うう・・・・・・・・・・・・・・・・」
あの時から二ヶ月。
心の閉塞から開放されたシンジは久しぶりに淋しさを感じた。
声を殺し、歯を食いしばってこみあげてくる悲しさに耐えても、涙は止まらない。
「・・・・・・・・・っく・・・・・あ、くううううううう・・・」
ミサトは今日も戻ってなかった。
誰もいない、独りぼっちの家でシンジは泣き続けた。
続劇
ごあいさつ
読者の皆様、はじめまして。huzitaと申します。
ネット上の多くのエヴァ小説を読んでいるうちに、自分も書きたくなってきたのでこんなものを書いてみました。
一応、シンジとアスカに焦点を当てた連載物です。
お暇な時にお付き合いいただけると幸いです。
P.S.
多忙な中、掲載を許可していただいた丸山氏、私のわがままにつきあって文章を添削してくださったフラン研氏、
下書きに目を通してくださった島津氏、投稿方法に関してアドバイスをくださった杉浦氏、pzkpfw3氏、非常に感謝しております。
管理人(その他)のコメント
カヲル「やあ、huzitaさん。いらっしゃい。この分譲住宅へようこそ。僕は待っていたよ」
アスカ「久しぶりの入居者ね。っつっても、ホントはもっとはやいうちに入居できていたはずなのにね」
ぎくっ
カヲル「おーおー、逃げた作者がまたびびってるよ」
アスカ「ま、それはいいとして。やっぱりアタシはここでも病人なわけね。これでダイナミックに復活するならまだしも、このままいじいじとアタシじゃないアタシを書き続けてご覧なさい〜huzitaのもとに、全国一億二千万人の抗議メールが行くわよ〜」
カヲル「ああ、しかしシンジ君が僕のためにそんなにまで苦しんでいてくれるとは! こんな台詞はおかしいけど、死して悔いなし!」
アスカ「ホントにそう思える?」
カヲル「いや、生きてシンジくんとらぶらぶならもっと悔いなしなんだけどね・・・・」
アスカ「だからそれはやめいっちゅうに!!」
カヲル「しかし、参号機か・・・・いいね〜あの漆黒のフォルムといい、なんといい」
アスカ「はん、スクラップ寸前のポンコツエヴァでどこまでたたかえるっていうのよ。あたしの真紅のエヴァ弐号機があれば、まったくもんだいなしなのにね〜」
カヲル「器はあれども中身なし・・・・ぼそっ」
アスカ「なんかいった〜ぁ?(怒)」
カヲル「あ、いや、なんでもないですぅ」
アスカ「ま、この先をたのしみにするとしましょうか(にや)」
カヲル「その笑い、強烈だね・・・・汗」
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分譲住宅へ