よく晴れた昼、中庭をゆっくりと歩く。
 年中夏のこの日本でも、さすがにここは少し涼しい。
「しかしまぁ、よぉこんなとこまで来たな、ケンスケ」
 ゆっくりと、それでもなんとか確実に歩を進めながら、横を歩く眼鏡の少年に
話しかける。涼しい風が不意に吹き抜ける。少し心地良い。
「あぁ、住所は分かってたけど、ホントこんな山奥までよく一人で来れたと、我
ながら感心してたとこだよ、実は」
「まったく、やな」
 そこで少し言葉が切れ、二人はゆっくりと、黙々と歩き続ける。
 暫くお互いに言葉が出ない。会ったら話そうと思っていたことはあったのだが、
イザ会ってみるとやっぱり切り出しにくいものだ。付き合い出したばかりの恋人
同士でもあるまいに。ちょっとやな例えが頭に浮かぶが苦笑し、思考の果てに捨
て去る。
 やがてベンチの前に来たとき、短髪の少年の方が立ち止まる。
「スマン、やっぱ歩くんはまだつらいわ。ここ座ろうや」
 言って返事を待たずに、先に一人でベンチにへたり込む。
 やれやれといった風に眼鏡の少年の方も、ベンチに腰を降ろす。
「体力、落ちたんじゃないの?トウジ」
「しゃーないやろ、こんなんやから走ることもでけへんしなぁ」
 短髪の少年−−鈴原トウジは、姿勢を少し正して義足の左足を強調するように
持ち上げてみせる。
 降ろした時にした金属的な音に眼鏡の少年−−相田ケンスケが「ビクリ」と一
瞬反応する。
「ま、この足は自業自得みたいなモンやしな、しゃーないわ」
「・・・・・・」
 ケンスケはうつむきながら、沈黙のみを帰す。
 なんと言っていいか、わからないのだ。
 EVAのパイロットとして彼が選ばれたことは、うらやましい。その一言のみ
で表される。だが・・・
「・・・ケンスケ」
 不意にかけられた言葉に「ビクリ」とし、恐る恐る首を巡らせる。
「どないした?」
 トウジの不思議そうな顔がそこにある。
「・・・別に」
「なんやえらい不景気な面しとるけど・・・」
「なんだよ、その不景気な面ってのは」
 苦笑混じりの顔で少し怒ったように言い返す。
 実際は言い当てられた言葉に動揺したからなんだが・・・
「いや、スマン。なんかいきなり沈み込んでもぉたからな、ちょっとな」
「ま、たまにはそういうこともあるさ、俺にもな」
 軽く返したケンスケの言葉に、二人は暫し笑顔で向き合う。軽くなった空気が、
学校にいて軽口を叩き合ってきた頃を思い起こさせる。
 そこには、もう一人の友人が欠けてはいたが・・・

 少しして今度はトウジの表情が沈んでくる。
 視線を反らし、辛そうな顔。
 いつか妹の怪我を語った時の表情に酷似した、痛みを抱えた顔。
「なぁ、ケンスケ」
「ん?」
 表情には気付かぬふりをして、つとめて明るく言葉を返す。
「お前はこの怪我の事、なんて聞いとるんや?」
 トウジの表情は変わらない、ケンスケの方も変わらない、二人とも先程の表情
のままで顔が固まってしまっていた。・・・微かに強ばっていた。
 重い沈黙だけがのしかかってくる。
 周りの風景が色あせたような気がした。ほんの少しだけ。
「・・・俺は」
 沈黙に耐えきれない。そんな風にケンスケが口を開く。
「参号機の起動実験中の事故、って聞いてる」
 嘘、ではない。だが肝心要な事が抜けている。
「前の綾波の時みたくなったんだ、って委員長から。もっとも委員長も惣流の奴
から聞いたらしいから、又聞きになるんだけどな」
 言わなかった、という訳か。惣流の奴、あれ以上アイツに負担を持たせない為
か。それとも委員長に言うのは、さすがに辛かったのか・・・
「そっか、そう聞いとるんか・・・」
 真実を言った方がいいんだろうか?必要ないのか?
 いや、今はそれよりも・・・
「・・・まだ」
「ん?」
「まだ、お前はEVAのパイロットになりたいんか?」
「・・・・・・」
 もう何度目だろう、こうして会話が途切れるのは。
 前は、あの頃はこんなことも・・・笑って話せるハズだったのに。
「なりたい」
「・・・そっか」
「なりたいんだよ!だってロボットのパイロットだぜ?!世界を守る!」
 珍しく感情を爆発させるケンスケ。だがトウジの方を見れずにいる。顔を向け
ていつもとは違う、穏やかな目をしたトウジの顔を、直視できずにいる。
「世界を守る巨大ロボットのパイロットだぜ!世界を守る為に選ばれた、選ばれ
た人間なんだぜ!一般人とは違う選ばれた、戦う為に選ばれた人間なんだ!今の
俺とは違う、世界を救うことの出来る人間に憧れて、おかしいかよ!EVAのパ
イロットになりたいって思う事は、おかしいのかよ!」
 言い捨てて、トウジを睨む。
 対するトウジは、静かな目をしたまま
「シンジは・・・アイツはワシらとは、違う人間やと思うんか?」
 それだけを口にした。
「違うさ!EVAに乗れるんだぜ!俺達とは違うさ!」
 タガの外れた言葉を止める術はない。
 普段、常識という名の枷に押さえられていた思いは、ここに来てとめどもなく
流れ出す。それはその当人には決して止めることは出来ない。
 止めることができるのは・・・
「・・・俺は、そうは思わん」
「へ?」
 簡潔に言い切ったトウジの言葉に拍子抜けして、ケンスケの目はやっとトウジ
の顔に向けられる。
「アイツは、俺らと同じや。別に特別な人間とちゃう」
 遠くを見るような目でケンスケの向こう側を見るように、語りかける。
「少なくともアイツは、EVAのパイロットになることを、自分から望んでやっ
た訳やないことくらいお前にもわかるやろ?」
「・・・あぁ」
「イヤとは言えへんのや。言うたら最後そこに自分の居場所、無くなってまうか
もしれんからな。怖いんやろ、いつも無理しとった。学校じゃEVAのパイロッ
トなんか関係なしに振る舞っとったやろ?あれが本当のシンジの姿なんやろ。俺
らとバカ話したり、惣流と痴話喧嘩したり、綾波のこと気にしてみたり。そこら
に転がってる中学二年生とどんな違いがあるっていうんや?EVAのパイロットっ
ていう役を周りから無理にさせられてるだけやろ?」
 少し熱が入って来たのか右手の拳を握り締めている。
「望むと望まざるにかかわらず、演じ続けさせられてるだけで、演じ続けてる内
に引っ込みがつかんようになったんとちゃうか?世界やあの町を守る正義の味方
になるつもりなんか多分無い。戦いに喜びを感じる訳がない」
「・・・・・・」
「惣流とか綾波とかミサトさんのこと守りたい、そう思うとるかもしれん。今は
それを戦う理由にしとるんやろ。俺はそれでええと思う。ケド基本的にEVAの
パイロットになったいうだけでアイツは変わっとらんし、特別な人間でもない。
それだけは言い切れる」
「・・・・・・」
「きっかけにはなるかもしれんけど、基本的には人間がどう変われるかなんて、
心がけ次第やと思うで、俺は」
 あくまで静かに語るトウジ、変わった・・・のだろうか?
 何故だかそんな気がした。
「トウジは・・・」
 聞きたいとずっと思っていたことだった。そして今の言葉を聞いて、聞かずに
は居られなくなった。
「なんでEVAに乗ったんだ?」
 なんでトウジなんだ?
 なんで俺じゃないんだ?
「・・・なんでやろな」
 言外の言葉は黙殺して、とりあえず答える。
「多分、俺がシンジを殴ったからとちゃうか」
「殴った、ってあん時は・・・」
「殴った理由が理由やからな。あーゆー事はシンジやのうてNERVの方に文句
言うべきやろ。・・・実際EVAのパイロットになること承諾する代わりに、N
ERVの方に責任取らせたんやケドな」
「責任って・・・」
 少し驚いた様に顔を上げて問う。
「NERVの医学部での治療。ちなみに費用はあっちもちや」
 酷薄に頬を歪めて笑いながら答える。ちょっと冗談めかして。
「ま、何の為に戦うのかって聞かれたら。・・・とりあえずは妹の為、って答え
ることはできるわな」
「妹の・・・」
「いやぁ、やっぱNERVの医療設備は金かかっとったわ。さすがは国連直属の
秘密組織やな、まったく」
 笑いがにやけ笑いに転じてる。いつも学校で見ていたトウジの笑い方。
 でも、まだどこかに隠し切れない翳りがある。
「・・・ん?」
 目で問いかけたケンスケには気付かず、トウジの目は門のほうからこっちに向
かって歩いてくる数人の黒服に気付く。
「どないしたんやろ?」
 トウジの言葉に視線を追い、ケンスケも黒服の方を見る。
「・・・俺はちゃんと許可はとって入ってきたぜ」
「んなこと疑っとらんて」
 軽い調子でつっこみながらも、目は真剣になってきている。
 別にこっちから行く必要も感じなかったので、ベンチに座ったままの姿勢で待
ち続ける。
「ケンスケ・・・」
「ん?」
 まだ結構な距離を開けているが、声をひそめて話かける。
 ケンスケの方も雰囲気を察して、顔を向こうに向けたまま聞き返してくる。
「転院した俺の妹な・・・」
 苦しそうに言葉を切る。
 何が言いたいのか分からず、微かにケンスケは眉をひそめ、次のトウジの言葉
を待つ。
「まったく、連絡とれへんのや」
 ぼそりとそれだけ呟いて、下を向く。
「・・・・・・」
 一瞬言われた意味が分からず、けげんな顔で覗き込む。
「いつから?」
 黒服達がもうすぐ到達する。
「・・・転院して、それっきりや」
 つらそうに言葉を絞り出す。
「どういうことだよ?」
 訳が判らないといった風にまた問いかける。
 すると今度は黒服の方に目を向けて。
「・・・気ィ付けろっちゅぅことや」
 かつて無い程真剣なまなざし。
「アレに関わることは、周りを不幸に巻き込むことかもしれんのやしな」
「それって・・・」
 ケンスケの言葉はそこで途切れる。
 黒服達が目の前まで来たのだ。
「鈴原、トウジだな」
 まっすぐに見据える。前より格段に強さを身に付けたのだろうか?
 少し友人が遠くなった気がした。
「あぁ、そうや」
「NERVの者だ。至急、御同行願おうか」
「荷物なんかはあとでまとめて送ってもろたらえぇから、今すぐでいいです」
 承諾の言葉。
 ゆっくりと立ち上がる。
「俺のダチですけど、今夜はここで泊まれるよう手配しといてください」
「あぁ、それくらいはかまわん」
「すんません」
 目の前で勝手に自分の処遇が決まっていく。
 出来れば自分も一緒に行きたかった。
 それが絶対無理だとも解っていた。から何も口を挟めなかった。
 トウジとNERVの調査部の人間らしき男達は、少し話したあと、そのままト
ウジを連れて車の方に歩き出す。
 途中、歩きにくそうなトウジに手を貸そうとしたケンスケを下がらせたり、一
悶着あったが、ほとんど大事はなく車までたどり着く。
 車に乗り込む前にトウジは、一度こちらに向きなおり
「ほな、ケンスケ。くれぐれも気ィつけろよ」
 真剣に、意味有りげに言葉を残した。
 トウジが車中の人となり、ケンスケが黒服の一人に案内され、診療院に向かう。
 この出来事が、最後の戦いの幕開けであることを知る者は、その時居たのだろ
うか?

 これから始まる、悲しみを知る者は・・・


第弐拾五話

世界の終わりに


 慌ただしい発令所は久し振りであった。
 第十七使徒「渚カヲル」以来、静まりかえっていたのに、一種異様ささえ感じ
させる慌ただしさであった。
 作戦部部長、三佐の肩書きを持つ彼女、葛城ミサトは驚きと意外さのみに彩ら
れた顔で自分の前の人物、日向マコト二尉に問いかける。
「事実なの?」
「はい、確かにフォースチルドレンは行方不明です」
 存在意義をほとんど無くしていたとはいえ、EVAのパイロット。NERVの
監視下の元で連れさられたとは思えない。いや、思いたくない。
 本来なら調査部にまかせるのみのはずの報。
 だがそれはほぼ同時刻にNERV内部で起こったある事件の為に、重大な事態
をもたらすものと判断された。
「なんだってこんな時に・・・」
 作為的なものは感じる。だが、誰が何のために?と、問いかけられると答えに
窮する。意味が判らなくなる。
 いや、判っているのかも知れない。感情で否定したいだけで。
「・・・コア、か」

「しかし、参号機のコアと、フォースを同時に奪われるとはな」
 いつも薄暗い場所、今はそのためか天井と床に紋様を浮き出させている、司令
室。椅子に座ったNERV総司令、碇ゲンドウと側に座るは副司令、冬月コウゾ
ウ。
「SEELEの老人達か?」
「おそらく・・・な」
 確信のなさげなゲンドウの言葉に少しいらついたのか、冬月の眉が少しあがる。
「どうするつもりだ?」
 意に解さず、いつもの姿勢のまま
「どうもせんさ、こちらの手にレイと初号機があるのだ。計画にはなんの支障も
ない」
 それだけを言い、少し顔を上げ、問いかける。
「委員会のほうからは?」
「例のコア紛失に関しては、管理責任を問う事しかしてきとらんよ。
 それと予定通りに行うと通達がきている」
 簡潔に言い切ると、「どうする?」と目で問いかける冬月。
「かまわん、向こうの予定に合わせて、こちらもすべきことをするまでだ」
「しかし、参号機のコアを奪われたのは痛いぞ」
「計画自体に支障はないのだ。問題ない」
「あれにはS2機関の情報が入っていたのだぞ。こちらの技術部でも存在は確認
していたが解析はまだすんでいない。あれが連中の手にわたったとしたら・・・」
 ゲンドウのもの言いに不満だったのか、声をあらげて問う。
「心配はいらん」
 だがはっきりと、簡潔に今度は断言する。
「アレがある限り、奴等に我々はとめられん」
 確信犯めいた目でニヤリと笑う。
 何を言っても無駄だとは解っていたから、冬月にこれ以上を言う気はなかった。
 だが、確認だけはしておいたほうがよい。
「ならば、こちらも急がねばならんな」
「あぁ」
「私は発令所に居よう。お前はどうする?」
 答えの解っている問い。形式的なもの。
「下に行く。・・・頼んだぞ」
 言って立ち上がり、部屋を出ようとする。
「・・・お前の息子は、どうする?」
 背中に向かって掛けられた言葉に足を止める。
 ほんの少しの沈黙。
「・・・自分の未来だ、自分で選ばせよう」

「で、彼の所に付けていた人間は」
 さっきよりも慌ただしさの納まった発令所。葛城ミサトの問いかけに答えるの
は、諜報関連と発令所を繋ぐ青葉シゲル二尉。
「全員直前直後の記憶を失っています。報告もその前日のものが最新で、そこに
変わった様子は何も記されてません。ただ・・・」
「何?」
「診療院側と、調査員の記録を照合したところ、直前に彼に来客があったようで
すが」
 そこで言葉をきる。
 なにか言いにくそうだ。多分関係ないだろうと思っているからだろう。いちい
ちいうまでもないことだと彼が判断し、報告しなかった事柄だから。
「手掛かりになるかもしれないでしょ。だれ?」
 強い調子で促され、しぶしぶといった感じで答える。
「チルドレン達のクラスメートです。確か・・・相田ケンスケ、だったかな。葛
城さんもご存じでしょう」
「彼か・・・で、いつまで一緒にいたの?」
「文字道理失踪の直前までです」
「・・・?!」
 意味が浸透するのに少しばかりの時間が必要だったようだ。
「彼の証言では、話をしていたらNERVの人間を名乗る数人の黒服が来て、フォ
ースチルドレンを連れていった。とのことです」
「なによ、それ」
「実際監査部の連中が操られてフォースチルドレンを連れさった。ていうのが今
のところ一番有力な線ですから。彼の証言で裏付けられた、ってとこでしょうか」
「彼は今どこに?」
「診療院のほうです。フォースチルドレンの代わりに軟禁状態になってます」
「わかったわ。別に彼は白だと思うから、できるだけ早く開放してあげてくれる
?」
「わかってます。取り調べが済み次第、釈放とのことですから」
「ついでに家まで送ってあげてもいいかもね」
「・・・まぁ、あんな山奥に一人で行くくらいですから、大丈夫だとは思います
けど、一応伝えておきます」
「お願いね」
 青葉との会話をそこで打ち切り、今度は伊吹マヤ二尉の方に身体を向ける。
「マヤ、参号機のコアの行方。何か解った?」
 今ここにいない友人の言い方をまねるように問いかける。
「いえ、未だ原因不明です。MAGIも今までの調査結果からは、何の解答も示
してきていません」
 強がっているのだろうか?
 いつもと同じ様に答えを返す彼女だが、言葉の端々に動揺の色を隠し切れない
でいる。
 やはり彼女の居ない影響は伊吹にとっては大きく出ている様だ。
 精神的な支えを失ったも同然なのだから。
「そう、引き続き調査を続けて」
 極めて事務的に言い返しながら、歩み寄る。
「リツコが居ない分辛いだろうけど。頑張って頂戴」
「!」
 彼女一人の耳にだけ届くように小声で励ます。
 一瞬ピタリと動きが止まったが。ひとつ大きくうなづくと、作業を開始する。
 顔はさっきよりも少し厳しい、責任感を持つ人間の厳しさだ。しかし無意味な
強ばりは取れたようだ。
「日向君」
「はい」
「悪いけどここ、お願いね」
 少し振り返り、覗くようにミサトの顔を見る日向。
「はい」
 任せてください。という風に力強くうなづく。
 それを見て安心したかのようにうなづき返すと、彼女は発令所を後にする。
「リツコに、また頼ることになるわね」
 呟きは喧騒に飲み込まれ、他の誰の耳にも届かなかった。

 一時間ぐらい前からずっとそのままの姿勢だった。
 手にした缶ジュースは、既にぬるくなっていた。
「僕は、ここで何をしてるんだ?」
 自分に対する問い掛けを何度も何度も繰り返してきた。
 それが自分の「罪」に対するものゆえ、答えは出ない。
 答えを他人に与えられる事を望んだが故、己の内からはその答えは出てこない。
 己が罪ゆえに、苦悩せねばならない。その罪を与えたのが他ならぬ自分自身で
あるが故に、その罪から逃れられない。
「トウジ・・・」
 エントリープラグから運び出される姿。
 ベッドに横たわる姿。その彼の左足が失われていたこと。
 脳裏を駆けた情景に、顔を微かに歪める。
「カヲル君・・・」
 初めて会ったときの笑顔。
 セントラルドグマへ向かう最中、ATフィールドについて淡々と語る、感情の
乏しい彼の顔。
 「殺してくれ」そう願った迷いの無い顔。
 苦しかった。すべてが己に科せられた罪のような気がした。
 救われたいと願った。
 誰も救ってはくれなかった。
「大事な友達を傷つけて、大好きな人を殺して・・・何のために?」
 自分に対する問い掛けだけではない。
 NERVという名の組織に対する問いかけでもある。
「NERV」
 国連直属の非公開組織。
 地球最後の砦、ジオ・フロントに本部を構える、人類を守るための組織。
「EVA」
 人造人間だ。そう初めに聞かされた。
 あまりに不可解なそれ。
 血の匂いのする、エントリープラグ。
 初めての出撃の時に見た、仮面の下の初号機。
 数度の暴走をしようとも、シンジを守り続けた初号機。
 第十四使徒に両手と首をはねられ、立ち尽くす弐号機。
 第十六使徒に捕らえられ、初号機を、シンジを巻き込む事を拒絶したがゆえ自
爆した零号機。綾波の匂いのした零号機のエントリープラグの中。
 一体EVAとは何なのだろう?
「綾波」
 「さよなら」そう言って去り行く少女。
 笑えば言いと言った自分の言葉に、ぎこちない笑みで答えたあの日。
 自分を巻き込まぬ為に、自ら自爆し使徒を倒す事を選んだ、綾波レイ。
 「私は三人目だと思うから」と語った、彼の知る彼女とは違う、レイ。
 あの時、カヲルが見上げたのは、彼女があそこにいたからではなかったのだろ
うか?自分も彼女の気配を確かに感じた。だけど見上げられなかった。怖かった
から、どんな顔したらいいのか解らなかったから。
「かあさん」
 優しかった母。
 十年前、消えてしまった、かあさん。
 逃げ出した僕。
「父さん」
 「逃げてはいかん」そういったのは父さんだったのだろうか?
 「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ!」
 「話は聞いた。よくやったなシンジ」
 「シンジ、何故戦わない」
 「お前が死ぬぞ!」
 「子供の駄々につきあっているヒマはない」
 ・・・どれが本当の父さんなんだろう?
「僕は・・・何を」
 結局他人に流されるだけの自分。
 結局逃げ続けている自分。
 「誰も君に強要はしない。自分で考え、自分で決めろ」そう言ってくれた人に
は、あれ以来会っていない。
 「結局、私はだた父の復讐を果たしたいだけかも知れない。父の呪縛から逃れ
る為に」そう語った女性とは、最近まともに話した覚えは無かった。
 逃げ続けていても何の解決にもならない。かれらはそれを言葉にして教えてく
れた。
 だけど・・・
「くっ・・・」
 握りしめた空き缶が手の中で潰れる感触。
 焦燥感だけが己をまよわす。
「僕は、どうしたらいいんだ・・・」  でも、気持ちだけが空回りしている。
「誰か、教えてよ」
 そのまま顔を伏せる。身じろぎひとつせず、そのまま・・・
 サードチルドレン、碇シンジ。
 果てしない思考の迷宮の中で、彼はさ迷い続けている。

 巨大な水槽のような物の中で、胎児のように浮かぶ弐号機。
「10時間後の実験には間に合わせろ」
「はい」
 周りで作業をしている作業員の声がスピーカーを通して聞こえてくる。
 だが耳には届いても、彼女の心の中にそれらの声は響かなかった。
 セカンドチルドレン、惣流=アスカ=ラングレー。
 彼女の心は、未だ闇の中の檻に閉じこもっている。

 セントラルドグマへ続く道を足早に歩く少女。
 ファーストチルドレン、綾波レイ。
 何だろうか?この感じは
 ここ数日、自分でない自分を自分の中に感じる。
 自分自身とは違うものでありながら、決して自分自身でなく。
 異質なはずでありながら、異質でないソレ。
 「目覚めのときは近づいている」その言葉の意味は分かる。誰が自分に、自分
が誰に言った言葉なのかが分からない。
「還ることができる・・・」
 予感があった。欲しいものを手にすることができる。
 だが、何かおかしな感じがした。
 病院まで自分に会いに来た少年と話してる時に、感じたものとは違ったが、少
し似ているような気がした。
 「君は僕と同じだね」あの少年は、何を考えてそういったのだろう?
 目覚めた時、喪失感をいつも感じる。何かを、大切なもの?
 そんなものが自分に有るとは思えない。
 この身の絶望を欲し、還る事を願う自分には・・・
「必要、なくなるのね」
 その事実を確認すると、少し胸が痛む。
 なぜだろう?
 今生きていることに何の価値もない。
 生き続けることに何の執着も感じない。
 自分は呪われた命なのだから。
 人のふりをしている、人間以外のものなのだから。
 この身体は自分のものではないのだから。

 いつの間にか目指す場所に辿り着いていた。
 目の前の扉を開くために、カードを扉脇のスロットに通す。
ピッ
 電子音と共に空気の抜けるような音がして、扉が開く。
 扉の向こう側に立つ男と視線を合わせたとき、不意に泣き笑いの表情をした少
年の顔が脳裏を掠める。
「さあ行こう」
 近づいた男、碇ゲンドウが呼び掛ける。
「今日、この日のためにお前はいたのだ。レイ」
 迷いはなかった、憂いもなかった。
「はい」
 それが、自分の運命を決定する言葉だった。

 闇の中
「ようこそ、鈴原トウジ君」
 歌うことを誰よりも許された、美しい声が呼び掛ける。
「とりあえず名前、聞こか」
 どこかで会ったような気がした。名前を聞けばわかるだろうか?
「僕はカヲル、渚カヲル。フィフスチルドレンさ」

 運命の輪は、止まらず回り続ける。


Bパートに続く
新世紀エヴァンゲリオンは(C)GAINAXの作品です。
あとがき&解説
 この作品の筆者、BLEADです。
 「一体なんじゃこりゃ?」と思われたかも知れませんが、一応言っておきます
と、この作品はEVAの25・6話を私なりに書き直した物です。
 一応TVと重複している場面も有りますが、話の展開自体は私の煩悩と趣味の
固まりです。以降どんどんとオリジナルなラストを突き進めて行きますので、よ
ろしければお付き合いください。



BLEADさんへの感想はこ・ち・ら♪   



管理人(その他)のコメント

カヲル「ををっ。僕が生きているじゃないか」

アスカ「ちっ、コイツが生きてるとろくな展開にならなそうだわね」

カヲル「失礼な物言いだね。僕が生きている話を書いてくれるなんて、うれしいよ。ああ、BLEADさん、分譲住宅への入居、ありがとう。僕は待っていたよ」

アスカ「ふん、アタシをくだらない扱いにしてみなさい、あんた、N2爆雷が飛んで行くからね!! ああ、シンジも同様よ! まったく、シンジに苦悩させるなんて・・・・まーた、巨悪の登場かしらね」

カヲル「うう、シンジ君と敵対することになるなんて・・・・僕が生き返っているのはうれしいけど、これだけは辛いことだよ」

アスカ「はん、アンタを殺してもなんの問題も出ないなんて、これはラッキーよね。さあ、ばっさりとカヲルを殺してちょうだい!」

カヲル「ばっさりと・・・・君もあいかわらず過激だねぇ」

アスカ「はん、これがアタシの生き様よ!」

カヲル「そんなことしてると、シンジ君に嫌われるよ」

アスカ「うくっ・・・・・・・そ、それはいや・・・・(汗)」

  


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