BY秋月
バイオリンを片付けながら、アスカが言う。
「うん、そうだね。」
シンジが答える。
「全く、ミサトもろくな事考えないわね。」
そう言いつつもアスカの声はどことなく楽しそうに聞こえた。
「明日はがんばろうね、シンジ君。」
「う、うん、カヲル君。」
カヲルがシンジに微笑みを向ける。シンジはその微笑みに少し赤くなりながら答える。
「あんた達は男同士で何をやってんのよ!」
アスカがすかさず大声で割って入る。
「な、何言うんだよ。」
それに対してシンジは狼狽えて視線を彷徨わせ、自分を見つめている紅い瞳と目が合いさらに狼狽える。それと対照的にアスカに微笑みカヲルが言う。
「おや、妬いてくれるのかい?」
「あ、あんた馬鹿〜!!そんなわけないでしょう!」
とたんに真っ赤になり、怒鳴るアスカ。
そこには平和な光景が広がっていた。
するとそれを待っていたかのように一斉に拍手が上がる。周りには十数人の人々が立っていた。この体育館にその人数は寂しいと思われたが、誰もがその顔に優しい微笑みをうかべていた。その中の一人が声をかける。
「ご苦労様、四人とも。」
「さあ、並んだ、並んだ。卒業証書授与よ。」
ミサトはそういうと暖かくそれでいてどこか悪戯ぽっく微笑んだ。
シンジ達四人は座っていたパイプ椅子からそれぞれの楽器を下に置いて立ち上がり、順番に横に並ぶ。
「綾波レイさん。」
マヤが少し緊張した面持ちでそう言った。レイは無表情にその声に答えて進み出、ゆっくりと前にある舞台に上がっていく。そこには柔和な顔に少し照れたきらいのある表情をした冬月がいた。レイが台を挟んで止まると手元の紙を一つ取り上げる。
「第三新東京市立第一中学校、第2017年度卒業生、綾波レイ。汝の中学校における修学過程を終了したことをここに認める。2017年3月10日。第三新東京市立第三中学校校長、冬月コウゾウ。」
ゆっくりとした調子で読み上げ、おもむろにレイの方に差し出す。レイはゆっくりと両手を出し、少しぎこちなくそれを受け取り、ゆっくりと元の場所に戻ってくる。
「碇シンジ君。」
入れ替わるようにシンジの名が呼ばれ、シンジもレイと同じように進んでいく。レイとすれ違うときに僅かに微笑む。レイもそのシンジの微笑みに答えて僅かに表情を崩す。
「第三新東京市立第一中学校、第2017年度卒業生、碇シンジ。以下同文。2017年3月10日。第三新東京市立第三中学校校長、冬月コウゾウ。」
冬月は途中で少し苦笑混じりの口調になったが、同じように証書を差し出す。シンジはそれを僅かに照れくさそうな微笑みをうかべて受け取り、軽く会釈をして戻っていく。
「惣流・アスカ・ラングレーさん。」
同じようにアスカはいつもの勝ち気なそれでいて少し軟らかくなった笑みをその顔に湛えながら繰り返す。冬月の差し出す証書を受け取りながらもどことなく楽しそうに文句を言う。それに対して周りからは苦笑が漏れ聞こえてくる。
「あ〜あ、何であたしがこんな紙切れなんかで喜ばなきゃなんないのよ。」
「渚カヲル君。」
カヲルはいつもと変わらぬ謎めいた微笑みを浮かべながら冬月から証書を受け取った。
四人が受け取り、再び整列すると冬月がその口を重々しい口調で開いた。
「今日は天候にも恵まれ、このような良き日に・・・」
式にありがちな至極まっとうな挨拶をしようとした冬月であったが、ミサトの言葉がこの老人の労苦を一瞬にして粉砕する。
「副指令、そんなつまらない話なんかなしにしましょうよ。」
「葛城三佐、今の私は校長なのではなかったのか?」
「あ、すみません。」
苦々しげに言う冬月にミサトは悪戯をとがめられた子供のような微笑みをうかべながら小さく舌を出している。その様子に反省している様子は欠片もなかった。
これによって辺りには爆笑の渦が出来た。誰もが暖かい笑い声を上げていた。アスカもカヲルもシンジもそしてレイも。そして数名のネルフ職員達も。
「ミサトさん、卒業式に校長の話は付き物じゃないですか。」
「そうそう、いくらつまらなくてもそう言っちゃいけませんよ。」
まだ笑いながら日向が言えば、それに応じて青葉も口を開く。
そしてめいめいが勝手に卒業式の思い出などを話し始め、なおいっそうの笑いが起きる。
その中で冬月は初めは苦り切った表情を浮かべていたが、場が盛り上がるうちにいつの間にかその顔に笑みをうかべていた。
「もう少し待っていてくれるかな?」
「・・・・」
それに対する答えは無言であった。シンジにはそれが肯定であることが分かった。再び「天使の像」を見上げ、回想を続ける。その顔はいろいろな感情が絡み合った複雑なものであった。
「もう、あの二人はこんなところで何やってんのよ。」
「気になるのかい。」
もう一つの人影がその人影に問いかける。
「なっ、何言ってんのよ。」
「あ、あたしがシンジのことなんて気にする分けないでしょ!」
「誰もシンジ君の事なんて言ってないよ。」
慌てて言い訳するがかえって混乱するアスカにカヲルは笑いを堪えるように言う。
「な、何よ。あんたは気にならないって言うの?」
「シンジ君は親友なんだ、もちろん気になるさ。それに・・・レイのこともね。」
「ふぅん、あんたもレイのことが好きなんだ。」
どこか面白くなさそうにアスカが言う。
「彼女は僕と同じだったからね。でも今の彼女の未来は彼と共にある。」
「ふぅん。」
なおも面白くなさそうなアスカにカヲルは笑いかける。
「君は相変わらず素直じゃないね。」
「何ですって。」
それを聞いたアスカは言葉と共に平手打ちをカヲルに見舞う。しかし、カヲルはズボンのポケットに手を突っ込んだままでそれを軽く交わしてしまう。
「ふん。」
それが面白くないアスカは顔を背けてカヲルを残したまま足取りも荒くその場を立ち去る。それを見てカヲルは少し肩をすくめてゆっくりとその後を追った。アスカの少し後方まで追いつくと、それ以上近づかず、またそれ以上離れないように歩調を合わる。
しばらく二人はそのまま歩いていた。夕日はそんな二人の姿を紅く染めながらゆっくりと沈んでいく。
不意にアスカはカヲルを振り返り真剣な調子で問いかける。
「何で、あの時あんたはあたしを助けたの?」
その疑問にカヲルは珍しく驚いたような表情を浮かべた。だが、すぐにいつもの微笑を浮かべて問いかける。
「助けない方が良かったというのかい?」
「誤魔化さないで!あの時あんたも死んだかもしれなかったのに何故あたしを助けたのか聞いているのよ!」
「君が死ぬとシンジ君が悲しむだろうからね。」
「それだけ・・・」
アスカは自分がその答えに僅かに不満を感じたことを自覚しないまま問いかける。
「・・・君のことは弐号機の魂にも頼まれているからね。」
「ママに。」
少し驚いたようにカヲルを見つめるが、カヲルは変わらずに涼しげに微笑んでいる。その顔を見つめ悪戯っぽく微笑むとアスカはポケット入れたままのカヲルの右腕をとり自分の腕を絡める。
「ママから公認された仲って訳ね。だったら、こんな事をしても良いって訳よね。」
「そうだね。」
なおも涼しげに答えるカヲルにアスカはむっとしたようにカヲルの顔を睨み付けようと顔を上げた。そのすぐ前にカヲルの端正な顔がある。蒼い瞳をのぞき込む紅い瞳が悪戯っぽい光を宿していた。
「母親から公認された仲なんだから・・・」
カヲルは言葉を焦らすように途中できる。見つめ合う蒼い瞳と紅い瞳。彼らの周りはただ夕焼けによって紅く染められている。カヲルの右腕がいつの間にかアスカの顎に優しく添えられている。
「こんなことをしても、良いよね・・・」
カヲルが呟きのような言葉をその唇から押しだし、アスカの顔に自分の顔を近づける。
ゆっくりと閉じられる二人の瞼。
その紅い空間の中に閉じこめられたような二つの影はゆっくりと一つに重なった。ただ二人だけのその空間で・・・
「綾波。」
「何、碇君。」
「母さんと父さんに、僕達が中学を卒業したって、報告したんだ。」
「そう。」
「それとあの後、今日まで、僕達がどうしてきたのかを・・・」
「そう。」
「そして、これからどうしようと思っているかを・・・」
「碇君は、どうするの?」
レイの口調に初めて感情らしいものが混ざった。その口調にシンジはレイの方に向き直り、少し恥ずかしそうに俯いたまま言葉をその唇から押し出す。
「あ・・・綾波、・・・綾波さえ、良ければだけど・・・僕と・・・一緒に、生きてくれないかな?」
「碇君と一緒に・・・」
レイは少し驚いたように僅かに目を見開いてシンジを見つめる。
「う、うん。僕は正直言って今日まで自信がもてなかった。」
「あの時、間違いなく綾波を・・・この世界を僕自身で選んだはずなのに・・・綾波に母さんを重ねているだけじゃないかって。」
「結局、僕は母さんの面影に縋っていただけなんじゃないかって。」
「君を見ていないんじゃないかって・・・」
そういうシンジにレイはゆっくりと近づいていき、まっすぐにシンジの瞳を見つめる。絡み合う黒の瞳と紅い瞳。お互いの想い、お互いの気持ちを見つめるように。
「でも、今日、整理が着いたと思う。僕は綾波を綾波だからこそ好きなんだ。決して母さんの代わりなんかじゃなく。綾波自身が好きなんだって、そう思えるから。」
「だから、僕と一緒に、いて、くれないかな?」
シンジは少し不安そうな口調で、それでも紅い瞳から片時も目を反らさずにゆっくりと言った。全ての想い込めて。一瞬、レイの表情に明らかな喜びが現れる。しかしそれはすぐにいつもの無表情に変わる。
しばらくの静寂の後にレイは俯き口を開く。
「碇君。私の想いはあの時から変わっていないわ。」
「私も・・・碇君と一緒にいたい。」
「それは間違いなく私自身の願いだわ。」
「でも、本当に私が一緒にいて、良いの?私は・・・」
そのレイの言葉を全てを言う前にシンジは優しく遮り、自分の意志を伝える。
「綾波にいて欲しいんだ。他の誰でもなく綾波に。」
その時月光に照らされるレイの白い頬に一筋の光がゆっくりと流れ落ちた。レイはそれに気づかずにシンジを見つめ、ゆっくりと微笑む。それはシンジも初めて見るレイの泣き笑いの表情。淡い月の光の中に浮かび上がる一筋の涙がこの時のシンジには何ものにも代え難いほど大切な、そして美しいものに思われた。
ゆっくりとまるで硝子細工を扱うときのような細心さを持ってシンジはレイの頬に手を伸ばし、少しぎこちなくレイの涙を拭う。
そのシンジの動作で初めてレイは自分が涙を流していたことに気づく。
「涙・・・私、泣いているの・・・」
「・・・嬉しいときにも涙は出る・・・」
「碇君が教えてくれたこと・・・でも、この涙は・・・初めて・・・」
「こんなに心地良い涙も、あるのね・・・」
「私は、ここにいたい・・・碇君の側に・・・」
「私は、人間だと思っても・・・良いの?碇君と同じ人間だと思って・・・」
レイの不安を隠しきれない問いかけにシンジは断言する。自分の想いをレイに届けるために・・・
「綾波は人間だよ。」
「そして、今の僕の・・・一番大切な人だよ。」
そのまま伸ばした手をレイの白いきめ細かな肌にそっと触れる。
そしてまた二人はお互いの瞳に映る自分を確認するかのように見つめ合う。
静かな時間が流れる。お互いの腕の中の温もりと、唇の柔らかい感触、鼓動だけが二人を支配していた。
「碇君?」
シンジはそのレイに彼に出来る精一杯のそして最も自然な笑顔を向けて、促す。
「何でもないよ。早く帰ろううか、僕らの家へ。」
シンジはもう一度微笑み心の中だけでその声に答える。
誰もいなくなった湖畔に月の柔らかい光が注がれている。
その中で湖面に一人取り残された巨人からゆっくりと白い蝶が月に向かって昇っていった。光の螺旋を描きながら・・・
「どうも、秋月です。やっと終わりました。何とか劇場版に間に合ったと思います。後は管理人さんに任せるだけ。」
「今回初のSSということでかなり苦労しました。でも書くのってなかなか面白いですね。これからも時間が許す限り、読者がいてくれる限り、書き続けられればと思います。では、最後のゲスト・・・碇ユイさんです。」
「どうも、こんにちは。」
「よく来て下さいました。一同歓迎しま・・・」
「ユイ〜!!」(いきなり秋月を押しのけて出てくるゲンドウ)
「ユイ、合いたかったぞ!」
「あなた・・・」
「あの〜、お二人の感動の再会中なんですが、後ろが怖いのでそのぐらいにして頂けませんか。」
「・・・・・・」(何かを必死に耐えているような二人)
「・・・・・・」(再会に涙する二人)
「(駄目ですね、これは)今回の話どう思います、キョウコさん。」
「そうね。とりあえず、アスカちゃんは幸せではありそうだけど・・・」
「何かご不満でも?」
「何故、カヲル君なのかしら?」
「珍しい組み合わせで良いでしょ。」
「・・・まさか、それだけなの。」
「いいえ、そうではないんですが。」
「なら、もっときちんとしたことを言うものよ。」
「では、春の劇場版の[DEATH]の体育館の演奏風景でカヲルとアスカの会話が一番自然に思えたからなんです。もう一ついえばシンジとレイが一番ぎこちなく見えましたね。この小説はそこが出発点となっています。」
「じゃあ、劇場版を見たときに思いついたシーンというのはこの最終話なのね。」
「そうです、まさにタイトル道理です。ここの女性ゲストも四人ですし。まあ、思いついたシーンはここだけじゃないんですけどね。」
「秋月さん、シンジとレイちゃんを幸せにしてくれたことにはお礼を言いますわ。」
「あれ、ユイさん、碇指令は?」
「・・・・」(後ろを向き絶句する秋月、秋月の視界の中にはぼろくずのようになったゲンドウが倒れていた。)
「な、何があったんですか?」
「何のことですか?」(ニコニコと優しい顔で微笑んでいるユイ)
「(君子危うきに近寄らず、見なかったことにしよう)ユイさんはこれをどう思いますか?」
「そうですね。公約道理チルドレンを幸せにしているようですし、良いのじゃないですか?ただ、少し蛇足的にも思われますね。この話を付ける必要があったんですか?」
「意見が分かれると思いますが、僕はこれが書きたくて書き出しましたからね。これは僕にとっては必要だったと思います。それに補完のない世界では時間の経過というのは人を癒す上で大切なことだと思うんです。」
「調子の良い言い訳ね。」
「リツコさん、何を根拠に・・・」
「私は知っているわよ。この話実は第五話の仕上がりよりも早く八割方出来ていたことを。」
「うっ、そ、それは・・・」
「あ、あれ、それはどうしたんですか・・・」(リツコの手に握られているキーボードを指さす秋月、何とか話をずらそうと必死だ)
「これ・・・気にしなくて良いわ。」(キーボードを持ち上げて言うリツコ)
「そ、そうします。」(付着している血痕を見て追求を諦める)
「それでどうしてこんなに遅れたの?」
「間の話が出来ていなかったそうよ。」
「間の話というと私が登場した辺りかしら?」
「そうみたいね。」
「あの辺り無理あるものね。」(頷きあう四人)
「何でも最後に仕上げたのが第七話ですって。」
「どうして、後の2話が先に出来たのかしら。」
「決まっているわね。秋月君がいい加減だからよ。」
「でもいちよう最後まで書きあげられたようだし、少しは認めて上げるべきかもしれないわ。」
「そうかしら・・・」
管理人(その他)のコメント
シンジ「秋月さん、ご苦労様でした。素晴らしい小説をありがとう。ぼくも元気でやっています・・・・って、なんでカヲル君とアスカ、険悪なの?」
アスカ「うるさいわね、バカシンジ!!」
カヲル「どうして、どうして僕が・・・・おろおろ」
シンジ「二人とも、すごく仲が良さそうでいいじゃない」
アスカ「ぬ、ぬ、ぬあんですってぇえええ!!」
カヲル「シンジ君! お願いだからそんな怖いこといわないでくれないか!!」
アスカ「何が怖いのよ!!」
どかっばきっぐしゃっ
カヲル「うきゅぅ・・・・ばたっ」
シンジ「だって、ここでいっつも喧嘩している二人なんだから、あのくらい仲良くしてもいいじゃない」
アスカ「ア、ア、アンタって・・・・ふるふる」
シンジ「ん? どうしたの、アスカ」
アスカ「もういい、知らない!!」
ぱぁああん!!
シンジ「な、何だって言うんだよ一体・・・・いたたたた」
物陰から、ゲンドウ「ふっ。修行がたりんな、シンジ・・・・(にやり)」
その後ろで、冬月 「ふぅ、彼らにも困ったものだよ・・・・さてさて、諸君はこの小説に何を感じたかな? 忌憚なき意見を、ぜひ作者に送ってやってくれないか」