腕をさしのべ・・・・。
「レイ、いつまで寝てるのよ!!」
・・・・アスカの声と共に、わたしの意識は現実へと引き戻された。
「・・・・アスカ・・・・」
「全く、昼寝もいいけど、いい加減四時よ! 早く起きなさいよ!」
そう言って、カーテンを開き窓をあける。
途端に、夏のむせ返るような熱気が室内に吹き込んできた。
「・・・・夢・・・・」
先ほどまでの光景を思い出し、わたしは小さく呟く。
そうね・・・・今の日本は、季節を忘れた島。春が来ることはない。
よしんば再びこの地に四季がよみがえったとしても・・・・。
そのころには、わたしはもういない。
つまり、わたしが本当の桜を見ることはない・・・・。
・・・・でも・・・・。
夢の中ででも、ひとときの間その桜を見ることができたのはうれしかった。
そして、そう言う夢を見ることのできる心を持った自分が、うれしかった。
夢など見なかった以前の自分。
夢など見たくもなかった以前の自分。
そのころに比べて、今のわたしは幸せ。
たとえ先の見えた人生だとしても、それを精一杯生きることで、わたしは夢の中の桜のように・・・・。
「美しく、輝ける・・・・」
「ん?」
わたしのつぶやきを、アスカが聞き止めて不思議そうな顔をした。
わたしはそれをごまかすように、ベッドから降りて手早く服を着替えはじめる。
「シンジが今、おやつを作ってるから」
アスカが窓を再び閉め、唐突にそう言った。
「おやつ?」
「そう、おやつ。なんなのかは、見てのお楽しみよ。早く来なさいね!」
そう言って、アスカは扉を締めて出ていった。
わたしはとりあえず服を着替え終えると、二人の待っている居間へと出ていく。
「あ、綾波、起きたね」
碇くんが、出てきたわたしに気づいて、皿を手に持ったままにっこりと笑いかけてきた。
「ちょうどいいタイミングだよ。はい、これ」
そう言って、手に持っていた皿の一つをわたしに手渡す。
「今日は3月3日だから、こんなモノ、作ってみたんだ」
・・・・ピンク色の花片。
桜の花片の形をしたお菓子が、皿の上には乗っていた。
「桜餅だよ。いい匂いでしょ?」
ほのかに匂ってくる香りは、甘く、そしてやさしげなものだった。
「今の日本じゃ、桜は見れないからね。せめて雰囲気だけでも、と思って・・・・」
「・・・・碇くん・・・・桜の花って・・・・こんな匂いなの?」
「うーん。多分そうなんじゃないかなぁ・・・・僕も知らないけど・・・・」
「・・・・そう・・・・」
わたしは、そのほのかな香りを再びかぎ取ってみた。
さっきまで夢に見ていた桜の花のイメージにぴったりとあう。
こんな匂いがするの・・・・。
脳裏に、まじまじと夢の光景がよみがえってきた。
「ほらレイ、いつまでも立ってないでさっさと座りなさいよ! アタシたちが食べられないじゃない!」
「あ・・・・ごめんなさい・・・・」
「じゃ、たべようか」
そんな碇くんの台詞に、
「うん! いただきます!」
アスカはそう言うと、真っ先に桜餅の一つにかぶりついた。そして、
「甘くておいしい!」
満面の笑みを浮かべて碇くんにそう言う。碇くんはそんなアスカの様子をにこにこと眺めている。
わたしも、一つ、手に取ってみた。
桜の花・・・・。
夢の中でつかみ損ねた花片・・・・。
それとは違うけど、今、わたしの手の中に桜の花がある。
ありがとう・・・・いい夢を見せてくれて・・・・。
心の中で小さくそう呟いて、わたしはゆっくりとそれを口に運んだ。
ほのかな甘みが、口いっぱいに広がっていった。