抜けるような青い空の下、柔らかな風が吹き抜けていた。
緑いっぱいの木々を揺らし、暖かな春の日射しのなか、風は吹いていく。
どこまでも、どこまでも・・・・。
そう・・・・。
わたしの知らない、遥かなる空の向こうまでも・・・・。
今日は休日。わたしも碇くんも、アスカも学校はない。
葛城三佐・・・・ミサトさんは、「休日出勤なんて公務員の仕事じゃないわね」とか言って、いやいやながら出ていった。
だから、今日はマンションにはわたしたち三人だけだった。
三人で作った朝御飯を食べ終え、リビングでお茶を飲みながら一段落していたとき、唐突にアスカが言い出した。
「ね、散歩、行かない?」
「・・・・え?」
「散歩?」
わたしも碇くんも、アスカのその言葉に咄嗟に反応できなかった。
「せっかくの休日よ! 家に閉じこもってうだうだしてないで、その辺でも歩きに行きましょうよ!」
「・・・・でも、宿題があるじゃないか・・・・」
「ああ、シンジってホントにまじめというかバカ正直というか・・・・宿題なんて、夜やればいいの夜! それに、アタシたち三人で一緒にやればあの程度の量なんかすぐに終わるって!」
「・・・・まあ、それはそうだけど・・・・」
「なに? 外に出たくないの? こんなにいい天気なのに!」
そう言って、アスカはばっと窓をあけた。
途端に、外から冷たい風が吹き込んできて、わたしと碇くんは同時に小さなくしゃみをしてしまう。
「「は、はっくしゅん!」」
「・・・・なに、二人で仲良くくしゃみなんかしてるのよ!」
「あ、ご、ごめん・・・・でも、結構寒いじゃない・・・・外・・・・」
「ああもう年寄りじみたこと言って! アンタまだ14歳でしょ!」
「そ、それはそうだけどさ・・・・」
アスカの言葉と碇くんの物言いがおかしくて、わたしはつい笑ってしまった。
「ふ、ふふふっ・・・・」
「あ、綾波・・・・」
「ほら、レイだって笑ってる! あんた、もうちょっとしゃっきりしなさい、しゃっきり!」
「う、うん・・・・」
アスカはわたしまで引き合いに出して碇くんを説得しようとしている。
でも・・・・わたしも、外に出てみたいのは確か。
だって、三人で散歩、してみたい気分だから・・・・。
「碇くん・・・・散歩、行きましょうよ」
わたしはアスカに加勢して、碇くんにそう言った。
「・・・・綾波も、外に出たいの?」
「だって、アスカの言うとおり言い天気だし。それに、三人で、散歩、したいから・・・・」
本当は、碇くんと二人で散歩をしたい。でも、アスカとも行きたい。
半分半分の気持ち。
「・・・・わかったよ。二人がそう言うなら、じゃ、行こう!」
碇くんはわたしとアスカの顔を見て、そう言ってくれた。
「それじゃ、さっそく行くわよ!」
アスカはそう言って今すぐにも行きそうな勢いだったけど、それを碇くんがやんわりと抑える。
「ちょっと待って、アスカ」
「なによ!」
「いくら春だからって、さっきみたいな寒さだよ。何か上に羽織っていかないと、風邪引いちゃう」
「あ・・・・ま、まあ、それもそうね・・・・」
アスカは言われて初めてそのことに気づいたみたい。
「そうあわてなくったって、時間はいっぱいあるんだから・・・・」
「わ、分かってるわよ!!」
碇くんの小さな笑いに、アスカは顔を真っ赤にして反論する。そんなアスカの仕草が、どこか・・・・そう、かわいかった。
「じゃ、二人とも何か部屋から上着を取ってきてよ。その間に、湯飲みとか、片づけちゃうから」
「シンジはいいの? 上に着なくても」
「女の子ふたりと違って、僕はすぐできるからね。二人とも、選ぶのに時間かけないでよ」
碇くんは笑いながら、湯飲みを持って台所に入っていく。
わたしとアスカは、それぞれ自分の部屋に戻っていった。
時間をかけないでね。
碇くんはそう言うけど、やっぱり碇くんとどこかに出かけるんだから、それなりに服装を考えてしまう。多分、アスカも同じ。
「何がいいかしら・・・・」
しばらく考えたあと、わたしはクローゼットの中からカーディガンを一枚、取り出した。
薄紫色。わたしの髪の毛の色を少し水で薄めたような、淡い感じのカーディガン。
少し前に買ってからまだ着てないけれど、時々取り出してはそれを見ていた。
わたしのお気に入り。
「これで・・・・いいわね・・・・」
わたしはそれを羽織ると、鏡の前に進む。
傍らの櫛で少しだけ髪をすき、適度にまとまったところであらためて鏡の中を見つめる。
水色の髪、赤い瞳、カーディガンを羽織った少女。もうひとりのわたしが、そこにいる。
「・・・・うん・・・・」
小さくうなずくと、わたしは扉をあけてリビングへと戻った。
しばらくして、アスカが柔らかな緑色の色の厚手のYシャツを着て、部屋から出てきた。ゆったりとした大きめのYシャツは、クリーム色のロングスカートとアスカの細身の体によく似合っていた。
「へえ、レイ、アンタ結構いいカーディガン持ってるのね」
アスカがスカートの皺を気にしながら、台所の椅子に腰掛ける。
「アスカも、そのYシャツとスカート・・・・よく似合ってるわ・・・・」
「ありがと、これ、結構お気に入りなのよね」
そう言って、アスカは小さく笑った。
「レイ、アンタのそのカーディガンも、そうなんでしょ? だって、ね・・・・」
碇くんと出歩くんだから。
アスカはその言葉を省略したが、わたしには分かっていた。
だって、同じ気持ちだもの。
わたしもアスカも、同じ人を好きになったのだから。
同じような思いをするのは、当然だもの。
だから、わたしもアスカに小さく笑いかけた。
「うん・・・・」
「ふふふっ・・・・」
そしてアスカが、そんなわたしの様子を見て笑い声をあげていると、部屋の扉をあけて、白のセーターにスラックスを着た碇くんが戻ってきた。、
「二人とも、準備できた?」
開口一番、碇くんはそう言ったのだけど。
アスカはそんな碇くんの様子に不満げだった。
「なによ、女の子二人がおめかししているのに、言うことはそれだけ?」
ぷうっと頬を膨らまし、心持ち拗ねた様子で碇くんにそう言う。
・・・・わたしは表面上は何も言わないけど、確かに、アスカと同じ気分だった。
せめて、何か言ってくれないの・・・・碇くん・・・・。
「あ、ご、ごめん・・・・」
碇くんはアスカのそんな反応に驚いて、すぐにあやまった。。
「ゴメンじゃなくて、他に言うことがあるでしょ!」
「・・・・うん、アスカのその服、その・・・・よく似合ってるよ・・・・何となく、春、ってイメージがただよってるね・・・・」
「・・・・なんかとってつけたような台詞だけど、シンジにしちゃ上出来だわね」
アスカはそう言ってぷいと碇くんから顔をそむけた。碇くんのほうからは見えないみたいだけど、その顔がうれしそうだったのを、わたしはちゃんと見ていた。
そんな二人の様子を見て、わたしは思っていた。
・・・・アスカみたいに、わたしも碇くんにもっとはっきり言うことができればいいのにな・・・・。
「・・・・綾波のカーディガンも、すごく似合ってるよ」
「・・・・え?」
そんなことを考えていたので、わたしは碇くんのその言葉を聞き逃すところだった。
「本当に、何て言うか、綾波らしい落ち着いた色だな、って・・・・」
「・・・・ありがとう・・・・碇くん・・・・」
わたしは、かろうじてそれだけを言うことができた。
碇くんが「似合ってる」って言ってくれた・・・・。
頬が、知らず知らずのうちに熱くなっていった。
たぶん、さっきのアスカみたいな顔をしているのね・・・・今のわたしは・・・・。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「「うん!」」
期せずして、二人の声が重なった。わたしもアスカも、すごくうれしそうな声だった・・・・。