トランペットの歴史と楽器製作について
トランペットは、今でこそ改良に改良が加えられ、ピアノなどの楽器と同じような音階のできる楽器になりましたが、その歴史を振り返ると、平坦なものではなかったことが分かります。
金管楽器、というよりも、ホースのようなくだでも譜面1のような自然倍音が発生します。こをいかに音楽的に出すか、そして自然倍音以外の音をいかに網羅するかが、金管楽器の歴史とも言えます。
さて、中世以前の金管楽器は、民族楽器から考えてみても角笛のようなもので吹いていたであろうと推測されます。(第1倍音、第2倍音、第3倍音ぐらいまで)しかし、よりたくさんの自然倍音を出すためには管の長さをより長くしなければなりません。しかしながら、あまり長くし過ぎると演奏にも持ち運びにも不便さを感じます。長ければ折りたためば良いのではないか・・・だれでも考えることでしょう。こうして生まれたのがS字ラッパであります。
軍隊式ファンファーレや、狩りのための信号を吹くためなら自然倍音だけでもそんなに問題はありませんが、S字ラッパが発生したときにはすでに中世教会旋法が確立している時代なので、もし仮に、教会で他の楽器と一緒に演奏しようと考えたS字ラッパ奏者は、自然倍音のみでは他の楽器のもつ音列より欠落していることに気がつくはずです。
私自身ナチュラルトランペットを製作する過程で必ずS字ラッパの状態を一度作ります。そしてその状態から吹きながら寸法を決めていくわけですが、この状態の時はどこもハンダ付けなどによる固定をしていないので、あちらこちらが伸び縮みします。この状態のとき「作業がしにくい」と思うか「これはおもしろい!この方法を使えないか」と思うかが、スライドトランペット成立の有無につながるのです。(写真3)当然、当時のS字ラッパ奏者は、好むと好まざるかを問わず、後者を選び、S字を折りたたんで重ね、写真4のスライドトランペットとなったのです。
ところがスライドトランペットは理論上では何の音でも出せますが、手の長さとスライドの距離、楽器の重心等の関係で、安定した音を出すには、ある程度の制限があります。ルネッサンス期は恐らく簡単な定旋律をゆっくり演奏していたと考えられます。またバッハもある例外を除いては、それほど無理な要求はしていません。
私自身の体験ですが、スライドトランペットをいつでもスムーズにスライドする良い状態で楽器を管理するのは非常に難しいことであります。演奏上難しいのは当り前のうえ、しかも楽器管理で困難を極めるのであれば、練習する気にもならないのが当り前で、その結果、スライドしないのであれば自然倍音のみの、ナチュラルトランペットの状態で演奏をしていった方がいいと思ってしまうのです。当時のトランペット奏者もきっとそう考えたのでしょう。実際問題としても、バッハがあらわれるまで(というよりはゴットフリート・ライヒの出現か)自然倍音のみの一般的なナチュラルトランペットで演奏できる曲が時代の中心でした。
ところが、バッハのカンタータのなかで、どのような楽器でどうやって演奏したかが全く分からないものが、数多くあるのです。博物館にいっても、これがバッハのカンタータを演奏した楽器です。というものが現存していないのです。その理由として考えられることは、いくつか挙げられますが、まず、戦争などで、大砲の弾に取り上げられてしまった。とか、金属疲労で、ぼろぼろになってしまって、どこかに無くなってしまったとか、次の世代に伝達しなかった、などが考えられます。
楽器が、現存しないのであれば、考えなければなりません。これが難しいところでもあり、楽しいところでもあります。
現在、バッハの演奏で、指定の楽器と違ったものを使ったり、現代的アプローチを使って演奏するのが現状です。しかしながら、我々、バッハ・コレギウム・ジャパンのプロジェクトはバッハの時代の背景を考慮し、なるべく時代に忠実に、(演奏技法的に言うと、音孔を作る、スライドさせる、ベルに手を入れる、唇を強制振動させる、といったこと)楽器を再現することによって、今まで、演奏不可能であった、カンタータの演奏を再現しています。(24番、46番、77番、105番など)
・一般的ナチュラルトランペットについて
第12倍音までの演奏であれば、色々難しいことを考えなくても演奏が可能ですが、バッハの場合それ以上の高い音が出てくるので、色々工夫をしなければなりません。
一般的に我々は、楽器の中央部あたりに穴をあけて、自然倍音だけでなく普通の音階が出せるようにしてあります。演奏中、右手を操作しているのは、穴を閉じたり開いたりして、より正しい音程を探しているのです。この楽器により、この時代のバッハ以外の曲及びバッハの大体の曲は演奏できます。
・147番のコラールにみられるスライドトランペット(トロンバ・ダ・ティラルシ)
ルネッサンス期のスライドトランペット(写真4)を使います。一般的ナチュラルトランペットにみられる音孔を持たないので、演奏にはかなりの難しいものがあります。しかし、演奏は可能です。
・F管もしくはそれ以下で記譜される一般的といわれているホルン
バッハのカンタータで用いられるホルンのほとんどはヤークト・ホルン(コルノ・ダ・カッチャ)という“狩のホルン”と呼ばれる、管の巻の非常に大きい、狩猟用のホルンで演奏されたであろうと推測されます。実際、狩で獲物がとれた時、その旨を伝達するために使われ、馬に乗っても持ち運びに不便にならないよう(首にかける)大きな巻になっているわけなのです。そういったホルンを使って演奏していたプレーヤーは、教会勤めや宮廷勤めが本業というよりも、営林署勤めが本業だったかもしれません。
D管にあたるコルノ・ダ・カッチャ直径が60センチ程で、首から掛けることができますが、F管ともなると、楽器の全体的なバランスを整えるとかなり直径が小さくなるので、狩に適した楽器とはいえません。
現在のホルンの演奏法は右手をベルの中にいれ、微妙な音程調節をしていますが、実際バッハの時代にそのよう方法で、自然倍音以外の音を出したり、音程の微動調節をしたかは不明です。トランペット同様、強制振動(唇のみの操作で、無理やり自然倍音以外の音を出す)によって、演奏されたのではないかともいわれていますが、かなり無理がある演奏法(音色が良くない、失敗する確率が高い)なので、その真偽は不明です。現在では現代のホルン奏者が、右手をベルの中にいれ、微妙な音程調節をする、ストップ奏法によって演奏されます。
また、音域の問題で、バッハのなかで一番低いD管が現代のホルン奏者にはほぼちょうど良い音域(それでも高い!)で、F管やG管はむしろ超絶技巧といわれる音域にあてはまります。現代のホルン奏者が、F管やG管のカンタータを演奏するということはチャレンジするだけでも拍手喝さいのできごとです。当時のプレーヤーの営林署勤めのプレーヤーが高い音を無理なく演奏できたのか、教会勤めや宮廷勤めのトランペットを中心としたプレーヤーがコルノ・ダ・カッチャを使って演奏したか何とも言えないところですが、非常に微妙な音域であるということだけは確かです。
・F管より高い記譜のホルン(コルノ・ダカッチャ)
F管であれば、現代のホルン奏者でもストップ奏法を使って演奏が可能ですが、それより高いものは現代のトランペット奏者の音域になってしまいます。しかしながら、我々トランペット奏者はなかなかストップ奏法はうまくできないので(ただしバロック期にストップ奏法は無かったという説もある)音孔付きのホルンを考案しました。これにより、いままで謎であった、ホルンのレパートリーのほとんどを網羅することができました。
・倍音外の音をだせるコルノ・ダ・ティラルシ
コルノ・ダ・ティラルシと記された倍音外の音がでてくるカンタータがいくつかあります。どこかで、管を伸び縮みさせることにより倍音外の音を出します。(ティラルシとは引き伸ばすという意味)ところがこれでは演奏が完全ではないので、伸び縮み部分を持ち、しかも音孔付きホルンを考案しました。これにより、24番、46番、105番、といった今まで、演奏不可能といわれたカンタータが演奏可能になりました。
・細かい音符の演奏できるスライドトランペット
カンタータ77番のようにスライドトランペットの指示がされているにもかかわらず、細かい音符もでてくる、というカンタータの演奏には音孔付きのスライドトランペットを考案しました。これにより、スライドさせなければならない部分の演奏効果は従来のスライドトランペットと変わらず、しかも、細かい音符の部分も安定した演奏ができるようになりました。
以上のような工夫により謎につつまれたカンタータが一つずつ演奏できるようになり、お客様に聞いていただけるということは本当にありがたいことと感じています。これは私自身のアプローチですが、当時の奏者も一つずつ工夫に工夫を加え演奏していったに違いありません。古楽器というと、なにか古くさいものとお感じの方もいらっしゃると思いますが、私にとってのバッハの演奏はいつも新しい新鮮に満ちた音楽であり、そして新しい楽器なのです。