ブランデンブルグ協奏曲第2番に関するトランペットの演奏アプローチ

島田俊雄 

 ブランデンブルグ協奏曲第2番のトランペットパートは演奏が非常に困難なことで有名である。現代ではただ音域が高いということが一番の大きな問題となり、あまり演奏されない。ところが、当時のスタイルの再現となると、音域以外にもいくつかの問題がでてくる。古今東西の研究家が、あまりの難しさに演奏不可能という答えを出したり、一オクターブ低く演奏するといった結果を出している場合もあるようだが、今回私は演奏に際し、当時の状況をなるべく忠実に再現することを基本理念として、独自のアプローチをしてみた。

ピッチについて
 これは、ブランデンブルグ協奏曲全体の問題なので私の一存ではどうにもならないが、以下のような考察からフレンチピッチ(便宜上392Hz) が用いられた。
・フレンチピッチで演奏する理由
 1685年のナントの勅令の廃止によりプロテスタントが迫害を受け、フランスを追われたプロテスタントの多くが、北ドイツに流れた。音楽家達も例外ではない。そして、彼らが用いていたピッチは、低いカンマートーン(フレンチピッチ)であった。(392Hzではないにせよ、通常のカンマートーンよりはさらに低い。)
 また、トランペットは常にオルガンのピッチに対してD管にチューニングされていたとすると、北ドイツのコアトーンのオルガンにチューニングされたトランペットはフレンチピッチの楽器と短三度の差が生じる。以上のことから、フレンチピッチのFdurで演奏すれば、コアトーンのD管の楽器とフレンチピッチのF管の楽器は同じ調性になる。(バッハ・コレギウム・ジャパン/ブランデンブルグ協奏曲全曲演奏会プログラムノートより) (表1)
 以上のことを証明するためには、そういったトランペットが実際存在すれば良いのであるが、残念ながら、現物は今のところない。
(写真1・・・これはライプチッヒ楽器博物館の許可を得て撮影されたものです。)
(写真1)
(資料1)
しかしながら、プレトリウスのオルガノグラフィア(資料1)のなかで、プレトリウスは200cmと推測される長さの楽器(資料1内10番)をD管であると述べている。また、丸まったイエーガートランペット(資料1内11番)は180cmと推測され、1600年代はかなり短めの楽器が多くつくられていたのである。つまり、以上のことから、当然、ブランデンブルグ協奏曲が作曲される背景に、コアトーンのD管トランペットも存在しただろうし、ブランデンブルグ協奏曲第2番のようにクラリーノ音域を演奏する風習もあったことが推測がつく。
 少々余談ではあるが、現代において、ピッチと当時の状況の解釈があいまいになり、現代の442HzのFdurで演奏し、ただハイトーンが出ることを得意としたプレーヤーが自慢げに演奏することがあるようであるが、本来はそういったハイトーンを見せびらかすといった性格の曲ではないことが以上の考察から理解できる。
・フレンチピッチの可能性をライヒェの肖像から推測する。
(写真2)
(写真2・・・これはライプツィヒ市庁舎博物館の許可を得て撮影されたものです)
 ライプツィヒにおけるゴット・フリート・ライヒェは直接ブランデンブルグ協奏曲には関係がないというのが定説であるが、その手に持つ楽器からはいろいろなことが分かる。
(写真3)
 写真から見ていただけると思うが、ハウスマンの描いたライヒェの肖像の絵のなかの楽器のクルークは、ジーレ社のものより多少こぶりであることがわかる。
 この絵を描いたハウスマンのタッチが正確であるということ、そしてこの楽器がクルークをつけた状態で、ライプツィヒの標準的ピッチの415HzのD管であるという仮定をたてると次のようなことが分かる。
(写真4)
 まず、比率で考えると、ジーレ社の楽器は、いちばん大きいところの直径とクルークの比は1:0.5で、ライヒェ肖像内の楽器の比率は1:0.43となる。ジーレ社の実寸の大直径は16.6cmでクルークは8.3cmである。これをライヒェ肖像内の楽器の比に当てはめると、クルークの直径は7.12cmとなる。ジーレ社のクルークはちょうど全音下がるようになっている。(8.3×3.14=26.06)それに比べ、ライヒェ肖像内の楽器のクルークは7.12×3.14=22.36cmの長さとなり、その差の約3.7cmは約8〜9Hz全音分より高くなる。つまり、ハウスマンの描いたライヒェの肖像の絵のなかの楽器はクルークを外した状態で、(415Hzの全音下=392Hzの8Hz上ということ)大体400HzのF管であろうという推測がつく。
 可能性のもう一つとして、カンマートーン(仮に415Hzとすると)のF管で演奏したとする。ただしクルークをつけた状態で、ライプツィヒの標準的ピッチの415HzのD管であることは条件として加える。
 その場合は、短三度の差があるため、35cmの長さのクルークということは、ジーレ社のクルークよりもはるかに大きくなる。もし仮に、ハウスマンの絵のタッチが、かなりいい加減であったとしても、直径にして3cmも違って描くなどということは考えられない。
 以上のことからも、ブランデンブルグ協奏曲はフレンチピッチで演奏することが、妥当であり、しかもフレンチピッチとカンマートーンには半音ほど差がないこと、そして、カンマートーンが415Hzでなく、422Hzぐらいであったとすると、フレンチピッチはさらに高くなり、そのピッチはフランスから流れてきた楽器とまさに一致することが分かる。
楽器について
 次にどういった楽器で演奏したかである。つまり、いわゆるトロンバといわれる長い楽器か、丸まった小さいホルン型をした楽器であるかという問題である。よく間違った認識に、クラリーノは丸まった楽器というものがあるが、そうではなく、クラリーノ音域を吹くのには丸まった楽器の方が音圧の抵抗が小さく、高音域が少々ではあるが吹きやすくなるので、たまたま丸い楽器を使った、といったことにすぎない。もし、同じ長さを持つ長い楽器と、丸まった楽器があったら当時のプレーヤーは当然丸まった方を選択するであろう。また、丸まってベルが後ろを向いていれば、いざとなればストップ奏法も使えるし、(使ったかどうかはわからないが)他の楽器とのバランスも色々とりやすくなるといった利点が多い。
 史実としては、1600年後半、ツインクに取って代わって、丸まったイエーガートランペットでクラリーノ音域を駆使する演奏が主流になってきていたとされている。これらのことから、丸まった小さいホルン型をしたトロンバを作り演奏に使った。 演奏方法  次にどういった方法で演奏したかである。
 当時の楽器を演奏するには、自然倍音はもちろん自然倍音以外の音も出せなければならない。おもに次の4通りがある。
1,スライド奏法
2,トーンホール奏法
3,ストップ奏法
4,ベンディング奏法
 スライド奏法とはスライドトランペット、サックバットにみられる管の長さを調節する方法である。サックバットのような形状であれば、ある程度速いテンポの演奏ができるが、スライドトランペットのようにマウスパイプ一本でスライドする場合、速い演奏はできない。全音以上のスライドは音の命中率もかなり下がる。今回、ブランデンブルグ協奏曲第2番では使わない。
 トーンホール奏法とは管の全長の中心近辺、またはベルより3分の1のところに音孔を作り、音を作りだす方法である。穴の数が少なければ、音色もほとんど変化はないが、命中率は下がる。穴の数を増やせば(最高4つ)命中率は上がるが音色は悪くなる。当時、実際穴を空けたかどうかは分からないが、そういったことが考えつかないわけはない。普段、一般的なカンタータを演奏する場合、我々はこの方法を用いる。しかし、今回は、あえて、基本的音色の問題と、演奏スタイルを鑑み、トーンホールによる音程確保はしない。よって、右手は解放され、腰に添えることができる。(腰に右手を添えるスタイルは当時の由緒正しい楽器の構え方であったようである)
 ストップ奏法とは一般的ホルンにおける奏法で、ベルのなかに手をいれて音を変える方法であるが、大きく2通りの方法がある。ホルンのように常に手を入れた状態で音程を合わせ、手を出し入れして微動調節する方法と、手をベルから離した状態で、音程を合わせ、手を入れることによって音程を下げて、微動調節する方法である。前者では音色が暗すぎて、ブランデンブルグ協奏曲第2番のトランペットパートには向かない。後者では、完ぺきな音程調節が確保できない。当時そういった方法を使ったかどうかはわからないが、考えつかないわけはない。
 ベンディング奏法とは唇で強制振動を作り出し自然倍音以外の音をだす方法である。スラーで半音下げることは容易にできるが、アタックを打って、音の出だしから自然倍音以外の音を出すのはとても難しい。失敗率がとにかく高い。しかしながら、今回あえて、この方法を用いて演奏する。しかしながら、なにも工夫を加えなかったら、ただのへたくそで終わってしまう。以下は今回のコンサートに向けて、工夫した点である。
 ブランデンブルグ協奏曲第2番のトランペットパートには自然倍音列とそれ以外にファとラ(この場合へ長調の階名)の音が出てくる。これらの音を現代人の耳にも納得の行く音階に近づけなければならない。つまり、いかに、本来楽器の持っている自然倍音列をつぶせるかが問題となる。その結果、口笛的な(声楽的な)演奏方法に近づくのである。
 まず、マウスピースは、従来のものよりもカップの容積を小さくした。これによって、高音域を出しやすくするだけでなく、より自然倍音列をつぶした演奏ができるようになる。(モダンのジャズプレーヤーの高音域は何げにグリッサンドがかかっているのを想像していただけばわかりやすい)またマウスピースの先の部分はエッジを従来のものよりはっきりさせ、ひろがり部分に段差をつけた。また、マウスピースカップ部分にピンホール(極小の穴)を空ける方法も実験したが、音色が損なわれるので、今回は採用しなかった。
 次にマウスパイプ内部に不規則な凸凹をつけた。(管内部に筋を掘るという方法も行ってみた。)また、本体管途中のベルより5分の4の距離の部分をつぶして細くした。(ミを多少高くする)また、シb・ファ#の倍音に当たるところも同様につぶして細くした。そして全体のボディが完成したところで、表面にやすりがけを施し、なるべく材質を薄くした。
 一般的に考えられることはここまでであるが、残念なことにこれだけではあまり大勢に影響がない。つまり、まだまだはっきり自然倍音が存在するのである。そこで考えたのは、トーンホールの考え方を応用できないかということである。つまり、ベルから3分の1の部分にピンホールを空ければ、5度上昇倍音が並ぶのではないかというものである。  実験の結果、案の定、ハリの穴2本分ぐらいの穴を空けることによって、本来の倍音にはさほど影響されず、その倍音列以外のファやラの音の時にその穴が効力を発揮することがわかった。つまり、ファより上の音域はほぼ倍音をつぶすことに成功した。しかしながら、相も変わらず、レとミとファ#とシbはタンギングを打って発生させると自然倍音の影響をしっかり受けてしまう。これらの音は本来の自然の倍音であるから構わないとも思われるが、現代人の耳には心地よく聞こえないのである。そこで、それらの倍音の、レは本来の振動の節よりも低めになるように、ミとファ#とシbは高めになるようにピンホールを空けた。このことにより、これらの音単独ではほぼ正しく出せるようになったが、穴を空けすぎると、穴を空ける必要のない音までが穴の影響を受けて、バランスが崩れてしまう。よって、ピンホールはファの穴と、全音上下のピンホールでそれぞれの倍音を網羅できるので、大きく三つの穴を基準に、もうひとつ低めのファの極小ピンホールの4つにした。
 これらによって、一応、ある程度、自然倍音から解放され、演奏できるようになった。280年もの間、いろいろと研究され、コレといった答えがなかったことを考えれば、こういった方法で、演奏が可能になったのであるから、ある意味、画期的なことではないかと私自身思っているが、相も変わらず、口のみの操作によるベンディング奏法であるので、なかなか完ぺきとは言えない。是非ともお客さまの暖かい御理解と、素晴らしい想像力(耳の修正力)がまだまだ必要であることを付け加えさせていただく。

参考文献
アンソニー・ベインズ/金管楽器とその歴史
バッハ・コレギウム・ジャパン/ブランデンブルグ協奏曲全曲演奏会プログラムノート