バッハ・コレギウム・ジャパン・ヨーロッパ(中東含む)演奏旅行の巻 

東京
 東京公演後、ほとんどのメンバーはそのまま成田へ移動しました。今回のハードな旅行を暗示しているようなスケジュールということでしょう。その前のほんの一息の打ち上げシーン。なぜか、島田の会みたいに写っています。つかみはOK!

スペイン
 サンチャゴ・デ・コンポステーラに於いて。教会の外観と青空のコントラストが美しい。この地も聖地の一つにかぞえられ、登山者のような巡礼者がたくさんいました。この街はすべて石だらけの教会街で、人はどこに住んでいるのだろうといったイメージでした。満員のお客さんはあっという間にどこかに消えていきました。
 この地はラッパ吹きにもとても重要な地で、楽器の真ん中にある握り玉(ポンメル)が初めて12世紀にヨーロッパに伝えられこの教会の彫刻に使われました。
 街を散策していると鈴木雅明氏一行がいるじゃありませんか。何をしているか聞いたところ、お店のメニューの日本語版を作ったら、食事代をタダにしてあげるという約束を店のオヤジとしたらしく、一生懸命訳していました。それはもう必死!その後の話で、本当にタダにしてもらったそうです。(鈴木雅明氏喰い逃げ事件?!

イスラエル
 テルアビブのアメ横。とても色彩的で圧倒されました。この地は野菜が豊富で、日本人も調味料さえうまくアレンジすれば余裕で生活できるでしょう。(暑さも似ている!)
 街のジュース屋さんで山上君がサボテンジュースを飲んでいるところ。サボテンは単体ではおいしくないらしく、ミックスジュースとして出してもらいました。とてもおいしいのですが、パッションフルーツより種が多いのが難点。
 今回の二大目標の一つの“死海で東スポ”を敢行しました。イスラエルは大きい新潟県と考えると分かりやすく、群馬県側が死海にあたります。つまり、テルアビブ側(地中海)は雨がふりますが、山を越えるとそこは砂漠です。しかも海抜-380mもあり良く乾燥するわけです。山のように見えていますが大きな谷間なわけです。海底は塩だらけで不意にひざをつくとケガをします。しょっぱさは半端ではありません。したがって、浮くわ浮くわ・・・平泳ぎをしようとしても足が上がってしまい泳げません。
 聖地エルサレムではいろいろと考えさせられました。なぜ聖地をめぐってたたかわなければならないのか。現在、ある部分平和が保たれていますが、正直いって、またいつ、とんでもないことが起こるかが不安です。ユダヤ教ににしてみれば、嘆きの壁に触れることすらできなかった時期があったり、たかが車で5分行ったベツレヘムでは、街が途端に汚くなったり、平和のあり方の矛盾をあちらこちらで感じてしまいます。
 キリストのたどった14ステーション全長850メートルを歩きました。現在はすべて、2メートル地下が当時の地面だそうです。すべて、後世の産物ですが、本来の場所の2メートル上でも感慨深いものがありました。最後の審判?のされた場所の敷石は唯一当時の物だそうです。  そのすぐ表に出ると十字架を背負って歩き出した場所にでます。歩き続けていくと、マリアに最後、視線でお別れをした地点(の2メートル上)等々ステーションが随所に現れます。道すがら、スリは多いわ、ぼったくり露店はあるわ、非常に環境は良くありません。こういったことは、まさに、当時のままだと関心させられます。
 最終ポイントはゴルゴタの丘のあった教会です。この教会の戸締まりは他教徒が管理しているというのがなんともおかしな話であります。(宗派間の争いを避けるためだそうですが、同じ教徒でもそうなってしまうのですから、何とも難しい所なのだと感じさせられます)ゴルゴタの丘はローマ時代にキリスト教を迫害、表ざたにさせないため、次々と削り取られたそうです。現在は中心部分のみ、十字架の刺さっていた穴を中心に、柱状に残っているようです。柱の穴に手をいれようと皆さん並んでいました。その場所から階段で降りると、キリストが、十字架からはずされ、寝かされた石のレプリカがあります。そこから10メートルぐらい行くとお墓の場所となります。宗派によって色々あるのが不思議です。キリストのお墓はゴルゴタの丘の裏側に作られたわけですから、十字架の位置からお墓まで30メートルぐらいですから、ゴルゴタの丘はかなりこんもりとした(ダビデ?のしゃれこうべ)周囲5,60メートルぐらいのそんなに大きくないもりあがりであったことが推測できます。(島田の推測)
 地下にいくと十字架の刺さったポイントの真下に岩の裂け目があります。「ここから、大地に血が流れでて、人々は癒された。これがその裂け目です」とはいわれてもねえ!? ああそうですかとしかいえませんでした。
 エルサレムツアー(全景)は所詮ツアーです。ダイヤモンド工場にもつれていかされます。タダじゃすみません。“地獄の沙汰も金次第”はすべての宗教に一致する唯一の合致点かもしれません。(確かに安く、しかも確実なものが手にはいるようです)  (ちなみにコンサートもしています

ライプチッヒ
 いよいよ、ライプチッヒ上陸です。街中バッハでここでの聖なる父はバッハのようでした。
 ニコライ教会、トーマス教会(外観内部)におもむき、まず感じたことは、良い意味で、きれいだな、皮肉な言い方をすれば、“チャチイいチャーチ”でしょう。エルサレムのキンキラキンをみてしまったせいもあるのでしょうが、明らかに宗派の違いを感じます。トーマス教会の前のバッハ音楽祭オフィシャルカーは壮観でした。
 今回の二大目標の二つ目“ゴットフリート・ライへ先生に御対面”を敢行しました。
 ライへ先生は他の大先生と共に市庁舎にいました。(以下写真は、ライプチッヒ市庁舎の公式承諾を得て撮影されたものです。無断転用を一切お断りいたします)  ゴットフリート・ライへ先生は壁際にいて、光ってしまって実に撮影に困難を極めてしまいました。我々が撮影していると、現地ガイドがよってきて、楽器を吹くよう催促されてしまいました。やってしまいました一緒に記念撮影も成功
 そういえば、5メートル先にバッハ先生もいました。バッハ先生の前には、赤いじゅうたんが敷かれ、しかもガラスばりでした。多少矛盾を感じつつも、ライへ先生はジカだったので直接触れてしまいました!  そういえば、コンサートもやりました。ゲバントハウスのホールはサントリーホールに似た感じで、現在のホールは三世だそうです。当然、打ち上げもしました。
 そんなこんなで、ツアーは終了し帰国となりました。いろいろと、貴重な体験の豊富な旅行となりました。自分はまだまだ、井の中の蛙であることを強く印象づけられました。益々、研究に、遊びに、その他色々やらなければならないことを発見した、私にとって大変為になったツアーでした。