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ペナン:Back to 1936 (2) Asahi Hotel(猫)
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| Jalan Transfer から Penang Road 方面に戻るときに会った猫 |

| (旧) Asahi Hotel, 22 Transfer Road、(現) 光栄旅社 Kong
Eng Hotel, 22 Jalan Transfer いかにも古そうなショップハウスの並びからひとつ奥まったところにあります。道には草が生えてますが看板は新しいようです。 |

| 途中に鉄柵があって閉じられていました。古いスタイルの立派な建物で多分当時の建物でしょうが、庭には破壊されたコンクリート物が放置されており、電話線からはツタが垂れ下がっていて、お化け屋敷みたいです。どうしたんでしょう? 地代が上昇して営業を止めたのか、それとも 2001.9.11 の影響で観光客が減ったためでしょうか。 |
| 03.09.15 追加 ■この建物は間違いなく旧 Asahi Hotel でした。シンガポールの資料で偶然見つけたのですが、シンガポール日本人会が1998年に発行した「戦前シンガポールの日本人社会−写真と記録」に「シンガポールのホテル事情」というページがあり、そこにのっている当時のホテルの広告写真の1枚が、どうしてかこの朝日ホテルのものでした。「英領彼南市トランスフアー路二二」「高等旅館 朝日ホテル」「内地各官衛各会社各輸出組合指定旅館」の文字があり、広告で使われている写真の建物が上の写真と同じです。 ■また、2002年にPenang Heritage Trust から出た The Pre-War Japanese Community in Penang (1890 - 1940) という小論文には、このホテルは日本の諜報活動と拠点であったらしいことが記されています。 ■それらのことは研究者にはとっくに知られているのでしょうが、私にとってはただただ感激でした。なぜかって、シンガポールで戦前の日本人ホテルは一軒も残っていないからです。 ペナン再訪を機にもう一度訪ねてみることにしました。 |


| 来て見てびっくり。更地になっていました…。おそらく、2000年からショップハウスの利用が自由化された結果、地主がもっと利益の出る方法を考えついた結果と思われます。Penang Heritage Trust の力も及ばなかったのでしょう。別に日本人関係のものが失われたから残念と思っているのではなく、古いものが開発のために消えていくことが悲しいのです。ペナンよお前もか、といった感じでした。 |

| この付近はE&Oホテルなどの海に近いので一等地になりうる場所です。旧朝日ホテルの反対側にはボロい旅社が何軒かあったのですが、いずれも閉鎖されていました。地代が上がったはずなのでやってられないんでしょう。こういうふうに昔の雰囲気が消えていくのだなと思いました。 |