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ペナン2003:ケダ・ロード(日本ホテル)(猫)
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| 1936年のガイドブックではリース・ストリートにあった日本ホテルですが、1939年のガイドブック(昭和14年シンガポール日本人会発行「赤道を行く」の中の広告)ではケダロード80番地に引っ越していました。どんな場所なのか、まだ建物は残っているのだろうかと、見に行くことにしました。 |

| ケダ・ロードは旧朝日ホテルのあったトランスファー・ロードを少し南に行った場所、ちょうど警察署の裏から入って、途中で左に折れ、バーマ・ロードまでのL字形の道です。(上の写真はトランスファー・ロードのケダ・ロード入口バス停:右の建物は警察署) |

| ケダ・ロード入口: 見るからに歩くのが徒労になりそうな雰囲気です。左に高層アパートが見えますが、ローカル向けで、建てられた当時(年代不明)は、窓から自転車やら、ドリアン皮やらのゴミが放り投げられることがあったそうです。2002年1月にバーマ・ロードから見たときに、薄汚れて異様な印象をもった記憶があります。 |

| 長年利用されていない風のショップハウスのカキリマにいた猫 |

| すぐ右にあった建物: これはに見覚えがあって、1年半前の夜にここに来ています。(歩き回っていたときに外から見ただけ)。これが旧日本ホテルかと思ったら番地が違いました。夕方再訪してみたら中庭に猫がいたので撮らせてもらおうかと思ったのですが、入口にオバサンがいて、ずっと睨んでいるので怖くてヤメました。 |




| 猫のいたショップハウス(猫は途中で折れた道に多くいました:別ページ作成予定) |

| ケダ・ロード80番地: 看板が大きすぎるのが残念ですが、多分戦前からの建物のようです。おそらくここが日本ホテルだったと思われます。でもどうしてこんなところに引っ越したのでしょう。リース・ストリートのほうが旅客の入りはよさそうです。(当時は違ったのかもしれない)。 いずれにしろ、それらしきものがあったので、ちょっと感動しました。 |

| バーマ・ロードに達する直前のショップハウス: バーマ・ロードとの交差点にも覚えがあります。イズミホテルを探していたときにこの猫を撮っています。 |

| バーマ・ロードを超えるとヤーウィ・ロード(現在はジャラン・ザイナル・アビディン)と名前が変わるのですが、その交差点に立つ同楽旅社 Tong Lock Hotel は、日本占領時代は慰安所だったとのことです。戦争時代のことは(とりあげると多過ぎるし、やりきれないので)避けてしまうのですが、日本ホテルと同じく(今の雰囲気からきていますが)怪しさつながりでのせておきます。 |