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はじめに
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’92年4月のハリ・ラヤ・プアサ(イスラム断食月明け)の休日に、2泊3日のパッケージ(航空券とホテルがのセットでツアー無し)でブルネイに行きました。珍しい国だし、シンガポールに住んでいるときでもなければ、決して行く機会は無いだろうと思ったからです。ところが、どこもかしこもプアサの休みで退屈な思いをしましたが、それでも年に一度の王宮のオープン・ハウス(イスラムの習慣で客を迎え入れること)で、世界有数の富豪でもあるボルキア国王閣下と握手をすることができました。
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王様と握手をした
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(私の写っている写真には
の印が付いています。このページでは極小写真を使っていますが、見たくない方はスキップしてください)。
1日目(ラマダン最終日)
ブルネイ航空で約2時間、午後遅く、バンダル・スリ・ブガワンに着いた。乗客はシンガポールで働いているフィリピン人メイドでいっぱいだった。ブルネイ経由で帰省するらしい。
街の中心部ということで選んだ、ブルネイ・ホテルにチェックインして、明日の下見のつもりで繁華街を歩いた。買物をする人たちでにぎやかだった。物価はシンガポールよりも高い。
ホテルで、王宮のオープンハウスの予定を教えられた。予想外だったので、来てよかったと思った。
夜、地元TVで、コーランの朗詠大会のようなものがあった。選ばれた人たちによるものらしく、祈りというよりも歌のように聞こえた。不思議な調べに、外国にいるという思いをした。
2日目(ラマダン明け)
一日中、市中を見物するつもりだったが、モスクを除いて全部閉まっているので、予定を変えてバスで片道2時間ほどの、ブルネイ西端の町クアラ・ブライを往復しようと思ったが、冷房無しのバスの固い座席を見て、中止してしまった。長時間乗り続ける自信が無かった。
カンポン・エアー(水上集落)
ボートタクシー乗り場(ずっと遠くにも集落が見える)
王宮近くの集落の一軒(花が植えられていてきれい)
あり余る時間を、この水上集落を "探訪" すれば面白いものが見られるだろうと期待したが、少し足を踏み入れたら、海面から漂う汚物の臭いに耐えきれず、窒息しそうになって、来た道を急いで戻ってしまった。地元の人はなんでもないのに…。(今考えれば、風があって、気温が低い時を選べば、私でも大丈夫だったろう)。
ブルネイ川
いよいよ何もすることが無かったので、開いていると教えられたヤオハン(ここでもスーパという感じではなくデパートという感じ)に行って時間をつぶした。ブルネイ人でいっぱいだったが、私は買物をするわけでなし…。
3日目(オープンハウス)
やっと来たという感じ。この日と翌日がオープンハウスで、王様と握手ができるのは、午前は10時−12時、午後は2時−4時に限られる。私の飛行機は午後で、どうしても午前中に握手をしてもらう必要があったので、9時にホテルの車で王宮に送ってもらった。王宮にいた人たちは、ほとんどが地元の人たちだったが、西洋人も目立った。石油関係の仕事で滞在しているのだろう。(
王宮前、
衛兵と)。
入り口で記帳して、中に入ると料理と飲み物が置いてある大きなホールがあった。王様の家だから、当然無料だが、私は軽く菓子とジュースだけにして、順番待ちの行列に並んだ。列は男性と女性に別れており、男性は男性王族と、女性は二人の夫人と女性王族と握手ができることになっている。(小さな子どもはどちらでも良いらしいが、大体は母親に連れられている)。
10時になって列が動きだした(女性側を撮影)。長いので、王宮のあちこちを迂回しながら進む。これだけの人と握手をしたら、王様も大変だろうと思ったら、マレー式の握手は、お互いに、手のひらを軽く合わせるのであった。もちろん、客は握手の前に礼をするが、王様の手にキスをする人もいた。私の番が来るまで約2時間。王様はやや足を開き気味に、直立姿勢であった。楽ではないだろう。
王様を中央にして王族のいた部屋は、輝いており、豪華絢爛であった。当たり前だが、客の持ち物は部屋の入り口で預けなければならないので、写真なんて撮れるはずもないが、部屋を出て荷物を返してもらった後、全員、王様の写真入りのカードと、王室の紋章入りのクッキー入りの菓子箱(プラスチックであったが)を土産に貰った。さすが富豪である。
後日の報道によれば、この年は2日間で、1万人の訪問者があったそうだ。(男女半々とすると、1人当り、5.76 秒ということになる)。
王様のおかげで「終わりよければすべてよし」の旅になった。仮に、またオープンハウスに行く機会があれば、地元の人と同じくらい鮮やかな、バティックのシャツくらいは準備しよう。
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リンク
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Reviewed '01.03.04
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(表紙のリンクコーナーにあるアジアの総合サイトにもブルネイ情報があります。)
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左右画像:ハリラヤを祝うデパートの垂幕(リンク画像:デパートの建物)
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Selamat Hari Raya Aidil Fitri
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(マレーシア製:左 シーラ・マジッド、右 ファジーラ・ラティフ)
-ラマダンはイスラム暦によるため、西暦では毎年11日前後早くなります。ブルネイの場合、ラマダン明けは2000年が12月28日だったので、2001年は12月17日になるはずですが、どのイスラム国も伝統的に、また公式的に、月の満ち欠けを目測で決めるため前日にならないとわかりません。例えば、アセアンセンター観光部ホームページの「各国の祝祭日」でブルネイ、インドネシア、マレーシアの「断食明け大祭ハリラヤ・プアサ」を見ると「変更の可能性あり」として示されています。(例外は "科学的" なシンガポール)。
そんなわけでオープンハウスが目的の旅行では、余裕のある日程を立てる必要がありますが、プアサの前日は(シンガポール、マレーシアの例から)夜市が賑わうはずですし、プアサの当日は王宮に入ることはできなくとも、水上集落では着飾った人たちを見ることができでしょう。尚、これまでの経験だと、ハリラヤ・プアサは1年前からわかっているシンガポールの予定日と同日か翌日かのいずれかで、前日になったことはありません。
MIDI Sound - Selamat Hari Raya (Source: CommerceAsia)
ハリラヤの頃シンガポールの雑踏でも、よく聞かれたメロディーです。いろんな歌手が歌っていたような気がします。聴いたことのある方には懐かしいでしょう。Selamat Hari Raya Aidil Fitri は Happy Great Day of Ramadan くらいの意味だと思います。