いつも、山 − フランス編

モンブラン記念登山

アルプスの最高峰(4807m)

初登頂者 山案内人バルマと医師パカール。フランスの記念切手とカード(1986年8月8日発行)

モンブラン山群の絵地図(観光パンフレットより)JPEG 800x608 104K


登山記録と写真

私の写っている写真にはの印が付いています。見たくない方はスキップしてください。

1986年にフランスで「モンブラン初登頂200年」が祝われました。私も山に熱中した時代の記念として、また生涯の思い出のために、それに、アルピニストのはしくれになりたくて登りました。

発端

  • 4月、山岳雑誌で登山募集広告「世界のトップクライマー、エベレストなど八千メートル峰を8回登頂、山田昇さんほかと行くモンブラン初登頂200年記念登山とマッターホルン登頂」を見て応募
  • 注: 山田昇さん、1950年2月生れは、1989年2月、厳冬のアラスカ・マッキンリーで故人となられました。

    準備の準備

  • 4月、上司・関係者に登山計画と休暇予定を打診。最高位の上司から「どうせ死ぬなら、有名な山で」という "理解" ある言葉をもらった。山岳部(今の私は退役)の先輩からは「半分は登ったようなものだ」と言われて納得。
  • 休みの間に、影響が出ないように一生懸命仕事をする。
  • 8月、特に問題がある山とは思われなかったが、富士山より千メートル高いという点に不安があり、慌てて富士に "初登頂"。
  • 現地で準備

  • 8月12日朝、参加者4名チューリッヒ着、山田昇さんの出迎えを受ける。午後、登山基地シャモニー・モンブランへ。
  • 非常食を購入して、時差調整のため、眠らずに、シャモニーの街を見物

  • 8月13日
    いよいよ登山が始まる シャモニーからグーテ小屋(3782m)まで

    この日の朝のモンブラン

    レ・ズーシュからロープウェイと登山電車でニ・デーグル(2372m)へ

    途中で出会った登山者 フランスらしいですね。

    8:45登山開始

    最初(で最後)の難所 落石のあるクーロアールを走って通過

    グーテ小屋への登路から来た道を見下ろす(

    13:50 グーテ小屋

    ビオナッセイ針峰

    さらに上のヴァロの避難小屋に向かうパーティ

    夕刻から霧となり、夕日の撮影は諦める

    明日の予定の打合わせ:第一パーティ 山田昇さんと50代の男性および30代の女性、第二パーティ ガイド近藤健司さん(カモシカ同人)と私と20代の男性(加藤さん)。

    就寝(9時頃)するが、暑い! 喉が乾いてなかなか眠れない。


    8月14日
    グーテ小屋から頂上往復、シャモニーへ戻る

    登路

    3:50 熟睡したとは言えないが、3時起床、朝食後、出発。闇と霧で何も見えない。

    ひたすら踏み跡を辿る。6時頃、晴れそうな気配になった。

    6:25 ヴァローの避難小屋着、10分休憩、ガイドの近藤さんの写真を撮る。

    こんなに登山者がいたのかと驚く。

    ずいぶん疲れていそうなパーティだ。私もそうだったかもね。

    薄いベールのかかるドーム・デュ・グーテの山頂を見下ろす。

    遠くの山も見えてきた。

    頂上直下の尾根。

    8:30 やっと頂上 晴れ間を待って20分滞在

    このために用意した鯉のぼりをはためかせる。加藤さんと。

    満足な私

    眺望

    下降路

    直下で、山田さんのパーティと会う

    ヴァロの小屋付近からモンブランを振り返る

    ヴァロの小屋

    付近からの展望

    好く晴れて、軽快な下り

    全員で記念撮影

    16:30 ニ・デーグル着

    時刻は忘れた。シャモニー着。


    参考資料

    ヨーロッパ・アルプス(ブルーガイド海外版)− 近藤等さんによる「アルプスへ登るためのアドバイス」、「アルプス登山推薦コース」


    登山を終えての感想

    落石のある大クーロワールの、気味の悪いトラバースを除けば、モンブランより夏の穂高の稜線のほうがスリルがある、と思いました。しかしこれは、熟達者にガイドされた登山と、穏やかな天候下で得た印象であって、夏でも降雪があることを考えれば、素人が軽々しく登る山ではないことは、山の経験者なら容易に想像がつくでしょう。

    帰国後、ある写真雑誌が「遭難異常発生のモンブラン − 初登頂200年祭に浮かれる登山者たち」(Focus誌、号数不明)という記事を掲載、「毎日250人が登山」、「(8月8日の)オープニングから2週間で18人が死亡」と伝えておりました。一般ルートで、そんなに遭難者が出ることは考えにくいのですが、スニーカーをはいた登山者もいたらしいので、ありえない話ではなさそうです。

    山田さんも言っておられましたが、200年の記念の年に登ることができて幸せでした。これが199年とか201年だったら意味が無いのだから。私は、次は2003年のエベレスト登頂50周年の年にネパールに行きたいですね。もちちろん山を見るだけですが。


    山田昇さんの思い出

    お酒は大部お好きなようで、パキスタン航空に乗ったら、酒が出ないのでマイッタと言っておられました。登山の話については、私などとはスケールが違いすぎましたが、映画「植村直己物語」で、主役の西田敏行さんのスタントマンをしたという話は楽しいものでした。また、カメラをいつも持っていて、熱心に撮影している姿は、意外でした。望遠系のレンズがお好みのようでした。

    エギーユ・デュ・ミディの展望台で撮影中の山田昇さん。後方はモンブラン

    参考リンク:山田りんご園(山田昇ヒマラヤ記念館)北群馬観光情報館より


    モンブラン関連リンク

  • 宇佐聡史さんの I Love Mountaineering!! 日本アルプス、モンブラン、キリマンジャロ登山の写真(ケーキセットの山登りです)。
  • Quang-Tuan Luong Home Page 私の知る限りの、個人による最大の、第一級の山のホームページ > Mountaineering Page > The Mont Blanc Range
  • Jon Wikne's homepage > Outdoor Life > Mont Blanc > Mont Blanc FAQ

  • 鯉のぼりの高度記録

    モンブラン頂上で記念になることをしようと思って鯉のぼりを持って行った。もっと高い山で揚げた人もいると思うが、誰も知らないのをいいことに、「鯉のぼりの高度記録を作った」と吹聴していた。そうしたら、88年のゴーデンウィークに、中国・日本・ネパール合同でチョモランマ/サガルマタ友好登山があり(頂上から日本テレビが初の生中継をした)、隊員の一人に、頂上で鯉のぼりを揚げられてしまった。(エベレストには負ける!)。私の幻の記録は消えた…。


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