白馬頂上小屋と登山者
日本アルプス
最終更新日 00.06.25
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日本アルプス白馬山頂上三角標の展望
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明治・大正・昭和初期の山岳写真絵葉書

日本アルプスをテーマにした絵葉書は、明治の末年頃から各種発行されていますが、このページでは、撮影者がわかるものを中心に、印画紙版(リアル・フォト)の絵葉書と、比較的珍しいものを紹介します。

撮影者がわかるもの

◆河野齢蔵(1865 - 1939)教育者、植物学者、信濃山岳会副会長、明治36年(1903)に赤石岳で高山植物を撮影後、白馬岳、八ヶ岳等で多数撮影。杉本誠著『山の写真と写真家たち』(1985、講談社)で「日本で第一号の山岳写真家」とされる。

自然状態に於ける高山植物 ムシトリスミレ 『信濃博物学雑誌』第17号(明治38年(1905)発行)所載と同一の写真、同年八ヶ岳で撮影. 絵葉書のタイプから判断して、明治40年から大正7年製.(印刷版、松本鶴林堂発行・東京本郷矢吹高尚堂製)

大正2年(1913)河野齢蔵撮影 非売品 と封筒に明記されていた絵葉書(印刷版、東京本郷矢吹高尚堂製)

天晶岳より槍ヶ岳を望む

荒川岳より見たる朝の小河内山

駒ヶ岳の黄花石楠花

サンショウウオとコマクサ

河野齢蔵絵葉書封筒のデザイン

◆アレキサンダー・グーセツフ(生行年不明)ロシア人、石原きくよ著『山を想えば人恋し 北アルプス開拓の先駆者・百瀬慎太郎の生涯』(1993年、郷土出版)に、「慎太郎と山行をともにしたことがあるアレクサンドル・グーセフ」「慎太郎は彼から最初のスキーを買った」という記述と写真が見られる。最初の山行は明治45年らしい。(カードは、裏面に写真師・アレキサンダー・グーセツフ撮影と書いてあるので判別できる)。

徳郷峠(徳本峠)(印刷版、手彩色)日本アルプス関係で手彩色のものは大変珍しい。ほかにもあるはずで、槍や穂高の手彩絵葉書をぜひ見てみたいものです。

◆手塚順一郎(1884 - 1932)北ア山麓大町生まれ、大正4年から写真を始める。教員、東京日日新聞通信員、信濃山岳会員、昭和7年に『山の写真の写し方』を出版(版を重ねて売れたらしい)

杓子岳(印画紙版)

烏帽子岳(印画紙版)

◆穂刈三寿雄(1891 - 1966)大正3年に槍ヶ岳に登山、大正6年にアルプス旅館(後に槍沢小屋、現在は槍沢ロッジ)を建設、大正15年に槍ヶ岳肩の小屋(現・槍ヶ岳山荘)を建設、山岳写真家、播隆上人(槍ヶ岳初登頂者)研究者として知られる。

焼岳大爆発 大正14年6月撮影 杉本氏の著書で「後世に残る一枚」と呼ばれる(印画紙版、リリー写真館製)

冬の焼岳 大正15年12月撮影(印画紙版、リリー写真館製)

◆百瀬藤雄(1896 - 1962)松本・リリー写真館主(大正14年開業、昭和29年廃業)、大正末年から昭和初期にかけて山岳写真を撮ったといわれる。(すべて印画紙版)

PHOTO BY F.MOMOSE と型押しのあるもの:

上高地

場所不明 Nice !

燕岳付近 Nice !

場所不明

PHOTO BY LILY と型押しのあるもの:穂刈三寿雄の絵葉書もこのタイプです。二人の間に交流があったためでしょう。

槍ヶ岳と肩の小屋

アツモリソウ

山岳会発行のもの

◆信濃山岳会(大正8年(1919)発足 - 昭和14年(1939)頃自然消滅)会長・矢沢米三郎、副会長・河野齢蔵、幹事に百瀬慎太郎、手塚順一郎、穂刈三寿雄ら。手塚は、創設基金作りに写真を提供し、絵葉書にして売ったとのこと。すべて信濃山岳会印か押されているので判別できる。

徳本峠から穂高岳(印画紙版)

残雪期の槍ヶ岳(印画紙版)

 創設当時に売られたと考えられるキャビネ版の写真も、私は20点ほど所有していますが、その中から人物が写っているものだけを参考のために紹介します。

白馬大池とボート いくつかの文献に、大正9年田中阿歌麿子爵が湖沼学の研究に白馬大池に登山、ズック製のボートを荷上げした、と記録があるので、そのときのものであろう。

◆松本高校山岳部(大正12年6月 第5回山岳大会記念のセット絵葉書)余白をたっぷりとった印画紙版(普通、印画紙版の場合、光沢があって文字を書けないので余白はとらないものだが…。また、写真の迫力も減る)。いずれも部分拡大。

雪の針ノ木

春の徳本峠

濁沢と不動岳

その他(印画紙版)

◆中房温泉発行: 中房温泉は明治以前からの湯治場で、代々百瀬家の所有とされるが、百瀬藤雄/百瀬慎太郎との関係は不明。絵葉書には NAKABUSA ONSEN と型押しがされている。

いずれも燕岳付近

◆鉄道省発行: 昭和5年頃から、日本アルプス宣伝のために発行された絵葉書。ポスター写真は穂刈三寿雄が提供したという記録があるので、絵葉書もそうかも知れない。鉄道省発行と明記されている。

いずれも槍・穂高付近

気になるカード

◆松本鶴林堂発行・東京本郷矢吹高尚堂製の絵葉書: 次の2枚は、河野齢蔵の項で紹介した自然状態に於ける高山植物 ムシトリスミレの絵葉書と同じく、発行者・製造者が同じなので、もしかしたら河野と関係があるかも知れません。どちらも明治・大正期タイプの絵葉書です。

針ノ木峠の大雪渓 外国人と案内人が写っているが、外国人はアレクサンダー・グーセツフの別の写真に似ているような気がする。そうであれば、このカードは百瀬慎太郎ともつながりがあることになる。

槍ヶ岳 手前に小さく登山者を配した趣のある写真(杉本誠さんによれば、これは河野齢蔵撮影。同じ写真が、サライ誌 '1998.6.18 Vol.10 No.12 の記事「日本の山岳写真80年展」案内に使われた。他も河野に関係がありそうだ)。

戸隠裏山高妻の山背 人物が写っているが、河野の後年の風貌に似ているので、河野その人であろう。

その他(ちょっと珍しい(?)もの)(最後を除き、印刷版)

小松宮殿下御照覧之飛騨山道荷持夫 明治・大正期の歩荷です。(今でも似たような人を見かけるから、珍しくないか)

槍ヶ岳殺生池 お下げ髪の女学生らしい姿が見える。ひょっとしたら戦後ものかも知れない。絵葉書の仕上げの点では、昭和の典型と言える

奥穂高岳(海抜一○二四○尺)明治・大正期の絵葉書。山頂が雲に閉ざされている。晴れなくて、「せっかくここまで来たのだから」と撮影したような写真

上高地牧場 明治18年開設、昭和9年に徳沢園建設のために閉鎖された。こちらは馬を撮影した葉書だが、ソフトフォーカスである点が斬新に見える。(それとも単なるピンボケか?)

大正期の登山パーティ 私製絵葉書、印画紙版:裏面のメモによると、神戸の横山という人のパーティで、大正12年に大町で撮影。当時の登山者と案内人の服装がよくわかる。

燕山荘 昭和初期の燕岳燕山荘。なかなか瀟洒な小屋である。

その他(ちょっと変わったもの)印刷版

白馬山氷河 明治・大正期の絵葉書: 特に珍しい写真ではないが、雪渓を「氷河」と勘違いしている。この当時、本場の氷河はほとんど知られていなかったので、やむをえない。

北日本アルプス 大正期から日本で発行されるようになった「天然色版」絵葉書の例で、妙な色合いが特徴です。山の絵葉書にも多く見つかりますが、私は好まないので集めていません。

その他(題材の一部に山を使ったもの)

山の写真とはいえないが、題材の一部に山を使った、明治時代の豪華な絵葉書。もし、槍や穂高が、このような絵葉書になっていれば、珍品。

参考文献

写真展「日本の山岳写真80年」案内絵葉書(1998, イタリア国立トリノ山岳博物館発行)
提供:杉本誠さん。(写真は河野齢蔵撮影「女子学生の白馬岳登山記念写真」1916年)

このページを作るためには、杉本誠著『山の写真と写真家たち』(1985、講談社)が大いに参考になりました。元「岳人」編集長の著者が調査・収集した、初期の写真家の作品と業績を紹介する名著です。今では手に入りにくいので、図書館で見つけてください。この本に登場する、明治・大正期に山岳写真を撮った人には、このページで紹介した人たちのほかに、志村烏嶺、ウォルター・ウェストン、辻本満丸、石崎光遥、辻村伊助、武田久吉()、冠松次郎、長谷川伝次郎といった登山史に燦然と輝く人たちがいますが、写真が絵葉書になっていることはまずないでしょう。
98年8月にある古書店で、武田久吉博士撮影、尾瀬長蔵小屋発行の絵葉書セットを "発見" したが、買わなかった。千円だったけど…。収集テーマ外の山域だったからだが、そのままにしておいても、誰も買わないだろうという「読み」があるので、欲しくなるまで「預かってもらおう」と思っている。(^^)。誰かに買われたら、あっさり諦めよう。

他の山岳写真史に関する文献

山と渓谷 1978年10月号 特集・山岳写真っておもしろい 山の写真史 横山厚夫

山と渓谷 1988年9月号 明治・大正・昭和初期の写真集に探る黎明期の山岳写真 「山岳写真の源流展」より 杉本誠

山と渓谷 1989年2月号 日本の山岳写真家のルーツを探る 金子博文

日本アルプス:はるかなる山々の写真(日本語解説書)(写真図録はイタリア国立トリノ山岳博物館発行で伊語) 1998年 写真展「日本の山岳写真80年」実行委員会

リンク

東京新聞・岳人 1996年8月号(#590)100年振りの里帰り ウェストン写真コレクション

おわりに

ここで紹介した以外にも、同時期に発行されたと思える絵葉書はたくさんありますが、商品としての性格上、発行年は記されないので、時代の特定はできません。せめて、発行者や撮影者名を入れてほしかったと思いますが、両方とも無い場合がほとんどなのでとても残念です。

常念岳頂上より雲海を隔てて富士を望む

こんな画質なら、今の時代には絶対に売れないだろう

印刷版、昭和初年頃:富士がうまく写らなかったので、修正が加えられている。このような例は古い絵葉書によく見られる。また、この頃から、絵葉書はほとんどオフセット印刷/グラビア印刷となり、山小屋/土産物店などから発行が相次ぐが、内容は、それまで以上に、人の写り込みを排除したようなものばかりになり、収集の対象としては面白くなくなる。(注:人物を写さないのが悪いとは言っていない。誰もがカメラを持てる時代が来たのだから、カードの目的も変わるのは当然である)。

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