吉田
富士山
最終更新日 00.07.02
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富士川
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はじめに

明治・大正期の絵葉書による富士の見える山麓旅行と富士登山です。
鑑賞に耐えるような画像は少ないのですが、昔を偲んで、ちょっと変わった富士の旅をどうぞ。

山麓
現在の市町村名で分類してあります:太字は手彩色絵葉書です。
駿東郡小山町
須走登山口(よく見つかる登山口・登山道の絵葉書は、大宮口(表口)、吉田口(北口)、御殿場口(中畑口、東表口)ですが、それ以外は少ないですね)。
御殿場市
東海道線(現・御殿場線)を走る蒸気機関車(SL) 農作業風景 乙女峠 長尾峠 浅間神社の登山者 御殿場口登山者 瀧河原廠舎 当時の陸軍、現在の自衛隊東富士演習場滝ヶ原駐屯地
裾野市
富士南表口登山口(須山口)明治末期の撮影:陸軍演習場のために使われなくなったが、'97 年に「85年ぶり復活」と報道があった(朝日新聞) 裾野演習場(現在は御殿場市なのかも知れませんが)
熱海市
熱海峠(昭和初期)現在の十国道路の南端:「箱根行自動車専用道路 駿豆鉄道」の文字が見える。
三島市
神川の富士
沼津市
静ノ浦 (写真というよりも全部レタッチでできたような富士) 浮島 現在の沼津市と富士市の境界付近は浮島ヶ原と呼ばれる低湿地であった。 富士沼 浮島ヶ原の東を富士沼と呼んだらしい。
富士市
柏原 浮島ヶ原の一部だった地域 河合橋 鈴川駅から大宮に行く幹線道路にあった橋です。この橋の絵葉書はたくさんの種類があるのですが、どうしてそんなに多いのかは謎です。何かいわれのある橋なのでしょうか? フェリックス・ベアトが見事な写真を残していますが、その影響があるのでしょうか? 吉原 東海道五十三次の宿場町 吉原左富士 東海道を下ると富士が左に見える場所があるので「左富士」と呼ぶ 田子の浦 富士駅付近 (大正初期)開駅は明治42年
庵原郡富士川町
富士川 岩淵(とても汚れている画像ですが)
庵原郡蒲原町
農村風景
富士宮市
官幣大社富士浅間神社 表口登山の起点になった場所(当時は大宮町) 大宮(農村風景1) この写真は珍しく撮影者がわかりました=ベアトの助手だった日下部金兵衛(1841-1934)です。撮影は明治中期? (拡大版 111KB)。
また、撮影場所は「浅間大社のすぐ東側、川は神田川、左手後方へ登っていく道がいわゆる富士山登山道」「現在の地名は撮影地点が富士宮市宮町、写っているところが富士宮市大宮町と元城町でしょう」と情報をいただきました。(富士宮市・富嶽仙人さん=富嶽仙人 Photo Gallery 大宮(農村風景2)茶摘み 大宮(農村風景3)子守り(拡大版 98KB姫神松 曲松地区にあった。新年松あるいは羽衣松と書かれている絵葉書もある。 白糸滝
富士郡芝川町
芝川 工場の煙突は製紙工場でしょうか?
清水市
興津清見潟富士見橋 清水港全景及三保松原之眺望(2枚続きの絵葉書:大正時代)富士見寺として知られる龍華寺より。 薩た峠を走る蒸気機関車(SL)「薩た(さった)峠」の「た」は「つちへん」に「垂」と書きます。 三保の松原
富士登山
登山道 − 大宮口(表口)登山道
一合目 二合目 三合目 四合目 五合目 御中道 六合目 七合目 八合目 九合目 万年雪(この写真は大宮口ではないかも知れない) ご来光:反対側ではこんな影富士が見られる
頂上 − 頂上全景(37K JPEG)明治版。大正版になると野中氏観測所が遅れて登場する。
噴火口 浅間神社奥宮(コノシロの池 大内院(火口)と虎岩 三島嶽 達磨岩 剣が峰(
観測所 野中至(1867-1955)が自力で建てた気象観測小屋(野中至については新田次郎著「芙蓉の人」に詳しい) 休憩する登山者
雷岩 割石 金明水(久須志嶽 久須志神社(吉田口頂上) 観象施設(野中氏設立の観測所という説明がある)
気象観測員 (夏期四十日間高層観測ノタメ中央気象台ヨリ技手ヲ派遣シテ観象ニ従事セシムと説明がある。昭和の初めまで続いた) こんなもの(富士山頂電話鉄柱)も近くにあったのかも知れません。山頂電話は明治42年(1909)8月に初めて使われた。
銀明水(東安ノ河原(賽の河原) 駒ヶ岳(山頂郵便局(明治39年開設) できたらこんなカードを送りましょう。 下山には砂走り()を駆け下ります。転ばないようにご注意ください。
参考:実際に登った方の記録(時刻を記録したスタンプ帳 51K JPEG)です。
参考文献
富士山に関する本は様々なジャンルのものが無数にありますが、このページ作りのために、特に興味深く参照したのは、次の2冊です。
目でみる富士宮の歴史(改訂再版)1977年 緑星出版 目でみる富士市の歴史 1980年 緑星出版
この2冊は 1990年に「目で見る富士・富士宮の100年」として増補されて発行されているようです。また、それらの編纂者の遠藤秀雄さんの「富士山歴史散歩」(1996年、羽衣出版)も参考になります。

新旧のガイドブック、地図、旅行パンプレット、紀行文等も参照していますが、明治・大正時代の富士山麓や登山道の様子を知るのに貴重なのは、明治中期であれば「富士案内」(1901年、野中至著)、私の絵葉書の発行年代と一致する明治後期から大正にかけては「富士登山の栞」(1913年、静岡県駿東郡教育会)、大正後期から昭和にかけては寺林峻著「富士に生きる 17人の男たち」(1985年、日本経済評論社)だと思っています。
 特に「富士登山の栞」は、各登山口の店の様子、土産物、物価等が書かれていて面白いので、いずれこのページで利用させてもらおうと考えています。

特定の登山口・登山道を扱ったものには、ちょっと思いついたものには、仁藤祐治著「富士山百一年 御殿場を開いた富士登山道」(1989年、悦声社)があります。

絵葉書そのものについても、静岡羽衣出版社から「写真集 静岡県の絵はがき」(1996年?、A4 版 450頁)という本が出ています。案内によれば「絵はがきで見る故郷の懐かしい風景と暮らし 2,200 景」「明治〜昭和の県下各地の風景が総登場」「静岡県立中央図書館などの所蔵絵はがきの集大成」 ということですが、価格が3万円なので問い合わせさえもしませんでした。(^^) 国会図書館にはあるでしょうから、そのうちに閲覧しに行こうと思っています。

リンク

インターネットでもかなりの情報を得ることができるようになりました。こんなページを作っています。

なんでも富士(富士山に関するリンク集)

もっとも、関係サイトが多すぎて、ここ1年ほどは余り追加はしておりません。(多いから敬遠すれば、尚更作りにくくなるという悪循環に陥っています。困ったものだ。そのうちになんとか…)。

富士五湖風景

河口湖 本栖湖 精進湖 西湖 山中湖

静岡県だけで大きなページになってしまったので、最後だけ山梨県の絵葉書を使いました。

Copyright (C) 1996-2000 Naomi Suzuki