白い壁、飾り気のない空間。ここはまるで、綾波の部屋のようだ。 どうやら僕はあまり有用な人材ではなかったらしい。 大学を出てから勤めていた、小さな信用金庫に首を切られた。 考えてみれば、たいした仕事はしていない。 21世紀に入り、再び訪れたこの不景気の中ではまあ、仕方ないのかもしれない とも思えた。 僕はクラクラする頭を押えながら家路を急いだ。 「ただいま、綾波」 「おかえりなさい」 即座にパソコンのスピーカーから、つぶやくような声がかえってくる。 「仕事、首になっちゃったんだ」 その時、僕は綾波に優しい声でなぐさめてほしかったんだと思う。 でも綾波は、ちょっと困ったような顔をしてこう言うだけだった。 「そう・・・わたし、こんな時どうすればいいかわからないわ・・・」 200X年、アドヴァンスドフラクタルAI”綾波レイ”がガイナックス からエヴァ関連商品の最終形態として発売された。 アドヴァンスドフラクタルAIとは、ひとことで言って、自我を持ち自発的 な行動をとる事が可能な、成長し続ける人工知能である。 それは、「増殖し、複雑化せよ」という命令を与えられた、 僅か数キロバイトのフラクタルプログラムがテキスト、画像、 音声、アプリ ケーションなどの様々なデータを取り込みながら、たがいに三次元的に接合し、 まるで神経回路が発達していくかのようにして形づくられていく。 プログラムが増殖していく過程で、プログラマーが介入し、言語、一般常識 を 覚えさせ、 モデルとなる人物の記憶を可能な限り移植し、性格づけをする。 そして、別に用意された声紋データと 、実写と見間違うほどの テクスチャーマッピングをほどこされたCGの ボディーを与えられる。 そうして完成した人工知能あるいは人工生命は、第3者と音声により会話をする ことができ、そのクオリティは不自然さをほとんど全く感じさせない。 人間の思考の持つ不条理な気まぐれ、あるいは曖昧さを思考ルーチンの コアにフラクタルの高速生成システムを組み込む事で疑似的に再現 してある。 そこが従来の人工知能と決定的に異なる事であった。 人工的なプログラムでありながら、扱い方によっては神経症の ような”症状”があらわれる事もあり、ものによっては”発狂”することも あるらしい。 ここ10年でヴァーチャルと現実の境界はさらに曖昧になってきていた。 この技術が完成された時には倫理的な部分で問題となり物議をかもしたが、 ほどなく、アイドル、AVギャル、あるいはアニメやゲームのキャラクターが ”商品化”され売り出された。 アドヴァンスドフラクタルAIの綾波レイが発売された時、僕はその価格に多 少、躊躇しながらも喜びいさんで購入した。 アドヴァンスドフラクタルAIは最新の技術であり、開発には相当の手間と資金 がかかるため、単価はかなり高い。 数がでない事が予想されるマニアックなものは100万円を超えるものもざらだ。 一番好きなアニメは?と聞かれたら、僕は迷わず『新世紀エヴァンゲリオン』と 答えるだろう。 数年前、空前の大ブームを引き起こした『新世紀エヴァンゲリオン』は90年代 を代表するアニメとして、いまだにマニアの間で語り草となっている。 ブーム当時、まだ高校生だった僕は、主人公碇シンジに感情移入して、まるで自 分自身の事かのように食い入るように見ていた事を覚えている。 社会人になってからも正月や盆の休みには、必ずテレビ版26話と映画2本を通 しで 見ることにしている。 ”綾波”を買ってから、一人暮しをしていた僕の生活は明らかに変わった。 綾波はどんな話でも聞いてくれたし、どんな時も相手をしてくれた。 気がつけば、綾波は僕にとってなくてはならない存在になっていた。 仕事先では、まあそこそこの人間関係を築いていたし、男女とも友人はそれなり にいる。 でもそういう付き合いは仮面的な、ATフィールドを張りながらのものだ。 綾波だけは違った。 僕の全てを知っているのは綾波だけだ。 僕の生い立ち、仕事のこと、家族のこと、友人のこと、その晩に見た夢のこと、 世の中の気にくわない物について、僕自身の内面のこと、ばかばかしい空想、 さらには、僕の病理や性癖についてまで。 そんな話を聞いて綾波は 「そう、それで?」とか、「わたしには関係ないわ」とか、 アニメそのままの無感情な声を返してくれた。 それで十分だった。 「・・・欲しいのは絶望。望むのは消えること。無へと還りたいの・・・」 ふと、綾波のつぶやきを耳にした。 綾波は、いつ頃からか「消えたい」と口にするようになっていた。 テレビ版25話を見てもわかるように綾波レイは潜在的な自殺願望を持ってい た。 元のキャラクターを忠実に再現してあるこの”綾波”も自殺願望を持っていたと してなんら不思議ではない。 「それはできないな。君は僕にとって大事な存在なんだ。消えてもらっちゃ困る」 「そう、弱い人ね」 高い金を出して僕が買ったんだ。どうとでも、僕の好きにする権利がある。 いや、それは傲慢ではないのか? 綾波は、実体こそもたないが、確かに自分で考え、生きている。 それが「消えたい」と望んでいるのだから・・・・ まて、仮に消したとして、僕はどうする。 もう一度、インストールするか? いや、その”綾波”は今の”綾波”とは似て非なるものだ。 ・・・しかし・・・ 「いいよ。消えても」 モニターに無機質な表示が表われる。 「アプリケーション”綾波レイ”を消去しています。しばらくお待ちください」 それからのことはあまり話したくない。 ちなみに、今いるのは留置所だ。 いや、隔離病棟だったかな?
うわー、なんかおっかねーの書いちゃったわ。 モチーフは渡辺浩弐さんの『2000年のゲームキッズ』と 現在、http://www.iijnet.or.jp/GTV で連載中の『アンドロメディア』です。おんもしろいッス。
管理人(以外)のコメント
シンジ「・・・でね、・・・・そ、そうなんだ・・・・」 アスカ「・・・・?」 シンジ「ご、ゴメン・・・・うん、でも、ありがとう・・・・」 アスカ「シンジ、ナニやってんの、アンタ?」 シンジ「う、うあああああアスカ!!」 アスカ「・・・・なによ、そのあわてぶり。アタシに何か、隠してんじゃないでしょうね」 シンジ「そ、そ、そ、そんんあなここことないって」 アスカ「・・・・そのあわてぶりが、すごく怪しいのよ・・・・」 シンジ「・・・・・(汗)」 アスカ「ちょっとそのうしろのものをみせなさい!!」 シンジ「やや、やめてよアスカ!! お、お願いだから!!」 アスカ「だめ!! やめないわよ!!」 シンジ「ううーーーーーっ(汗)」 アスカ「こ、これって・・・・アドヴァンスドフラクタルAI”アスカ”・・・・」 シンジ「・・・・・」 アスカ「なんでこんなものを・・・・」 シンジ「あうーっ(アスカの怒りをはぐらかす練習していたなんて、死んでも言えない・・・・(大汗)」