夢で逢えたら
- Dream. -








Dream... 人はそれを夢と呼ぶ・・・。

心の奥に秘めた想いが、理性という束縛から解放された時、自らの中に幻想を見る・・・。

遙かなる時間の流れに眠るもうひとりの自分。それに全てをゆだねる時、心の隙間は

少しずつそして優しく埋められていく・・・。

はじまる未来、いつの日にか光にかえるために・・・。







「・・・綾波・・・」

「・・・何?」

「・・・おいで・・・」

「・・・・・・」

彼女は彼を見つめたまま、その場を動かなかった。彼はそんな彼女に優しく微笑
みかけている。その日はそのまま二人の距離が縮まることはなかった。

翌日になると、彼は彼女に少し近いところに立っていた。

「・・・綾波・・・」

「・・・何?」

彼女は彼の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。彼の黒い瞳は彼女の紅い瞳を優しく
見つめ返している。

「・・・綾波・・・おいで・・・」

「・・・・・・」

彼は右手をゆっくりと彼女の方に差し出して言った。優しく微笑んでいる。彼女
はその表情に何の感情も表さずに彼を見つめ返したまま立ち尽くしていた。彼女
はどうしたらいいのかわからなかった。

その翌日には彼が彼女に向かってゆっくりと近づいて来た。彼は彼女のすぐ側に
立つと、優しく微笑みながら言った。

「・・・綾波・・・」

「・・・・・・」

彼女はなぜだか何も答えられなかった。自分でもその理由がわからなかった。
ただ、自分の心臓の鼓動が大きく速くなったのを感じた。それは少しも不快なも
のではなかった。何かが彼女の心のなかでざわめいている。

「・・・綾波・・・おいで・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・碇くん・・・どうして・・・」

彼女はそれ以上言葉を発することができずに彼を見つめた。相変わらず無表情に
見えたが、よく見ると彼女はその端整な顔に少しだけ困惑の表情を浮かべていた。
しばらくそうして二人は見つめあっていたが、彼がまた一歩彼女に近づいた。
彼女は自分よりわずかに背が高い彼の目を見上げながら何か言おうとしたが、何
を言っていいのかわからなかった。すると彼が優しい微笑みを浮かべたまま言った。

「・・・綾波・・・おいで・・・」

「・・・・・・」

彼女は何も言わない。

「・・・綾波・・・おいで・・・僕のそばに・・・」

「・・・・・・」

彼女はどうしていいかわからずに立ち尽くすことしかできなかった。



			-  第1日 朝  -



第3新東京市立第壱中学校2年A組の朝。生徒が登校してくる時間でもあり、教
室は落ち着きがない。クラスメートは口々にテレビの話題や、違うクラスの友人
の話、そして、もちろん異性についての内緒話など、忙しく言葉を交わしている。
そんな教室の開け放たれたドアから、いつものように彼が現れた。

「おはよう、綾波。」

碇シンジはいつものように彼女、綾波レイに声をかけた。レイは読んでいた本か
ら顔を上げるとシンジの顔を見た。シンジはいつものように微笑んでいる。

「・・・・・・」

「・・・ど、どうしたの?」

レイが黙って自分を見つめているのでシンジは少しうろたえたような表情で聞い
た。レイは何かを考えているような表情をしていたが、その小さな唇が僅かに動
いた。

「・・・どう・・して・・・」

レイがそこまで言った時、すでに教室にいたシンジの二人の親友、鈴原トウジと
相田ケンスケがシンジの側にやって来た。

「なんやシンジ、綾波と、どうかしたんか?」

「いや、その・・・」

シンジ自身が何もわからないので答えようがない。。

「あ、あの・・・綾波?」

シンジが心配そうにレイの顔を覗き込んだ。レイはシンジと目が合うと、一瞬困惑
の色をその表情に浮かべ窓の外に視線を向けた。小さな声で言う。

「・・・いえ・・・いいの・・・」

・・・わたし・・・どうしたんだろう?・・・
・・・碇くんと・・・話しづらい・・・
・・・いえ・・何を話したいの・・わたし・・・

シンジはまだ心配そうな表情でレイを見ていたが、レイがそれ以上何も言わない
のですごすごと自分の席に向かった。

「おいおい、なんだか綾波、シンジのこと、見てるんじゃないか?」

シンジが顔を上げると確かにレイがシンジのことを見つめている。シンジと目が
合っても視線をそらそうともしない。

「おいシンジ、お前綾波に何かしたのか?」

「え、そ、そんなわけないだろ!」

シンジは慌ててケンスケに言う。その間もレイはじっと無言でシンジを見つめて
いる。

「ほんま、シンジ、自分で気ぃつかんうちに、綾波になんかしたんとちゃうか?」

「え、そ、そんなこと、ないと思うけど・・・」

「じゃあなんであの娘、あんたのことじーっと見てるのよ!」

シンジ達三人の会話に突然、アスカ、惣流アスカ・ラングレーが割り込んできた。
アスカはトウジとケンスケを押しのけるようにシンジの机のすぐ側まで来ると、机
に手をついて言った。口調はまるでシンジを詰問している。

「そ、そんなこといったって・・・」

シンジは情けない声で、何か弁解しているような口調でそう言った。

「あの娘、絶対何か企んでるわよ。」

アスカがシンジの顔のすぐ近くまで自分の顔を近づけて言ったので、シンジは少し
のけぞるような体勢になった。

「そ、そんな、企むなんて・・・あ・綾波は、そんなこと・・・」

「いーや!絶対そーよ!!」

アスカがさらにシンジに詰め寄りながら言う。シンジは情けない表情をしながら、
ちらちらとアスカとレイの顔を交互に見た。そうしている間もレイは何かを考える
ような、確かめるような顔をしてじっとシンジを見つめていた。



			-  同日 夕方  -



『カウントダウン、スタート!!』

『3人とも、いいわね!攻撃開始!!』

『いくよっ!アスカ!綾波!!』

レイはシンジの声を聞くと、はっとしたように顔を上げた。彼女は零号機のエン
トリープラグの中で初号機の背中を見つめていた。

『ファースト!遅いわよ!!』

「待って!今・・・」

アスカの声が響く。レイは初号機の右側に零号機を回り込ませると、パレットガ
ンで目標に対して一掃射する。目標はそれをかわすように素早く動くと、零号機
に対して光のムチを叩き付ける。タイミングが遅れた零号機は防御姿勢をとるこ
とができない。レイはショックにそなえて無意識に身体を固くする。

「!!」

思わず目を閉じたレイの耳に強烈な打撃音が響く。しかし、彼女の予測を裏切っ
て何のショックも襲ってこなかった。レイが目を開けると、零号機の前に初号機
が立ちふさがり、目標からの攻撃を受け止めていた。

・・・碇くん!・・・

『綾波!早く!!』

シンジの声にはじかれるようにレイは零号機を目標の懐に踊り込ませると、プロ
グナイフを目標のコアに突き立てる。それにタイミングをあわせて弐号機がポジ
トロンライフルで目標の腕のようなものを吹き飛ばす。

『シンジ!!』

『わかった!!』

弐号機によって光のムチから開放された初号機は、レイの零号機と同じように、
プログナイフで目標のコアを破壊した。

『OK!作戦終了!!』

ネルフ作戦部長の葛城ミサトの声と同時に、目の前の目標が消え、ネルフ本部の
実験場が目の前に現れた。シンジ、アスカ、レイの3人は、ホログラフを使った
エヴァ3機による作戦行動のシミュレーションを行っていたのだ。

『3人とも、お疲れ〜、今日はここまでね。』

「了解。」
『はぁ、つかれたぁ〜。』
『はい。』

3人はミサトの声に答えると、緊張を解いてエントリープラグのシートに身体を
投げ出した。レイは「From EVA01」と表示されたウィンドウをじっと見つめると
ゆっくりと目を閉じた。無意識についたため息がLCLの中で泡になった。






「じゃ、3人ともちょっとこっちに来てくれる?」

ミサトの声にシンジ、アスカ、レイの3人はタオルでLCLに濡れた髪を拭きな
がらミサトの元に集まった。背後ではエヴァンゲリオンの整備が始まろうとして
いる。

「えっとぉ、まず、シンジ君ね、ずいぶん反応が速くなったみたいね。」

「は、はい・・・」

シンジは誉められているにも関わらず、何故かおどおどした感じだ。そんなシン
ジを不機嫌な表情でアスカが見ている。レイは無言でミサトの方を見ていた。

「特に零号機を庇ったときは、見てるこっちも信じられない反応速度だったわ、
  がんばったわね、シンジ君。」

ミサトがニッコリと微笑みながらシンジに言った。シンジは照れているのか、ミ
サトの胸に揺れている十字架のペンダントを見つめたまま無言だった。

「シンジはファーストを助けたくて必死だったのよね、火事場のバカ力ってやつ?」

アスカが不満そうにシンジとレイを交互に見ながら言った。シンジはアスカの方
を見て、困ったような表情で言う。

「そ、そんなんじゃ・・・」

レイもアスカの言葉に反応するようにシンジの方を見た。

・・・碇くん・・・

「はいはい、火事場のバカ力大歓迎よ、それであなた達が無事に帰ってきてく
  れるならね。」

ミサトの落ち着いた口調にアスカも不満の表情を残したまま黙った。

「じゃ、えっと、アスカ、今日はずいぶん連携が良かったわ、反応も速いし。」

「あったりまえよ!このあたしを誰だと思ってんのよ!!」

アスカが胸を張りながら得意げに言い放った時、技術部でエヴァンゲリオンの運
用責任者をつとめる赤木リツコが話に加わった。

「アスカ、今日の弐号機の動きは今までのデータの中でも最高だったわよ。」

「はんっ、当然ね。」

リツコの言葉にアスカは上機嫌である。さっきまでの不満そうな表情が嘘のよう
だ。さらにリツコが続ける。

「初号機の反応速度の60%も出ていたわ。」

「な!!」

リツコの言葉にアスカの顔が凍り付く。

「ちょっと、リツコ!60%って何なのよ!!」

アスカが冷静な表情のリツコに食って掛かる。リツコはそんなアスカの様子を全
く気にする風もなく続けた。

「今日、初号機は設計限界の170%の反応速度を記録したのよ、零号機の盾に
  なった時だけどね。」

「リ、リツコ、それ本当なの?」

ミサトも驚愕の表情でリツコに聞く。さすがのアスカも声が出なかった。

「えぇ、本当よ、でも他の部分では弐号機の方が約12%ほど速いわ。」

ミサトはリツコの言葉を唖然とした表情で聞いていたが、アスカの方を見るとあ
きれたように言った。

「ま、まぁ火事場のバカ力ってのも・・・まんざら外れてないかもね・・・」

「・・・バ・・カ・・ぢ・・から・・・」

シンジが俯いて呟いた。ミサトはシンジの反応を見ると少し慌てたように言う。

「あ、あのシンちゃん、そういう意味じゃないのよ・・・」

「・・・じゃ、どういう意味なんですか?」

シンジは少しいじけたように言い返した。ミサトは困ったような顔でリツコの方
を見たが、リツコは澄ました表情で見返しただけだった。

「ま、まぁ、その話は、また今度ね、じゃ、次は、えっと、レ、レイね。」

それまでずっとシンジを見つめていたレイはミサトの言葉に視線を戻す。

「あっとぉ、今日はちょっち調子悪かったかな?」

「・・・すみません。」

レイは素直に謝った。いくぶん素直すぎる感はあるが。

「え、別に謝ることはないのよ、問題があるなら言ってね。」

「はい、別に問題はありません。」

レイはミサトの目を真っ直ぐに見つめたまま言った。ミサトはそんなレイに軽く
微笑むと、優しく言った。

「じゃ、次はがんばって。」

「はい。」

レイが答えるとシンジがレイの方を振り向いた。レイもそれに気づいてシンジの
方に視線を向ける。アスカは何かぶつぶつ言いながら、弐号機の方を見ていた。

・・・碇くん・・・守ってくれた・・・

・・・綾波・・・朝から変・・・だよな・・・

「じゃ、今日は本当にお疲れさま、これで解散ね。」

ミサトが言うと、シンジとアスカはミサトの方を見たが、レイは相変わらずシン
ジの方をじっと見つめていた。

「・・・ふぅ・・・」

シンジがため息をつきながら振り返るとレイと目が合った。シンジはレイに見つ
められて、どうしていいのかわからなかった。

・・・な、なんだろ・・また・・僕を見てるのかな・・・
・・・や、やっぱり綾波・・何か怒ってるのかな・・・

「・・・あ、あの・・・綾波・・・な、何かな?」

シンジは恐る恐るといった感じでレイに聞いた。レイは相変わらずじっとシンジ
を見つめている。

・・ほ、本当に怒ってるのかな・・訓練で余計なこと・・しちゃったのかな・・
・・で、でもアスカじゃあるまいし・・・朝から・・こうだったし・・・・
・・ぼ、僕・・・綾波に・・何かしたのかな・・・

「あ、綾波・・ごめん・・あの・・・なんか・・怒ってるの?」

「・・・碇くん・・・」

「・・・な、何?」

気がつくと、アスカ、ミサト、リツコ、それにその場にいたネルフ職員のほとん
どが2人に注目していた。シンジとレイはちょっと不思議な雰囲気で見つめあっ
ていた。

・・・これは、なんだか面白いことになりそうよぉ・・・

・・・どうしたのかしら・・・2人・・・

・・・なに見つめあってんのよ、ファーストとバカシンジは・・・

そんな中、レイがゆっくりと言った。

「・・・どうして・・・夜になるとわたしのところに来るの?」

「え?」

シンジはレイの言葉の意味を理解できずに間の抜けた声を出してしまった。
しかし、周りはそういうわけにはいかなかった。

「ちょっとシンジ!!」

「シンちゃん!それ本当なの!!」

「シンジ君!!」

2人の近くで成り行きを見守っていたアスカ、ミサト、リツコはそれぞれ大声で
シンジに詰め寄った。

「い、いや・・そんな・・僕・・・えっと・・・」

シンジは3人の迫力にしどろもどろになりながら後ずさった。顔面蒼白である。

「あんたバカシンジのくせにファーストのところに夜這いなんて!!
  このあたしの立場はどうなるのよ!!答えなさい!バカシンジ!!!」

「シンちゃん!あたしは保護者なんだから、そういうことはこのあたしに断って
  からにしなきゃダメじゃない!!!」

「シンジ君、よくミサトに気づかれずにレイのところに行けたわね、スゴイわ!」

3人とも勝手なことを言っている。しかし当のシンジはうろたえるばかりで何も
言えなかった。レイはそんなシンジの答えを待っているようにじっとシンジを見
つめていた。

「シンジ!!あんたファーストに何をしたのよ!答えなさいよ!!」

「シンちゃん!レイのこと、やっぱりそうだったのね!!言ってくれなきゃ
  困るじゃない!!」

「シンジ君、レイのどこが好きなの!!言いなさい!!」

シンジはぶるぶると首を横にふりながら必死の形相で弁解する。

「ぼ、僕は何も・・・綾波が・・・なんで・・そんな・・・助けて・・」

シンジは完全にパニックに陥ってマトモに喋ることもできなかった。自分がこれ
からどうなるのかも考えられなかった。しかし、そんなシンジを救ったのはレイ
だった。

「・・・碇くん・・・どうしてなの?」

レイの落ち着いた声にシンジに詰め寄っていた3人はレイの方を振り返った。
先ほどまでとは打って変わった沈黙が流れる。

「あ・・綾波・・・どうしてって・・・どういうこと?」

シンジはレイの落ち着いた声にやっと反応することができた。不思議そうにレイ
に聞いた。レイはシンジをじっと見つめたままさらに問いかける。

「・・・碇くん・・・わたしはどうしたらいいの?」

「ちょっと待ってよ、そもそも僕は綾波のところに行ってないよ?」

アスカ、ミサト、リツコの3人はレイとシンジの会話を聞いて何かがおかしいと
気がついた。シンジはどう見ても嘘をついているようには見えない。かといって
レイが意味もなくさっきのようなことを言うとも思えない。

「ちょっと待ちなさい。」

ミサトが2人の間に声をはさむ。

「レイ、シンちゃんはいつあなたのところに行ったの?」

「夕べと、それからその前の晩、そしてその前も・・・」

レイはミサトの方を向いてはっきりと言った。

「そう、でシンちゃんはあなたのところで何をしてたのかしら?」

ミサトがそう聞いた時、アスカの眉がピクリと動いた。

「何も・・・ただ・・・わたしの前に立っていました。」

「そう、でも、あたしが昨日家に帰った時、そうね1時くらいかしら、その時
  にはシンちゃんは家で寝てたわよ?」

ミサトの言葉にレイは何か考え込むような表情でシンジを見た。シンジは困った
ような顔でレイとミサトを見ていた。

・・・碇くんではないの?・・・

レイがシンジを見たまま黙っているとアスカが割り込んできた。

「ファースト、あんた夢でも見たんじゃないの?」

「・・・ゆ・・め?」

レイが不思議そうに聞き返す。

「そうよ、夢。・・・だいたい一晩中ずっと立ってる奴なんていないわよ!」

「レイ、ちゃんと話してごらんなさい。」

ミサトが言うとレイはコクリと肯いて話しだした。

「夜、気がつくと碇くんがいて・・次に気がつくと朝ひとりで・・・」

その時、リツコがぽつりと呟いた。

「・・・そんな・・そんなはず・・ないわ・・・」

ミサトとアスカが振り向くとリツコはレイを見つめたまま驚愕の表情を浮かべて
いた。ミサトはリツコの表情にただならぬものを感じると、レイの方を向いて言
った。

「レイ、ちょっと残ってくれる?」

「はい。」

「じゃ、シンちゃんとアスカは先に帰っていいわ。」

「でも、ミサト・・・」

アスカが何か言いたげにミサトに言ったがミサトは軽く肯くとアスカの背中を押
して言った。

「大丈夫よ、先に帰ってなさい、シンちゃんもいいわね?」

「はぁ・・・」

シンジも何かすっきりしない様子だったがミサトの言葉にしたがって、更衣室に
向かって歩いていった。

「シンジ!あんた本当にファーストのところに夜這い・・・」

「な、何言ってんだよ!・・・もう・・・」

レイはシンジの背中をじっと見つめていた。






「夢・・ですか?」

レイはリツコの研究室で聞き返した。目の前にはミサトとリツコがいた。

「そう、夢なんじゃないの?」

「・・・・・・」

ミサトの言葉にレイは何かを考えている様子だった。ミサトより一歩下がった所
にいるリツコはレイをじっと見つめている。その目は冷静な科学者の目だった。

「・・・そう・・かも知れません。」

ミサトはレイの反応に何か引っかかるものを感じていた。レイの反応はまるでつ
かみ所がない。それにリツコの態度も気になった。

「かもしれないって・・・あなた、夢見たこと・・・」

ミサトがそこまで言った時、リツコが冷静な、やや冷たい声でレイに向かって言
った。

「レイ、夢というのはね、人が睡眠中に体験する仮想現実的な経験なの。」

「ちょっとリツコ、何説明なんかして・・・」

ミサトは少しあきれた口調でリツコを振り返りながら言った。しかし、リツコの
真剣な表情を見て、最後まで言葉を続けることができなかった。リツコはそんな
ミサトの様子を無視して続けた。

「そして、夢はその人の願望や恐怖の対象であったり、将来起こる事を夢に見る
  予知夢というものなんかがあるわ。」

レイは黙ってリツコの話を聞いていたが、リツコの言葉が途切れた時、小さな声
で呟いた。

「・・・願望や恐怖・・・」

ミサトもリツコもレイをじっと見つめたまま黙った。レイはリツコから視線を外
し、俯いていた。

・・・望むこと・・・わたしが望んでいること・・・
・・・恐れること・・・わたしが恐れていること・・・

「リツコ・・・何なのよ、わたしにはさっぱり・・・」

「ミサト、このことについては私に任せて。」

リツコの言葉にミサトは黙ってリツコを見つめた。リツコの表情は真剣であり、
また、ミサトに何かを隠している時の表情だった。こういう表情のリツコには何
を言ってもムダなことをミサトは経験的に知っていた。

「わかったわ、そのかわり後でちゃんと説明してよね。」

「えぇ、わかってるわ。」

ミサトがリツコを見据えて言ったのに対して、リツコはレイの方を見たままミサ
トと視線を合わそうとはしなかった。



			-  同日 夜  -



「夢だったんですか?」

「はぁ、何なのよあの娘?」

アスカとシンジは帰ってきたミサトの言葉を聞くとあきれたように言った。

「はは・・・そうみたい、ま、よっぽどリアルな夢だったんでしょうね。」

ミサトはリツコのことは2人には言わなかった。言おうにもどう言えばいいのか、
ミサト自身がわからなかった。

「やっぱり、ファーストって変わった娘ね。」

「アスカぁ、そんな言い方って・・・」

・・・アスカだって十分変わってると思うけど・・・

「なぁによ!変わってるもの変わってるって言って何が悪いのよ!!」

アスカはレイを庇うかのようなシンジの態度に腹を立てたのか、シンジに食って
掛かった。そもそも、今日の訓練でシンジがレイの零号機を庇ってからずっとア
スカの機嫌は悪かったのだが、シンジはその原因が何なのかさっぱりわかってい
なかった。

「はんっ、ファーストが3日も続けて自分の夢見てくれちゃって、あんたも相当
  嬉しいでしょうね!!」

「そ、そんな・・・僕は別に・・・」

「別に何よ!!」

「そ、そりゃ確かに・・う、嬉しいけど・・・」

「ふんっ!!バカ!!」

アスカはシンジに向かって大声でそう言うと、自分の部屋に行ってしまった。
シンジは困ったような表情でミサトを見たがミサトも苦笑いしただけでアスカの
ことについてはそれ以上何も言わなかった。

「さ、シンちゃんも自分の部屋に行って、もう寝なさい。」

「はい、あ、ミサトさん晩御飯は?」

「いいわ、本部ですませたから。」

「そうですか、じゃ、おやすみなさい。」

シンジはそう言うと自分の部屋に向かおうとした。するとミサトが行きかけたシ
ンジの背中に声をかけた。

「あ、シンちゃん。」

「え、何ですか?」

シンジが振り返ると、ミサトは何かイタズラを思い付いた子供のような顔で言っ
た。

「やっぱり、嬉しい?」

「え、何言って・・・もう、ミサトさんまで!」

シンジは顔を赤くしながら言った。ミサトは面白そうにそんなシンジを見ている。

「シンちゃんも今夜はレイの夢、見てあげなさいよぉ〜」

「そんなこと・・・夢なんてそんな自由に見れるわけないですよ!!」

「あらぁ、そんなことないわよぉ、愛があれば夢くらい!!」

「あ、愛って・・も、もう何を言ってるんですか!・・・ぼ、僕、もう寝ます!
  おやすみなさい!!」

「は〜い、おやすみ・・・」

シンジはそう言うと自分の部屋に向かった。ミサトはニヤニヤしながらシンジの
背中を見ていたが、シンジの姿が見えなくなる直前にまた声をかける。

「あ、シンちゃん!」

「もう、何ですか?」

シンジが振り向くと、ミサトはにっこり微笑んで鼻歌を歌った。

「・・・♪夢でもし逢えたら・・・♪素敵なことね・・・
     ・・・♪あなたに逢えるまで・・・♪眠り続けたい・・・」

「お、おやすみなさい。」

シンジは歌を聴いて真っ赤になると、それだけ言って逃げるように自分の部屋に
向かった。



			-  第2日 朝  -



レイは目を開けた。いつもの自分の部屋の天井が見える。そのまま天井を見上げ
て記憶をゆっくりと辿っていく。朝の光がゆっくりと部屋に入り込んでくる。

・・・ベッドに入って、目を閉じた・・・
・・・天井が見えた・・・

レイはベッドから起き上がると部屋を見回す。まるで何かをさがしているように。
目に触れるのはいつもの風景。剥き出しの壁、冷蔵庫、箪笥、ビーカー、読みか
けの本が数冊、そして朝の光。

・・・碇くんは来なかった・・・

レイは心の中でつぶやくとベッドから降りて、シャワーを浴びるためにバスルー
ムに入っていった。いつもの通りにシャワーを浴びる。白い肌に煙立つように水
滴が跳ねる。

・・・碇くんは来なかった・・・

レイはもう一度心の中でつぶやいた。その時自分の心の中でなにかが疼くのを感
じた。

・・・何・・これは・・・

レイは胸にシャワーを当てた姿勢のまま目を閉じてそれを確かめようとじっとし
ていた。シャワーの跳ねる音が聞こえる。

・・・これは・・・痛み・・・広がる・・痛み・・・
・・・わたし・・・どうして・・・
・・・わたしが望むこと・・・夢で見ること・・・

レイはシャワーを止めると、しばらく俯いた姿勢のまま動かなかった。

・・・わたしは・・何を望んでいるの・・・



			-  同日 昼  -



「シンジぃ〜、メシにしようやぁ。」

「うん、ちょっと待って。」

シンジは鞄からアスカの弁当箱を取り出すとアスカの席まで持っていこうとした。
その時、ちょうど席を立って廊下へ出ようとしたレイと向き合う形になった。

「あ、ご、ごめん。」

反射的に謝るシンジ。しかしレイの紅い瞳はシンジが持っている赤い布巾に包ま
れた弁当箱に注がれてた。

・・・あの人のお弁当・・・

レイにはそれがシンジの手で作られた物であるということが直感的にわかった。
胸に込み上げる苦い感触。何故か息苦しい感じがする。

「あ、綾波?」

「・・・・・・」

レイはシンジの手の中の弁当箱を見つめたままだった。息苦しい感じが強くなっ
ていく。シンジはレイの様子に戸惑いながら、なんとか話しかけようとした。

「・・・あ、綾波はお昼、どこで食べるの?」

「・・・・・・」

何故かシンジの声を聞くのが辛く感じてレイは視線を外して俯く。

「・・・あ、あの・・・」

シンジが更に何か言おうとした時、レイは耐え切れずにシンジの横をすり抜ける
ようにしてその場を離れた。何故自分の胸が苦しいのか、どうすればいいのか。
レイには何もわからなかった。

「・・・あや・・な・み・・・」

背中からシンジの声が聞こえた。その声はレイの心に悲しげに響いた。



			-  同日 夕方  -



「うわぁ、えらい降りや!」

「こりゃ、ちょっと帰れないね。」

「ど、どうしよ・・・」

シンジは学校の帰りにトウジ、ケンスケとゲームセンターに遊びに来ていた。小
一時間ほどゲームをして楽しんだ後、そろそろ帰ろうということになり、表に出
たところでどしゃ降りの夕立にあってしまったのだった。

「しょうがない、少し雨宿りしようよ、シンジ。」

「う、うん・・・」

「しゃあないやないかセンセ、この雨や、今帰ろ思たらびしょ濡れや。」

シンジは夕飯の支度があったのでできるだけ早く帰りたかったのだが、目の前の
雨の中を帰るのは無謀に思えた。シンジは空を見上げた。暗い空から透明な雨が
降り注ぐ。地上に落ちた水滴が霧のような水煙で景色を曇らせている。シンジは
その水煙が作る霧の中にレイの姿を見たような気がした。

・・・あれから・・綾波と何も話してないな・・・

今日は朝の挨拶と昼休みの会話以外、他には一言もレイと言葉を交わしていない
のに気づいた。もっとも昼休みはシンジが一方的にしゃべっていただけだったが。
その後は目も合わなかったし、なんとなくレイが自分を避けているような気がし
た。

・・・目も合わなかったな・・・
・・・僕を避けてた・・・のかな・・・・
・・・やっぱり・・なんか・・怒ってるのかな・・・

シンジがぼんやり考えていると、ケンスケが唐突に声をかけた。

「シンジ、綾波のこと考えてるだろ?」

「えぇ!!ぼ、ぼぼ僕は、べべべべ別に・・・」

ケンスケはニコッっと笑うとトウジと目を見合わせる。トウジが一歩シンジの方
に近づくとシンジの肩に手を置いた。

「な、シンジ、わいらは友達や、隠し事はいかんと思わんか?」

「・・・あ、それは、そうだけど・・僕は隠し事なんて・・ないし・・・」

「な、シンジ、綾波と何かあったのか?」

「何で、そんなこと・・・聞くの?」

シンジはケンスケの言葉を聞くと、はっとしたように聞き返す。

「そりゃ、昨日は綾波はシンジのことばっかり見てるし、今日は逆に近づかない
  ようにしてるみたいだったし。」

「そや、おかげで惣流の機嫌が良くてわいらはつまらんかったわ。」

「そん・・な・・・あぁ!アスカ!!」

シンジはアスカの名前を聞くと何か大事なことを思い出したように声を上げた。

「なんやシンジ、素っ頓狂な声だして?」

「ご、ごめん、僕急いで帰らなきゃ!」

「どうしたんだ?」

「今日は、早く帰ってハンバーグ作るってアスカと約束してたんだ!!」

「はぁ、ハ、ハンバーグ?」

トウジとケンスケはあきれたような顔でシンジを見た。

「うん、そうなんだ、だから悪いけど僕これで・・・」

「ま、待てやシンジ、そないなこと言うてもどしゃ降りやないか・・・」

「走っていけば大丈夫だから、じゃ、またね!」

「あ、シンジ!」

シンジは挨拶もそこそこにゲームセンターから飛び出した。あっという間に下着
までびしょ濡れになる。

・・・うわ・・・だ、だめだ・・・これじゃ・・・

だが、今すぐ帰らないとハンバーグが間に合わない。アスカの顔が脳裏をよぎる。
シンジは半分ヤケクソで雨の中を走った。

・・・ははは・・もう・・・なんか気持ちいいや・・・



			-  第3日 朝  -



「おはようアスカ!」

「あ、ヒカリ・・おはよう。」

「あれ、碇くんは?」

ヒカリはアスカが一人で教室に入ってきたのを見てシンジの姿を探した。しかし
アスカの後ろから入って来るはずのシンジの姿はない。

「あいつ、なんだか風邪ひいたみたいでさぁ、熱だしちゃって休み。」

「え、そうなの?大丈夫なの?」

ヒカリは心配そうに言った。アスカもいつもの勢いがない。

「昨日、あたしが帰ったら、あいつドアの前でびしょ濡れで座り込んでたのよ。」

「えぇ!なんでそんなところで?」

「家の鍵、忘れたらしいわ、あのバカ。」

昨日アスカは学校の帰りにヒカリの家に遊びに行った。アスカが帰ろうとした時
、ちょうど夕立ちが激しくなったので、しばらく待ってからカサを借りて帰った
のだが、帰ってみるとシンジがマンションのドアの前に座り込んでいたのだった。

「惣流、シンジは?」

アスカがヒカリに話しているとケンスケが声をかけた。ケンスケの向こうにはい
つものようにトウジがいて、アスカとヒカリの方を見ている。

「シンジは休みよ!」

「なんでや?」

「風邪よ!バカは風邪ひかないはずなのにね!」

「トウジ・・・」

「あぁ、やっぱり風邪ひきよる・・・」

2人の会話を聞いたアスカはちらっとヒカリの方を見て、ケンスケに向き直った。

「何よ、なんか言いたいことあるなら言いなさいよ!」

「え、あぁ、昨日ちょっとな。」

「ちょっと、って何よ!」

「いや、3人でゲーセン行ってさ、帰りにあの夕立だろ?」

「それが?」

「ワシら、雨宿りしていこう言うたんやが、なんやシンジ、ハンバーグの約束が
  ある言うて、雨のなか帰って行きよったんや。」

・・・え!?・・・

アスカはトウジの言葉にはっとした。シンジが風邪をひいた理由、本当の理由は
鍵を忘れたことではないのに気づいた。

「昨日はハンバーグだったんだろ?」

アスカはケンスケの問いに答えずに、じっと考え込んでいた。

・・・あたしがハンバーグが食べたいって言ったから?・・・
・・・たしかにシンジは約束した・・約束したけど・・・

「・・・ア・・アスカ?」

ヒカリがアスカの顔を心配そうに覗き込んだがアスカは何も答えない。

・・・だからって雨の中帰るわけ?・・・オマケに鍵忘れて家に入れずに・・・
・・・あたしの携帯に電話してハンバーグなしって言えば済むことじゃない・・
・・・本当にバカ?・・・でも・・でも・・シンジは・・シンジは・・・
・・・シンジはそういう奴・・あたしのために・・ハンバーグのために・・・
・・・シンジは・・・

「ヒカリ、あたし帰る!」

「え?」

「ごめん、適当に言っといて!!」

アスカはヒカリの返事も待たずに、たった今入ってきたばかりの教室のドアから
駆け出して行った。






「・・・は・・・はぁ・・・」

シンジは自室のベッドの中で苦痛と闘っていた。関節が痛み、目眩がする。寒気
と嘔吐感が交互にやってくる。

「・・・まい・・ったな・・・」

体温を計ると40度を越えていた。シンジはほとんど病気になったことがない。
風邪すらほとんどひいたことがなかった。それは規則的な生活を好む性格と他人
に迷惑をかけないようにと無意識のうちに行動する習慣のせいであるとも言えた。

「誰か・・・助けて・・よ・・」

一人になると心細くなる。誰もがそうであるように、シンジも孤独感に襲われて
いた。ミサトとアスカを自分は平気だからと送り出したことを心の底から後悔し、
こんな状態で自分を放っておく2人は冷たいとまで思う。病人とは勝手なものだ。

「・・・誰か・・・綾波・・・綾波・・助けて・・・」

シンジはレイに側にいて欲しいと痛切に感じた。それはネルフの病院で目を覚ま
すと必ずレイが側にいたということを思い出すことによって、より強くなった。

「・・・死んじゃう・・・よ・・・」

シンジがそう呟いた時、部屋の引き戸をノックする音が聞こえた。シンジが熱に
上気した顔を音のした方に向けると声が聞こえた。

「シンジ、あんた大丈夫なの?」

「・・・ア・・・アス・・・カ?」

「シンジ、開けるわよ?」

ゆっくりと戸が開くと心配そうなアスカの顔が覗いた。

「ア・・スカ?」

「あんた、ちょっと、だいぶ辛そうじゃない?」

「・・・うん・・・ちょっと・・・辛い・・・」

「薬飲んだの?」

「・・・飲ん・・だ・・・」

「熱は?」

「・・40・・度・・・くらい・・・」

「よ!・・40度って、あんた、バカァ?すぐ医者行かなきゃダメじゃない!!」

「・・・だ・・って・・」

シンジの言葉を最後まで聞かずに、アスカは自分の鞄から携帯電話を取り出すと
ネルフ本部のミサトに電話をかける。

「もしもし、あ、ミサト!シンジが大変なのよ!!」

「え、ミーティング?何言ってんのよ!シンジが死にそうなのよ!!」

「そうよ!もう死ぬわ!!すぐ帰ってきなさいよ!!すぐ医者に・・・!!」

「はぁ?30分?バカ言ってんじゃないわよ!シンジが死んだら、あんたのせ
  いだからね!!すぐよすぐ!!」

・・・ア・・アス・・カ・・死ぬ・・って?・・・

シンジはアスカの声を聞きながら、意識が遠のいていくのを感じていた。






「・・・ですから、え〜・・次の問題を・・・綾波さん。」

「・・・」

「・・・綾波さん?」

「・・・は・・はい・・・」

レイはゆっくりと立ち上がると国語の教師の方を見た。ふと気づくとクラスメー
トのほとんどが自分に注目している。レイは困惑の表情で視線を左右にさまよわ
せた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「どうしたんですか、答えてください。」

「・・・すみません・・・聞いていませんでした。」

「おや綾波さんが珍しいですね、座りなさい。」

「・・・はい。」

レイが着席したあとも、クラスメート達はしばらくレイの方を見ていた。いつも
のレイならば教師の話%回答していた。

・・・めずらしいな・・・

ケンスケは目の前のノートパソコンから目を上げて窓際に座っているレイの後ろ
姿を見つめた。レイは頬杖をついて窓の外を見ている。

・・・さてと、ダウンロード再開っと・・・

ケンスケはパソコンに視線を戻すと軍事関係のネットワークに接続し、公開され
ている画像データのダウンロードを再開した。画像を選び終わってダウンロード
を開始した時、視界の隅でなにかが動いたような気がして視線を上げた。

・・・綾波?・・・

レイは頬杖をついた姿勢のまま軽く首をひねり本来シンジのいるはずの空間を見
つめていた。しばらくそうしていたが、紅い瞳を伏せると何かを考えているよう
にじっとしている。

・・・シンジのことが気になるんだな・・・

ケンスケがしばらく見つめていると、レイはアスカの席の方へ視線を向けた。し
ばらく見つめた後、また瞳を伏せて何かを考え、視線を窓の外に向けた。結局、
ケンスケが気づいただけでも授業が終わるまでにレイはそれを9回繰り返した。
そして次の授業中も、レイは同じようなことを何度も繰り返していた。ケンスケ
は10回を越えたところで数えるのをやめた。

・・・シンジと綾波・・・か・・・

ケンスケは頭の中でそう呟くと、メールソフトを起動した。



	シンジは風邪ひいて休みだよ。
	惣流が看病してると思う。
				相田


ケンスケはそれだけの簡単なメールを書くと、送信ボタンを押した。






レイは頬杖をついた姿勢で外を見ていた。開け放たれた窓からときおり吹いてく
る風がレイの髪を揺らしている。レイは視線を教室に戻そうとして、机の上のノ
ートパソコンの液晶ディスプレイにメール着信のサインを見つけた。

・・・何?・・・

レイはめったに使われることのないメールソフトを起動して、受信したメールを
開いた。メールはたった2行の簡単なものだったが、その内容を見たレイの紅い
瞳が一瞬大きく見開かれる。

・・・碇くん・・・病・・気・・・

レイは大きく振りかえるとケンスケの方を見た。ケンスケもそれに気づいてレイ
の方を見ると軽く頷いてみせた。レイはケンスケの席からシンジの席、そしてア
スカの席へとゆっくりと視線を巡らすと、何かを考えるように俯いた。

「綾波さん、どうしました?」

レイの様子を見て教師が声をかけた。レイはしばらく何も答えずに黙っていたが、
ゆっくりと顔をあげると言った。

「・・・なんでも・・ありません・・・」

教師が顔を顰めて何か言おうとした時、授業の終了を告げるチャイムが響いた。
時計を確認してため息をついた教師は教科書を閉じながら言った。

「では、今日はここまでにします。」

「きりーつ!」

ヒカリの声が響く。

「礼!」

「はぁー、疲れたぁー」
「眠いぃー」
「おう、次何?」

クラスメート達は開放感を味わうように、伸びをしたり、席を立ったりしてつか
の間の休息を楽しみだした。レイはゆっくり立ちあがるとケンスケの席に向かっ
た。

「・・・相田くん。」

ケンスケはノートパソコンのディスプレイから顔を上げると、レイを見上げた。
紅い瞳がケンスケを見つめる。

「え?あ、綾波か、何だ?」

「・・・メール・・・」

「あぁ、気になるんだろ、シンジのこと?」

ケンスケがそう言うと、レイは目を伏せて小さく頷いた。

「シンジ、昨日の夕立の中を濡れて帰ってさ、風邪ひいたんだよ。」

「・・・」

「惣流にハンバーグ作ってやる約束かなんかしてたらしくてさ、それで。」

ケンスケの言葉を聞いた時、レイの胸に痛みが走った。かすかに紅い瞳を見開き
、視線を左右にさまよわす。ケンスケはそんなレイの様子に気づかずにパソコン
の液晶ディスプレイに視線をむけたまま続けた。

「ま、惣流も責任感じたんじゃないのかな。」

「・・・そう・・・」

レイは消え入りそうな声でそれだけ言うと自分の席にもどって窓の外に視線を向
けた。

・・・碇くんは・・・
・・・あの人の・・ために・・・

レイの脳裏にアスカに微笑みかけるシンジの姿が浮かぶ。

・・・あの人の・・・

レイの瞳には外の景色は映っていなかった。



			-  同日 夜  -



・・・わたしが望むこと・・・夢に見ること・・・

レイは自室のベッドに横たわりじっと天井を見つめていた。月が青白い光を部屋
に満たしていた。

・・・夢にみること・・・望めば・・・夢・・で・・・

レイは目を閉じると眠りが訪れるのをじっと待った。脳裏には昼間読んだ電子メ
ールの文字が浮かんでくる。レイはそのたびに心のなかに重い痛みが広がるのを
感じた。

・・・あの人のために・・・

シンジと並んで歩くアスカ、綺麗な長い髪をなびかせて振り返るアスカ、シンジ
に文句をいいながら、それでも優しい青い瞳。

・・・綺麗な・・人・・・

レイはゆっくりと寝返りをうって閉じた瞼にわずかに力をこめる。無意識に右手
がシーツを強く掴んでいた。

・・・碇くんは・・・

身体の下になった左肩をわずかに動かして体重を逃がす。左手の人差し指が唇に
触れた。胸に伝わる鋭敏な感覚に震える。

・・・あの人の・・ために・・・

孤独な少女を月が見ていた。



			-  第4日 夕方  -



『レイ、どうしたの?』

「・・・・・・」

『・・・レイ!聞こえる!?』

「・・・は・・い・・」

『レイ!どうしたの?何かあったの!?』

「いえ、なんでもありません。」

レイは顔を上げると、目の前に開いたウィンドウに視線を向けた。オレンジ色の
文字で「From Control」とあるそこにはミサトの顔があった。心なしか心配そう
な表情。

『優等生のあんたがぼうっとするなんて、めずらしいわね!』

弐号機からアスカの声が届く。レイは視線を向けることもなく集中しようと目を
閉じた。

『アスカ、集中しなさい!』

『はいはい、わかってるわよ!』

『シンクロ率、0.5% 落ちたわよ!』

『あたしだって、シンジの看病で疲れてるのよ!!』

アスカの声を聞いた時、レイの胸に痛みにも似た何かが広がり思わず目を開いた。
目の前に開いたウィンドウにはアスカと言い合いをしているミサトの横顔が映っ
ている。

『はぁ・・・わかったから、今日はもういいわ・・・戻って、2人とも。』

『ふんっ!』

レイは無言で肯いた。何故か声を出したくなかった。レイは軽くため息をつくと
全身の力を抜いた。コントロールルームからの操作で零号機とのシンクロがカッ
トされるとエントリープラグの中が暗くなる。浮かんでくるのは同じ言葉。

・・・あの人のために・・・

結局昨夜は眠れなかった。何度も寝返りをうち、何度も目を開けた。レイは生ま
れて初めて夜の長さを知った。

「レイ、あなた、大丈夫?」

エントリープラグから出たレイに向かってリツコが声をかけた。レイは最初自分
が声をかけられていることに気づかずにぼうっとしていたがリツコに腕を掴まれ
て気がついた。

「レイ・・・どうしたの?」

「・・・なんでも・・・ありません。」

「でも、あなた・・・変よ、今日は。」

「ゆうべ・・・眠っていないので・・・」

心なしかレイの顔はやつれて見えた。典型的な寝不足の表情だとリツコは思った。

「どうして・・・眠ってないの?」

「わかりません・・・なぜか・・・眠れなくて・・・」

「・・・また・・・夢?」

リツコはためらいがちに聞く。その表情は真剣そのものだった。

「いいえ・・・夢は見ていない・・・と思います。」

「・・・そう・・・」

「また・・・何か夢を見たら・・・報告してほしいの。」

「・・・はい。」

「今日は、早く帰って休みなさい。」

リツコは表情を和らげて言ったが、その目は真剣だった。

「はい、そうします。」

「・・・行きなさい。」

「・・・はい。」

レイは更衣室に向かって歩いて行った。リツコはゆっくり振り返ると儚げなレイ
の背中を見つめた。その瞳はなぜか悲しく見えた。

・・・あなたは・・・人の心を・・・いえ・・・

「・・・女に・・なったのね・・・」

リツコのつぶやきはケージの喧燥に消えた。



			-  同日 夜  -



・・・綾波は・・どうしてるかな・・・

シンジは天井を見つめていた。まだ全身に熱っぽさが残っていたが、ヤマは越え
たようだ。時折アスカが見ているテレビの音が耳に入る。

・・・アスカが来てくれて・・・でもすぐ死ぬってのは、ないよな・・・

シンジは一瞬苦笑いをして寝返りをうつと、右手に握ったSDATのリモコンの再生
ボタンを押す。ちょうど曲と曲の間らしくしばらく何の音も聞こえない。その時
誰かに呼ばれた気がして半分閉じていた目を見開いた。

・・・綾波?・・・

しばらくじっと耳をすます。SDATからは次の曲のイントロが流れ始めたが、右手
のリモコンですぐに止めた。

・・・綾波の声が聞こえた気がしたんだけどな・・・

シンジはイヤホンをはずすと、真っ直ぐ仰向けに姿勢を直して目を閉じた。

・・・綾波の夢・・・見られるかな・・・

シンジの瞼に寂しげな紅い瞳の少女の面影が浮かんだ。

・・・綾波・・・






「・・・あの人の・・ために・・・」

レイは自室のベッドでもう何度目かもわからない言葉をつぶやいた。今夜も月が
青く輝いている。

・・・夢・・わたしが・・望めば・・・

レイは淡い月の光の中で眠りにつこうと目を閉じていたが、やがてゆっくりとそ
の目を開ける。青い部屋が見える。寂しげな紅い瞳。

「・・・碇くん・・・」

小さな声でつぶやく。胸の中でなにかが騒ぎ出す。レイはどうしていいのかわか
らないまま目をきつく閉じてみる。

・・・わたしが・・望めば・・・

だがレイの心とはうらはらに、胸の中の何かが彼女の眠りを遠ざける。

・・・夢でなら・・・

しかしその夜もレイにとって長い夜になった。



			-  第5日 昼  -



・・・学校で寝てはだめ・・・

レイは何度も襲ってくる睡魔と闘いながら自分に言い聞かせていた。

「あ〜、それでは次の問題を、碇・・は休みか・・・綾波。」

「・・・・・・」

「綾波、どうした?」

「・・・・・・」

「おい、綾波・・・・起きなさい。」

「・・・は・・・はい・・・あ・・」

普通であれば教室に笑いが溢れかえるか、忍び笑いが広がるところであるが、今
2年A組の教室では誰もが呆然とレイを見ていた。

「どうした、大丈夫か?」

「・・・は・・い・・・」

レイは自分が寝ていたことに気づくのにしばらく時間がかかった。クラスメート
はみんな自分に注目している。

・・・夜には眠れないのに・・・

「本当に大丈夫か?具合が悪ければ、保健室で休んでていいんだぞ?」

「・・・はい・・・大丈夫・・です。」

「無理するなよ。」

「はい。」

「・・・なんや・・・綾波にはずいぶん優しいんやな・・・」

「何か言ったか、鈴原!?」

「い、いえ、何でもありまへん!!」

ここで初めて爆笑が起こった。レイは不思議そうに回りをゆっくりと見回してい
た。ふと、その視線を空席になっているシンジの机に止める。

・・・碇くん・・・病気・・・・

そしてゆっくりとアスカを見る。アスカはトウジの方に向かって何か言っていた。

・・・あの人のために・・・

レイはもう一度シンジの机に視線を移すとしばらくそのまま見つめていた。

「・・・碇くん・・・」

思わず声に出して呟いてしまった。だが、この時はじめてレイの心に自分の望ん
でいることがはっきりと浮かんできた。

・・・碇くんに逢いたい・・・逢いたい・・・わたし・・・

レイは驚きの表情を浮かべながら自分の白い手を見た。

・・・わたしの手・・・白い手・・・
・・・碇くんに・・・逢いたい?・・・この手も・・・
・・・この胸も・・髪も・・・・・・身体も・・・心も・・すべてが?・・・
・・・すべてが・・碇くんに逢いたいの?・・・

レイは自分の手を呆然とみつめていた。クラスメート達はまだ笑っている。そん
な中でアスカとケンスケがレイの様子に気づいた。

・・・何よ、あの娘・・めずらしく居眠りしてたと思ったら・・・

・・・深刻な顔して、どうしたんだ?・・・綾波・・・



			-  同日 夕方  -



「じゃ、今日はもういいわ、早く帰って休みなさい。」

ミサトは訓練を終えたアスカとレイに向かって言った。アスカは大きく伸びをし
ながら言った。

「はぁ〜い、つっかれたぁ。」

「・・・・・・」

レイはうつむいたまま無言である。訓練の結果を伝えた時はミサトの方を向いて
話を聞いていたし、返事もした。だが、自分から話題がそれるとうつむいたまま
何も反応しなくなってしまった。

「レイ?」

ミサトが無言のレイに心配そうに声をかけた。

「は・・・は・・い・・・」

レイは一瞬おくれて顔を上げる。

「・・・あなた・・大丈夫?」

「・・何・・が・・ですか?」

レイは目の下にくまをつくり、見るからに寝不足の様子。

「はぁ?何が、じゃないわよ!・・あんたちょっと最近変よ?」

アスカがそんなレイを見て言った。口調はいつも通りだが、その青い瞳は心配そ
うにレイを見つめていた。

「・・・そう?」

「そうって・・あんた、本当に大丈夫なの?」

「・・・大丈夫、少し疲れただけだから・・・」

レイはアスカの方を見ながら言ったが、その目はなんとなくぼんやりとして、焦
点が定まっていない感じだ。

「レイ、あなた、また眠ってないのね。」

それまで黙ってレイのことを見つめていたリツコが落ち着いた声で言った。ミサ
トもアスカもリツコの方を見る。

「・・・はい。」

「もし、あんまり眠れないのなら、薬をあげるけど・・・」

「・・・はい。」

「でも、その様子じゃ、今夜は大丈夫そうね。」

リツコはあまりにも眠そうなレイの様子を見て言った。アスカは不思議そうな顔
で2人のやり取りを聞いていたが、レイに向かって聞く。

「ちょっとファースト、あんたなんで眠ってないの?」

「・・・え・・・何?」

「だからぁ・・・あんたなんで寝てないのよ!?」

レイのぼうっとした様子に苛立ったアスカが言う。

「・・・わからない・・なんだか眠れないの・・・」

「わからないって・・・あんた学校でも居眠りしてたじゃない!」

「・・・そう・・・眠いの・・・」

「ったく、ワケわかんないわねぇ!」

アスカはなんとなく不機嫌そうに、そしてなんとなく心配そうにレイを見ていた。
ミサトは真剣な表情でリツコを見ていた。リツコは表情こそいつもの通りだった
が、何かを考えているようだった。

「とにかく、ゆっくり休むことが最優先ね、ちょうど明日は学校も休みでしょ?
  こっちも訓練も実験もないから。」

ミサトが言う。事実、今日の訓練でのレイはまったく精彩を欠いていた。実戦で
あれば命にかかわることだ。その原因が寝不足にある以上、休む以外に方法はな
い。眠れぬ原因についてもリツコが何もしないのであれば、ミサトはそれに従う
他なかった。

「あ、それから明日は訓練ないけど、加持君のお土産の試食会やるから1200
  に食堂に来てね。」

「えぇ!!加持さんのお土産ってことは、加持さんも来るんでしょ!!」

加持という名前にアスカの顔が輝いた。ミサトが顔を顰めて言う。

「えぇ、残念ながらあいつのお土産だからねぇ。」

「あら、いやならミサトは来なくてもいいのよ。」

リツコがからかうような微笑みを浮かべながらミサトに言った。

「くぅ・・・あいつはお土産だけはいいもん買ってくるのよねぇ・・昔から。」

「なになに!?加持さんのお土産って何!?」

アスカは意識は完全に加持のお土産でいっぱいである。傍らの眠そうなレイのこ
となどまるで見えていない。

「さぁ・・・謎なのよ、言わないのよアイツ。」

「う〜ん、楽しみ!!」

アスカは両手を胸の前で組んで言った。まるで夢見る少女だ。ミサトはそんなア
スカを苦笑いしながら見ていた。

「レイも、いいわね。」

「・・・は・・い・・」

レイはぼんやりとした表情で答えた。ミサトは話がわかっているのだろうか、と
不安になったが黙っていた。遊びの約束にしつこく念を押すこともない。

「じゃ、解散ね、いいんでしょうミサト?」

「あ、そうね、じゃ解散よ、2人ともお疲れさま。」

リツコに促されてミサトは解散を告げた。

「はぁい、明日に備えてゆっくり休みましょう!!」

「・・・・・・」

レイはアスカに続いてゆっくりと更衣室に向かって歩いて行った。



			-  同日 夜  -



「で、明日、加持君のお土産パーティなんだけど、シンちゃん大丈夫?」

「えぇ、もう大丈夫ですよ、加持さんのお土産にも興味あるし。」

ミサトの問いにシンジは微笑みながら答えた。結局シンジは3日間休んでいた。
学校にも訓練にも行かずに寝ていたのだった。しかし、その甲斐あってすっかり
風邪は治っていた。

「あいつ昔からお土産のセンスだけはいいのよねぇ・・・食べ物らしいけど何か
  しら。」

「あぁ、楽しみねぇ、加持さんのお土産!!」

ミサトの言葉に反応するように言ったアスカはすっかり上機嫌だ。そんなアスカ
を見てシンジも笑顔になる。

・・・綾波も来るのかな・・・

「シンちゃん、そういえば明日はレイも来るわよぉ。」

シンジがレイのことを考えたちょうどその時、ミサトがいたずらっぽく微笑みな
がらシンジに言った。

「え、あ、あぁ、そうですか。」

「あら、そんだけ?」

「そ、それだけ、って・・・それだけ・・・ですよ。」

シンジは真っ赤になる。そんなシンジを見て、ミサトは面白いものを期待するよ
うな表情でアスカの方を見た。しかし、いつもなら不機嫌丸出しになるはずのア
スカは笑顔を浮かべたままシンジに言った。

「そうそう!あのファーストも来るのよぉ!珍しいこともあるもんよね!!」

「珍しいって・・・アスカ・・確かに珍しいけど・・・綾波だって・・・」

シンジはいつもと違うアスカの様子に戸惑いながらも言う。

「ま、あんたは愛しのファーストちゃんに会えるんだから、嬉しいことよね!」

「ア・・アスカ・・何言ってんだよ!!」

シンジはまた真っ赤になりながらあわてて言う。そんなシンジを見て面白そうに
笑ったのはミサトではなくアスカだった。

「あぁら、あたしが学校から帰ってきたら、”・・綾波、助けてよ・・・”って
  言ってたのは、確か初号機専属パイロットの碇シンジ君じゃなかったかしらぁ?」

「え!何を・・アスカ!!」

「アスカ!それ本当!?本当なのシンちゃん!?」

真っ赤になって慌てるシンジに対して、ミサトは面白いものを見つけた子供のよ
うな顔で聞く。

「本当よ、初号機も設計限界以上の反応速度を出すはずだわぁ、さすがに天才の
  このあたしでも、愛の力には勝てないわねぇ。」

「ア、アスカぁ・・・」

シンジは真っ赤になりながらなんとかそれ以上アスカにしゃべらせまいとする。
しかし、そんなシンジにお構いなしにアスカは言った。

「せっかくこのあたしが心配して帰ってきてやったら、”綾波ぃ”だもの、まい
  るわねぇ・・・」

「で・でも・・僕・・アスカが来てくれて、嬉しかったし・・」

「まぁた心にもないことを・・・」

アスカは意地悪そうな笑いを浮かべると言った。ミサトは目を輝かせてそんな2
人を見ている。

「そ、そんな・・僕は・・・その・・あの時、アスカが来てくれて・・その・・
  本当に・・・」

シンジはしどろもどろな状態で言った。アスカはそんなシンジの背後で嬉しそう
にしているミサトに気づいた。

「ちょっとミサト、あんた何目を爛々と輝かせてんの?」

「へ?いやぁ、ちょっち面白いかなって。」

「はぁ?・・・あんたちょと、不気味よ。」

「はは、若いっていいなぁって・・・」

「ミサトさん、何ですか、それ?」

「いいのいいの、気にしない、さ、もう寝なさい2人とも、ふふふ。」

ミサトは嬉しそうな微笑みを浮かべながら言った。

「はぁ、ま、いいわ・・・明日に備えて寝るわ。」

アスカは立ち上がるとリビングを出て行く。

「僕も、寝ます。」

シンジも立ち上がる。ミサトは自室に引き上げようとするシンジに向かっていた
ずらっ子のような微笑みを浮かべると言った。

「シンちゃん、元気になったからって夜中にレイのところに行っちゃダメよ。」

「な、何言ってんですか、ミサトさん!」

「行くなら、あたしにひとこと言ってから行ってね。」

「行きません!おやすみなさい!」

「はい、おやすみなさい。」

ミサトはシンジの後ろ姿を嬉しそうに見送るとつぶやいた。

「・・・シンちゃんが行けば・・・あの娘も眠れるかしら・・・」






「・・・碇くん・・・」

・・・わたしが望めば・・来てくれるの?・・・

今夜も青く輝く月がレイを見ている。レイは月を見上げてシンジの名を呼ぶ。
ベッドに入ったのは何時間前のことだろう。昼間はあれほど眠かったはずなのに
夜になると全く眠れない。もう3日になる。

・・・碇くんは・・わたしのところに来るのが・・・いや・・・

心に突然浮かんだ言葉に、レイの顔色が変わる。

「・・・いや・・なの?・・・」

自分でそう呟くと、一瞬にして絶望感に襲われた。

・・・わたしが・・何も答えなかったから?・・・
・・・おいでと言われた時・・行かなかったから?・・・
・・・だってわたし・・どうしたらいいのかわからなかったから・・・

レイはベッドの上で膝を胸に抱えた姿勢のままうつむく。

・・・ごめんなさい・・わたし・・・
・・・何も知らないの・・何もわからない・・・
・・・ごめんなさい・・・だから・・・
・・・お願い・・・逢いたいの・・・
・・・せめて・・せめて夢で・・・

レイはゆっくりと顔を上げ月を見た。紅い瞳に青い月が写る。

・・・夢で逢えたら・・・

今夜も彼女に眠りは訪れない。



			-  第6日 昼  -



「レイ、遅いわね。」

ミサトは加持のお土産の山菜の入ったそばをすすりながら言った。加持がどこに
行っていたのかは誰も知らないが、何故かお土産は松茸、ぜんまいなどの山菜、
いわゆる秋の味覚だった。

「今となっては、そう簡単に手に入るもんじゃないんだぞ。」

加持はみんなを前にして得意げに言った。セカンドインパクト以降、日本に四季
はなくなり、季節の味覚というものも無くなった。だが、人類はその努力と科学
力によって栽培、あるいは養殖された季節の味覚を味わうことができるようにな
った。しかし加持の持ってきたものはすべて天然もので、今日はそれをネルフ本
部の食堂で調理してパーティとしゃれ込んだのである。

「なんてったって天然ものだからな、みんな味わって食べてくれよ。」

加持が言う。しかし、ミサトはレイのことが気になってろくに聞いていない。加
持もそれに気づいてミサトに言った。

「なんだ葛城、俺の話聞いてる?」

「聞いてるわよ、それよりレイはまだ来ない?」

「あぁ、そういえば来てないな、ちょっと待っててくれ。」

加持はそう言い残すとゆっくりと立ち上がり、携帯電話を取り出しながら食堂の
出口に向かう。

「あら、加持君どこ行くの?」

リツコが問いかける。

「お姫さまの様子を見に・・・ね。」

加持は気取ったウィンクと一緒にそう言うと食堂を出ていった。

・・・綾波・・遅いな・・・

シンジも来るはずだと言われていたレイが姿を見せないので気になっていた。

・・・まさか・・僕に会いたくなくて・・・

「ね、ねぇアスカ、あのさ・・」

「へ、はにお?」(え、なによ?)

「あ、あの、綾波にさ・・僕が・・その・・今日ここに来ること・・言った?」

「う`んと、言って・・・ない、と思うけど?」

「・・・そう・・か・・」

・・・それじゃ・・綾波どうしたんだろ・・・

考え込んだシンジをアスカがじっと見つめる。

「あんた、何考えてんの?」

「え、いや別に・・何で・・綾波・・来ないのかな・・って・・・」

「あんたには関係ないんじゃないのぉ?あの娘、約束は絶対守りそうだし。」

「・・そうかな・・」

「だって、あの娘よ、来るって言ったら来るなって命令しない限り来るわよ。」

「・・・そうだね。」

シンジが思い直して目の前の松茸ご飯を口に運び出した時、加持が戻ってきた。
加持はミサトの側に座ると口元をミサトの耳のところに寄せる。ミサトも自然に
耳を澄ますように箸を止める。

「・・・寝てるらしい。」

「え、寝てるって・・・どういうこと?」

「だから、ファーストチルドレンは寝てる。」

「レイが?まさか具合でも悪いんじゃぁ・・・」

加持は自分の部署である諜報部に連絡を取り、チルドレンのガードからの報告を
チェックさせたのだった。

「いや、そうじゃないらしい、なんでも、朝まで眠らずにいたらしいんだが、朝
  方から眠っているらしい。」

「あのレイが・・・」

「ここ3日ほど眠っていなかったそうじゃないか、彼女。」

ミサトはレイが意識的に来ないのではなく、寝過ごしているということが意外だ
った。しかし、確かにここ2・3日のレイは極端な寝不足状態だった。

「・・・・・・」

「どうする葛城、電話でもしてみるか?」

加持の問いかけに、ミサトはしばらく黙って考えていたが、顔を上げてシンジの
姿を確認すると、加持の方に視線を向けて微笑んだ。

「ふぅ・・・いいわ、寝かせといてあげましょ、せっかく眠れたのに起こしたら
  かわいそうだわ・・・あの娘、最近眠れないって言ってたからね。」

「そうか。」

加持も微笑む。

「それに、いざ出撃って時にパイロットが寝不足じゃぁね。」

「そうだな。」

加持はテーブルから食べかけの山菜そばのどんぶりを手に取ると箸をつけた。
ミサトは加持が食べ始めたのを見て、シンジの方を向くと一瞬微笑みを浮かべて
シンジを呼んだ。

「シンジくぅん、ちょっと来てくれなぁい。」

シンジは松茸ごはんをほおばりながらミサトの方を見ると箸をテーブルに置いた。

「は、はい・・・何ですか、ミサトさん。」

「ちょっと来て。」

ミサトはわざと真剣な表情で言った。シンジは少しその表情に緊張の色を浮かべ
ながらミサトのところにやって来る。

「何ですか?」

「お願いがあるのよ。」

「僕に・・・ですか?」

「そう。」

ミサトの言い方はなんだかシリアスな響きがあった。加持はそんなミサトを見て
笑いをこらえている。

「今日ね、帰りにレイのところに寄って欲しいの。」

「綾波のところにって・・・まさか綾波・・具合でも悪いんですか!?」

シンジが思わず強い口調になる。加持は笑いをこらえることができずに背を向け
る。

「そうじゃないの、ただ寝てるだけ。」

「でも、寝てるって・・・」

「あの娘最近、寝不足だったみたいなのよ、で、何にもないとは思うけど、念の
  ために・・・ね、お願い。」

「は・・はい、いいですけど、でもなんで僕なんですか?」

「だって・・・アスカは、今日加持君いるから夜までここにいるって言い張るわ
  よ、それにシンちゃんは病み上がりなんだから、早く帰った方がいいし。」

「ここ、そんなに長くやってるんですか?」

「多分ね、ほら。」

ミサトが目配せする方向を見ると冬月が酒を手に入ってきた。

「いやぁ、やってるね、これは手土産だ、これで仲間に入れるかな?」

加持が立ち上がり酒を受取る。

「副司令、お待ちしてました、さ、どうぞどうぞ・・・」

・・・お酒か・・・

ミサトの目も心なしか嬉しそうに輝いていた。



			-  同日 夕方  -



・・・チャイムは・・・鳴らないよな・・・

シンジは一応ドアの脇に取り付けられたドアチャイムを押してみる。やはり壊れ
たままのようだ。

・・・しょうがないか・・・

シンジがドアノブに手をかけ力を入れると、思った通り、きしむような音を立て
てドアは開いた。

「綾波・・・いるの?」

背後でドアが閉まる。シンジは暗い室内に目が慣れるまで玄関に立っていた。
時間はだいたい4時くらいだろうか?まだ暗くなるには早い時間だ。

「綾波・・・寝てるの?」

なぜか黙って中に入るのは悪いことのような気がして声をかける。しかし、その
声も小さな声になってしまう。

・・・寝てたら返事するわけないか・・・

シンジは意を決して入ることにした。白いスニーカーを玄関で脱ぐ。

「綾波・・・」

シンジはベッドの方に注意を向けてゆっくり入って行った。女の子の寝姿を見る
のはとても悪いことのような気がしてくる。

・・・もし寝てたらすぐに帰ろう・・・

シンジは心の中でそうつぶやきながらベッドの上のレイの姿をさがす。だがそこ
にはレイの姿はなく、乱れた白いシーツが波紋を作っているだけだった。

・・・綾波・・どこ・・・・あ!

レイはベッドではなく、床に座りこみ、壁にもたれかかって眠っていた。両手で
白と黒のストライプの枕を抱いている。

・・・なんでこんなところで寝てるの?・・・

シンジはゆっくりとレイに近づいて行くと、ベッドから薄手の毛布を取りレイの
前で膝をつく。

・・・綾波まで風邪ひいちゃうよ・・・

シンジはレイに毛布をかけようとして手を止めた。レイの前髪が窓からの光を受
けてキラキラと繊細な光を放っている。形の良い眉と白い頬が蒼い髪に映えて美
しく優しい表情を作っていた。そして小さな桜色の唇を軽く結んだ天使の寝顔。

・・・わぁ・・・

目の前に天使がいる。シンジはその寝顔に見入ってしまった。

・・・あ・・綾波・・・






彼女は呼んだ。しかし彼には聞こえないのか、ただ微笑むばかりで何も答えない。
彼女は彼に近づこうとした。何故か足がなかなか前へ出ようとしない。

「・・・碇くん!」

彼女は呼んだ。彼は相変わらず微笑んでいるだけである。彼女は両手を差し出し
て普段の彼女からは想像もつかない大きな声で彼を呼んだ。

「碇くん!!」

彼の表情が変わった。今までの微笑みが消え、なぜか悲しそうな表情になったよ
うに彼女には見えた。彼女の表情が凍りつく。

「碇くん、待って!!」

彼女が走り出そうとした時、彼は彼女にゆっくりと背を向けて歩きだした。彼女
は全身の力を振り絞って彼の名を呼んだ。

「碇くん、お願い・・・待って・・行かないで!!」






・・・あ・・綾波・・泣いてる・・・

閉じた瞼から零れた涙がレイの白い頬をゆっくりと伝っていった。窓からの光を
反射して一瞬きらめく。

・・・涙・・が・・・

シンジは毛布を両手に持ったまま動けなかった。悲しく、そして切ない美しさに
息を呑む。

・・・綾波の・・・

その時、唐突にレイが目を開けた。紅い瞳を大きく見開きシンジを見つめる。

「・・・あ・・・綾波?」

レイは涙で潤んだ瞳をわずかに左右に揺らしながら何かを確かめるようにシンジ
を見つめている。

「・・・いか・り・くん?」

レイの声は小さく、震えてる。まるで何かに脅えているようだった。

「・・・う・・・ん・・・」

シンジの声を聞いてもなお、レイは紅い瞳を揺らしてじっとシンジを見つめてい
る。まるで何かを確かめようとするように。

「・・・碇くん・・ホントに・・碇くん?」

「・・・うん・・そう・・だけど・・・」

「・・・・・・」

「・・・何か・・・恐い夢・・見たの?」

突然レイは両手を枕から放すとシンジの胸に飛び込んできた。シンジは何が起こ
ったのかわからず、それでもレイを受け止めた。レイはシンジのシャツの胸元を
しっかりと握り締めていた。

「碇くん、あの・・あのね・・わたしね・・今・夢・そう夢を見て・・・」

レイはシンジの目を見つめながら涙声で訴えるように言う。シンジは普段とかけ
離れたレイの様子に戸惑いを隠せない。

「碇くんが・・行っちゃって・・わたし・・待ってって・・言ったのに・・・」

だが、必死に訴えるレイの涙で潤んだ瞳を見つめながらシンジはしっかりとレイ
の肩を抱きとめる。

「わたし・・わたし・逢いたいのに・・眠れなくて・・碇くん来てくれなくて・・」

シンジは自分にすがるように訴えるレイを優しく見つめた。

・・・綾波・・・

「・・・そうなんだ・・・」

「わたし・・それで・・一人で・・碇くんを待ってて・・でも・・碇くん来なくて・・」

・・・大丈夫だよ・・

「・・・うん・・・」

「碇くん・・碇くん・あのね・・待ってって・・・わたし・一生懸命言ったのに・・」


・・・側にいるよ・・・


「・・・うん・・・」



「碇くん・・・碇くん・・・わたし・・・あのね・・・碇くん・・・碇くん・・・」




・・・ずっと・・側にいるよ・・・




・・・碇くん・・・






Fin.


Special Thanks to Hiroyasu Nagata and Tsukasa Maruyama.




written by shin.(1997.9.19) shin@cinderella.co.jp.
NEON GENESIS EVANGELION copyright GAINAX/Project EVA・TXV.NAS.





Shinさんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

カヲル「ああ、お久しぶりですね、Shinさん」

アスカ「・・・なにバカ丁寧な口調で話してんのよ」

カヲル「上からの絶対命令でね」

アスカ「はあ? 上って、逃げた作者から?」

カヲル「理由は言わないんだけど、そうしろの一点張りで」

アスカ「アンタバカぁ? そんなわけわかんない台詞なんか無視しなさいよね!」

カヲル「・・・・まあ、そりゃそうなんだけどね」

アスカ「しかし・・・・この作品、筋金入りのアヤナミストの作品ね〜まったく。アタシなんかかんっぜんな引き立て役じゃない」

カヲル「でも、綾波レイも、寝不足ね・・・・くすくす」

アスカ「何がおかしいの?」

カヲル「いや、目の下にクマ作った綾波レイの顔を思い浮かべると・・・・くすくす」

アスカ「うぷっ・・・・そ、それはたしかに面白そう・・・・うぷぷっ」

レイ 「なに・・・・」

アスカ「うおっ、やっぱりひっそりと隠れていたわね!」

レイ 「隠れてなんかいないわ。私はいつも、ここにいるもの」

カヲル「いや、いるのはいいけど、発言しないといないものとみなされるんだよね。ここは」

レイ 「そう・・・・」

アスカ「で? 今でもあんた、バカシンジの夢を見るわけ?(ちょっと嫉妬気味)」

レイ 「・・・ええ、でも、今はちょっと違う・・・・」

アスカ「違うって、なにが?」

レイ 「碇君が、あなたに殴られている夢・・・・碇君、かわいそう・・・・」

アスカ「ちょっとまていっ!! だれがシンジを殴っているですって!!」

カヲル「(びしっ)」

アスカ「アタシが殴ってるのはこのアホと逃げた作者くらいのものよ!」

カヲル「ア、アホ・・・・・汗」


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