3月3日は・・・・?

  

  

「ねぇアスカ、雛祭りって知ってる?」

 いつも通りに手の込んだ朝食を食卓に並べながら、シンジはそう聞いてみた。

 タンクトップ姿のアスカが喧嘩腰で返事するのも、いつものことだった。

「何よシンジ、バカにするんじゃないわよ。それぐらい知ってるに決まってるじゃない」

 アスカは事典で得た知識を頭からひねり出す。

「3月3日に行われるお祭りで、確か・・・・女の子の健康を願って人形を飾るんでしょ?」

「へえ、よく知ってるね」

 素直な驚きがシンジの顔に現れていた。

「あったり前じゃない。あんたが知っててあたしが知らないことなんてないんだから」

「ふーん・・・・・あ、ミサトさんおはようございます」

「おはよ・・・・ふわああああ」

 部屋から這い出て来たミサトの頭はぼさぼさ、目の下にはくま、おまけに猫背で瞼がほとんどくっついているという有様だった。

 それでもシンジが顔色一つ変えなかったのには、おそらく慣れというものが多大な影響を及ぼしていたためだろう。

 手のひらだけでは覆いきれないほどの大あくびをして、ミサトは自分の席に座る。

「ミサトさんはお雛様とか持ってないんですか?」

「あん?・・・・・そう言えばないわね、そういうのは」

「ったく・・・・だらしないわね。その口を閉じなさいよ」

 まだまともに答えただけ、今日のミサトはましだったかもしれない。

 いつもなら寝ぼけて全然見当違いなことを言ったり、「頭いたい」だとか「ああ、やっぱ寝るわ」だとか自分のことばかり言って人の言うことを聞いていなかったりするのだから。

「ああ・・・そういえばマヤが持ってたわね。アスカ、見てみたい?」

 眠気覚ましにビールをあおりながら、ミサトはアスカにそう尋ねた。

「見せてくれるって言うんなら見るけど?でも、明日なのに都合がつくの?」

「だーいじょぶ、マヤはあたしの部下だもん。じゃあ、明日みんなでマヤの家に行ってぱーっと騒ぎましょう!」

 ミサトはすでに酔いが回ってしまっていたようだった。

「・・・・ミサト、それしか考えることないの?」

「何よぉ。日本人のお祭りったら、騒いで飲むのがじょーしきってもんでしょ!」

「それはミサトだけ!・・・ごちそうさま」

 酔っぱらいをよそにアスカはさっさと朝食を片づけてしまっていた。

「ふん・・・・シンちゃん、あなたなら分かってくれるわよねぇ〜?」

 アスカの予想通り、相手のいなくなったミサトは攻撃の矛先をシンジに向ける。

「ちょ、ちょっとミサトさん・・・・・息、お酒臭いですよ・・・・・」

「あぁーら、あたしとシンちゃんの仲でしょ?いいっていいって」

「そういう問題じゃないでしょ・・・・」

「バカシンジ!とっとと支度なさい!もうこんな時間じゃない!」

 シンジをおいて着替えをすませてしまったアスカが怒鳴りつける。

「ああっ、ほんとだ・・・・もうトウジたちが来る頃だ」

「分かったらすぐに着替える!」

「う、うん・・・・それじゃ、ミサトさん」

「何よ〜・・・・・こうなったらもう一杯飲んでやるぅ。ペンペン、つきあって!」

「クエ〜・・・・」

 葛城家の朝は今日もご多分に漏れない展開であわただしく過ぎ去っていくのだった。

  

 次の日、両手にビニール袋をぶら下げたミサトに連れられてマヤの家に行ったのは、アスカだけではなかった。

 同じ女の子のレイ、今日はお留守番でないペンペン、そしてなぜかシンジもくっついてきていた。

「ねえ・・・・僕はやっぱりいいよ」

 ネルフ官舎、「伊吹」と記されたネームプレートがはまっているドアの前で、シンジは弱音を吐きだした。

「何言ってんのよバカ!ここまで来てそんなこと言わせないわよ!

「ま、まあまあアスカ、落ち着いて」

「だいたいあんたはふだんっからそーなのよ。うじうじうじうじしちゃってさぁ、もーほんっとに・・・・」

 軽い調子でミサトが抑えても効き目はなく、アスカの口は止まることを知らなかった。

「それにおとといの夕方だって・・・・」

「あら、やっぱり。いらっしゃい。準備はできてますよ」

 アスカが具体的な事例をあげてさらにシンジを追いつめようとしたそのとき、シンジの目の前にあったドアが開いた。

「ありがと、マヤちゃん。やっぱり持つべき者は約束を守ってくれる部下よね♪」

「は、はあ・・・・・」

 自分を省みることもせずそうのたまうミサトに、マヤはどう答えたらいいものか分からなかった。

  

「これがお雛様?・・・・・なんか気持ち悪いわね」

 それが、日本の雛人形の実物を初めて見たアスカの口から出た第一声だった。

「まあ、変と言えば変だけど・・・・ま、そういうものなのよ」

 分かったのか分かってないのかはっきりしない言い方だったが、ミサトはそう言ってアスカを諭した。

 決して広くはないマヤの自室に飾られた雛人形は、7段の結構大きなものだった。

「これ・・・・マヤさんのものなんですか?」

「ええ、私の母がくれたの。大切にしてたから結構きれいに見えるでしょ?」

 めったにないはしゃぎようで、マヤは答えた。

「そうですね、すごいきれいだと思います」

 ここでも如在のなさを発揮するシンジ。

「やっぱり?ありがとう、シンジ君」

 シンジのほめぶりがとても素直なものだったので、マヤの口元も自然にゆるんだ。

「・・・・でさ、前振りはこのぐらいにして・・・・いっちょ楽しくやらない?」

 一応タイミングを見計らったらしいミサトの言葉だったが、その目は盛んに燃えさかっていた。

  

 ごくっ。

 シンジの目の前には酒があった。

 雛祭りには欠かせない白酒なのだが、何せミサトが買ってきたのだ。

 いつの間にどぶろくにすり替えられているか分かったものではない。

 シンジは正月の轍だけは踏みたくなかった。

「シンジ、正月の時みたいにまたもどしたら承知しないわよ」

 ジト目のアスカが怖かった。

「えっ・・・・シンジ君、そんなことしてたの・・・・・不潔」

 周りのプレッシャーが怖くて、何よりも目の前にある酒が怖くて、シンジは硬直してしまっていた。

 そして、さっさとできあがっているミサトを含めた三人がシンジに集中しているとき。

 レイが静かにビールを飲んでいた。

 もちろん、ミサトが持っていたビニール袋の中身である。

 ペースは速くなく、しかしながら着実に一本、また一本とあけていた。

 あまりに静かにそれが進行していたため、誰も気づくものはなかったのだった。

  

「シンジぃ、もー一杯いきなはいよぉ」

「そーよシンちゃん、ここで引き下がったら男じゃないわよぉ」

 30分後、ボーダーラインを乗り越えたシンジはレッドゾーンに軽々侵入していた。

「言われなくたってやりますよ・・・・・ぐいぐい」

「おおーっ!!」

 ぱちぱちぱち。

 やんやの拍手が上がる。

 いつもなら顔をしかめて冷たく斜視しているはずのマヤも、顔を赤らめてそれに加わっていた。

「いよぉーっし!一番葛城ミサト、花の二子山を歌いますっ!」

 いきなりがたんとミサトが立ち上がる。

 手にはなぜかマイクが握られていた。

「いいぞぉー!」

「だいとーりょー!」

 すっかり人格が変わってしまったアスカとマヤは、それをはやし立てる。

 レイは相変わらず飲み続けていたし、ペンペンはつまみのイカと格闘していた。

 そしてシンジは・・・・

(ううっ・・・・・やっぱり飲み過ぎた。ミサトさんやアスカが悪いんだ・・・・・・もどす前にトイレに行っておこ)

「ちょっと僕、お手洗いに行って来ます・・・・」

「何よ?このあたしの歌が聴けないってーのぉ?」

 青ざめた顔でその場を立ち去ろうとするシンジを押しとどめるそのときのミサトには、明らかにおやぢの血が通っていた。

「わ、分かりましたよぉ・・・・・・」

 泣く子と酔ったミサトには勝てない。

 シンジはあきらめてその場にへたりこんだ。

  

 さらに30分後。

 葛城ミサトの独演会は未だに続いていた。

 シンジの顔はいっそう青ざめ、レイがビールを空けるペースも落ちてきていた。

 そしてアスカとマヤはというと、ミサトが一人で歌い続けるのに飽きはじめていた。

「あらしも歌う!みはと、ほこどけなはい!

「マイクはあたしのもんよ!あんたは黙ってあたしのこぶしを堪能してればいいの!」

「葛城さん、私の家ですよ。私にも歌わせて下さい!」

「えーい、うるさい!次、花の二子山を歌います!」

「あんた、ほれ何回目だと思ってんの!?いーかげんやめなさいよ!」

「そうよ、上司だからって不公平よ!」

 ミサトはかまわず鼻歌で手早く前奏をすませると、ぐっと左拳を握りしめて歌い出した。「♪花ぁのぉ〜さざめぇく〜あの二子山ぁ〜」

 しかも、いきなり二番だった。

  

 シンジはずっと下をうつむいていた。

 体調の悪さは限界に達していた。

(これはミサトさんたちが悪いんだ・・・・・僕をトイレに行かせてくれなかったんだから・・・・・だから、ここでもどしてもしょうがないよ・・・・・・つらいもの・・・)

 襲いかかってくる四本の手を巧みにかわしながら歌い続けるミサトに、シンジは近づいてきて言った。

「ミサトさんが悪いんですよ・・・・・」

 もちろんミサトがそれしきの言葉で歌うのをやめるはずもなかった。

 しかし、シンジの次の行動にミサトは一瞬にして色を失った。

「あ、あああっ!し、シンジ君!やめなさいっ!!」

「うううっ、うええええぇぇ・・・・・」

「きゃあああっ!何考えへんのよ、ぶぁかシンジ!!」

「きたなぁぁい!!」

 酒のにおいと酸っぱいにおいが部屋に充満した。

  

 もう十何本かビールを空けたレイの目は、もはやいつもの冷静沈着な光をたたえてはいなかった。

 少し気分転換に振り返ると、そこには雛壇が未だ無傷な姿で置かれていた。

 その一番上段の左側の烏帽子をかぶった雛人形が、なぜかレイの気を引いた。

 おぼつかない足取りで雛壇に近づき、階段のようにして昇るとその雛人形を鷲掴みにする。

 しばらくそこで雛をじっと見つめていたレイは、何かが足りないことに気がついた。

 ちょうど近くにあったペン立てから筆ペンを取り出し、筆先を雛人形の顔にゆっくりと近づける。

「ちょ、ちょっとレイ、何やってるの!」

 雛の持ち主のマヤがそれに気づいたときには、筆先はすでにたくましいあごひげと丸いめがねを書いてしまっていた。

  

「じゃあねん♪」

 ばたん。

 4人と一匹が部屋を立ち去ったあとの自分の部屋を見て、マヤはため息を一つついた。

 というより、それしかする事がなかった。

 これだけ荒らされた部屋のどこから手をつければよいものか・・・・

 マヤは途方に暮れてしばらくたたずむのだった。

  


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管理人(その他)のコメント

アスカ「シンジの、ぶわかああああああ!」

カヲル「ん? どうしたんだい?」

アスカ「あんな、あんなシンジ、アタシのシンジじゃないわよ! まったく!」

カヲル「じゃ、ぼくがもらってもいいんだね?

アスカ「だ、だ、だめよ!! あのシンジはあたしのなんだから!」

カヲル「でも、今君は言ったじゃないか。「あんなシンジ、アタシのシンジじゃない」ってね」

アスカ「そ、それは言葉のあやというかなんというか・・・・・と、とにかくアンタにはわたさないわよ! あんたはその辺で髭と眼鏡かいてあるお雛様でも抱いてなさい!」

カヲル「残念ながら、そのお雛様は綾波レイが持ってるよ」

レイ 「・・・・・・」

アスカ「ファースト、あんたぶわかぁ? そんな人形、何の役に立つのよ!」

カヲル「おやおや。お猿の人形殴って道具取り出してる人の言葉とも思えないね」

アスカ「・・・・ぶちっ」

カヲル「ん?」

 どげしぐしゃばきっ!!

アスカ「言ってはならない禁断の台詞を言ったわね、おのれええええ!!」

 ぐしゃべきゃばきゃっ!!

カヲル「きょ、今日は二段重ねで・・・・うくっ」

アスカ「ふん、成敗!」


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