〈事後処理その後、新たなる門出〉




「よく来たな、シンジ。まあ、上がれ」

そう言ってシンジとアスカを玄関に出迎えたのは父のゲンドウ。しかも、なんとエプロン姿であった。

「と、父さん…、な、何、その格好…」

あまりのことに言葉を失うシンジ。丈高いそのからだを窮屈そうにエプロンへ押し込んでいる姿を見れば、シンジならずとも奇異に感じることであろう。

「何をしている、早くしろ。まだ食事の用意ができておらんのだ」

呆然としているシンジたちにそうゲンドウは声をかけ、さっさと中へ引っ込んでしまった。

「シンジ…。信じられる? あの司令がよ?」

アスカもシンジ同様、言葉を失ってその場に凍りついていた。

「うん…。実際目にしたんだけれど、まだ信じられないよ…」

なおも玄関の前で立ちすくんでいる二人に、部屋の奥から再度ゲンドウの声がかかった。

「何度も同じことを言わせるな、早く入れ!」

「やっぱり父さんみたい…」

その声を聞いてようやっと納得したシンジだったのである。









ここは父のゲンドウとリツコの新居であるマンション。あのけがの後二人は結婚し、新たなる生活をともに始め、時をおかずしてリツコはめでたくご懐妊の運びとなった。今日は祝いかたがた二人の暮らしぶりをのぞきに来たのである。もちろん、言い出したのはアスカ。あの司令とリツコがどのような暮らしをしているのか興味津々といったところ。まあ、身近にまともな家庭生活を送っているものなどいなかったので、将来シンジと暮らす参考にとでもといったつもりだったのであろう。なにしろ将来の義父と義母になろう二人の新婚生活ニは十分に興味を引かれるものだったから。

(…どんな生活をしているのかしら、意外とべたべたの甘い暮らしかな…。それともうわべだけ取り繕った生活? 子供もできたことだし、あとは用済みってことも有り得るわよね…)

中のリビングへと向かう途中、アスカの好奇心はふくらむ一方だった。それに対してシンジは何やら考え込んでいるような様子。

「何そんな恐い顔しているのよ、シンジ。せっかく来たんだからそんな辛気臭い顔なんかしてちゃダメよ」

アスカの言うことはもっとも。そして二人は備えつけてあるソファーに腰を下ろした。

「うん…。でも、どんな顔して父さんたちに会えばいいかわからないんだ…。やっぱり父さんに対しては何か割り切れないところがあるんだと思う…。母さんとのことをそのままにしてリツコさんと一緒になり、子供まで作っちゃうなんて…。」

ソファーにすわりこんでもシンジの顔色は優れない。アスカはそれを聞いてちょっと眉をひそめたが、すぐにいつものように豪快にシンジを叱りとばす。

「何言ってんの! リツコにはあれだけひどいことをしてきたんだから、罪滅ぼしとしちゃあ当然よ! それに愛しあうものの行為として子供ができるのは必然でしょ? シンジにも兄弟ができるのよ、兄弟が! シンジを必要とする者がね。二人ともあの年ナ頑張ったんだから感謝しなさいよ、まったく。それに過ぎたことはもう元には戻らないの! 人間、今と未来のことのほうが重要なんだから!」

「う、うん…、そ、そうだね…」

あまりの剣幕に、ただ相槌を打って逃げるしか手はないシンジであった。

「いらっしゃい、よく来てくれたわね」

リツコが部屋に入ってきた。おなかの中のまだ見ぬわが子のことをいたわってか、その動きはゆっくりとしたもの。

「あっ…」

二人は目を見張った。ゆったりとした服に隠れながらも、心なしか膨らんできた感じを受けるその下腹部とは別に二人の目を奪ったもの。それはリツコの髪の色。あの金髪から元の色であろう黒へと戻っている。

「何、二人とも? 何か変かしら?」

一方、リツコといえば別段気にもしていないようであった。

「だ、だってその髪の色は…」

アスカはたまらず聞いた。

「ああ、これね。元に戻しただけよ」

些細なことだとでも言うようにリツコはそう告げて、自分もソファーに腰を下ろす。

なおも何か言いたげなアスカを差し置き、シンジは持参した贈り物をリツコに手渡す。

「ありがとう、シンジ君。うれしいわ」

目を細めて礼をリツコは告げる。

「えっ、いえ、アスカが選んでくれたものなんですけれど、気に入ってくれるかどうか…」

やっぱり気恥ずかしいのか、少し口ごもってしまうシンジであった。

「何よ、シンジ! わたしの見立てに不服でもあるっていうの!」

やぶ蛇だった。アスカが突っかかってくる。しかし、それを見ていたリツコはというと、クスッと笑い、仲を取り成す。

「まあまあ、アスカもそういきり立たないで。開けてみてもいい?」

そういってリツコは贈り物の包装を解く。

「あら、ベビー服! 本当に祝ってくれるのね、赤ちゃんができたことを。うれしいわ、ありがとう!」

リツコはベビー服を胸に抱きしめたまま、アスカに向かって礼を言う。

「よ、よかったわね…」

アスカの方もあまりのリツコの喜びように戸惑い、思わずシンジへの攻撃も忘れてしまう。

そんな喜ぶリツコの姿をシンジはじっと見詰めていた。

「何よ、シンジ。じっとリツコのことなんか見ちゃって」

アスカの立ち直りは早かった。

「うん…。黒い髪をしたリツコさんて笑顔が似合うなぁって思って…」

あまりの答えにアスカも絶句した。

「ありがとう、シンジ君。お世辞でもうれしいわよ」

「い、いえ、本当ですよ。金髪の時のリツコさんって凛々し過ぎてちょっと近寄りがたい感じがしたけれども、今のリツコさんは何というか…、母さんみたいだ…

あとのほうの言葉ははっきりとは聞こえなかったものの、その伝えようとする中身は十分伝わったようである。

「ねぇ、どうして髪を染めていたの? それに元に戻した訳は?」

アスカはこれ幸いとリツコにその訳を問いただす。

「うーん、今なら話してもいいわね。実は初恋の人と似ていたのよ、司令が」


「えーっ!」

のけぞる二人。

「あんなのと似ていたの? 気色悪〜い。信じらんない!」

思いっきり悪口を言うアスカ。隣にいるその息子のシンシのことや、当のリツコのことなどちっとも目に入っていない様子。それに対してリツコは別段気にも留めないといったふうで話を続ける。

「あら、失礼ね。あれでもかわいいところがあるのよ。ただちょっと表現の仕方がまずいだけでね」

「で〜もぉ〜っ」

納得が行かないようである。当然だ。

「まぁまぁ、アスカ。話が進まないからさ…」

シンジが取り成し、リツコの話が続く。

「私が司令と初めてあったのは高校生のとき、母の仕事を見学に来たときね。その母の仕事場に司令が副司令を連れてやってきたのよ。その時はまだ眼鏡もしていなかったし、髭も生やしてなかったわ。それが初恋の彼にそっくり。ただちょっとニヒルな感じが強かったけど。それがよかったのかしら。一目惚れってやつね。あとで母さんにさんざん冷やかされたんだから。見ててこっちが恥ずかしいくらいだったわよってね」

リツコはそこで一息ついた。

「ねぇ。その初恋の彼とはどうなったの?」

アスカがふと疑問に思い、口をはさむ。

「セカンドインパクトがきっかけで起こった紛争に巻き込まれてなくなったわ…」

ぽつりと口から出たその言葉が三人の中に静寂を産み出す。きいたアスカも罰が悪く言葉を続けられない。そしてその場の重々しい雰囲気を振り払うかのように再びリツコが口を開いた。

「その後ね。司令と会ったのは。だから余計に印象が強かったのよ。それに初恋の彼が目指していたことと人類補完計画とが重なる部分もあったのが決定的だったわね。そしてユイさんの事故。チャンスだと思ったわ。ただ母さんが司令のことについて話す口ぶりから、母さんも司令に気があるってわかってたの。その現場も目撃したしね。もちろん母さんには話さなかったけど。で、そのころには自分の適性と能力から、望めば司令と同じ職場で働けると思ったのよ。母さんの引きもいざとなれば期待できたし。でも、それからは必死で努力したのよ。それこそ寝る間も惜しんでね。アスカならわかるでしょ? でもねぇ、たとえそのまま一緒の職場に就くことができても、結局は天才赤木ナオコの娘ってことですまされちゃうのよ。実績を上げることには何の心配もなかったけど、それでは時間がかかりすぎてしまう。そこナ何か目立つところを作って司令に印象を植え付けなきゃあって思ったってわけ。で、たどりついたのが髪を染めるってこと。半分は母さんに対する宣戦布告のつもりで大学に入ったときに染め始めたの。 自分で言うのもなんだけど、かなり効果があったと思うわ。なにしろいやでも目につくんだから。それに自分では鏡でも見ない限りは気にかからないしね」

「へぇ〜っ。けっこう気を使ってたんだ…」

アスカは感心したように言う。寝る間も惜しんで目標を達成しようとしたリツコの話にかつての自分を重ね合わせていた。苦手だった理由も少しわかったような気がする。つまり自分と同じ苦労を味わったもの同士、うそをついてもすぐ見破られるから。

「で、染めた理由はわかったけど、元に戻したのはなぜ?」

もう一つの疑問を口にするアスカであった。

「ああ、当初の目的は達成できたんだし、これ以上手間がかかることはやめようと思ってね。永久的に染め上げることはできないから、定期的に手入れが必要なのよ。まだらじゃあ格好悪いでしょ? それに今度はもっと手間のかかるものが増えるから…」

そう言って、いとおしげにリツコは自分の下腹部をなでさする。

「現実的なのね…」

アスカがぼそっとつぶやく。

「あら、結婚は家庭という名の現実の世界と向き合うきっかけにすぎないわ。夢の中に現実を持ち込むのはつらいけど、現実の世界に暮らしていくうえで夢を持つのは楽しいでしょ。そうじゃなくって?」

なかなか手厳しい。

「はいはい。お説ごもっとも。さすがに現実第一主義の天才科学者だけはあるわよね」

「ええ、アスカもわかるわよ、そのうちにね」

そして思わせぶりな視線をシンジに注ぐのであった。

(…そうか、子供をいとおしむあの視線が母さんを思い出させるんだな…アスカも子供ができたらこのように丸くなるのかな…。そうなったらいいな…)

シンジはようやく合点がいった。そしてアスカのほうをちらりと覗き見る。しかし、アスカはそれには気づかず、じっとリツコのふくらんだ下腹部を見つめていたのである…









「おーい、食事の用意ができたぞ」

ダイニングのほうからゲンドウの声が聞こえてきた。

「さあ、食事の用意ができたようよ。続きはあちらでね」

三人はダイニングのほうへと向かった。そしてそこで見たのは品数豊富でなおかつ栄養のバランスが取れた食事。おそらくリツコとそのおなかの中の子供のことを気遣ってのことだろう。少なからず二人は驚いた。そのバリエーションに。そしてその味にも。

「父さんにこんな特技があったなんて知らなかったよ。いつ覚えたの?」

シンジは信じられないといった様子。

「必要なことは覚えなければならん」

ぶすっとした感じでゲンドウは黙々と箸を進める。

「それにおいしいわ。なんだがシンジの料理を食べているみたい…」

アスカも驚きを隠せない。

「どうせ口にするのだから美味いのにこしたことはないからな」

さすがに少し顔を赤らめる。

「そうでしょ。私もびっくりしたわ。子供ができたことがわかってから急に料理の仕方を教えてくれっていうんですものね。それまで私も司令のところに行って料理を作ったことはあったけどこれほどのものはね。母さんでさえこんなにうまくはなかったわ」

そう言って食べるリツコもおいしさで笑顔がこぼれている。しかし、ちょっと愚痴も漏らす。

「ただね。この人が料理を作ってくれるようになってから一家のエンゲル係数は上昇の一途をたどっているのよ。これにはちょっと困ったわ」

「問題ない。今が一番大切なときだ。それに比べたらこの程度の出費など問題にならん」

そんなリツコの小言などまったく気にかけないゲンドウであった。自分のやり方に間違いはないといった自信に満ち満ちている。

「確かに男性が作ったほうが料理はおいしいかもしれないわね。なにしろ金に糸目はつけないから。極言すれば男の料理っていうのは趣味なのよ。それさえ満たされていたなら後のことはどうでもいいの。それに対して女性の料理っていうのはサバイバル。手にすることができる収入の内、何割をそれにあてるか、また限られた時間の中でどれくらいそれに手間をかけるかでそのグレードが決まるのよ。家庭というのはいくつもの事象が同時進行している複雑な環境。それを管理運営していかなければならない並列的な思考形態を取る女性と、純だけれども偏執的な思考形態を取る男性との違いなのかしら。シンジ君はミサトのところで相当もまれてからそんなことはないでしょうけれどね」

そう言ってリツコはシンジの方を見て笑った。ゲンドウはそんな会話などどこ吹く顔で黙々と食事をたいらげ続けている。リツコもなかばあきらめ顔。しかし、その言葉とは裏腹に実に満足そうな顔をしている。口下手だが優しい夫に見守られて。

(…たぶん生まれてくる子は、幸せな子供時代をおくることができるだろうな…)

それを見てシンジはそう確信したのである。自分やアスカが望んだにもかかわらず、ついぞかなえられたかったことがようやっと実現されるであろうことを。







おしまい






作者のつぶやき

この話を読む気になってくれた奇特な皆さん、いかがでしたでしょうか? 話の内容としては<最後の審判>の続きです。あの話のラストでゲンドウは死なず、傷が治ってからリツコと結婚することとなったらどのような新婚生活を送るのだろうか? そういったことを念頭に書いたものです。元ネタはオリジナル第弐拾壱話「ネルフ、誕生」の中の、たぶん高校時代のリツコが初めてゲンドウと出会ったと思われる場面です。あのときのぽかんとしたような顔つき(のように私には思えました)、そして大学時代になってから豹変した姿。これでほとんどプロットはできました。あとはいつものように妄想一直線ですね。実はこの第弐拾壱話というものを見たのはテレビ東京の再放送のときが初めてでして、LDの発売延期後に書いたいくつかの話の元ネタと食い違うところがあります。そこは皆さんの寛大なるお心に免じて許してやってください。あと<魔女たちの談合>の続きも一応考えてはいるのですが、オーナーの丸山さんが許して下されば、いつかお目にかけることができるかもしれません。で、こんな話を書く私ですが、皆さんどのように思われているのでしょうか? できましたらお便り下さい。お待ちしております。


Noikeさんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

アスカ「このnoikeって人、スプラッタ好きだと思ったらこんな話も書くのね〜すこし見直したわ」

カヲル「自分とシンジ君がラブラブだからって見直したんじゃないだろうね」

アスカ「・・・・・そ、そんなことないわよ」

カヲル「そのは何かな?」

アスカ「う、うるさいわね!」

カヲル「しかし、赤木リツコの幸せを書いた話、というのはあまり見ないね。大抵は死ぬとか悲惨な別れとかそういうものばかりなのに」

アスカ「うん、そうかんがえるとこの話は珍しいわ」

カヲル「碇ゲンドウ・・・・シンジ君の父さんがエプロン付けているということも驚きだけどね」

アスカ「シンジのエプロン姿は想像できても、あの人のエプロン姿はねえ・・・・」

カヲル「おしゃべりなレイや、おしとやかな君が想像できないのと同じだね」

レイ 「そんなことないわ。活発な私は、確かに存在するもの。おしとやかな彼女はどうか知らないけど」

アスカ「ぬあんですってええ!!」

カヲル「ああ、学園編のことか。そうだったね。じゃあ、おしとやかなアスカ君が想像できないようにね、と訂正しよう」

アスカ「あ・ん・た・ら・わああ!!」


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