<山小屋の一夜>



「アスカ、向こうに明かりが見えるよ! 頼んで一晩泊めてもらおう」

シンシがアスカに声をかける。二人は使徒襲来の恐れもなくなったこともあり、休みを利用してクラスの仲間たちとスキー旅行に出かけてきたのである。始めはいつのもメンバーと一緒に初心者コースで滑っていたのだが、それに飽き足らなくなったアスカに強引に引きずられる形で上級者コースへ足を踏み入れたのが運のつき。天候の急変に加えて土地感のなさも手伝い、道をどう間違えたのかすっかり迷ってしまう。日もすっかり落ち、どうしようかと途方に暮れていた二人だったのである。見ると小さな山小屋のようであった。

「ほんと! まったくバカシンジのせいでひどい目にあったわ!」

アスカは自分のことを棚に上げて、シンジに当たり散らす。しかし、口ではそうは言うもののシンジについてくる。

「何言ってんだよ、アスカが勝手にどんどん先へ行っちゃうのが悪いんじゃないか…」

ぼやくシンジ。しかし、雪の中で一晩明かさなくてはならないという最悪の状況から抜けだせたことで、顔には笑みが浮かんでいた。小屋に向かう足取りも自然と速くなる。

「こんな夜分にすみません。道に迷ってしまいました。一晩泊めて下さい」

シンジが戸口に立ち、小屋の中に向かって頼みこんだ。

「ああ、どうぞどうぞ。あなたたち運がよかった。もうしばらくしたら吹雪いてくるって天気予報で言ってましたよ」

そう言って二人を出迎えたのは六十代なかばの人のよさそうな老婦人。

「よろしく」

少々ぶっきらぼうなのはアスカ。

「はいはい。まあ、お兄さん。こんなかわいい子を連れて駆け落ちの最中かしら?」

宿の女主人はシンジのことを茶化す。

「えっ、いや、そんなわけでは…」

思わずうろたえるシンジ。

「実はね、見ての通りの小さな山小屋で、部屋は私のところを除いて一つしかないんですよ。それでもいいですか? それともこの方が好都合でしたかしら?」

「な、なにいってんのよ! 」

思いっきりうろたえるアスカ。しかし、なぜか顔を赤らめるのであった。

「かまいません。よろしくお願いします」

こうして二人は、一夜の宿を手に入れることができたのである…。







宿の女主人に二人は小屋の中へと案内された。二人は自分たちのスキー用具も一緒に預ける。見たところ電話は引いていない。

「すいません、できたら電話をお借りしたいんですが…」

まず、ミサトと連絡を取らなくてはと思い、シンジは宿の女主人に電話を貸してくれるように頼み込んだ。

「すいませんねえ。あいにく不通なんですよ。例年にない雪の多さで電話線に支障が出てて、復旧には明日の朝までかかるって先程電話会社の人が来て言ってました。我慢して下さいね」

女主人の答えは少々がっかりさせるもの。しかし、しょうがないものとしてあきらめる。雪の中で野宿することを考えたら天と地の開きがあるのだから。

「いえ、いいんです。しょうがありません。屋根の下で眠れるだけでも大助かりですよ。」

シンジはあきらめた。

「お食事はレトルトでよければありますが、どうなさいます?」

シンジは腕の時計に目をやる。もう八時をまわっている。疲労と寒さのため、背と腹の皮が今にもくっつきそうだ。アスカも同じだろう。

「ええ、ぜひお願いします」

こうして二人はいつもからすると遅い夕食を食堂で取ったあと、寝袋を借り受け、客用の部屋へと移ったのだった…。







小屋の外では吹雪が強まっていた。断熱性を高めるために窓がないから、直接外の様子を確認することはできない。しかし、風が小屋に吹きつけるヒュルヒュルという音のかん高さ、雪が小屋の屋根や壁をこするサーッという音の感じからそうとう強く吹雪いトいることがわかる。当分のあいだやむ気配もない。寝袋と一緒に使い捨てカイロも借り受けたのだが、いかんせん客はシンジとアスカの二人のみ。部屋の中の空気は冷たく凍りつき、なかなか寝つけそうにもない。時計は十時をまわっている。そんな中、どちらともなしに二人は話しはじめた。

「ねぇ…、シンジ。寝た?…」

「ううん…、アスカも眠れないの?…」

「うん…、寒いのと、吹雪の音が気になって…」

「そう…、僕もだよ…」

「ミサトたち、心配してるかな…」

「うん、そうだね…。でも、こうなったらしかたがないから…」

「ごめんね…」

二人は背中合わせに寝袋にくるまれて寝ている。お互い相手の顔は見ることができないがどのような思いを抱いているか想像がついた。

「…」

「…」

「ねえ、アスカ…」

「何?、シンジ…」

「雪女の話って知ってる?…」

「知っているわ…。でも、なぜ?…」

「吹雪の音を聞いていたらなんか思い出しちゃって…。でも、あのままこの小屋を見つけられなかったら本当に雪女にさらわれるところだったね…」

「よしてよ、そんなのは昔話じゃない。作り物の話でしょ…」

言葉の感じから恐がっているのは明白である。

「でも、昔からの言い伝えにはある種の真実が含まれているってことは知っているよね?…。昔、父さんから聞いたことがあるんだ…。あの雪女っていうのは治るあてもない病気にかかった人を経済的理由から安楽死させたための方便だったんだって…。今日みたいに吹雪いて寒い夜、白い死に装束を着せられた女の人が外に放り出されるんだ…。放り出された女の人は当然まだ生きたいと思っているからあちこち近所の家々の戸を叩いて助けを求めるよね…。でも、他の家でも自分たちのことで精一杯で助ける余裕なんてない…。だから戸を叩かれても、雪女のしわざだからけっして戸を開けるな。じっとしていろって大人はいうんだって。そして次の朝、凍死した人を見つけると雪女にさらわれたっていうことにしたんだって…」

「…残酷な話ね…」

「うん…、でも、残りの家族を生き長らえさせるためには仕方がなかったんだって父さんは言っていたよ…。それがどんなにつらい選択であっても家長たるものは決断を下さなくちゃならないときがあるんだって…」

「でも、それは日本だけのことでしょ…。特別な場合よ…」

「いや、悲しいけれどそうじゃないんだよ、アスカ…。グリム童話の中のヘンゼルとグレーテルの話は知っているよね…。食べていくのが苦しくなった親は二人の兄妹を森に捨てたんだ…。そういったことはいろいろなところで行われていたみたいだよ…」

「…脅かさないでよ…、人を恐がらせて楽しむなんて許せないわ…」

(…いらない子、邪魔になったら捨ててしまうのね…、あとでまた作ればいいとでも言うの…)

アスカは自分のことと考え合わせ、胸が絞めつけられるよう。

「ごめん、アスカ…。でも、ここまで話したんだから嫌われついでにもう一ついいかい?…」

実はシンジ。アスカがこういう話に弱いことを知っていて、日頃の恨みを少しはらしてやろうとしてたもの。外の吹雪はやむ気配もない。

「…」

「…森で迷ったヘンゼルとグレーテルはお菓子の家を見つけたよね…。そしてそこには魔女が住んでいて、お菓子の家を食べてしまった二人を殺して食べようとした…。結局、魔女は反対に焼き殺されちゃったけれど…」

「何が言いたいの?…」

「…この魔女というのは姥捨て伝説に基づいたものじゃないかと思うんだ…。生産力が落ち、食べさせていくことができない老人を森の奥なんかに捨てる…。そして、捨てられ、人との交わりを断たれた老人はぼけをはじめとする精神障害を引き起こし、そしト生きるために最後の一線を越えてしまう…」

「…最後の一線って何?…」

「人喰いさ…」

「…やだ…」

「…でも、ある意味では理に適っているよね…。木の実なんかじゃ足らないし、ましてや体の弱っている老人にけものなんか取れっこない…。それだったら言葉巧みに道に迷った者なんかに近づいていって、相手が安心してすきを見せたところでばっさり…。ネ単だろ?…」

「…あんた、よくそんなこと平気で言えるわね…」

「でも、これも有名な話があるんだ。安達が原の鬼婆の話だよ…。人里離れた一軒家、泊めた旅人が寝静まったところで出刃包丁でブスリ…」



「もうやめてよ!」

ついにアスカの怒りが爆発した。シンジもこれはちょっと薬が効きすぎたかなとは思ったのだが、いつのまにやら自分で自分を押さえ切れなくなってしまっていたのである。

「ご、ごめん…。ちょっと言いすぎたよ…」

二人の間には気まずい空気が流れた。

「…」

「…」

外の吹雪はますますその勢いを増したようで、ヒュルヒュルいう音、粉雪がサーッと家をこする音は前にも増して耳につく。このような中ではとても眠りにつくことなどできはしない。加えて夜の冷えこみもいっそうきびしくなり、動くと寒さで顔が痛いくらいだ。

「ねえ、アスカ…、まだ怒っている?…」

寒さとアスカに対する気まずさからシンジが先に口を開いた。

「ううん…。ちょっと昔のことを思い出しちゃったの…。ママに殺されそうになり、パパに捨てられたと思っていたころのことを…」

「ごめん…。嫌なことを思い出させてしまったりして…」

「でも、それだけじゃないの…。私ここへ来る前に聞いたんだ…。最近このあたりで行方不明者が続出しているって…」

「えっ…」

「それに気のせいかもしれないけれど、何だか、鼻の奥がすっぱく感じるの…。血の匂いかしら。よく酸鼻を極めるっていうわよね。ここへ入ってからずっとよ…」

実はアスカ、シンジに仕返しをしてやろうとして、あることないこと吹き込んでいるのである。冷静になって考えればわかりそうなものなのだが、アスカの機嫌を直そうとそっちに頭が向いているシンジにそれを望むのは無理というもの。そしてなおも続く…。

「聞こえない?…。管理人さんの部屋のほうで、何だか刃物を砥ぐような音がする…」

「…」

本当はこういう怪談話めいたものにはからっきし意気地のないシンジであり、加えてまわりの状況があまりにもできすぎていた。言われてみればそんな音も聞こえてくるような気がする。それが外の吹雪のせいだと言い切る自信が今のシンジにはなかった。

「…まさか…そんなこと…ない…よね…」

口から出る言葉が震えているのは、寒さのせいばかりではもちろんない。

(…そろそろ許してあげようかしら…。せっかく二人きりなんだから、もう少しいい雰囲気を作らなくっちゃもったいないわ…)

と、アスカが口を開こうとしたその瞬間、



ドンドンドンドン、ドンドンドンドン。

入り口の扉を叩く音がはっきりと聞こえてきた。一瞬耳の錯覚かと思い、二人は顔を見合わせる。しかし、錯覚ではない証拠に、なおも扉を叩く音は鳴りやまない。

(…どうしようか、僕たちと同じ、道に迷った人でもきたのかな…)

(…まさか、雪女…ってことはないわよね…)

二人はなおも寝袋の中でお互い見つめあい、相手が先に行動を起こすのを見守っている。しかし、宿の女主人はすでに寝ついてしまったらしく、起きてくる気配もない。

「…ちょっと様子を見てくるよ…」

とうとうシンジが先に口を開き、寝袋を抜け出した。アスカが心配そうな面持ちで見つめている。

「気をつけてね…」

それだけ言うのが精一杯。

「うん…」

シンジはゆっくりと扉のほうへと近づいていった。なおも、扉を叩く音は鳴りやまない。

「誰ですか? 誰かそこにいるんですか?」

そう扉越しに尋ねてはみたものの、吹雪の音が強くて何が外で起きているのか皆目検討もつかない。意を決してシンジは扉を開けることにした。



ブワッ

扉を開けたとたん、粉雪が強い風とともに部屋の中に舞い込んできた。一瞬、その勢いと寒さのため、息ができなくなる。そしてそこで目にしたのは一人の男性の姿。よく見るとそれは二人がよく見知った顔、加持リョウジ。しかし、二人がよく知っているやさしげで話のわかる兄貴といったような面影はみじんもなかった。まるで鬼神といったような形相で、なにかしら近寄り難い雰囲気を漂わせていたのである。

「か、加持さん…。どうしてここがわかったんですか…、それにどうやってこれたんですか…」

思いもかけないタイミングに加え、普段とはまったく違う雰囲気を漂わせた知り合いが現れたことにより、今までの恐ろしさなどどこへか吹き飛んでしまった。さらに質問を浴びせようとするシンジやアスカを制し、加持は二人に用件を告げる。

「悪いな、使徒らしきものが現れたらしいんだ。ついてはすぐに戻らなきゃいけなくなった。ついてきてくれ!」

そう言って加持は外で待っている小型の航空機らしきものを肩越しに親指で指し示す。

「じゃ、じゃあ、管理人のおばさんに断ってきます…」

シンジは加持の有無を言わせないような雰囲気にのまれ、言葉もしどろもどろ。アスカと言えば、寝袋を抜け出して戸口のほうへとやってくる途中。

「いや、そんな時間ももったいない。今は本部に帰還することが最優先だ。管理人さんには後で連絡しておくから!」

「は、はい」

そして二人は加持たちと一緒に機上の人となったのである…。







機内に入ると加持も落ち着いたらしく、その顔つきもいつも二人が知っている柔和なものへと戻っていった。そして今までの経緯を話し始める。

「驚いたかい? まあ無理もないな。あんな時間に、しかも吹雪の中叩き起こされたんじゃあね」

「ええ…。どうして僕たちの居場所がわかったんですか?」

「そうよ、それにどうしてミサトじゃなく、加持さんが迎えに来たの?」

ここぞとばかりアスカも口をはさみ込む。

「怒るなよ。こうなったから話すが、実は君たちの身辺は四六時中監視されているんだ。何しろエヴァのパイロットは君たちだけだ。使徒の襲来がなくなったとはいえ、その力を手に入れようとする輩がいるとも限らん。今回のスキー旅行を行うのにあたって、君たちの居場所をロストしないよう、電波発信機を取り付けさせてもらったんだよ。あとはGPSを使ってここを割り出したというしだいさ」

「…四六時中監視されているんて、絶滅寸前の天然記念物並みね…」

不満そうにアスカは口を尖らせる。

「まあ、それがネルフが“特務機関”たる由縁さ。勘弁してくれ」

あくまでも軽い口調だが、言っている意味はシンジたちチルドレンにとりきびしいもの。

「仕方がないじゃないか。それにそのおかげでこうして見つけてもらえたんだし…」

シンジがアスカをなだめる。

「で、ミサトがこなかったわけは?」

釈然としないながらもそれ以上追求しようとはせず、もう一つの疑問を再度ぶつけるアスカだった。

「ああ、先に本部へ戻って状況分析に当たっているよ。それがあいつの仕事だからな。そのかわり俺がこの全天候型航空機を使って、ネルフ本部から君たちを迎えに来たってわけさ。後の状況は向こうについてからミサトに直接聞いてくれよ。あまり俺も聞いトいないんだ」

「なるほど、そういうわけだったんですか…」

シンジもアスカもどうやら納得したようだった。なおも航空機はネルフ本部を目指す。その道中の単調さに加えて機内の暖かさも手伝い、いつしか二人は眠りに落ちていく。そして二人が眠り込んだのを確認した加持は、無線でミサトと連絡を取る。

「…地元の警察には連絡を頼む。しかし、葛城も人使いが荒いぞ。おかげで大変な目にあったんだからな。それとそっちに着いたら二人の機嫌を直すのは任せるわ。位置測定のための電波発信機、実はそれぞれの体に埋め込まれてるなんてことはとてもじゃないが言えんよ…」

「…ええ、わかったわ。でも、それと超指向性の小型盗聴機のおかげでこと無きを得たんだもの…」

「…そうだな…。やっぱりこれもセカンドインパクトの残した傷痕なのかもしれん…」

そう言って連絡は終わったのである…。



* 



次の日の早朝ネルフ本部に着いた二人は、ミサトから今回の招集が誤報に基づくものであったことを知らされる。当然のことながら無理矢理呼び戻されたアスカはお冠むり。それでもミサトのマンションに一度は戻る。そしてなおも辺りかまわず当たり散らすアスカを、いつものようにシンジはなだめるのだった。

「まあ、誤報で良かったじゃないか。命がけの戦いに出て行かなくてすんだんだし…。むしろ、ありがたいと思わなくっちゃあ…ね?」

「それはそうだけど…」

なおも不満をぶちまけるアスカ。シンジはしょうがなく最後の手段を使う。

「じゃあ、まだ休みは終わった訳じゃないんだし、これから二人でどこかへ行く? アスカの行きたいところでいいからさ」

「ほんと!?」

いっぺんで機嫌のなおるアスカだった。

「そうねぇ…、今度は寒くない温泉なんかがいいな…」

そういってガイドブックを引っ張り出し、二人はどこにしようかと頭を寄せあって相談を始めた。そしてその二人をよそにリビングにあるテレビからはニュースが流れていたのである…。


「…本日N県K市におきまして、現地の警察からこれまで行方不明になっていた約十名の登山者およびスキー客の遺体を山小屋の中で発見したとの報告が入りました。その報告によりますと小屋の管理人室の中はまるで屠殺場のようであり、遺体の損傷はきわめてひどくその大部分はすでに白骨化していた模様です。また遺留品から小屋本来の管理人はすでに殺害されており、犯人と思われる女性も何者かに殺害されていたとのことです。なお、この女性は精神障害をわずらっていたため、最近まで施設に収容されていたことが判明しました。誰に殺害されたのかも含めてこの事件との関係が取沙汰されています…」







おしまい




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管理人(その他)のコメント

カヲル「ふむ。これもすっぷらっただねぇ」

アスカ「どーしてここの作者はそろいもそろって悪党揃いなの? 血を見るのがよっぽど好きなようね」

カヲル「君だって好きなくせに 映画では派手に・・・・」

 どかばきぐしゃぐしゃっ!!

アスカ「それ以上言うなああああ!! まだ映画見てない人だっているんだから!!」

カヲル「はーっ、はーっ、はーっ。やっぱり僕の血を見て喜んでるじゃないか・・・・」

アスカ「の血なんか見てもうれしくないわよ」

カヲル「人を爬虫類かなんかみたいにいわないでほしいものだね。それにしても、あいかわらずシンジ君と仲のいいことで」

アスカ「そ、そ、それは、シンジがまたどこか行きたいって言うから・・・・」

カヲル「一人称と三人称を取り違えるクセ、やめた方がいいとおもうね」

アスカ「・・・・その台詞、パクって来たわね

カヲル「はっ、むぐむぐむぐっ・・・・」


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