投稿短編小説『押し入れの中の』


 いつものリビングで、シンジは食卓の椅子に座って雑誌を読みながら緑茶をすすっていた。
「ね〜。なんか飲みもんない〜?」
 ポテチを食べながら寝転んでテレビを見ていたアスカがシンジの方を向くとなんともだらけた声で聞いた。
 シンジは「魚河岸のマグロ」などといういささか不貞な感想を抱きながら返事をした。
「お茶ならあるけど?後はお水だね」
「ジュースとかないのぉ?」
 シンジは。一つ皮肉でもぶつけてやろうと思い、できるだけ嫌みな口調で言った。
「太るよ」
 アスカの肩がビクッと反応するが。どうにかして平静を保っている声で返事をした。

「アタシは太らない体質だから大丈夫よ。問題無いわ」
 ニヤリと、皮肉な笑みを浮かべたシンジは悪戯心と普段下僕扱いされているので。ささやかな逆襲のためもうちょっと言ってやれと思い。さらに核心とも言える一言を言った。
「アスカがここに来た頃に良く着てたワンピース。最近着てないよねぇ?洗濯物に出てないから。もしかして。きつくなったとか?」
 アスカの肩が震えている。シンジは「言い過ぎたかな」と思い。フォローを入れようかと思ったが。アスカが泣いているのではなく。不気味に笑っているのに気がついた。
「ふ…ふふふふ」
 アスカは笑いながらゆらりと立ち上がる。シンジは命の危険を感じて椅子ごとあとずさりをはじめる。
「言ってくれるじゃないの。シンジ」
 うつむいている為に髪の毛で表情は伺えないが。全身から満ち溢れる殺気にシンジは思いっきり引きつった笑いを浮かべて弁解するように言った。
「いや。その。冗談!軽いジョーク!!やだなぁアスカ冗談を本気に…」
 シンジはアスカの毒のある目つきにより一瞬で沈黙させられた。笑みを引きつらせて「いや。あの。その」などと意味の無い言葉を呟く。
 アスカは眉間に皺を寄せて低い声で呟いた。
「天誅」
「いや。その。アスカは他のみんなと違って太ってもまだスタイル良いから!綾波には負けるかもしれないけど十分平均以上だから!」
 シンジの。完全に火にナパームをぶち込む様な言い訳に額に青筋を這わせたアスカは腰を低くして身構えた。そして。飛び上がる様にシンジの顎を殴り上げる。
「天罰てきめぇぇぇぇん!!!」
 アスカのアッパーカットがシンジの顎をもろの捉え、シンジは椅子ごと弾き飛ばされた。
「ふん!バカ」
 とアスカは捨て台詞を吐くが、鈍い音と共に勝ち誇った顔は一気に青ざめた。
 テーブルの角に付着した血痕。
 床に力無く倒れ込んだシンジはピクリとも動かなかった。
「あれ…シンジ?」
 アスカは胸の内に広がる漠然とした不安を感じながらシンジの手を持った。
 そして、持っていた手を放すと床にぱたりと落ちた。
 シンジの後頭部には見分けにくいが、明らかに鮮血と思える真紅の液体がべったりとはいかないまでも結構な量がついていた。
「ちょっと。シンジ?返事しなさいよ!!」
 しかし。シンジは何も言わず。ぐったりと床に倒れていた。
 アスカが座り込むと、必死に不安と戦いながらシンジの肩を揺さぶって呼びかけた。

「ねえ…シンジ?ほんとは起きてんでしょ?ねえ!なんか言ったらどうなのよ!何か言いなさいよ!このシンジっ!馬鹿シンジっ!!」
 アスカは揺さぶっていたシンジの肩を思い切り引っ張った。
 と、反動でシンジの顔がアスカの方を向いた。
 アスカは声にならない悲鳴を挙げ座ったまま。あとずさった。
 半分が血で染まったシンジの顔。虚ろに開かれた目がどんよりとアスカを見つけ返していた。瞳孔は。開ききっていた。
「うそ?冗談でしょ?」
 アスカは熱病にでもかかったように全身を小刻みに震わせ、半ば呆然と呟きながら床に投げ出されているシンジの手を取って脈を計ろうとした。
 鼓動は感じられない。
 秒針が一回転し。
 二回転し。
 三回転し。
 四回転し。
 しかしいっこうに脈拍は感じられない。
 それからも、「もしかしたら脈が出るかもしれない」と心の中の冷静な部分があっさり否定する幻想を抱きながら。アスカは床に座り込んでただ呆然とシンジの手首を握っていた。そして。時計の長針が12を示し。妙に古臭い電子音の鐘が鳴った。八回。
 アスカはそれで正気を取り戻した。いや、正確には正気とはいえない。
 空白状態の彼女の脳裏に出てきた最初の事は「もうすぐミサトが帰ってくる。これを見たら」だった。
 アスカはどうしようもない不安に襲われた。人殺し。自分は殺人をしてしまった。それも同居人であり。使徒との戦いにおける戦友であり。便利な下僕であり。そして。
 本人は認めてはいないが。密かな想いを抱いていた人間を。
 冗談からの一撃。悪ふざけのつもり。少しばかり懲らしめてやろうという軽い気持ちで放った一撃は彼女に遥かに重い物をもたらした。
「どうしよう。どうしたらいいの。どうしたらいいのよ!!」
 呟きながら。アスカは突然立ち上がると椅子を蹴飛ばした。爪先の鋭い痛みと引き換えに椅子は見事な放物線を描き。部屋に生けてあった(シンジが生けた)花瓶を直撃した。
「いけない!!もう。どうしたらいいのよ!!!!」
 アスカはその場で立ち尽くして。途方にくれた。割れた花瓶にシンジの死体。
「隠しちゃえば…バレなければ…いいいのよね」
 アスカはふと思い付いた事を口にした。
 隠す?何を隠すの?花瓶?それとも。シンジ?。ばれなければ。見つからなければ。
 そうよ。そうよね。隠して。見つからなけりゃいいのよ。
 アスカは、濁った目で床に崩れ落ちているシンジの手を恐る恐る握ると。自分の部屋へと引っ張って行った。
 何処に隠す?お風呂?問題外。アタシがシャワーを浴びれない。それに直ぐばれるわ。じゃあ何処?シンジの部屋?嫌。入りたくない…アタシの部屋…ね。
 アスカはシンジを引っ張って部屋の中に引き込むと周囲を見回した。
 しばらく。シンジの死体に目を向けないようにして考えながら部屋を何回も。何回も見回した。と、焦点があってない視線を押し入れに向ける。
 生気が感じられない。だらりとした歩調で押し入れの前に行くと。ふすまを開けた。

 スペース。開いた空間は。どうにか入りそう。という程度。
 アスカはシンジを引き摺ると。その開いた空間に詰めはじめた。
 なかなか入らない。
 シンジの体が、不気味な響きを上げながら狭い空間へと詰め込まれる。
 アスカは。その作業を黙々と。布団をつめる様にやってのけた。

「なんで。アタシこんなにおちついてんのよ」
 すべての処理を終わらせて。アスカはベッドの真ん中で力無く佇みながら呟いた。
「シンジを自分で殺したっていうのに…」
 そこまで呟いた所で。玄関で声がした。アスカの肩がびくっと反応する。
「ただいまぁ」
 能天気な声が聞こえてくる。葛城ミサトが帰ってきたのだ。
 アスカは部屋から出るとできるだけ平静を保とうと努力しながらリビングに出た。
「おかえり。ミサト」
 最初のビールを既に開けたミサトは二本目のタブを起こし、しゅっという気体の漏れる音を名曲でも聞くような顔で効きながらいぶかしげにアスカにたずねた。
「アスカ。顔色悪いわよ。どうかしたの?」
「え?ちょ。ちょっと体調が悪いのよ」
 アスカの弁解を疑わしげな顔で聞いたミサトは。周囲を見回してある事に気が付いた。
「あれ?シンちゃんはどうかしたの?」
「さ。さあ?知らないわ?三馬鹿トリオでまたつるんでんじゃないの!?。アタシ。もう寝るから」
 と言うとアスカはふすまを慌てて閉じた。

 リビングのに残されたミサトはアスカのあまりにも露骨に怪しい態度をいぶかしげに思ったが。「ま。いっか」と呟くとテレビをつけて本格的にビールを飲みはじめた。


 アスカは。ベッドの中で何度も寝返りをうっていた。
 思い出したくもないのにこれまでの思いが走馬灯の如く駆け巡る。
 初めて出会った時。
 ユニゾン特訓。
 溶岩の中。
 エトセトラ。

 アスカは自分でも気が付かない内に目に涙を溜めて。鳴咽が漏れない様に枕に顔を押し付けてさんざん泣き続けた。
 再び。麻痺しかけていた。「自分が殺した」という意識が首をもたげる。
「死んじゃおうか」と思った時。押し入れのふすまがごとりと音を立てた。
 アスカはびくっと反応して押し入れを見つめた。微動だにしない。
 アスカは気のせいよ。と思い目線を押し入れから外した。
 と。再びごとりという音。今度はやまなかった。押し入れの扉がガタガタと揺れている。
 壁に背中を押し付けたアスカは完全に涙目になって揺れる押し入れを見ていた。
 心の中で気のせい。気のせいと呟くが。ふすまは揺れていた。
 声が聞こえる気がする。
 声が。
 声が。
 死んだ筈のシンジの声がアスカの頭に響く。
 ここは何処?ねえアスカ?体が痛いんだ。頭も。ねえアスカ?どうして答えてくれないんだい?ここは何処なんだい?開けてよ。ねえ。謝るからさ。御免よアスカ。だからここから出してよ。
「嘘よ嘘よ嘘よ。これは幻聴よ。シンジは死んだのよ。そう。これは幻聴よ」
 アスカは全身を激しく震わせながら。涙をこぼしてひたすら呟き続けた。
 声を振り払うかの様に目を固く閉じて、首を左右に激しく振るう。
 と。目の前に気配を感じ。薄く目を開く。
 右目は潰れ。水晶体と血を眼窩からはみ出させ。異様に左目を見開き。砕け。外れた顎で不気味な薄笑いを浮かべながらアスカの首に手を回そうとするシンジの顔。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
 アスカの意識は途絶えた。

「ちょっと?!大丈夫?アスカ」
 ミサトが、アスカの肩を掴んで揺さぶる。
「あ…ミサト?」
「どうしたのよ?いきなり叫び声でも上げたりなんかして」
 アスカは。ベッドの上で硬くうずくまって。震えながら呟いた。
「大丈夫。夢を見ただけ」
「そう。ならいいんだけど」
 そう言い残すとミサトは「おやすみなさい」と言って部屋を出ていった。
 アスカはピクリともせずに押し入れのふすまを虚ろに凝視していた。
 生きている筈がないのよ。シンジは間違い無く死んでるわ。アタシが殺したのよ。
 自分にそう言い聞かせながらも。どうしても目はふすまに向かってしまう。

 ガタリ

 ガタリ

 ガタリ

 ガタリ

 発作を起こすように定期的にふすまは音を立てる。
 アスカの耳に。どこからともなく弦楽器の音が聞こえてきた。
「チェロ…冗談じゃないわよ。もう怪談はたくさんよ」
 開き直ったアスカは、勇気を振り絞り一歩一歩押し入れに近づいていき。取っ手に手を掛けた。
 そして。なけなしの勇気を振り絞ってふすまを開いた。
 押し入れの中の光景を見て。アスカは目を見開いて絶句した。
「嘘よ。嘘よ。嘘よ。ありえないわ冗談じゃないわよ。どういう事なのよ死んだ筈なのよ。アンタ死んだ筈なのよ」
 アスカは床にへたりこんでわめくように呟き続けた。
 目の前の光景が信じられない。わからない。何で死んだ筈のシンジが。何で?どうして? なんで。死んだ筈のシンジがこっちを向いて笑ってるのよ!!?。嫌。嫌!触らないで!!なんでなのよ!放しなさいよ!!放して!!アタシは入らないわよ。何が「ここは良いところ。アスカもおいでよ」なのよ!入らない。あうっ!か、肩が痛い。
 そんな隙間に入る筈が無いじゃない!!。やめなさいよ!いいかげんにしなさいよ!!
 やめて!っくう。やめな。さいよ!ひぎぃ。嫌。嫌ぁ嫌ぁぁぁぁ!!!!ぐうぅ。
 入る…筈が…ぐっ…あう……ごぶっ。





 翌日。室内を漂う異臭に目を覚ましたミサトは。二日酔いと異臭からくる吐き気を堪えながら最も強く匂う場所。アスカの部屋に入った。
 そして。床一面に広がる赤黒い血溜りを見つけた。
 それと。押し入れの中の。全身の骨格を砕かれ。頭がひしゃげ。破裂した腹部から血液と臓腑を出して息絶えているアスカと、同じように押し入れの僅かな隙間に収まって奇怪な笑みを顔に浮かべて息絶えているシンジだった。

 二人は。仲良く押し入れの僅かな隙間に収まっていた。


 作者あとがき(らしきもの)

 皆様。はじめまして。『世界ゲンドウ教黄昏支部』の代表さんに雇われたメイドの天津風ハヅキです。
 ええと。代表からみなさんへ書き置きがあるので読み上げさせていただきます。
『どうも。12式臼砲っす。電波だけでほぼ三時間で作り上げた小説ですから例えば結局どういうオチなんだとかアスカをあんな目にとか。シンジは生きてたのか死んでたのか?等と多種多様のツッコミはありそうですが。
 まあ。こういう理不尽に終わるのも良いかと思いまして。
 何はともあれ。私の書いた小説の中で最長(マジ)を読んでくれてありがとうございます。
 では。私は身の危険を感じていますので、逃走生活に入りましょう』
 だそうなんです。なんなんでしょうかね?これ。それと…「PS:まさか罪の無いメイドごと支部を消し去ったりはせんだろ」だ。そうです。
 どういう意味なんでしょうか?
 あ。宅配便屋さん。
 なんだろ。かなり大きい荷物ですけど。開けてみましょうか。



 ピカ



 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉん




 ゲンドウ教入信希望者及び12式臼砲さんへの感想はこ・ち・ら♪   


管理人(その他)のコメント

アスカ「うふふふ・・・うふふふふふっ・・・・・」

カヲル「な、なんだい・・・・明後日の方向を見つめながら不気味な笑みを浮かべているなんて・・・・」

アスカ「狭いところはいや・・・・痛い所もいや・・・・うふふふふ・・・・・」

カヲル「ん・・・・? いったい何が原因でこうなったんだ・・・・?」

アスカ「シンジがあたしを呼ぶの・・・・こっちにおいで、こっちにおいでって・・・・うふふ・・・・」

カヲル「なに、シンジ君が君を呼ぶって!? そ、そんなばかなっ!」

アスカ「ここはすごくいい所だよ・・・アスカも一緒に入ろうよ・・・・って・・・・うふふふふっ」

カヲル「な、なんだってぇぇぇぇぇ!! アスカ君、シンジ君はどこでそんな風に呼んでいるんだい!」

アスカ「どこって・・・・アタシの部屋の、押し入れの中よ・・・・だって、アタシ、シンジのこと・・・・」

カヲル「ええい、ここでこんなことしているばあいじゃない! シンジ君、いまぼくがいくからねぇぇぇぇぇぇえええ!!

アスカ「うふふふふ・・・・って、ふう、やっと行ったわね」

シンジ「アスカ、なにやってんだよ」

アスカ「あ、シンジ。いや、ちょっとカヲルに天罰を食らわせようと・・・・けっこうああいう演技はめんどくさいわね」

シンジ「あ、そ、そうなの・・・・」

アスカ「さあさあ、きにせず行きましょ」

シンジ「あ、う、うん・・・・・」

 翌朝。とんでもない異臭に耐え兼ねたミサトは、アスカの部屋で、押し入れの中に仲良く収まっているカヲルとゲンドウの姿を発見したそうな(ちゃんちゃん)


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