Evangelion Short Story

MOTHER OF LOVE


 窓の外は闇。

 どこまでも漆黒の世界。

 夜。

 音一つしない室内。

 考えるには、うってつけの環境。しかし、考えたくないときでも、思いに沈んでしまう環境。

 少女は、考えていた。

 ベッドにうつぶせになり、目の前に見える壁を見つめている。

 人を好きになるって、なに?

 人に好かれることって、なに?

 やさしさって、なに?

 今まで、わたしが知らなかった感情。でも、気持ちいい感情。

 やさしくして欲しい。わたしに、だれかやさしくして欲しい。

 ・・・・だれか?

 だれかなの?

 やさしくしてくれるなら、だれでもいいの?

 少女は自問する。

「・・・・ちがう・・・・」

 誰でもいいわけじゃない。

 わたしが望むのはただ一人。

 そう、ただ一人。

 なぜなら・・・・。

「そう、それが、今のわたしにとっての全てだから」

 彼は、わたしにとっての全てだから。

「碇・・・・シンジ・・・・」

 名前を、呟いてみた。

 心が、少し暖かくなったように思えた。

    

 過去。今までの自分の過去。

 それは何?

 それは、少女にとって無。自己を持たない、無。

 言われるままに。命じられるままに。それが、少女の過去。

 でも、それは辛いこと。

 自己を持たないと言うことは、他との接触を拒否すること。それは、自分一人の世界をつくること。

 今までは、それでも良かった。

 誰も自分という個人に興味を持たなかったから。誰にも、興味を持たなかったから。

 でも、今は違う。

 少女の世界に入り込んできた、碇シンジという少年が、彼女の意識を変えた。

 一人は、いや。

 毎日の無意味な日々は、もういや。

 繰り返す日々の中で生きていく。でも、それを無意味なものにしたくない。

 何もない、無意味な過去を振り返るのはもういや。

 まだ見えていない、未来にこそ目を向けていたい。

 命じられるのではなく。

 自分の心のままに、生きていたい。

 未来を描いて。・・・・心に、未来を描く。

 ・・・・それを・・・・少女に分からせてくれたあの少年と共に。

「いかり・・・・しんじ・・・・」

 もう一度、ゆっくりと名前を呟いてみた。

 また、心が暖かくなったように感じた。

  

 愛するって、なに?

 愛することって、なに?

 一人の世界では、分からなかったこと。閉じられた世界では、分からなかったこと。

 でも、今は分かるかもしれない。

 まだ、よく分からないけど。少なくとも可能性はゼロではない。

 なぜなら。

「・・・・わたしは、今までのわたしじゃないから」

 今までのわたしじゃない。

 愛するということの分からない、今までの自分じゃない。

 なぜなら。

 そう。

 なぜなら。

 少女は、心の中に刻んだものを思い出してみた。

 少年の、笑顔。

 無邪気な、そしてすばらしい笑顔。

 あの笑顔を思い出し、そして胸に抱き続けることで、わたしは今までのわたしじゃなくなる。そして、これからも変わっていけそうな気がする。

「変わって、いけるかも・・・・」

 根拠はない。

 でも、何となくそう思える。

 それほどの、笑顔だから。

 そう、そう思わせるだけの笑顔を、それは持っているから。

「好き・・・・」

 心の底からのつぶやき。

 少女の、かけがえのない思い。

 それを胸に刻んで、生きていけば。

 生きていけば、これから、変わっていける。

「いいえ・・・・変わって、いくのよ・・・・」

 少女は、堅い決意と共に、そう呟いた。

 心は、暖かだった。

 今までの冷え切った心は、もうない。

 そう、もう、ない・・・・。

   

 朝。

 夜明け。闇が消え去り、光が訪れる時。

 少女は、ベッドから起きあがった。

 カーテンを開け、空を見上げてみる。

 東の空に、太陽が見えた。

 柔らかな日差し。

 輝く空。

 少女は、その空に向かって言葉を発した。

「わたしは、あの人が好き? わたしは、あの人が、好き?」

 自分の中で、答えはでている。

 でも、あえてそう尋ねてみた。

 全てを無にして。心の底から、そう尋ねてみた。

 ・・・・やっぱり、わたしはあの人が好き・・・・。

 幻だろうか。

 もうひとりの自分が、そう答えた。

 少女は、にこりと微笑んでみた。

「わたしは、あの人が好き・・・・」

  

 教室。

 ざわめく室内。

 少女は、その喧噪の中、待っていた。

 待ち続けていた。

 視線は窓の外。しかし、意識は常に別の方へ向けられている。

 そして。

 がらがらがらっ。

 扉が開く。

 少女は、はっと視線をそちらに向ける。

 教室に、少年が入ってきた。視線が、ぱっとあう。

 刹那の沈黙。そしてその後、少年は笑みを浮かべてこう言った。

「おはよう、綾波」

「・・・・おはよう、碇くん・・・・」

  

<了>   

  

<『MOTHER OF LOVE』は徳永英明の同名曲からの拝借です>



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