遥かなる空の向こうに 無断で外伝(笑)
壊れた躰・壊れた心・壊れた絆・そして・・・・・・
「・・・・・碇・・・君・・・・・」
ひっそりとした闇の中で、レイはふとその名前を呼んでみた。
胸から沸き上がる言い様のない感情を、アスカは『好き』だと教えてくれた。いや、アスカにはそれだけではなくて、色々な感情を教えてもらった。笑って、悲しんで、それから優しいってことも、冷たいっていうことがどんなことかも。思えば、初めてあったときからアスカはずっと私に冷たく当たってきたのに、私は何とも思ってはいなかった。まるでアスカが最初からいない人間のように・・・・・・もしかすると、そんなことをしていた報いが来たのかも知れない。
相田君には、一番お世話になったかも知れない。ずっと、私がしてきたことをビデオカメラに撮ってもらった。写真を渡されたこともある。碇君と腕を組んでいる私とか、アスカと笑いあう私とか、怒ったり、泣いたりしている私のことを真剣に心配して、一生懸命に撮っていた。
洞木さんや、鈴原君はあまり関係はしてはこなかったけど、それなりに私に気を使っていた。
・・・・・それから、私に色々なことを気づかせてくれた、碇君・・・・・・
私の好きな碇君。私に笑いかけて、泣いて、怒って、抱きしめてくれた・・・・・一度は、誰が好きなのか、そもそも好きって何なのかわからなかったけど、それを気づかせてくれた碇君は、やっぱり世界で一番、好きなのかも知れない。
それに、今考えてみれば、あの時無理を言って碇君のところについていったのも、そういうことがあったからなのかも知れない・・・・・・・・
・・・・・・でも・・・・・・でも!
やっぱりこの体から逃れることはできなかった。
この体はよくもここまで持ったと自分でも思う。だけれど、やはり造られた体は所詮造られたものだった。そういう風に、赤木博士が話してくれた。やっぱり人間が造ったものは自然が造ったものにはかなわなかった。いくら心が宿っていても、やっぱり人間が造ったものは・・・・・・・・壊れる運命にあったのだ。
たぶん、明日だと思う・・・・・・おそらく明日・・・・・・私の体は壊れる。
その日は、前日から雨の降る日だった。夜から雨が降りだし、しとしとと音を立てていた。
それは火曜日の朝。
もちろんだが、休みにはまだ遠い月の日だった。
いつものように、家の住人の中で一番早く起きてきたのはシンジだった。
「・・・・ふわ〜ぁ」
昨晩はちょっと遅くまで宿題をやっていたのでちょっと睡眠時間が足りなかった。思いっきり欠伸と伸びをしながら、いつもの通り学生服に着替えてエプロンをつける。今日もお弁当を作って学校に行かなければ・・・・・・
「さて、と」
もう少ししたらアスカも綾波も起きてくるだろう。弁当の準備と、それから朝食もつくらなくてはいけない。最近はアスカも料理をする関係か、早起きをしてくるようになった。もっとも、アスカにしてみれば少しでもシンジを眺めていられる時間をのばしたいというだけなのだが。
シンジが料理を始めると、すぐにアスカが起きてきた。
「シンジ、おはよう」
「おはよう・・・・? あれ? 綾波は?」
「ん? レイったら、まだ起きてないの? 珍しいわね」
目一杯伸びをしながら、アスカはシンジの言葉でレイがまだ起きていないことに気づいた。
「うん、そうだね。昨日は遅かったのかな?」
「さあ? 何かここの所調子悪そうだったし、もう少し寝かせといてもいいんじゃない?」
「・・・・うん、そうだね。じゃあアスカ、こっち手伝ってよ」
「うん」
じきに朝食の準備が整ったが、レイはまだ起きてはこなかった。
「おかしいわね・・・・・?」
「調子が悪いのかな? 見てこようか?」
そのシンジの言葉に頷きかけて、しかしアスカは、
「あたしが見てくるわ」
「え?」
「レディの部屋に、しかも起き抜けに入るつもり?」
「い、いや、そんなつもりは・・・・・」
我知らず、シンジは真っ赤になった。
「だから、よ。あんたはここで待ってなさい」
言うが早いか、アスカはレイの部屋のドアをノックする。
「レイ? 入るわよ。調子悪いの?」
そのままアスカの背中が部屋の中に消える。
『・・・・・何でアスカって人をどきっとさせるような言葉を、すらりと言えるんだろう?』
シンジはと言えば、相変わらず真っ赤になりながらそんなことを考えていた。
「レイ? いい加減起きなさいよ」
アスカが入ってきたというのに起きる気配もないレイに、アスカは耳元でちょっと大きい声で喋ってみたのだが、それが効いた様子もなかった。
「全くもう。レイ、朝よ?」
今度は、体に手をかけて揺すってみようとした。
アスカが部屋からでてきたのを見たシンジは、
「アスカ、綾波は起きた?」
「シンジ、もう少し、そのままでいてね」
「?」
アスカから返ってきた返事が突飛なものだったので、思わず聞き返そうと腰を浮かせたらアスカに、
「いいからそこに座ってなさい!!」
「?!」
とりあえずその言葉には従ったが、シンジはその時になってアスカの顔が心なしか青ざめているように見えた。
アスカは弾丸のような勢いで玄関をでていき、戻ってきたときにはミサトを連れていた。
「? ミサトさん? どうしたんです?」
「シンちゃん、説明はあとよ」
ミサトの声すら氷のように響いて、シンジはとりあえず黙るしかなかった。
二人はレイの部屋に入っていく。そして、すぐに出てきた。
「シンちゃん、学校に行っていいわよ」
「え? ミサトさん、綾波は?」
ミサトの声がちょっと硬い響きをもっているのをシンジは聞き逃さなかった。
「ちょっと調子が悪そうだから今から病院につれていくわ」
「え? そんなに調子悪いんですか?」
「う、うん。だからあなたは先に・・・・・」
と言いかけたミサトだったが、その前にシンジが椅子から立ってレイの部屋をのぞいた。
「綾波? 悪いけどこれから先に学校に行ってるよ」
しかし、というか当然というか、レイからは何の返事もなかった。
「?」
「シンちゃん、レイは寝てるのよ、起こさないように・・・・・・」
「それにしては何か様子がおかしいですよ」
どうもみんなの様子がおかしいことを、こういうときだけ鋭く感じとっていたシンジはミサトが止める間もあらばこそ、シンジはレイのそばまで近寄っていた。
「シンジ、ダメぇっ!!」
アスカの叫びも何の効果もなかった。レイの手に触れて、
「綾波・・・・・?」
そう呟いたが・・・・・・・
しかし、シンジの手の先から感じとれたのは、背筋も凍るほどの冷たい痛みだった。思わず手を引っ込めて、
「綾波?」
もう一度その手に触れてみる・・・・・・
錯覚ではなかったその冷たさに思わず手が震えた。
「綾波?!」
肩に手をかけて揺さぶろうとしたが、首が揺すられることもなく、またその躯は重い・・・・・
「ミサトさん!!」
シンジは容赦なく叫んでいた。
「これはどういうことなんですか?! 綾波はどうしちゃったんですか?」
しかし、ミサトは何も言えなかった。
「答えて下さい!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・レイはね、クローンとしての躰が限界に近づいていたのよ」
「ミサト!」
アスカが抗議したが、ミサトは首を横に振った。
「もうどうしようもないわ、アスカ・・・・・・・・レイが私たちのところに来たとき、もって一ヶ月だったの」
「いっ・・・・・かげつ・・・・・・・?」
「今日はあれから一ヶ月と十日経ってるわ・・・・・・・本当に・・・・・・」
「そんな言い方しないで下さい!」
無意識に、ミサトは言葉を切る。もちろんミサトは何も言えなくなってしまっただけなのだが、今のシンジにはそうはとれなかった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・ゃあ・・・・・じゃあ・・・・綾波は・・・・・・・」
さらにシンジは、はっと気づいた。気づいてしまった。今までの、アスカの行動。それは。
「・・・・・アスカ・・・・もしかして、このことを・・・・・・」
もう、ミサトもアスカも答えることはできなかった。いってしまえば、それを告げれば、シンジだけでなく自分も壊れてしまう・・・・・・・
「・・みんなで嘘を・・・・・・・・みんな、みんな、嫌いだ・・・・・」
アスカは、はっと気づいた。それだけは言わせてはならない。全てを拒絶するその言葉だけは、シンジには・・・・・
「シ、シンジ、お願い、聞いて・・・・・」
「聞きたくないよ! 言い訳なんか!」
遅かった。既に手遅れだった。
「お願いだから! 聞いてよ・・・・・」
「出ていけよ!! 二人とも! 顔なんかみたくない!」
全身の力を目一杯使って撃ち出される言葉。雷鳴の如く響くその言葉に、アスカは容赦なく打ちのめされる。殴られるより冷酷な拒絶に、アスカはただ立ち尽くすしかなかった。その肩を、ミサトが押した。
呆然としているアスカの後ろでドアが閉まると、
「・・・・・・わあああぁぁぁぁぁ!」
たががはずれたシンジの泣き声につられて、アスカも泣いた。声もなく、ただ静かに・・・・・
それからというもの。
シンジは全くレイの部屋から出てこようとはしなかった。
「シンちゃん、お願いだから・・・・・」
「うるさい!」
「シンジ・・・・・」
「寄るな!」
ミサトやアスカが声をかけても全くとりつくしまもなく、しまいにはミサトがドアに手をかけただけで、
「寄るなって言ってるだろ!」
と言われてしまう。
打開策も見つからないまま、ついに一日が経ってしまった。
「まずいわね・・・・・このままじゃ、シンちゃんが・・・・・」
「わかってるわ。でも、今の状況じゃどうしようも・・・・・」
涙のあとを拭いもせずに、アスカが言う。
「何とかシンちゃんを説得できないかしら?」
ミサトもアスカも困り果てていた。全てを知るのはごく限られた人数だが、その誰に対してもシンジは言葉を聞きはしないだろう。それがNERVの中枢の人間ならばなおさらのことだ。すると、大体残るのはアスカか、ミサトか、それともケンスケか。ケンスケは、レイに命のことを打ち明けられた上で頼み事を引き受けた。しかし、それを言われても今のシンジがそれを信じるかどうか・・・・・・・
レイならば、シンジを説得できるだろうか?
アスカは一瞬だけそう考えたが、すぐにやめた。一度、シンジ抜きでケンスケとアスカとレイの三人で、撮ったビデオなどを見たのだが、レイのことを説明するような内容のものは何もなかったからだ。もちろん、本人は既にものもいわない存在なのだ・・・・・・・・・
できるだけ早くシンジを動かさなくてはならない。そうすると・・・・・・・
その夜、ミサトが眠ってからアスカは身を起こした。
ミサトには悪いが、やはりアスカが行かなくてはいけないと彼女は思っていた。おそらく、ミサトではシンジは説得できないのだ。いくら全てを知っているとはいえ、大人がなだめようとしても無理なのだ。
そして、急がなくてはならない。一日と四分の三の時間の間、シンジは何も食べてはいない。普段ならまだまだ耐えられるのだろうが、現在の、おそらく全てに絶望しているであろうシンジにとっては、あまりにも長い時間である。
意を決して、アスカは動いた。部屋の前まできて、まだシンジが起きているように、と願いながら、
「・・・・・・・シンジ。話があるのよ」
その声は弱々しく響く。
『柄にもなく弱っているわね、あたし』
「・・・・・シンジ?」
「聞きたくない」
返ってきたのは、ぞっとするほど低い声だった。しかし、ここで戻るわけにはいかなかった・・・・・
「お願いだから聞いてほしいの。黙って聞いてほしいの」
今度は、沈黙が辺りを支配した。おそらくシンジとしては聞きたくない、と言っているつもりだろうが、アスカは勝手に肯定と解釈して、ぽつぽつと話し始めた。
「あのね、レイはクローンとして、その躯が限界に近づいていたのよ。あの時、あたしに言ったわ。もってあと一ヶ月だって。レイにはその時選択肢が二つあったんだって。病院に入って遺伝子治療を受けるか、人として精一杯生きるか」
あの時のレイの顔がよみがえる。
「それで、レイはここに来たの。命令ではなくて、あの子が自分で選んだの。何でだと思う?」
それはね、その時レイは気づいてはなかったけど、シンジのことが好きだったからなの。あの子は、そういう感情がわからなかったけど、でもわからなかったなりにシンジについて行こうとしたのよ。
でもね、あたし達は確かにシンジに何も言わなかった。
それは、レイが同情なんて欲しくなかったからなのよ。あの子に必要だったのは、あんたの・・・・・・その、愛だったんだから・・・・・もしあの時あんたがレイのことを知らされていれば、この一ヶ月の間の生活がこんなに楽しくはなかったわ。ぎこちなくすごして、嘘をつきあったままレイはいなくなって・・・・・それじゃあ、あんまりレイがかわいそう。よく考えてよ・・・・あんただってそう思うでしょ? かわいそうなクローンに生まれて、でも最期は好きな人のそばにいることができたのよ。レイは限られた命の中で幸せだった・・・・・・
いつのまにか、アスカは涙を流していることに気づいた。
それから、我知らずレイの部屋の中に入っていることも。
歪む視界の中に、ベッドに横たわるレイと、その前でアスカに背を向けているシンジ。
「レイにとってシンジは大切な人。シンジにとってレイは大切な人」
『でも、それはあたしも同じ・・・・・・・』
「レイは幸せだったのに、あんたがそんなに悲しんでたら、レイまで悲しくなっちゃうわよ。レイにとってシンジは大切だったのに、シンジが今死んじゃったら、レイの気持ちを裏切るかも知れない」
『それに』
「それにさ、三人でキーホルダーを買ったでしょ」
その時、シンジの背中がびくっと震えた。
「『三人はいつも一緒だ』って約束したじゃない。たとえ離ればなれでも、あたし達は一緒。そうでしょ?」
いつのまにか、シンジの前まできていた。やっぱり、その背中しか見ることはできなかったけれども・・・・・
『そうなのよ、シンジ。だから・・・・・・』
「だから、シンジ。レイの命をあんたが引き継いで、生きてよ。確かにレイはいなくなったけど、いなくなったわけじゃない・・・・・・」
そう言って、背中からシンジに手を回した。
「お願い!」
「・・・・・・・・・ぅ・・・・・・わあああああああ!」
静かに、そして大きく、シンジは泣き始めた。アスカも、シンジの背中で泣いた。
壊れた躰・壊れた心・壊れた絆・そして・・・・・・戻る心
終
作者コメント
一言でいって、これはレイ派に殺されるかもしれない・・・・・・
ちなみにこれは、『遥かなる空の向こうに』を十四話まで読んで、無意識に書いたものです。キーホルダーの件は、そこら辺からきています・・・・って言うまでもないかな? ちなみに無意識ですから、どういう考えをもって書いたかは本人にも全く不明です(笑)。よって、『てめえ何様のつもりじゃあ!』とかいう類のメールは勘弁して下さい(滅)。
なお、すんごく横暴な頼みですが、惣流アスカ嬢から感想がもらえるとうれしいかも(滅)。というわけで、今回はこの辺で(と言ってもこの先投稿する機会などあるのだろうか・・・・・?)。
出張コメントfrom分譲住宅
カヲル「ふむ。これで「遥かなる〜」外伝は4つ目・・・なんで、君の小説のような「駄作」がこんなに繁栄するんだろうね」
作者 「だ、駄作・・・・しくしくしく(涙)」
カヲル「僕に言わせれば、「かくしEVA」とか「ドラ大戦」とかのほうが作品の出来がいいからいい外伝ができるような気がするんだけどね」
アスカ「甘いっ!! それが根本的にアンタの間違いよ!!」
作者 「ほえ? 「かくしEVA」より作品の出来が悪いという評価が甘いってことですか?」
アスカ「そんなの当然でしょ! デキが悪いどころか、評価の対象にすることすらおこがましいわ!!」
作者 「・・・・・・いじいじいじ」
カヲル「あ、いじけてるいじけてる」
アスカ「アタシが言いたいのはね、コイツの作品の出来があまりに悪い&更新が遅いから、読者がそれぞれ独自のラストを考えて送ってくれるのよ! 言うなれば、デキが悪いからこそ、こういった外伝を送ってくれる人がいる訳ね!」
作者 「いじいじいじいじいじいじいじいじいじいじいじいじいじいじいじいじ」
カヲル「あ、まだいじけてる」
アスカ「いい加減にやめなさい!!」
ぼこっ!!
作者 「うがあっ!!(ばったり)」
カヲル「あ、気絶した」
アスカ「カヲル・・・・アンタ、その実況中継はやめなさい・・・・(汗)」
カヲル「まあいい。作者が気絶したところで、この話の感想を聞こうか」
アスカ「アスカ派な人も涙するお話。ってやつかしらね。レイがかわいそう。うん、この一言につきるわね」
カヲル「でも、この話を見てレイファンになるアスカ派な人がいたら・・・・」
アスカ「当然、レイに続いて三途の川をくぐらせてあげるわよ!!」
カヲル「・・・・おーこわ。ぶるぶる」
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