作品世界を補強する語彙解説


[水曜日戦争:ウェンズディ]:22世紀初頭、国連加盟諸国間で行われた大規模反応兵器戦争。その原因については宗教・経済その他の問題が複雑に入り交じっているものの、すべてにおいて話し合いによる解決は決して不可能ではなかった。しかしながら各国の首脳は支持率の低下をさけるためにあえて強攻策に徹し、その結果修復不可能な段階に至ってもなお彼らは交渉のテーブルを戦争の時間稼ぎとしてしか見なかった。
使用された反応兵器の総量は数十ギガトンクラスに及び、各国の主要都市の多くは開戦初日にその被害を被った。死傷者は億の単位で数えても十指にあまった。人類史上最短、最悪の同種族間戦争として知られている。

[大脱出:ディザート]:[水曜日戦争:ウェンズディ]後、一転して協調関係に入った先進各国が推進した地球脱出プロジェクト。戦後10年をかけて月軌道に多数のコロニーを建設し、そこに数億の人々が脱出した。反応兵器と様々な汚染物質によってけがされた地上においては人類の種の保存は難しいため、絶滅回避の予防措置、とされているが、地上に取り残された人々から見れば、「恥知らずの悪党どもが逃げ出しただけ」と言われている。特に反応兵器戦争を声高に唄った各国首脳が真っ先に脱出したとあっては、それもむべなるかな、ということである。
戦後10年、各国は戦後の復旧を投げ出して宇宙への脱出を進め、結果各地のインフラストラクチャは壊滅状態に陥った。多くの高精度コンピュータは破損し、修復されずに放置され、著しく地球上における人類の生活レベルは低下した。

[成層圏プラットフォーム]:21世紀初頭から開発、運用が行われてきた、高度2万〜3万メートルに静止して映像中継や定点観測を行うプラットフォーム。高々度エアプレーンや気球、飛行船など様々なプラットフォームが利用されていたが、そのほとんどは現在飛行船タイプになっている。飛行船は全長400mクラスの硬式飛行船タイプで、太陽光発電によってエンジンおよび観測機材の電力をまかない、長期(100日〜1年)にわたって、担当エリアの電波中継や天候観測などを行う。基本的には無人だが、有人タイプも運用されている。

[自律思考型コンピュータ]:22世紀に実用化された新世代コンピュータ。元来のコンピュータの欠点として指摘されていたのが、人間のようにケースに応じた柔軟な運用ができないという点にあった。これはコンピュータが「1か0か」というオン・オフ的思考である以上やむないものとして許容されていたのだが、蓄積された膨大なデータ量を元に、オン・オフ式を限りなく細分化することで人間の思考に近づけていこうとする試みが進められ、実用化を見た。過去のデータを元に判断し、その判断したデータをさらに蓄積するということを進めていくことで、コンピュータが自分で考え、判断することができるようになっている。しかしその一方で、判断を行うに足るだけの膨大なデータ量(数千ペタバイト以上)を蓄積するだけのストレージ装置の実用化が必須となっており、結果第1世代の自律思考システムは巨大化せざるを得なかった。後にストレージシステムの小型化、集積化が進み、自律思考システムそのもののコンパクト化に成功する。

[青]:反応兵器によって空と海とは汚された。汚染物質や有害物質によって、かつて人が見上げることができた空の青さ、そして見渡すことができた海の青さは失われた。よどんだ雲、あるいはくすんだ空、そして濁った海に、人々は自らの罪を見せつけられることとなる。そして彼らにとって、その失われた青が戻ってくるときこそ、自らの罪を償った時である、と考えるようになった。青が、還ってきたら。それが、地上に取り残された人々の希望となっているのである。
戦後20年をすぎてなお、地上のほとんどの場所で青が観測されたという報告はない。無論地球上のすべてから青が消えたわけではないし、まれにではあるが青がかいま見られることもあるようだ。しかしながら時折の青ではなく、地上において昔のように、頻繁に青が見られること。それが人々の待ち望んでいる姿なのである。







 そう、青がいつか戻ってくることを。





 
オリジナル短編集『Progressive17』収録



『君の青』



作:まるやまなおゆき


2002年12月29日(日)東京ビッグサイト
西地区 “あ”ブロック 63a
『ジャンク・ヤード』
Progressive





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