今回のエッセイです。
男子厨房に
前回までのエッセイです。
日本人は風呂が好き
作品紹介?
大不況とは言うけれど
ああ中華鍋
エコエコ呪文
仕事が終わるとき、それから
プロの見識
困った隣人
士族の再試験
団塊世代のこれから
構造計算書偽造事件
テレビCMの威力
日本人らしく
50になって
家相が気になる
身近な犯罪
庭付き?一戸建て
朝鮮半島の明暗
走れ!イチロー
先生ではありません
桜はなぜ美しいのか
建築設計のIT革命
少年犯罪の根
野球の楽しさ
日曜料理
Agoraのこと
杜の都の虚実
建築家の文章
ホームページを作ろう
設計入札をダンピングで取る方法
厚生省汚職事件
なぜ姓名を逆に書くのか
ドーピングのこと
3次元CAD・CGは建築を変えるか
牛乳を飲むときのポーズ
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このごろ思うこと
「先生ではありません」
先日住宅の相談があるという人から「先生」と呼ばれました。面食らってしばらく返す言葉を失いました。
建築設計をする人に向かって、みさかい無く「先生」と呼ぶ悪しき習慣があります。特に建材メーカーの営業マンや施工会社の人に多いのですが、どうもそれが礼儀だと思っている人もいるようです。ところが、言われている側の我々はほとんどの人が苦々しく思っているのです。少なくとも私はそれほど偉くもないし、そこまで悪人でもありません。Agoraのオフ会でもこの話題になったことがあって、中には先生と呼ばれたら返事をしないという人もいます。ちなみに国語辞典で「先生」という言葉を調べると、教師・医師などの後に「さげすみを含んだ呼びかけにも使う」とあります。つまり馬鹿にされているように感じるのですね。私の場合はいちいち目くじらを立てるのも面倒なので勝手に言わせておきますが、現場が始まるようなとき、これから何ヶ月かつきあうような人たちを集めて「絶対に私を先生と呼ばないでください」とお願いすることにしています。
私が心配することは、このような風潮によって建築家全般が浮世離れした高慢な人たちと勘違いされることです。決してそんなことはありません。建築家として自分の仕事に誇りと充実感を持ってはいますが、実体は零細な自営業者であり、近所の八百屋の親父さんと変わらないのです(八百屋さんを馬鹿にしているのではない)。設計事務所が近寄りがたく、敬遠される一因となっているのであれば残念でなりません。それに、先生と腹を割って話し合うのは難しいものです。そのような人間関係では優れた設計は出来ないと思います。
設計を頼もうかという人にまで先生と呼ばれてしまうと、こちらもどうも話がぎこちないもので、冒頭の人との話は結局仕事として成立しませんでした。最近打率が低いなあと思いながらも、内心ホッとしています。
01/04/28 小林
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このごろ思うこと
「桜はなぜ美しいのか」
この稿を書いている3月末。東京に出張したのですが、桜が見事に満開で実に美しいものです。仙台の桜はまだ2週間ほど先になります。日本人にとって桜は特別な花と言っていいでしょう。古来からの民族の記憶に刷り込まれているのでしょうか。浮かれ気分で馬鹿騒ぎするのも一つですが、多くの人は何かしかの感慨を持って見るのではないかと思います。春は入学・卒業の季節でもあり、悲しい別れ、嬉しい出会い、希望に胸ふくらませ、「あの頃は、、、」という想い出はこの季節に多いような気がします。実際ほとんどの学校に桜の木がありますし、数も多いものです。背景に様々な想い出が重なって見えるから、桜はあれほどまでに美しく見えるのです。
私が思い出す桜は会津の鶴ヶ城の桜です。高校を卒業して以来見ていないはずですが、それでもやはり鶴ヶ城なのです。同様に住宅の設計をしているときに、しばしば自分が生まれ育った家のことを思い出します。昭和初期に建てられた家で、縁側、障子、和室が並んで、縁側の突き当たりにトイレがあって、本当の昔の家です。サザエさんの家にも似ています。当然ながら個室というものがない。その分家族関係は濃密だったような気がします。家を造ろうとするとき、その人の生家を含めたかつての住体験が影響していると思います。住宅の設計を始めるときには、依頼者の要望などをまとめるためのチェックリストを用意していますが、その中に今までどんな家に住んでいたのかも調査するようにしています。「家」というものが住人の個性や思想を表現したものという見地に立てば、その人格の形成に大なり小なり影響を与えたであろう住宅を調べることが必要だと思うからです。
そして、新たな家で育つ子供達にとっても様々な想い出を重ね、優れた人格を形成する場であって欲しいと願いながら住宅の設計をしています。
01/04/01 小林
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このごろ思うこと
「建築設計のIT革命」
私の近作、こわだ歯科医院と桜ヶ丘の家が相次いで竣工しました。この2件の仕事の成り立ちにはいくつかの共通点があります。このホームページを見ていただいたことが設計を依頼されるきっかけであったこと。現場が車で15分と25分と事務所から近かったこと。そして設計時点では依頼主が遠方(郡山・気仙沼)に住んでいたことです。したがって設計監理の進め方も似通ったものになりました。それは私にとっても初めての経験でしたし、これからの設計手法の一つの方向性を示したものだと思います。
仕事の進め方の概略を説明しますと。まず、最初の連絡はこのHPにあるゲストブックでした。いくつかメールを交換した後に最初の打合せは事務所に来ていただきました。それまでにHPの隅々までよく読んで下さったようで、そのおかげでその後の打合せもスムーズに進みました。
設計段階では、要望の聞き取りや素案の提示・修正を繰り返して、徐々に理想の形に近づけ、内容も具体的に細部に至るまで打合せが必要になります。どれだけ緊密に打合せ出来るかということが最終的な建築の成否を決定するといっても良いでしょう。直接顔を合わせて気楽なおしゃべりの中から思わぬ発想が芽生えたりするもので、そういう打合せは絶対に必要です。ただし、平日の夜や休日に時間を合わせなければならないことや、特にこの2件の場合は移動の時間も馬鹿になりません。そこでEメールが活躍しました。文章にすることで自身の考えを整理できますし、カタログや図面のスキャン画像を同封したり、後から内容を確認することもできます。さらにFAX・電話・宅配便などを組み合わせることによって、かなりの意志疎通が可能でした。
現場監理が始まると、デジカメで撮影した画像を頻繁にメールで送りました。画像とともに現場の状況を説明すると安心できるようで、非常に喜んでいただきました。以前は手書きの「現場監理報告書」を1ヶ月に1度郵送するだけでしたから、大きな違いです。
受注のきっかけから竣工までのこれらのことはインターネットを利用することによって可能なことであって、ネット以前のかつての設計状況と比べると、効率的に確実に充実した設計が出来ると思います。この2件の場合は遠隔地からの注文ということが一つの要素ではありましたが、それは地域性さえ解消できることを意味しています。
私は96年5月にホームページを開設した時から、設計事務所の未来像としてこのようなそのあり方をイメージしていました。建築設計業界にとっては手書きの図面がCADに取って代わった以上の革新的な出来事と思います。私が創設した建築設計者のネットワーク”Agora”の会員はネット利用に先取の気概を持った人々であり、やはり同様の依頼が飛躍的に増えています。ネット以前の設計事務所は営業範囲も限られたもので、依頼者は特別な人に限られていました。特に住宅の場合は圧倒的な営業力を持ったハウスメーカーに太刀打するすべがありませんでした。しかし、ネット社会が充実し、ユーザーが自らの意志で情報を選別し、選択の幅が広がって真に自分にあった住宅を得る可能性が出てきました。設計事務所に依頼することが有力な選択肢の一つとしての可能性が確立されつつあると信じます。
00/12/29 小林
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このごろ思うこと
「少年犯罪の根」
少年による凶悪犯罪が頻発しています。つい先日のゴールデンウィーク中にも愛知と佐賀の少年が驚くべき事件を起こしました。少年犯罪が話題になるようになったのは神戸の酒鬼薔薇事件の頃からでしょうか。あの頃は「まさか」と思っていたのに、最近は「またか」という気持ちになります。私にも同年代の子供がいるので、まず親の気持ちを考えてしまいます。子育てを間違ったという慚愧の念でいっぱいでしょう。事件を伝えるマスコミの論調を見ると、社会の問題、学校の問題、家庭の問題やテレビゲームの影響、少年法の改正等々が語られているようです。ところで、これを建築の問題と考えてみたらどうでしょうか。いくつかの事件のキーワードに「引きこもり」があります。完全に独立(孤立)した子供部屋、並んでテレビを見るための居間、家人が何をしているのか、いるのかどうかも分からない家、家族が顔を向き合わせることのない家。そんな住宅を想像してしまいます。
私の子供は3人で、大1女・高2男・中1男です。家には個室が無くて、子供達はタンスや本棚・カーテンなどで何となく自分の領分を確保しています。子供達が何をしているかは丸見えです。高2の息子は、去年パソコンを与えてからはパッタリとテレビゲームをやらなくなって、自分でゲームソフトを作り始めました。パソコン画面も見えます。一度ハマると徹底してのめり込むのは私に似ているかもしれません。いつの間にか自作ソフトを vector に登録したりして。先日 "I love you" のウィルスの話題になって、
「お前も面白半分にウィルスを作ったりするなよ」と言ったら、
「そんなことしないよ」と笑っていました。
「出来ないよ」でなくて「しないよ」と言うのが少し不気味ですけど。
子供達が小さかった頃は楽しそうでしたが、今は自分の部屋がないことに不満なようです。それでも衝突することもなく、ちゃんと勉強もして高校も大学も難関校に合格し、自立心を持って成長しています。三人とも血液型が違うせいか、個性もそれぞれです。(家内がABで私がAなので間違いはないと思います。って何が?)
事件を犯した少年たちの生活ぶりを伝える報道から受ける印象は、その人間関係の希薄さです。と言うより、対人関係を作る能力の欠如と言うべきでしょうか。彼らがどんな家で育ったのかは全く知りません。が、少なくとも自分の部屋を持っていたことは間違いないと思います。鍵を掛けて親も入れない自分だけの領域として。そして、そこで陰湿な犯罪の計画を練っていたのかもしれません。
人間関係の根本は家族にあると思います。家族関係のあるべき姿、子供個人と家族全体の関係をどのように考えて育てるかは、子供部屋のあり方に大きく左右されると考えます。子供部屋を作ることによって得るモノもあれば失うモノもあるのです。子供の反発を受けても子供部屋を作らないという家があっても良いはずです。
余談ですが、片親しかいない家庭に問題があるような話も聞きます。私は母子家庭で育ちました。何か問題を起こすと「父親がいないから」と言われ、成績がよかったりすると「父親がいないのに」と言われました。どちらにしても気分のいいものではありません。
00/05/19 小林
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このごろ思うこと
「野球の楽しさ」
この稿を書いているときは夏の甲子園の地方大会の真っ最中です。高校野球を見ていて、野球について色々と屁理屈や疑問を思いつきました。必ずチャンスに登場するピンチヒッター。ノーヒットノーランは無安打無得点という意味だから、負けたチームが達成したことになる。打者が1塁に生きるのに死球とは?etc.、下らない話はさておき、野球が他のスポーツと際だって違うことは、監督やコーチが選手と同じユニフォームを着ていることではないでしょうか。しかも、監督が選手以上にゲームの流れの決定権を持っていること。まるで、実際に対戦しているのは監督同士ではないかと思わせるゲームもありますよね。こんなスポーツは他にない。
それから、どうして日本人はこんなに野球が好きなのだろうか、という疑問です。サッカーが世界中で楽しまれているのと比べて、野球の盛んな国は北中米と東アジアに偏っています。どうも野球の方が日本人の性格に合っているような気がしてなりません。私が思うに、一つにはゲームの根本が投手と打者の一騎打ちの対決にあることだと思います。そこに剣道や柔道と同じイメージを持って、いわば野球道のような精神論を作ってしまった。これは日本人の好みです。
もう一つの理由は、プレイとプレイの間の間(ま)の楽しさではないでしょうか。ボールが動くのは一瞬で、野球の試合時間のほとんどは、この間(ま)にあるわけです。ファインプレイやクリーンヒットの余韻に浸り、次のプレイを予想したり、わくわく期待したり、次の瞬間、誰も予想しなかった展開に唖然としたりする。じっくり考えて次の手を打つところは将棋にも似て、これも日本人の好みですね。監督がユニフォームを着ているのもうなずけます。
ところで、日本の建築にも茶の間・居間・床の間・○○の間、色々な間があります。この間は部屋の意味ですね。「空間」という言葉は近代建築で使われますが、元々日本人は間(ま)という言葉でその部屋の意味づけをしていたのです。設計図では、平面図・断面図の何も描いていない白い部分で、床・壁・天井に囲まれた間です。逆に言うと、床・壁・天井は間を構成する要素であって、間にこそ大事な意味があると言えます。設計の作業は常に建築を立体としてとらえ、その構成要素の間隔、仕上・性能などに目的に合った選択をすることです。
実は我が家の末っ子が小6の野球少年で、ほとんど毎週のようにゲームがあります。私も育成会の役員をやっているので、ほぼ全ての休日が野球でつぶれている状態です。息子は大抵は6番、セカンドかサード。本来野球の楽しさであるはずの間(ま)も、エラーはしないか、ヒットは打てるかと、親としてはハラハラドキドキの連続なのです。
99/07/22 小林
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このごろ思うこと
「日曜料理」
もう20年近く前の話ですが、結婚したばかりの頃「休みの日には僕が食事を作ろう」と言ったのが始まりで、今までその言葉を守り続けています。新妻を思いやり、家事を分担しようと思ったかどうか、記憶が定かではありません。とにかく結婚以来、休日に料理をしなかったことはありません(キッパリ)。ただし、義務感を感じているわけではなく、私が料理が好きだから続けてきただけのことです。料理の基本は学生時代にアパートで自炊していたので覚えました。既に両親を亡くし、外食で暮らせるような仕送りはなかったので、自然と身に付いたと言うべきでしょうか。一応得意にしているのは中華料理ですけど、和食も洋食も何でも作ります。子供の誕生日やクリスマスにはデコレーションケーキも作りますし、正月料理は故郷の会津風です。いずれにせよ豪華な特別料理ではありません。
料理について一つの信条とも言うべきものがあります。「炒めて混ぜるだけ」的な料理の元のようなものをほとんど使わないことです。それを使った方が美味になるとしても、誰が作っても同じ味に出来るというのはつまらないと思いますし、自分だけのオリジナルの味を作りたいからです。この10年ほどは料理の本を見ることも滅多にありません。見てもその通りに作ることはありません。例えば、冷蔵庫を覗いて使える材料を並べて何が出来るか考える。あるいは、スーパーに買い物に行って、うまそうなものを見つけてからどう料理しようか考える。自分が食べたいものを自分の好みで料理するが楽しいのです。それに、自分で楽しみながら料理しないとうまいものは出来ないでしょ。多くの場合、晩酌の肴になるわけですし。
もう一つ料理で心がけていることは見た目の美しさです。盛りつけや彩りを楽しく、食欲をそそることですね。料理を作る前に、食卓に並んだ姿をイメージします。例えば、サラダを作るにしても、レタス・キュウリ・セロリと並べてみて、色が足りないと思ったら人参を細かく刻んでふりかけたりします。それに、色数を増やすことは栄養学的にも好ましいことのはずですよね。
ここまで読んでいただくと、もうお気付きかもしれませんが、料理と建築の設計は非常によく似ていると思うことがあります。基本の修行が大事で、経験や知識を身につけると、自分なりの応用がきくようになります。美しく、味(機能)良く、コストを掛けずに良いものを作る。自分の個性を発揮する創造性に満ちた仕事です。
もっとも、そんな達観したようなことを言えるのも、週に1・2度の趣味の料理を楽しんでいるからであって、毎日の献立に頭を悩まし、家事に追われる方々にとっては次元の違う話かもしれませんね。やっぱり、日頃の妻の苦労に感謝して、、、、ということにしておいた方が良かったかな?。
98/08/22 小林
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このごろ思うこと
「Agoraのこと」
Agoraとは建築設計を職業とする人達のためのインターネットを利用したネットワークです。私がSysOp(System Operator)をつとめています。去年の7月7日に発足しました。会員制で一般開放していませんし、怪しげなアダルトネットか秘密結社のように思われても困るので、概略の分かる程度の話をします。私がAgoraを始めようと思った経緯はこのホームページのFriendshipのページに書いてあります。去年の5月頃にアップしてからほとんど内容は変わっていません。先に読まれた方が以下の話は分かりやすいと思います。
今までのこと
"Friendship"のページを作ってから色々な人にメールを送りました。"Friendship"を読んでくれるように頼んだのです。ホームページを開いている人や、インターネットで知り得る限りを探して送りました。独りよがりの思いつきで、賛同してくれる人がいないのではないかという不安がありましたが、意外にも多くの人が興味を示してくれて、20人近い人から返信をもらいました。私に触発されたのではなく、同じことを考えていた人も数人いましたし、貴重な意見も多数いただきました。それらの意見をふまえてAgoraの発足に至ったのです。
Agoraの特徴は非公開性と会員資格の限定にあります。それが隠微な閉鎖主義に誤解されることが心配です。当初はURLすら非公開で、現在も各ページの表題やリストは見られますが、その中を見るにはパスワードが必要です。建築設計をしている人でも、経営に関わらない方には申し込みいただいても丁重にお断りしています。どうしてこのような仕組みにしているかというと、個人情報の保護と仲間意識を大事にしたいと思うからです。発足の前提の一つに、具体的な仕事で協力し合うということがありますから、会員はできるだけ個人情報を公開し、匿名やハンドルでの投稿を禁止しています。保護されている安心感によって自己紹介の内容を深くできます。掲示板に書き込む内容にしても、仲間内の話と誰に読まれるか分からない話とでは、おのずと内容や表現が違うはずで、前者の方が会員にとっては有意義なはずです。会員資格は、自分の判断で仕事の受発注ができる人という意味です。ただし、これらのことは会員の間でも十分に話し合われたことではありません。立場の違う多様な人間が集まってこそ活発なネットワークになるという意見は当然あると思います。今後の課題でもあるわけです。
現在のこと
この稿を書いている時点での会員数は60名になっています。最近は1週間に一人ぐらいのペースで増えています。会員からの口コミで入会する人も多いようです。内容を知っている会員が友人に推薦する状況は、Agoraの存在を評価してくれているわけでうれしいことです。近くオフ会を予定していますが、活動の中心は「談話室」です。談話室の内容を思いつくまま羅列します。事務所の経営の相談・契約のトラブルの経験談・京都駅をめぐる建築談義・サッカーのワールドカップ・CADデータ変換の実験・ホームページの作り方・日本シリーズの勝敗予想・ディテールの相談・不要の機械譲ります・好きな音楽・図面を手伝って・今日の出来事・etc.。内容には何の制限もありませんが、今までSysOp特権で削除するような問題発言は一度もありませんでした。ただし、具体的な仕事の協力や紹介はあまり活発とは言えません。私自身は東京のある会員と一緒に仕事をしました。まだ一度も会ったことのない人とインターネットを使って。その体験談もまた貴重な情報です。このようなネットワークでは、どのような話であっても情報の発信は双方向であるべきです。簡単な感想を返すだけでも双方向と言えます。一方的に情報を得ることを目的に入会する人をAgoraは歓迎しません。
これからのこと
ソーホーという言葉があります。SOHO(Small Office Home Office) の意味で、最近雑誌などでよく見かけます。あまり好きな言葉ではありません。カタカナで新語を造るとカッコよく見えるもので、フリーターは失業者で、ストーカーは変質者の意味ですから、SOHOは貧乏事務所のことでしょうか。会員の方には失礼ですが、AgoraはSOHOの集まりという性格もあります。通勤苦から解放され、人間関係の煩わしさもなく、自由で余暇を楽しむ時間も増える。都心に事務所を構えて所員を集めることが事務所のステータスではなくなる。よく言われることですが、そんな時代が来るかもしれないという、SF小説のような未来の話として語られることが多いようです。現実には乗り越えなければならない問題が色々あるはずで、何が問題かもよく分からない。Agoraはそのための実験場ではないかと考えています。
現在の不況の中で、中小企業とすら呼べないような弱小設計事務所が生き残るのは大変なことです。弱小な事務所でも、力を合わせれば乗り切ることができるかもしれません。理想論を述べるだけではなく、現実の仕事で実利を伴う協力体制ができればすばらしいことだと思います。精神的にも、私にとってはAgoraの仲間の存在が日々の仕事の励みになっています。
私が個人的に統率しているというイメージはよくないと思っています。会員の自主的発言の蓄積によって、民主的に運営されるべきであって、私はそのための手伝いをしているという状況が好ましい。まだそこまで活発に機能しているとはいえない現状です。今後はAgoraの性格も変化して行くべきものと考えています。
98/03/06 小林
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このごろ思うこと
「杜の都の虚実」
仙台を語るときに「杜の都」という枕詞がよく使われます。仙台の代名詞になっていると言っても良いでしょう。何の調査か忘れましたが、仙台は住みたい都市第一位になっています。環境に優れた住み易い都市というイメージがあるようです。住み易いという意味においてはその通りだと思います。ほどほどに都会で、ほどほどに田舎で、都市の規模としてちょうど良いからです。気候も東北地方では穏やかなところです。ただし、日本で一番とは思えませんし、「杜の都」という言葉に騙されているのではないかと心配になります。がっかりさせるかも知れませんが、実体はそのような都市ではないという話をします。
「杜の都」の由来について語る必要があるでしょう。この言葉が一般的に広まったのは大正時代のようです。当時は江戸時代からの屋敷町が多く残っていて、それらの屋敷林が市域に占める割合が高く、総体として樹木の多い都市だったのです。ところが、終戦まぎわに大空襲に見舞われ、軍事施設も軍需工場もほとんどないのに、市中心部は焼け野原になってしまいます。(余談ですが、このような非人間的虐殺行為が何ら問題にされないのは何故なのでしょうか。)当然屋敷林の大半も失われました。さらに戦後の都市開発によって自然消滅するのです。一方、戦後の復興時期にいち早く大きく拡幅された青葉通り・定禅寺(じょうぜんじ)通りにケヤキ並木が植樹されました。それが今では鬱蒼と生い茂り、なかなか見事なものです。高校野球のふるさと紹介などでも、仙台の風景として欠かせないものになっています。つまり、戦前の広大な屋敷林を形容した言葉が、今では青葉通り・定善寺通りの並木にすり替えられてしまったのです。ケヤキ並木のある範囲は二つの通りを合わせても1500m程度です。並木を杜と呼ぶ不自然さを譲ったとしても、札幌・福岡など同じような他都市と比べて、抜きんでて樹木の多い都市とは到底言えません。
最近人づてに聞いた話ですが、驚いたことに「水の都」というイメージもあるそうです。大坂に次いで2番目だそうです。杜の都についても言えることですが、昔ヒットした「青葉城恋唄」の歌詞に惑わされているのではないでしょうか。個人的には学生時代の郷愁を誘われて好きな曲の一つです。カラオケで唄うこともあります。でも、あそこまで現実と違って美化されると「そんなことはない!」と叫びたくなります。「広瀬川流れる岸辺〜、思いでは帰らず〜♪」この岸辺が広瀬川のどこなのか想像できません。確かに広瀬川は市街地の近くを流れていますが、象徴的なものであって、市民にとって親しみのあるものではありません。上流のダムのために水量が少なく、手の届かない低いところを見え隠れしながら流れているのです。私は学生時代に釣りをしたことがありますが、広瀬川の水に触れたことのある仙台市民は極めて少ないと思います。
曖昧な言葉ですが、「都市の魅力」という視点に立ってみると、仙台はイメージばかり先行して魅力に乏しい町と言わざるを得ません。工業都市ではないということで救われているような気がします。交通のインフラ整備やスプロール現象など、多くの都市と同じように様々な問題を抱えています。でも、私は仙台が大好きです。
97/09/29 小林
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このごろ思うこと
「建築家の文章」
建築家の言葉遣いについて、日頃感じていることを書きます。「新建築」などの専門誌でよく見かけることですが、難解な言葉を使うことが建築家としての権威の象徴だと思っている人がいるようです。例えば、意味不明のカタカナがあったので、当てずっぽうのスペルで辞書を調べると意味が分かるのですが、どうしてカタカナを使うのか首を傾げてしまいます。本人にとっては、微妙な意味合いの違いを表現したかったのでしょうが、大多数の読者に理解できない言葉を使う方が真意が伝わらない。少なくとも大学で建築の専門教育を受け、それなりに専門書を読んできた人間にすら理解できないような文章を書くべきではないと思います。特に自己の作品紹介の記事で、繰り返し読んでもさっぱり理解できない文章を目にすると、本当は何も考えてないことを隠すために煙に巻いているのではないかと疑ってしまいます。
このような傾向は、建築家に対する理解を妨げるものであって、一般の方々の誤解を招きかねない。私は、長年、出来るだけ平易な言葉遣いで真意を伝える文章を書くことを心掛けてきました。また、その方が文章力を要求されるものだと思います。お名前を出すのはちょっと不遜な気もしますが、日建設計の林氏の文章には、心が洗われ、頭が下がる思いがします。
97/06/21 小林
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このごろ思うこと
下記は、(社)日本建築家協会発行「JIA NEWS」97・6・7/通巻104号のコラム「ミニレター」に掲載の原文です。つまり、同業者向けのメッセージです。
「ホームページを作ろう」
インターネットのホームページを開いてちょうど1年になります。設計事務所のホームページはまだ多くなかったように思っていましたが、この1年でずいぶんと増えたようです。ホームページの主な構成は、作品紹介・建築相談・設計事務所の業務の解説・自己紹介とエッセイ、ついでになぜかビートルズとなっています。幾つかの雑誌で紹介されたこともあって、来訪者の数は6千人を超えました。地方の無名な建築家にとっては、なかなか作品を発表する機会が少なく、作品集を6千部作って配ったと思えば、何となく得をしたような気分になります。もっとも、作品集と呼べるほどの内容が揃っているかというと、いささか心許ないものではありますが。
建築相談は月に1・2件程度で、ボランティアとしては良いペースだと思っています。開設当初は、相談が殺到して本業が出来なくなるではと心配しましたが、杞憂だったようです。相談を受けていて、改めて思ったことですが、普通の人々にとって、建築家・設計事務所がいかに遠い存在であるかということを痛感しました。そもそも建築家が何をする人か分からない。住宅展示場の営業マンと比べられるのはちょっと悔しい気がします。分かっている人でも、どこの誰にどうやって設計を頼めばいいのか分からないのです。実は、この相談には私も明快に答えられませんでした。
住宅展示場に象徴される住宅産業のシステムは、手軽で確実な住宅を供給しています。それはそれで結構なことなのですが、○○ホームの△△タイプではなくて、建築家に設計を頼みたいという人にとっては、あまりにも不親切な状況ではないでしょうか。もちろん住宅に限った話ではありません。
ちなみに、インターネットを通じて仕事の依頼が来たことはありませんし、今後もないだろうと思います。しかし、建築家のホームページが増えれば、建築家に対する理解を広める一助になると思うのですが、如何なものでしょうか。
97/06/21 小林
(追記;97年当時はホームページで営業が出来るとは考えていなかったのですが、2000年以降は仕事の大半はインターネットを通じて依頼を受けたものです。)
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このごろ思うこと
「設計入札をダンピングで取る方法」
この文章を公開することは建築設計界の恥をさらすことになるかも知れませんし、ある意味でルール違反かも知れません。しかし、いろんな人に考えて欲しい問題なので公表することにしました。今回はちょっと長いです。
2月の中旬のある日、友人のA君からの電話がことの始まりでした。A君はやはり小さな事務所を経営している建築仲間の一人です。彼の話を要約すると、
ある役所の発注する設計競争入札に指名された。彼の事務所は都市計画が専門で、建築の実施設計は実績が乏しい。その役所に事情を説明したら、実績のある事務所と共同設計という前提で応札してもよいことになった。まず設計料(入札金額)を算定して欲しい。もし落札できたら一緒にやってくれないか。
ということでした。どうして指名されてしまったかというところもなかなか面白いのですが、長くなるのでやめます。とにかく、直接の当事者ではない気軽さと、今後の事務所運営を考えて、協力を約束しました。
モノは、鉄骨造4階建ての事務所ビル約3000平米で、基本設計と実施設計の委託です。監理は別途。工事費は7億程度か?。建設省の告示や過去の実績を参考に当たり前に算定すると、3000万円程度になるようです。が、私の事務所のように小さいところはそれなりに経費の掛かりも少ないので、A君の事務所の経費を加味しても、2200〜2500万程度で出来そうです。後日A君に電話でその由を伝えると、「他の指名事務所の顔ぶれを考えると、その金額では落札してしまうのではないか」と心配(笑)するので、よけいな駆け引きは考えずに、正直な金額で当たり前に応札すればいいだろう。ダメで元々なんだから。ということで、笑いながら電話を切りました。
ここで、私の設計入札制度に対する考えを明らかにしておく必要があるでしょう。しかし、簡単に説明出来ることではありませんし、いずれこの場で書こうと思っていた題材でもあるので、次回以降のエッセイではっきりさせることにします。ただ、設計者の選定を設計料の金額で決めるということは、根本的に間違いだと思います。
さて、2月の末、入札の日を迎えました。事務所の引っ越しの後始末で、段ボールの山と格闘していたところ、夕方A君からの電話がありました。結局のところ、業務態勢が取れそうもないので、直前になって入札を辞退したとのこと。それから、B設計事務所が500万円で落札しらしい、ということです。思わず、「そんな馬鹿な!」と叫んでしまいました。とはいうものの、私はある程度そういう結末を予想していました。最近は特にそういう事例が頻発していることも知っていました。もとより、仕事が取れなかったという悔しさは毛頭ありませんが、暗澹たる気分に落ち込んでしまいました。
B設計は仙台では指折りの大事務所で、500万はおそらく半月分程度の経費に過ぎないと思います。決してボランティア組織ではありませんし、私の知る限り、2000万以上の赤字を出しても落札しなければならない特別な事情があるとは思えません。それでは、B設計が異常な安値(ダンピング)で落札したのはどうしてでしょうか。ウ〜〜ン、きっと、バブル時代に大儲けしすぎたので、社会に還元する努力をしているのではないでしょうか。あるいは、B設計の社員とその家族は仙人のような人達で、霞を喰って生活しているに違いありません。
ここからはB設計とは関係のない一般論です。設計事務所の業務は、建築主の代理者として、多くの権限を委任される業務です。それは、建築主の立場に立って、その利益を保護するという前提があるからです。まず、ほとんどの設計者はこの原則を守り、誠実に職責を果たしていることを信じて下さい。ところが、一部の不心得者がこの原則を無視すると、極端な話、いくらでも儲けることが出来るのです。一つは、多くの設計事務所では、構造設計・設備設計・積算などはそれぞれ専門の事務所に外注しています。7億の工事費の設計ならば、合計数百万円の外注費が必要になるはずです。ところが、それをゼネコンの設計部に外注(?)したらどうでしょうか。ゼネコンとしては、工事の受注が非常に有利になるので、喜んで引き受けます。しかもタダで!。特に公共工事で積算をゼネコンにやらせることが何を意味するか・・・。もう一つは、特定のメーカー・材料の指定です。気脈の通じたメーカーの製品を使うように設計し、そのメーカーが現場で受注した金額の一定割合をマージンとして受け取る方法です。材料指定は通常の設計でもすることですので、一見して不正の有無は分かりません。極端な場合「○○設計協力会」と称して、普段から多額の会費を集めているところも知っています。もっと色々な方法がありそうですが、悲しくなるのでやめます。
ところで、ゼネコンやメーカーが悪徳設計事務所に掛かった経費はどうするのでしょう。仙人の会社でない限り、工事費の中に紛れ込ませるのです。建築主は設計料が安くできたと思っていても、結局高い買い物を押しつけられるのです。このことは重大な背信行為であることは間違いありません。ちなみに、ゼネコンが自社設計施工でよく使う「設計料はサービスします」という言葉も、本質は同じ行為です。
私はこのような同業者がいることを恥ずかしいと思います。大多数の真面目にやっている設計者が同一視されることを危惧します。建築家の職能の確立を阻害し、正当な設計報酬を分かりにくくしてしまいます。何よりも、設計入札という制度や、不当に安い設計料がこういう不正行為を助長していることを官公庁の人達に分かって欲しいと思います。
97/03/13 小林
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このごろ思うこと
「厚生省汚職事件」
厚生省の事務次官だった人が収賄の容疑で逮捕されました。福祉行政のトップが、老人福祉で金儲けをしていたのですから呆れてしまいます。例によって、マスコミ先行で様々な事実(?)が明らかになっています。ことの真相は今後の捜査を待つとして、今まで報道されていることで、気になることが2点あります。
一つは、老人福祉の現場で働いている人達のことです。老人介護は非常な重労働ですし、誰だって他人の便の始末をするのが楽しいはずはありません。その人達は社会的使命感を持って働いていると信じます。それが、一部の不心得者の不正によって、金儲けのためにやっていると、同一視されるのではないかという不安があります。逆に、老人介護に真剣に取り組み、苦労している人達こそ高給で優遇されるべきと考えます。
もう一つは建築工事の積算のことです。贈収賄に使われた資金の出所と密接な関係があると思うからです。まず、小山某の錬金術を新聞報道などから簡単に説明しますと、特別養護老人ホームの建設資金はほとんどが国・県・日本財団などからの補助金であり、低利の優遇融資制度もあるので、土地さえ確保(自治体から提供を受ける)できれば自己資金はなくても建設できるそうです。その工事を実質的に自分が経営するJWMという会社に発注し、実際の工事はゼネコンに丸投げして、その差額を手に入れるという手口です。ある特老では、32億で受注して、25億で丸投げしたということなので、何もしないで7億も手に入れたことになります。丸投げ工事は建設業法で禁止されていますが、そう珍しいことではありません(こんなこと書いていいのかな)。しかし、2割以上もマージンを取るのは異常です。どうしてそんなことが出来るのか。
積算は通常、設計事務所の業務と位置づけられています。積算の仕組みについて説明すると長くなるのでやめますが、簡単にいうと、設計図に基づいて入札予定価格を算出することです。特に公共工事の場合は厳格で緻密な積算が必要で、数量算出の方法や単価の設定は役所によって厳密に決められています。場合によっては、設計業務よりも労力・時間をとられることもあります。余談ですが、積算の煩わしさに翻弄されて、満足のいく設計が出来ずに悔しい思いをした経験のある設計者は多いと思います。特老の工事はほとんどが税金を使った補助金で成り立っている訳ですから、公共工事と同じ厳格さが必要なことは当然と言えるでしょう。
私の積算に対する認識は、適正な入札価格を「予想」することだと思っています。「このぐらいで出来るだろう」というものです。予想ですからはずれることもあるはずです。低く予想して、入札が不調になったら、設計を直さなければならいでしょうし、その逆ならば、税金の無駄遣いが無くなってよかったということになります。ところが、予想が外れることはほとんどないようです。不思議です。理由は色々考えられます。元々年度当初の予算金額が公開されていることもあるでしょう。入札業者が自社で出来る工事費を積み上げるのではなく、役所と同様の方法で積算することもあります。つまり、工事費を入札するのではなく、積算金額を狙った入札になっているのです。このことは、市場原理に反し、日本の建設費全般が欧米に比べて異様に高く、高値安定を保っている大きな要素だと思っています。
補助事業の場合、補助金申請は積算金額によって行われるのが普通です(実際には請負比など複雑な操作がある)。そこで、25億でも出来る工事に対して、32億の積算金額を算出した設計事務所(どこだか知らない)は、何らかの形で不正に与したのではないかという疑念が生じるわけです。もしそうであれば、同業者として非常に恥ずかしいことと思います。もしそうでなければ、設計も積算も正しいとするならば、工事費を2割もつり上げてしまったのは、積算という制度の欠陥ではないでしょうか。今後の捜査の進展が気になるところです。
96/12/11 小林
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このごろ思うこと
「なぜ姓名を逆に書くのか」
オリンピックなどのスポーツの国際大会を見ていて不思議に思うことがあります。例えば、女子マラソンの有森裕子選手の走る姿がテレビに映ると、下の方に Yuko Arimori と名前が出ます。ところが、韓国や中国選手の場合は、Kim ○○○、Liu ○○○というように表記されます。つまり、同じアジアの国で、姓・名の順も同じなのに、国際舞台では日本人だけが逆に表記される習慣になっているのです。何を今さらと思うでしょうが、何故なのか気になったことはありませんか。考え出すと「和魂洋才」とか「脱亜入欧」とかいう言葉を思い浮かべます。欧米におもねるという面よりも、他のアジアの国々に対して「お前達とは違うんだぞ」という傲慢な態度にとられるのではないかと気になります。ちなみに「脱亜入欧」という言葉は一万円札の福沢諭吉の言葉です。彼は著書の中で、アジア人を蔑視し、日本人は欧米人のようにならなければならないと説いています。偉人の負の面はなかなか表に出ないものですね。姓・名を逆に書く習慣は案外彼か、彼の門下生あたりが犯人ではないかと思っています。確かに「欧米では、○○○○○だそうだ」という言葉には、「だから日本もそうしなければならない」という意味を含むことが多いようです。逆に、「東南アジアでは、○○○○だそうだ」と言っても、言外の意味は全然別に聞こえます。
建築の世界にも「擬洋建築」という言葉があります。西洋の建築技術は全く知らない大工の棟梁が、写真や絵画を参考に、形だけは西洋の様式を取り入れた建築のことです。イオニア式の柱頭の上にエンジェルが舞っていたりするのに、小屋組は純粋な和小屋だったりします。明治の前半ぐらいに、庁舎や小学校などがこの手法でさかんに造られました。現存するものでは、松本市の開智学校や、宮城県の登米小学校などがあります。今では文化財的意義があり、保存されることが多くなっています。擬洋建築は明治の人達の西洋文化へのあこがれを示す好例と言えるでしょう。そのあこがれが活力となって、日本の近代化の原動力となったことは間違いないと思います。しかし、西洋崇拝がアジア蔑視に翻って、不幸な歴史に繋がったことも忘れてはいけないことです。
ここで長々と文化論を論じるつもりはありません。しかし、日本もアジアの国であるという当たり前のことを強く意識しなければならない時代になったと思います。
国の内外で名前を使い分けるというのは、本名が二つあるみたいで落ち着きません。それに、本当は逆だということを欧米人は分かっているのかも気になります。バルセロナでは姓・名の順だったと記憶しています。どちらでもいいのならば、アジア人として、本名を名乗るべきだと思うのですが、如何なものでしょうか。
ページの一番下に書いてあるのは何だ。
96/09/14 小林
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このごろ思うこと(この内容はときどき変わります)
「ドーピングのこと」
まもなくアトランタオリンピックが始まります。オリンピックというと物議を醸すのはドーピング問題です。日本でも陸上短距離の期待の星が抜き打ち検査で陽性反応が検出され、実質的に選手生命を絶たれたことは記憶に新しいことです。ドーピング検査は年々厳しく精密になってきて、検査対象者は市販の風邪薬も飲めない状況です。IOCなどがドーピング犯人探しに躍起になる理由は大きく分けて二つあるそうです。一つは副作用による健康障害です。実際の事例でも、競技後に急死したとか、女子選手が男性化したり、奇形児が生まれたとか、おぞましいことです。もう一つの理由は、アマチュアリズムに反する不公平です。本来的練習で得られる以上の能力を別な手段で、しかも秘密裏に得る訳ですから、それ以外の選手は腹が立ちます。プロレスの試合後に尿検査をしたという話もないので、なるほどと思います。
ところで、ドーピング問題を別な角度で見てみたらどうでしょうか。仮に副作用のない安全な薬が一般に市販されていて、誰でもそれを飲めば身体的能力が向上するとしたら・・・・?。それは科学の進歩のたまものであって、犯罪的行為ではないと思います。薬屋の店頭にずらっと並んだスタミナドリンク剤は飲んでも罪になりません。不公平でしょうか?。日本のシューズメーカーが技術力にものをいわせて、日本のマラソン選手専用の高価なシューズを作っても、発展途上国の選手は文句を言えないでしょう。彼らは日本の中学生が履くようなシューズさえ手に入らないのです。私は少しだけへそが曲がっているのですが、飽くまでもこれは仮定の話です。
話は変わります。私は日本建築学会の会員でもあります。ただし、学会の手伝いは何もしてませんし、まして研究や論文の発表をしているわけでもありません。ただ「建築雑誌」(固有名詞)を読みたいだけの会員です。会費は定期購読料と割り切っています。建築雑誌6月号の「特集:建築の情報化」を興味深く読みました。編集者はわざと「情報化」などと曖昧な言葉を使い、論点を大きくぼかして、多様な意見を集めようとしたようです。実に様々な人達の色々な意見が書かれています。大半の人は実に素晴らしい見識を持っていて、敬服させられることが多かったです。特に名古屋市立大学教授の川崎和夫氏のコメントは秀逸でした。ただし、CADやCGに否定的な意見の人は、それ故の不勉強のために、言葉の定義も知らずに見当違いなことを書いているように思いました。
特に、ある著名な建築家が、鉛筆をクルクル回して体で憶えることが大事で、コンピューターを禁止していると明言しているのには驚きました。私の過去の建築人生に於いて、この手の人間は無数にいました。曰く、CADの線は味がないの、生きてないのと文句を言って、時代に取り残された人がいっぱい居ます。それは手法論の問題であって、建築の本質に影響するとすれば、CADはプラス側に働くはずです。陳腐な建築の設計図を味のある線で表現しても、まずい建物しか建たない。
建築設計におけるコンピューター利用はドーピングではない。
96/07/13 小林
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このごろ思うこと(この内容はときどき変わります)
下記は、建設新聞社発行「東北ジャーナル」7月号(7/1発売)のコラム「私の建築観」に掲載の原文です。
「3次元CAD・CGは建築を変えるか」
◆CADを使う事務所もだいぶ増えてきましたね。CADは図面を描く道具で、CG(コンピューターグラフィック)はプレゼンテーションの道具と考えられていますが、3次元のCADというのどうなんでしょうか。
★2次元CADは従来手作業で描いていた図面を効率よく綺麗に描けるようになるだけで、作業の本質は変わらないよね。でも、3次元のCAD・CGはもっと多くの可能性を持っていると思うよ。
◆建物は立体ですからね。
★そうそう、我々は立体を表現する手段として、しようがなく図面という2次元面を使っているはずなのに、模型も作らずに平面立面を描いて一丁上がりという設計者が多いのは困ったもんだ。
◆でも、図面を読んで空間を認識できる能力を持っているのが建築のプロなんじゃないですか。
★確かにそれは重要だが、空間認識は経験則や感覚的なもので十人十色、不確かなものだし、ましてプロではない建築主は困っちゃうよ。3次元CADでは、常に多角的に見え方を検証しながら設計ができる。変形も自由自在、「電子の粘土」と呼ぶ人もいるくらいだからね。CGで材質や色彩の検討だってできる。
◆つまり、図面を描くだけの道具ではないと、
★そう、設計者の思考を助けるデザインツールとして有効だね。より深く、確実に自由な思考の展開が可能になる。このことは、設計手法の変化だけでなく、建築そのものの変質も意味していると思うよ。
◆そこまで言っていいんですか。
★うん、従来は設計者が認識できる空間の範囲で、図形として描ける限界が最終的な建築の形態を制限してしまっていた。3次元CAD・CGはその殻を破ってくれて、自由な発想を得ることができるようになるんだ。エヘン。
◆そういえば、丸い講堂の設計をしたとき、ビームコンパスとドラフターのバーニアを読みながらの作図で、すごく苦労したなあ。でも、施工できないような絵を描いても意味ないんじゃないですか。戯画じゃあ、
★現場でも同じことだよ。私の好きな内井昭蔵氏の近作「大野からくり記念館」では、複雑な木造の寸法を出すのに3次元CADを駆使しているそうだ(日経アーキテクチュア5/20号)。でもね、コンピューター万能などと言うつもりはないよ。計画・デザインは飽くまでも紙と鉛筆でするもので、それを助ける強力な道具が現れたということだ。今日はもう帰っていいよ。
96/06/01 小林
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このごろ思うこと(この内容はときどき変わります)
「牛乳を飲むときのポーズ」
立ちながらにして牛乳を飲むとき、自然と空いた方の手を腰にあてがうポーズになりませんか。私は必ずと言っていいほどそうなります。コーラやビールを飲むときにはないことですし、ずいぶん昔から不思議に思っていました。
昔から不思議と言えば、建築家の職能がなかなか一般の人々に理解されないのも不思議なことです。「啓蒙活動が必要だ」ということは、私が学生の頃には既に言い古されていました。ちなみに「啓蒙」という言葉には、無知・未開の人に教えてやるという傲慢な響きがあるので私は嫌いな言葉です。さらに話をそらしますと、建築家の仕事を理解してもらうには、クライアントを含めて多くの人に設計内容を分かり易く説明する必要があると考えます。生まれて初めて設計図を見る人に、平面図と立面図だけを見せてどんな建物か理解しろと言うのは理不尽なことですし、理解を得られないままに工事を発注してしまうのは犯罪的ですらあります。もっとも、そのような設計者は自分もどんな建物か理解していない(あるいは設計が凡庸か)でしょうから建築家とは呼べないかもしれません。そこで、理解を得るために昔から多用され、かつ最も効果的なものが模型です。模型は単にプレゼンテーションの道具ではなく、むしろ設計そのものの道具としても重要なものですから、設計の過程の中で、ボリュームスタディから完成模型まで様々な模型を造り続けることになります。ところが、模型製作に掛かる労力と時間は大変なものです。さらに、外形はまだしも、実効ある内観模型を造るのはかなり困難なことと言えます。限られた設計予算と期間の中から、図面作成などの必須の作業を差し引くと、残念ながら多くの場合、充分な模型を造る余裕がないのが実状なのです。それではどうしたらいいのでしょうか。この続きは、次回「3次元CGによる建築の進化(建築ドーピング問題)」で述べることにして、
話を牛乳に戻しましょう。牛乳を飲むときには自然と胸を反らすことになります。腰に手ポーズは偉そうなポーズです。それと、脱脂粉乳の給食で育った世代としては牛乳を飲む行為はやはり偉いのです。以上のことを総合しますと、牛乳を飲む→胸を反らす→偉い→腰に手ポーズ→さらに偉い、という相関を得ることができます。如何なものでしょうか。
96/05/09 小林
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