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−春を待ち侘ぶ冬の庭園− 作・演出:齋藤吉正 星組/宝塚バウホール/2002.9 出演:朝澄けい、真飛聖、秋園美緒、叶千佳 ほか レビューの奇才・齋藤氏の手腕が要所要所に光るアクト・レビュー。主演の二人は絵のように美しい。しかしエピソードてんこもりのあらすじと、唐突に挿入されるイメージダンスが、謎が謎を呼んでしまった迷作。 |
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……で済ますと以下の雑感、さっぱり訳が分からなくなるので、簡単にあらすじ(まとまるのか?)。 【第一幕】 第二次大戦前夜、ドイツのヴァリエテ“ヴィンターガルテン”では、パリから拠点を移した「世界の恋人」ジョセフィン・ベーカー(秋園美緒)が目下活躍中。彼女にはかつて共に舞台に立ち、思いを寄せるダンサー・クローゼ(朝澄けい)がいた。彼は5年前モスクワに渡り、バレエダンサーとしてその名を世界に轟かせていた。その彼が5年ぶりにヴィンターガルテンに戻って来た。しかも怪我を負い、ナチス親衛隊に追われる姿で。 窮地のクローゼを救ったのは、同じくナチスのエリート幹部であるクラウス(真飛聖)だった。彼はクローゼのかつての親友であった。 クローゼは世界の命運を握るという“ロマンツェフ・レポート”を手にソビエトを脱出。そのために追われる身の上になっていたのだ。しかも、そのレポートをクローゼの手に託したのは、謎の死を遂げたクラウスの恋人ヒルダ(叶千佳)であった。 ナチスの諜報部員であったヒルダは、レポートをクローゼに手渡した翌日謎の死を遂げていた。クラウスは死の真相を探し求めていたが、それはクローゼにも分からなかった。 ヒルダには瓜二つの双子の姉妹・レオナ(叶千佳・二役)がいた。彼女も以前からクラウスに心を寄せていたが、クラウスの気持ちはヒルダに向けられており、それは彼女が死んだ後も変わらない。 クラウスの心をひきつけようと、レオナは髪を切りナチスに入隊。ヒルダそっくりの姿となってクラウスの前に現れる。心の傷いえぬクラウスは、レオナをヒルダの身代わりとして愛するようになる。 そんな折、ヒルダ殺害の容疑者がクローゼと判明する。クラウスはクローゼの口から真相を聞こうとヴィンターガルテンへ急ぐ。ナチス親衛隊も“ロマンツェフ・レポート”の行方をつかむべく、クローゼ捕縛のため劇場へ無かった。 誤解は話せば分かると言い張るクローゼに、ジョセフィンは「今でなくても、いつか話せる時は来る」と説得。彼を慕うダンスパートナー・カテリーナ(南海まり)と共に、劇場から彼を脱出させる。 (↓以下、ネタバレ。気になる方は読まないで下さい↓) 【第二幕】 逃避行を続けるクローゼとカテリーナ。ただのダンスのパートナーだった二人だが、身を寄せあう毎日から次第に愛情が芽生え、ついには結婚して息子が出来た。 戦火厳しき折、ヴィンターガルテンも閉鎖。劇場支配人(鳴海じゅん)や、ニーナ(涼乃かつき)たちダンサーは国外に亡命していた。しかし、ヴィンターガルテンを愛し、最後まで劇場に留まった振付家のマーサ(美稀千種)が、ナチスにとらえられ獄死。その事件をきっかけに、一日だけの復活興行をうつべく、危険を承知でベルリンに舞い戻る。その興行の知らせを耳にしたクローゼもまた、ベルリンに戻ってくる。 ヴィンターガルテンでクラウスと再会を果たしたクローゼは、ヒルダ殺害を否定。誤解が解けようとした瞬間、レオナが現れクローゼを狙撃した。 「ヒルダを殺したのは私。クラウスは私のものよ!誰にも渡さないわ!」 しかしその後の銃撃戦で、レオナもまた銃弾に倒れてしまう。 唯一生き残ったクローゼは刑務所に服役。クローゼを愛し続けていたジョセフィンは、残されたクローゼの息子トーマ(千琴ひめか)を引き取り養育した。 それから二十余年。刑期を終え出所したクラウスの前に、かつての親友クローゼが現れる。 「父さんの仇!」 それはクローゼ瓜二つに育った、息子トーマだったのだ。トーマはクラウスを狙撃。すべてを悟ったクラウスは、トーマの将来を思って彼を逃がし、薄れゆく意識の中で華やかなヴィンターガルテン、そしてそこで踊る親友・クローゼの姿を見るのだった……。 |
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それはともかくとして。 かつて、歌劇団の某演出家が言った言葉にこういうものがありました。 「作品が良くて、出演者の出来も良い。これは大ヒットする。 作品が悪くて、出演者の出来が良い。これもお客は入る。 しかし作品が良くても出演者がダメだった場合、その作品は失敗する」 この言葉に従うなら、今回のバウは2番目の典型的な例でしょう。生徒がノリにノッてる。朝澄・真飛のコンビはまず出て来るだけで絵になる華と美しさ。でも脚本はその生徒の足をひっぱりかねない、難解なものでした。 まずびっくりしたのは、回想の中に回想が入る、回想入れ子状態。冒頭はクローゼの息子がクラウスの前に現れるシーンで始まり、そこから華やかなりしヴァリエテの時代に回想が飛びます。で、そこからドラマがスタートしたと思いきや、クローゼとクラウスの再会のシーンまでいったところで、さらに回想で学生時代へ。今か昔かクラクラする構成ですが、そのクラクラ感を狙ったとしたら、一応成功ですが。 さらに意味が分からないダンスシーン、イメージシーンの挿入。ミュージカル仕立てである以上イメージシーンを入れてること自体はまったく結構なのですが、それによって観客が困惑してしまっては逆効果です。 例えば、逃避行中のクローゼとカテリーナが心を寄せあうシーン。単なるダンサーコンビだった二人が、心を寄せあい後の二世誕生にまでつながる、いわば伏線の始まりでもあるシーンに、なぜカテリーナの元恋人・ユーリ(の幻想?)が飛び出してきてトリオでアラベスクになるのか。カテリーナはユーリに心を残してたのかと言うと、前後の発言からそうではないみたいだし……。このように「あれっ?あれっ?」と思うシーンが多数登場し、非常に悩みます。 そして、謎を盛り込み過ぎる脚本。謎解きを楽しむための謎ではなく、描き方が大雑把なために生まれた謎の数々が観客を疲れさせるのです。 父をナチスに殺されたはずのクラウスがなぜナチスに入ったの?社会主義国家を引っくり返すほどの力をもったロマンツェフ・レポートって結局何?しかもそれは最後どうなったのよ。そうそう、ジョセフィンほどの人物に育てられたトーマがなんでクラウスを撃っちゃうわけ?だいたいクローゼ撃ったのはクラウスじゃないのに、どこで話がねじれてんの……? 「ヴィンターガルテン99の謎」なんて本が出せそうなくらいです。 てなわけで、観ていて非常に疲れました。脚本の甘い部分を、頭で補完しながら観てたもんで。 ずいぶんボコボコにけなしましたが、見どころが無いわけじゃない。 主題歌が素晴らしい。そしてその主題歌にのせて始まるレビューシーンが素晴らしい。第二次大戦当時のヴァリエテに「マテリアルガール」の曲をもってくるあたり、ミュージカル映画「ムーラン・ルージュ!」で見られたコラージュの手法を感じさせますが、違和感はありません。(ただ、ここになぜカノチカが出てるのか、ひっかかるといえばひっかかる。ヒルダ?レオナ?誰?って感じで) そして全編通して人物描写が甘い中、唯一しっかり描けていたのは、そんちゃん扮するジョセフィン・ベーカーでした。実在の人物とうこともあったのでしょうが、ズバぬけてキャラクターが立ってました。もちろんそんちゃん自信の演技力・表現力、理解力に寄るところも大きいといっておかねばなりません。 その昔、同じく脚本によってクラクラさせられた作品に「螺旋のオルフェ」がありますが、どちらも第二次大戦を題材として描いているのが興味深いです。今、歌劇団で若手と言われる先生方にとっては、第二次世界大戦は近代史ではなく、歴史上の出来事なんでしょう。そこが植田理事とは違うところ。だからこそ、賛否両論はありますが、ハーケンクロイツを単なる記号、単なる小道具として、娘役のファッションなんかに、サラッと使えたのだと思います。
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