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-愛と死の輪舞- 脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ、音楽:シルヴェスター・リーヴァイ オリジナル・プロダクション:ウィーン劇場協会 潤色・演出:小池修一郎、演出:中村一徳 花組/宝塚大劇場/2002.10 出演:春野寿美礼、瀬奈じゅん、大鳥れい ほか 宝塚の“財産”4度目の再演。新しいトップ、新しい演出。新しいトート。役の大きさ・作品の大きさに潰されそうになっていたが、次第に成長をはじめる。 |
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一九世紀、自由かっ達に育ったバイエルン公女エリザベート(大鳥れい)はオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ(樹里咲穂)に見初められる。しかし彼女の美貌は黄泉の帝王・トート(春野寿美礼)さえも魅了していた。皇后の地位についたエリザベートは皇太后(夏美よう)との確執、息子ルドルフ(彩吹真央)の死などから宮廷を離れ、魂の自由を求めて旅を繰り返してゆく……。 エリザベートを暗殺したテロリスト・ルキーニ(瀬奈じゅん)を狂言まわしに、ヨーロッパ随一の美貌と謳われた皇后エリザベートの生涯を、彼女とトート(死)とのラブロマンスという大胆な解釈で描いた大作だ。 トート役の春野はこれが新トップとしての本拠地お披露目。持ち味である涼やかな容姿と深く広がりのある歌声にさらに磨きをかけ、堂々たる主演ぶりを披露。また甘美な誘惑者として新たなトート像を創りあげ、歴代トートの中で最もエリザベートとの間に“愛”を感じさせていた。 エリザベートに扮する大鳥は本作が退団公演。オリジナル脚本家のクンツェ氏が彼女を評した言葉は「ストロング」であったと聞くが、まさに美しく力強い皇后であった。とりわけ年齢を重ねた表現が見事。美しい「老い」を表現できた希有な女役。退団が惜しまれる。 今回の再演からは新曲「私と踊る時」が追加されたのも話題の一つ。死のダンスに誘うトートと、彼を突き放すエリザベート。この力強いデュエットは春野と大鳥がそれぞれの役と見事にシンクロした瞬間で、劇場が心地よい緊張感に包まれた。しかし残念ながらこの場面、前後とのつながりが悪い。素晴らしい曲だけに演出にもうひと工夫が欲しかった。一一月一八日まで。東京公演は二〇〇三年一月二日から。(ライター・山本ちず) |
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しかし、中日近くでは徐々に余裕が出はじめ、それぞれに貫禄・迫力・余裕などを身に付け、格段に見応えが出て来ていたのも忘れられません。 また今回、演出が小池氏の手を離れ、初演時演出補佐だった中村氏に変わったのも注目すべき点のひとつ。トートとエリザベートのラブロマンスにクローズアップしての演出が光りました。
製作発表の扮装写真から、一部では「青いトート」「ブルー・トート」などともいわれた四代目トート。クールでありつつも、パッショネイトな情熱を秘めた、とても魅力的なトートでした。言うなれば青白く燃える炎といった所。 また、ラブソングが似合う甘やかさもあり、エリザベートとのラブロマンスに焦点を当てた演出とあいまって、新しいトート像を作ったと言えます。 歌唱力に定評のあった人ですが、クラシカルな歌い方から、ロック調の声をはりあげる歌い方まで、これほどの表現力をもっていたのかと、はっとさせられっぱなしです。 余談ですがフィナーレの羽根はスポンサーの威光を見たかのような豪華さでした。
しっかりした女役路線を走って来た感のある彼女(途中、幻になったりしましたが)も、宝塚の娘役にとって最高の役ともいえる本作のタイトルロールをもって退団です。劇評でも書きましたが、本役3代目のシシィは、最も力強い皇后となりました。 シシィ役者は劇中14歳から61歳までを演じ抜くことになりますが、大鳥エリザで特に印象深かったのが、野性的なセクシーさすら感じられた少女時代。ダイエットにやつれ、メークも険しく鬼気迫る美しさの放浪時代。そしてとりわけ素晴らしかったのが、息子に先立たれ「喪服の皇后」として悲しみに耐える老年期です。特にトートの愛を受け入れる60代の姿。色みの少ない、華やかさとは無縁のメイクだが、そのナチュラルさがかえって大鳥の内からの輝きを惜しみなく引き出していたように思う。晩年期(のエリザベート)をここまで美しく演じた娘役を私は知りません。
今回、やや若干意外だった人。期待したよりも、存在感が薄いというのが正直な感想です。 フランツ・ヨーゼフというキャラクターは、いままでの上演ではエリザベートを真ん中において、トートと張り合うポジションでしたが、今回は(言葉は悪いのですが)トートの噛ませ犬的存在になっているようです。 ただ、「永遠のすれ違い夫婦」としての伏線、トートとのラブロマンスへの布石とするなら、フランツの存在感、ウェイトというのは、これくらいでもいいのかもしれません。 またエリザベートとすれ違えばすれ違うほど、ルドルフの死を通して一瞬のふれあいを持つ瞬間が心にしみます。悲しみを共有することでやっと夫婦になれたという感が強く出ていました。 フランツ像としては、鷹揚でゆったりと構える“名君”といった雰囲気。 フランツの持ち歌は、樹里さんが得意とするキーよりも低い曲が多く、これもまた大変な役回りでした。それでもかなりお稽古を積んだのか、低いキーにあわせてがんばって歌っていたのが印象的です。
この方も初日見たときは、まだまだ役と葛藤中でした。しかし小さくまとめつつも、時折殻を破ろうとする動きが見えたため、期待をもって後日観劇。かなり成長のあとが見られました。 瀬奈ルキーニはどこか憎めない、かわいらしさがある、愛嬌もの。しかし時折エキセントリックな 表情や発声でドキッとさせられます。 再演ルキーニに求められるのは、狂気性や、「グランド・アモーレ!」等の絶叫の吹っ切れ具合だと思うのですが、その方面も中日ごろからメキメキと頭角を表し、迷いのない大絶叫に背中に悪寒を走らせる
「宮廷ただ一人の男」に男役夏美ようをあて、歌姫がつとめるという前例を覆す新演出。専科・組長クラスの生徒になると、自分の持ち味を生かして組を支えるポジションにあるところを、あえて新たなチャレンジの場を与えるという視点にまずはエールを送りたい。 歴代の「歌姫」ゾフィーたちに比べると確かに歌唱力に不安はあるものの、長年悪役を得意としてきただけあって、まずセリフが明瞭。日を追うごとに緊張がほぐれてきたのか、孫をあやす「ベロベロバァ」のしぐさや、「ゾフィーのサロン」での密談などに笑いをとる余裕も。 声の低いひとなので、高音の発声に不安があるのか、最初は裏声に逃げる場面も時折みられたが、これも後日、声の反転もなんのそのでドドーンとぶつかる度胸の良さをみせてくれました。 とにかく、出るだけで人を投げ飛ばすほどの恐怖オーラを持った人なので、一見の価値はあります。
わずか15分間の出番でしたが、持ち前の歌唱力で駆け抜けました。 トートとのデュエット「闇に広がる」は、初演の一路&香寿の名コンビとならぶ出来。歌える男役二人がその力を歌唱力を拮抗させて観せる、ギリギリの対決。見応え充分です。
死刑囚の母の翔つかさは、高音での台詞まわしを期待され、再演の不利さをモロにくらったような格好。マダムヴォルフの幸美杏奈は、最初品良くまとめてしまい、むしろ親戚役やカフェの客役で出ている場面の方がイキイキしていたが、徐々にテンションがあがり娼館の女将にふさわしくなってきた(いじわるな姑や下品な娼婦といった役所は同性の観客からの注目と期待が大きい役所なのでがんばってほしい)。 初日間も無いころですが、木琴のフライング、マイクの集音ミスなど、スタッフに細かいミスが目立ったのが残念。 公演が進む中で、それぞれの役の理解度・表現力があがるだけでなく、トートの爪の色が変わったり、マデレーネのタイツの種類(無地から網に)が変わったりとビジュアル面での変化も。より上を目指して成長をつづけている作品。
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