【あかねさす紫の花】
作・演出:柴田侑宏  演出・振付:尾上菊之丞
【Cocktail −カクテル−】
作・演出:藤井大介
花組/博多座/2002.8 出演:春野 寿美礼、瀬奈 じゅん、大鳥 れい ほか


 新生花組のお披露目公演は、春野・瀬奈コンビVS大鳥の図式でがっぷり組んだ日本物とチャーリーサヨナラ作品のリニューアル版。特にショーは心の底から爽快に観劇。トップにトラブルがないということは、こんなに晴れやかなものなのか。

【共同通信社 配信原稿】

 暑さの中にも秋の気配を感じる福岡に宝塚歌劇を観る機会を得た。花組公演万葉ロマン「あかねさす紫の花」。大化改新から壬申の乱にわたる激動の時代を動かした中大兄皇子(春野寿美礼)、大海人皇子(瀬奈じゅん)の兄弟と、二人に愛された額田女王(大鳥れい)の三角関係を描く人間ドラマである。昭和51年の初演以後、今回が七年ぶり四度目の再演となる。
 本作より花組の新トップとなった春野は中大兄役。理想の国づくりに燃えるりりしい皇子だ。即位後天智天皇となってからは、悪の道にもあえて突き進む冷酷な強さが備わる。春野の魅力である美しい切れ長の瞳にも、ナイフのような鋭さが宿ってゆく。劇中の額田の台詞「ことの善悪を通り越して私の心に響いてくる」の通りに、ダークヒーロー的魅力にあふれていた。
 中大兄が「力」の人ならば、瀬奈演じる大海人は「愛」の人である。人なつこい笑顔が魅力の瀬奈は、愛あふれる青年として登場。日本を背負って立つ兄を誇らしく愛し、妻である額田を心から愛する。しかし皮肉にも兄は妻を欲し、妻も兄に惹かれる。大海人は自分を支えていた愛に二重に裏切られるのだ。その苦悩と狂乱を瀬奈は体当たりで表現。兄ではなく、玉座に槍を突き立てるという有名なラストシーンに、二人を憎みきれない苦しさがにじみ出ていた。
 中大兄・大海人の二人、ひいては日本の運命をも狂わせる額田。扮する大鳥はその心の動きを等身大で表現し、有名な万葉歌人というよりもリアルな「女」を感じさせた。見どころは三角関係を舞踏で表現するシーン。春野・瀬名両名を相手に堂々とした存在感を示した。娘役がこれほど大きく見えた瞬間も珍しい。
 併演のレビュー・アラモード「カクテル」も再演だが、春野のお披露目用にリニューアル。隅々にまで新生感が満ち、春野−瀬奈の新体制を祝う賛歌として胸に響いた。どちらも去りゆく夏を引き戻すような熱気にあふれた公演だ。八月二十五日まで(ライター・山本ちず)
(了)

【雑感】
 歌舞伎もかかる古典芸能向きの博多座のつくりにマッチした演目。着席したときから万葉ロマンの世界にひきこまれます。レビュー用の大劇場では味わえない醍醐味です。
 さて、その劇場ですが、広さは充分にありながらも、客席と舞台との距離が近く、客席の咳払いもモロに舞台進行にかぶりそうで、客席にもいい緊張感があります。もちろん、それだけ静かに鑑賞しているので、舞台上のちょっとした動きや気配までもびしびし伝わってきます。グー。
 さてストーリーは、万葉時代のファムファタール物語。日本ものというと、まず形があり、白塗りのたおやかな男女がおりなす絵巻物を想像しますが(先の雪組版再演はこのきらいがあった)、今回の花組版は野性味が残る万葉ぶりをアピール。
 一人の女性を兄弟で奪い合い、飽きた妻は家臣に譲り、姉妹二人を同じ男性にとつがせる。現代では考えられないくらい複雑でインモラルな婚姻関係が繰り広げられていた時代です。しばしば「おおらかな古代」と表現されることもありますが、この舞台は複雑な男女関係の中で、人々が力強く息づく人間ドラマとして作り上げていて、見応えがありました。
 何より、出演者の気迫がすばらしい。様式美が優先する日本物でも、さらーと流しちゃいかんのです。
 圧倒的な存在感を放っていたのはやはり額田女王のミドリさん。もっともそのおかげで、オサ・アサをコンビで売り出すというコンセプトもしっかり出ていました。ヤン・ミキの伝説再びというところでしょうか。
  • 春野寿美礼(中大兄皇子)……
     非常に見せ所を心得ている人です。要となる場面でピシリピシリと演技を決めてくれます。それもしつこくならず、なかなか鋭い。この人の容貌にも似たりといったところでしょうか。額田への求愛シーンも、切れ長の目の鋭さがいい感じに影響して、ゾッとするものがあります(この分ならトートも期待大)。しかし、決して額田に無理強いをしているわけではなく。自分に曵かれていることを知っているからこそ、相手の心にズバズバ切り込んでいく。そういう点も恐怖を感じます。
     逆に、そこまで強さを感じさせながらも、額田が自分の懐に飛び込んだ瞬間に見せた、ハッとした表情。ふとした瞬間に帝王の人間らしさがにじみ出て、グッときました。

  • 大鳥れい(額田女王)……
     少女時代から大人の女性までを一人で演じます。当初危惧された少女時代の演技ですが、これも安定した少女ぶりでクリア。娘役は、たいてい少女役から入ってだんだんと大人の役をこなしていくものですが、彼女はまずしっかりした女性像を得意とし、逆にあどけなさを要する芝居は経験が少なかったはず。しかし今回は、少女も演じられる点をアピール。新生花組の誕生にと共に、自らの演技の幅も開拓したようです。また、得意とする成長後の額田では、女の心の動きを細やかに表現。大海人とは心が通じ合う間柄、中大兄とは心が響きあう間柄と、二人どちらとも決められない、女の女たる部分がくっきり浮き彫りになってました。

  • 瀬奈じゅん(大海人皇子)……
     演じ甲斐をもって、役になりきっているのが伝わってきました。特に後半、徐々に狂っていく描写は、全身全霊といってもいいでしょう。この話は中大兄・額田・大海人、どこか一つに寄りかかりすぎると、あっという間につまんない三角関係の話になりかねません。3人の力加減やバランスが均衡でなければ成り立たたない作品です(そこを失敗したのが雪組版)。大海人は唯一自分の気持ちをバーッと発散できる役ですが、かといって一人暴走しているわけでもなく、好感がもてました。

  • 愛音羽麗(天比古)……
     スカイステージトークで、上記お3人が誉めに誉めていた、みわっちです。たしかに台詞回しが明朗で男らしく、安定した歌唱力を誇っています。
     役柄としては腕のいい仏師が、額田の美しさにとらわれ、薪拾いにまで身を落とします。その再登場の場面では、下手からあらわれただけで、その身の境遇、暮らしぶりが伺い知れる演技。
     また後半、菩薩とあこがれる額田が、愛欲に身をまかせる姿を目にし、その姿を移した仏像を壊そうとするほどショックを受けるます。彼の姿をとおして、どんな女でも決して菩薩ではない、エゴもあり、弱さもある、女という生き物であるということを教える難役です。残念ながら決めぜりふ「何のために今日までのたうって生きてきたんだ!」は、やや消化不良気味でしたが(おっかなびっくり言ってる感じがする)、仏像を壊さないという演出では(雪組版はみごとにぶっ壊す)、額田、ひいては女とと決別できない男の弱さをよく表現できていました。

  • 舞風りら(小月)……
     出番はそう多くはないですが、とても印象に残る美味しい役所。初演と再演時には、娘役があたる普通の役でしたが、雪組再演版で星奈優里が演じてブレイク。その後トントン拍子に出世したことから、「これをやったら赤丸急上昇」的な役になっています。さて今回はまさえさん。ゆりさんの小月を参考にしたのでしょうね。でも非常によくはまっていて、いい感じです。ゆりさんもまさえさんも、二人ともバリバリのダンサーなもんで、首筋のあたりがシュウッと綺麗に伸びてるんです。それが結構しどけない小月の衣装をひきたて、ひきたてられしています。不幸な女ですからね、ころころしてちゃ絵になりません。
     またあわれな女ですが、カスカスしてやいけません。その点まさえさんは艶っぽさがあります。以前までの彼女のイメージは「ニコニコスマイルにくるくるダンス(良く動くという意)」でしたが、今回は覆されました。
     また小月の演出も、彼女の人生がより深く掘り下げられるものになっていて、見応え充分でした。

  • ショーの印象……
     大部分は、先に大劇場・東宝劇場でチャーリーが涙ながらに務めようとして、務められなかった作品と同じです。でも驚くほど印象がちがいます。明るい!華やか!新生感ばりばり!そして人数が減ってる分、下級生は役が付いて張り切ってます。上級生も新トップのお披露目で頑張ろう!みたいな気運がありまして、トータルすると、迫力みたいなものがビリビリ感じられます。
     またチャーリー→おさへの主役交代にともなう、細部の書き換え、曲の書きおろしなど、気をつけて見る&聞くと、少々照れるもの(バイオレット・スプーン、すみれ色の愛…etc)が目立つのですが、それを軽やかに、涼やかに披露したおささんの、紳士ぶりはたいしたもの。
     涙ながらにトップを見送った作品ですが、こうして新トップの決意表明&押し出しとし再び見ることができ、心の底から晴れやかな気分にさせて頂きました。


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