その十 番外編:火葬場人間模様

 この番外編は「葬送狂騒曲 その十:火葬場にて」UP前後に寄せられた、火葬場に関するメールを御紹介するおたよりコーナーです。みなさんの、いろいろな火葬場模様と周辺事情を公開していきます。

 ★各項目の最後にあるブルーの文章は、山本のコメントです。

 ◆まだ?!◆NEW!
●6年前、父方の祖父が亡くなった時の話題です。
まぁ、骨が立派だったという話題なんで当然、ガタイのいいジーサンでして、身長が178cmという大男でした。つつがなく告別式も終わり、火葬場で骨の焼き上がりを待っていますと、

「もうすぐ焼き上がります。」
「そーか、もうすぐか。」
「焼き上がりました。」
「おぉ、焼き上がったか。」
「すみません、焼き直します。」
「ナニ!」

 そうです、あまりにも立派だった祖父の骨は芯まですっかり火が通ってなかったのです。
 以前に母方の祖父が無くなった時は神式の葬儀で(天理教なのですが、天理教では 人の死は悲しいことではなく、むしろ生まれ変わるおめでたいことだそうです)葬式は悲しいものではないという思いがあり、ましてや母親の実家である北海道というおおらかな土地で生まれ育った私と弟、

「ワッハッハ、ミディアムかいな」
「おいおい、ちゃんと火ぃ通せよ〜」


とまぁ、2人で爆笑しておりましたがここは岩手県の片田舎(じゃなくてもそうでしょうけど)、大勢の冷ややかな視線を集めてしまったのは言うまでもありません 。ん〜、火加減って難しいですね。
(KOHさん)


----なんとおおらかな!いや、御立派なお祖父様のお骨というべきでしょうか?!しかし、生焼け(失礼!)のお骨って…ちょっと想像できない。

 ◆炉の性能◆
●北海道では冠婚葬祭のしきたりについて、あまり気にしません。棺になんでもいれるのです。
 「三途の川の渡し賃」も、つい5年ほど前(携帯電話が普及してない頃)にはテレフォンカードとか。(最近は携帯電話そものだったりして、ヴォイスワープとかIモードで本人から電話あったら嫌ですね。霊界からのCDMA1とか・・・)
あと、500円玉とか5セントとか、聞いたことあります。
 私の祖母が亡くなった時は、祖母の棺に、眼鏡、造花、財布、入れ歯、ぬいぐるみ、人形、温泉土産なんでも入れた記憶があります。
 おかげで遺骨には7色のカラーがこびりつき、とてもアートな遺骨になったのを覚えています。
(GOKさん)


----本文中で、係の人から「燃えないものは入れないで」と言われたエピソードを受けてのメールです。
 アートなお骨…。見たいような見たくないような…。
 なんというか、北海道はお葬式関係もおおらかだなんという印象をうける話題でした。そんなになんでも燃やして、ダイオキシンは大丈夫なの?とちょっと心配になったりもしますが、焼却場とはケタが違うので大丈夫なんでしょう。たぶん。
●棺の中に燃えないモノは入れないとのことでしたが、祖父の時は結構入れてい たような気がします(カセットテープとか眼鏡とか)。
 骨上げの時に骨にくっついてた記憶もないので、プラスチックでもちゃんと燃えたんじゃないでしょうか?今の炉はきっと性能がいいのでしょう。
(あららさん)


----炉の性能は、購入した各地方自治体によるところが大きいようです。早くから火葬場を建設したところが、旧型を使い続けていたり、ごく最近まで土葬だったという田舎町が、ピッカピカの高性能火葬場を建てて、なに入れてもOKだったり。
 と、いうわけで、次のメールはそんな立て替えで消えていった、火葬場のひとつ。
●岐阜県郡上郡は、十五年ぐらい前まで時代劇によく出てくるような樽の棺桶を使っていました。それを火葬にするんです(桶ごと燃やす)。
 今はたぶん普通の縦長の棺桶だと思います。町で一件、樽の棺桶を燃やせる火葬場が、十五年ぐらい前閉鎖になったからです。
この火葬場というのは、アルプスの少女ハイジのアルムおんじの家にそっくりで、スキー場と隣接しており一見すると火葬場には見えませでした。この火葬場の番をしているのはおじさん二人で、いつも一升瓶を抱えていたそうです。(酒飲み)その火葬場後は現在、キャンプ場になっています。
(NYさん)


----アルムおんじとは、これまた懐かしい。私と同じ世代の人なら、目を閉じなくてもありありと目に浮かぶでしょう、その光景が。景観を壊さない、優しい配慮の火葬場っすね。
 しかし、樽時代の火葬場係員が、一升瓶かかえて…というのも、なかなかのもの。観光スポットみたい。

 ◆炉の裏(内?)側◆
● 私、築炉業の営業をしています。築炉(ちくろ)とは、読んで字の如く炉を造ったり、修理する事です。専ら工業炉関係が多いのですが、希に火葬場の炉(火葬炉)の修理を受注することがあります。
 人間、いつ死ぬかわかりませんので、当然修理中の炉の隣の炉で火葬してるなんて事もありました。
 遺族の方々が悲しんでおられる前で
『カコーン、カコーン』
なんて音をたてての工事は出来ませんので、正面側には黒白幕を綺麗にかけて、工事しているのがわからないようにします。特に、お経をあげているときは、炉の中でじっと息を潜めて待つようにしていました。
 作業中は仕事に専念しているので何も気にならないのですが、じっとしていると、あれこれ気になりだして怖くなって来るんですね。お経が終わる頃には隣の炉から強烈なバーナーの燃焼音が聞こえてきますし。
 炉の中は1人用?なので結構狭く薄暗くて、しかも隣では“死人を焼いている(不躾な言い方ですね)”状況ですから、平然としているほうが尋常じゃないですよね。
「このまま自分の入ってる炉に火がついちゃったらどうしよう」
とか。
(あめおとこさん)


----火葬場の、その炉を作ってらっしゃる会社の方からの情報です。不幸事が待ったがききませんからね。今日は工事中につき、火葬場休み、というわけにもいかないのでしょう。だからといって、稼動している炉のすぐ隣で作業とは…。いやいや、大変なお仕事です。
 ◆名古屋の火葬場事情◆
● 骨上げの時の事ですが、後ろで物凄い音がしたので振り返ると、めちゃんこ大きい掃除機で残りの骨は吸い尽くされていました。デリカシーもなにもないとはこの事ですね〜。

 名古屋の火葬場は評判が悪くて、まだ火がついてるのに、上記の様に勝手に拾うこともあり、そんな目にあった〇クザの方達が火葬場の職員を殴った事も有るそうです(その気持ち、よく分かる)。

 名古屋の火葬場ではバスガイドと見間違うほどの大勢のお姉様達がお揃いのユニホームと笑顔で出迎えてくれます。そして到着するなり
「何々家の方はこちらですよ〜」
と、火葬の窯の前に連れて行かれます。後ろからはガラガラと寝台車にのせられたおじいさんが係の人の手によって続き、
「よっこいしょ〜」
という掛け声とともに、ドーンッと火葬の台の上におじいさんが乗せられ、家族親戚一同『もうちょっと丁寧にしてよ〜』と心の中で思いました。 
 焼き上がった後の、窯のお棺の乗っていた場所って、まっくろ焦げになっているんですが、おじいさんの後は混んでいたために、怪しい白い粉をまいていました。
 たぶん真っ黒こげの所に乗せるのって気分的に悪いからなんじゃないかしら?
(真子さん)


----さすが冠婚葬祭のワンダーランド・名古屋ですね!こりゃすごい。笑顔でお迎え、巨大掃除機、火葬の台を白くするなど、気を使ってるんだけど、気の使い方がちぐはぐな感じがします。これでは、サービスいいのか悪いのか…。
 さて、デリカシーの無い火葬場の処理はまだまだあります。巨大掃除機には負けますが、いずれも相当なものです。
 ◆お骨上げとデリカシー◆
●火葬場でお骨を拾うとき、場所を教えてくれながら拾いますが、親戚一巡して拾い終わった残りは、ちりとりみたいなので、さっさっと骨を取り、骨壺にぎゅーぎゅーに押し込んでたのを見たときは、気分的に息苦しくなりました。
(わちゃんさん)


●焼き場でのこと。祖父が亡くなりお骨拾いになったとき運ばれてきた骨はステンレス製の簡単なお盆の上でした。
 悲しみにくれている遺族の前で、拾いきれなくなった粉のような遺骨を、「バンバン」と払いながら骨つぼに入れてる様は、慣れたこととはいえショックでした。自分もいずれ、あんなことされるんなら、マジで海に蒔いてほしいと思ったもんです。
(高畠達樹さん)


----まさしく。お骨は遺族にとっては自分の血と肉を分けた人の、究極形なわけですから。
 と、火葬場のお役所体質非難をやっているところに、ものすごいメールが届きました。アンケートの記入項目からなんですけど。こりゃすごい。
 火葬場の「素人さん手出し無用」も、ここまでやってたか!というお話です。
●ワタクシの母方の祖母が亡くなった時のこと。母の実家は福島の隅っこにあるちんまりとした町でしたから、火葬場なども山奥へ延々30分ほど入ったところにありました。写真や、線香台などを置くスペースも無く、2つばかりある赤錆にまみれた釜の前に一族郎党立たされて涙の火入れです。
 そして、まるで廃屋と化した工場のような火葬場の、たった独りの管理人はいみじくも言ったのでした。
「んじゃっ、骨上げは3日後だな。」
その火葬場は廃屋然とした外見にふさわしく、高熱炉などはございません。
 で、薪!薪に新聞紙の火だねで着火してゆっくりと、じっくりと焼き上げていくという悠長なものだったのです。そりゃ3日くらいかかるでしょうとも。

 3日後、骨上げいってみると、じっくりこんがり焼かれたお骨は、ほとんどが灰となり、わずかに形が残ったのは骨盤と頭蓋骨ぐらい。
 そのわずかにのこったお骨をしずしずと運んできた管理人は遺族にお骨拾いをさせるわけでもなく、ひっつかんだ箸でいきなり骨壷に投げ入れ出したのでした。
 しかも、入りきらない大きさのお骨は
「きえっ!きえぇぇぇっ!」
と、奇声を張り上げ、箸でじゃがじゃが突っつき崩してしまう有様
 遺族はなすすべも無く、管理人による骨上げを、あっけに取られて見つめるだけでした。

 そして、最後の仕上げに華々しく登場したモノはざるでした。
 燃え尽きた灰をざるにすくい上げては、まるで小麦粉をふるいにかけるがごとく、しゃかしゃかとゆすり、一緒に入れてあげためがね、硬貨、金冠などをひとつひとつ取り出していったのでした。
 火葬場の天井まである大きな扉が寒空なのに開け放たれている理由がわかりました。ふるうたびに、もうもうたる白煙がたち、外からの風がそれを空へとさらって行くのです。冬の高い空にきらきら舞い上がる祖母の骨(粉?)…。

 呆然自失の遺族の目前で管理人は、楽しげに嬉しげに作業を進めます。
 やがて5〜6回も振るったかと思うと、彼はまたしても先ほどの奇声をはなち、外へ駆け出すと、狂ったように自分の上着をはたきまくったのでした。
「うぉぉぉ!きえぇぇぇ!!!」
まるで何かにまとわり付かれるのを振り払うように、爪先立ち、腕を大きく振り回し、さながらバレリーナのように踊り狂う彼に、親戚一同の肩はひくひくと打ち震え、顔は笑うまいとする凄まじい努力に、大きく歪んでおりました。
 しかし、死ぬ気でこらえた笑いも、帰りのマイクロバスでは我慢できず、おじさんも、おばさんも、イトコのみんなも涙を流して笑い倒したのでした。

 そして5年後。今度は祖父のお葬式で再び火葬場を訪れたのですが、以前の廃屋もどこへやら、近代的で明るい斎場。火を入れて、帰路へつこうとする親族に、パリっとした制服をきた係員は、戸惑いつつ声をかけてきました。
「あの・・・あと1時間ほどで焼きあがりますが・・・?」
(hiyoriさん)


----薪で燃やす炉に、奇声を発する管理人…。そしてお骨上げというにはあまりにワイルドなその手法。
 このメールは、上の「炉の性能」のところで御紹介しようかとも思ったのですが、やはり骨上げにまつわるデリカシーという点で、ぶっちぎりのハイテンションをみせつけてくれたので、こちらのコーナーに収録しました。
 うむー、コメント難しいぞ。ここまでされちゃうと、遺族の心証をうんぬん言えるレベルではないっすね。もはや。
 薪ですよ!ざるですよ!ほんでもって、自分の体につくのを、(それこそ)死ぬ程いやがってるわけですよ。ここまで管理人に自己主張されては、遺族としても何も言えません(「お骨を大事にあつかえ」とか「骨上げさせろ」とか…)。管理人さんの独り舞台。火葬場は劇場・主役は管理人、ですよ。

 ◆お骨を見て…◆
●火葬場で初めて骨を見たとき、あんまり小さくなったので驚きました。それまでは、理科室の標本の骸骨みたいになるかと思っていたので。
(ayaranさん)

●外科やの、歯科やのお医者さんの親戚が多い一族です。いきなり葬式の後のお食事の席で、外科の親戚が骨壺開いて
「これが頸椎の何番目の骨で、仏さんが座っているみたいに見える骨だ」
と親族に回覧したのには、びっくり。
(にわこさん)

●亡くなった祖母は寝たきりでした。火葬場のおじさんが骨の状態をみて
「最後まで意識のはっきりしていた人でしたね。
 足が弱っていましたね
と言ったのが忘れられません。分かるんですね。
(ナカムラさん)

● ストレッチャーに乗せられて、母の骨が運ばれて来た時、涙する方がいる中、その担当者氏は開口一番
「いや〜、りっぱな骨ですねえ。
 女性の方は普通あまり残らない
もんなんですけどねえ。」
と、骨を誉めちぎってくれました。骨そしょう症の検査じゃあるまいし、火葬場で骨を誉められても、どうリアクションしたものか、困ってしまいました(笑)

 骨壷はSMLといくつかサイズがありましたが、せっかく「りっぱな骨」が残ったのに、骨壷で窮屈なのは可哀想とも思い、Lサイズでお願いしました。

 いよいよ骨を拾うことになりました。すると、担当者氏、今度はいちいち
「これが○○骨です。ちょうど、この辺の骨です」
と自分の身体を指し示しながら、解説してくれて、一同理科室での実験のように、
「へーこんな形してんのねー」
と、覗きこんでは、感心する始末。悲しみもへったくれもなく、拾っていきました。

 私が骨を収める順番についてたずねたところ、足の方から入れていき、最後に頭蓋骨と、天と地が逆にならないように、骨壷のなかで仏が座っていられるようにするように言われました。この解説の元、
「これは、右?」
「いや、こっちが上だよ」

と一同真剣に、仏を座らせるべく、慎重に骨を収めて、まるで立体ジグソーパズル

 一通り拾い終わると、残った細かい部分と灰のすべては、くだんの担当者氏が、小さいサイズのほうきと塵取りできれいに集め、頭蓋骨の上から、ざらざらと入れていきました。というわけで、ストレッチャーの上にあった、灰はすべて、骨壷に収まりました。関西の場合、残った部分はどうするんですか?

 余談ですが、関東の場合、すべてを骨壷に収める習慣のため、ガタイのいい仏の場合は、Lサイズの骨壷でも収まらないことがあるそうです。そういう時は、あらかじめ、特注サイズの骨壷を用意するか、それがない場合は細かく砕いて、とにかく詰めこむらしいです。

 親戚の話では、私の大叔父にあたる人物で、ガタイのいい人がいたらしいのですが、その人の時は、どうしても頭蓋骨が入らず、
ばきばきとむりやり蓋をした
ということです。
 いまでは、
「あの人は、昔ラグビーやってて、兵隊に行くときも甲種合格で、
 太平洋沖で乗っていた戦艦が沈んだときも、
 四日間泳いで千葉の海に自力でたどりついた人だったから、
 骨もりっぱだったのねえ」
と親戚の間では、りっぱな武勇伝になっています(笑)
(RIKIさん)


----うちの地方では、くだんのような掃除機やちりとりはありませんでしたねー。
 関西限定じゃないと思いますが、持ち帰れず残ったお骨(の粉)や、どうしても火葬場から出てしまう粉などは、ひとところに集められて、それなりに供養されているようです。
 そういったお骨をひきうけているお寺は、人にいい印象を与えないせいか、あまり公表したがりません。
 しかし、長生きした方の骨は、失礼ですが、そんなに食料事情のいい時代のお生まれとも思えないのに、非常にガッチリしていることが多いですよね。
 この「四日間泳いで」千葉の海岸、という猛者は、さすがというか。当然といいますか。他にも…
●父は50代でしたので、骨が重くて箸から転げ落ちそうでした。大きめの骨壷だったので、無事入りました。祖父の時は、小さめの骨壷だったのですが、火葬場のオジサンが風変わりな木の棒でメリメリッと押しこんでくれました。
(ayaranさん)

●叔父は50で、ガンで亡くなったのですが、骨が砕けずに骨格標本のように綺麗に残りました
 骨壷に収まりきらず、火葬場の人と親族とで思わず苦笑したのを覚えています。
「ああ、最後まで身を張った笑いを、、、」
と、生前身を張って周囲の笑いを取ってきた叔父の人柄を、思い起こしています。
(布熊さん)


----等々、骨壷に納めるのが大変だった、という方、けっこういらっしゃいます(うちもだけど)。

 最近の骨壷はサイズだけでなく、色や素材もいろいろなものが出回り始めていますから、とことん凝ってみるのもポリシーですね。
 骨壷をお墓に納める話については、また後程。

※このコラムでは、お葬式に関するみなさまのご意見・体験談などを募集しています。
 ウチの地方ではこんなお葬式のしきたりがある!ウチの葬式でこんなことがあった!自分ならこんな葬式で逝きたい!など、お葬式に関することなら、どんなことでも結構です。どんどんメールでお寄せください。お待ちしています。

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Chizu Yamamoto
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