全国風習選手権!

 いつも「葬送狂騒曲」コーナーへのメールありがとうございます。
 ここではいただいたメールと、平成12年2月〜3月に実施したアンケートの結果の中から、めずらしい御当地儀式・風習を取り出して、比較してみよう!というコーナーです。

★CONTENTS★
【長寿を祝う地方】
【回転巨大数珠】
【回る回る】
【え?先に火葬?!】
【うちは土葬だ!】
【ちょと前まで土葬だった!】
【ゴージャス死亡広告】
【(お)寂しお見舞い】
【その他いろいろ!】 NEW!


【長寿を祝う地方】
■地域 : 島根県 と 台湾
□情報提供者 : 中尾さん


 私は台湾人のダーリンと結婚してここ台湾在住4年めです。
 台湾の葬式といったら、御堂筋パレードさながらのにぎやかさです。花車が何 台も連なり、ラッパや太鼓の生バンドが軽トラの荷台にぎゅーぎゅーに座りちん どんやのような物悲しげなメロディーを奏でます。
 日本の演歌も葬式の音楽として演奏されてます。「女の出船」とか「昭和枯れすすき」とか。

 80歳以上の人が亡くなったときは赤のテーブルクロス(中国文化圏では赤はめでたい色です)を敷いて親族、友人が集まり長寿のお祝いをします。
 私の実家の母によると、母の実家島根のほうでも長生きした人の葬式は赤飯を炊いてお祝いするとのことでした。

■地域 : 静岡県御殿場
□情報提供者 : EBIさん


 長寿の方(85歳以上位だと思います)のお葬式では、香典返しの封書の中に、赤と白の紐をつけた五円玉が入っています。
 子どもの頃、お金が入っているだけで、「うわぁ」なんておもって、どこの誰 のお葬式だかも知らずに喜んでた記憶があります。

■地域 : 福井県鯖江市舟枝町
□情報提供者 :  加藤 宙さん


   今年の11月に母方の祖父が他界したのですが、その葬式の時、香典と引き替 えで渡すものの中に、赤飯がありました。
 普通の赤飯と比べ、非常に薄い色なのが特徴でした。島根の方と同じく、「長 寿のお祝い」の意味が込められているらしく、本当は80歳以上の人の葬式で出 すのが風習らしいのです。
 しかし祖父は76歳でした。「十分80歳に近い」という理由で、出すことに なったのだと思います。このような風習は、微妙なラインでの攻防を繰り返しつ つインフレしていくものなのかなと感じました。
 なお、私の母の実家は福井県鯖江市舟枝町で、浄土真宗です。
 距離的に近い(車で15分程度)福井県鯖江市平井町の父の実家(法華宗)では、 5年ほど前に祖父が86歳で他界したのですが、赤飯は配りませんでしたので、 非常に狭い範囲の風習かもしれません。

【回転巨大数珠】
■地域 : 長野県
□情報提供者 : しーちゃんさん


 宗派は浄土宗。そこで、一度だけ見た事も聞いた事もない慣わしを行いました。
 メンバーは親戚一同。場所は父の実家の居間。
 必須アイテムはピンポン玉よりちょっと大きいくらいの数珠玉を繋げた、かなりでっか〜い数珠。居間でみんなで輪になり、数珠をみんなで持ち、それを回しながら
「な〜むあ〜みだ〜ぶな〜むあ〜みだ〜ぶ・・・」
こんなん、これ一回きりです。何処にでもある風習とは思えません。


■地域 : 滋賀県南部の甲賀郡
□情報提供者 : Mr.Spockさん


 巨大数珠ですが、私の祖母の葬儀のときに遭遇致しました。
 もうかれこれ20年近く前になります。
 ただ、経文ではなく御詠歌だと聞かされましたが…
 御詠歌を歌いながら、10Mはあろうかと思われる数珠を15人くらいの車座になった老婆が廻してゆきます。


■地域 : 愛知県 海部郡蟹江町
□情報提供者 : RIKIさん


ずずくり(漢字はわかりません)といいます。
夫の実家でのことですが、お通夜のあと、近所の人があつまって、遺体を囲んで座り、お経を上げながら、大きな数珠を手で送りながら、108周まわすという風習があります。
あと、葬儀のあと、お花をみんな持ちかえっていました。関東では縁起が悪いので、もらわないんですけど・・・。


■地域 : 愛知県 岡崎市
□情報提供者 : 水谷 誠さん


 数年前、上司のお父さんが亡くなったとき、「百万遍」というものをやらされました。
 直径2メートルくらいの大きな数珠をお坊さんがお経を読んでいる間、何人かでそれを回すんです。禅宗の作法らしいんですが、疲れました。


【回る回る】
■地域 : 高知県 須崎市
□情報提供者 : 酔たん坊ヒロシさん


 お棺を中心におき、お経を聞きながら親族が3回クルクルまわる。
 縄でウマのようなものをつくり葬儀のあとそれをまたいで家に入る(魔よけらしい)。

■地域 : ?
□情報提供者 : ricaさん


 ばーちゃんの葬式の時、近所のばーちゃんの集団が来て念仏をとなえながら、遺体の周りをぐるぐると輪になって回った。
 後できくとどうやらうちのばーちゃんは、念仏ダンシングチームのご意見番だったらしい。

■地域 : 宮城県のいなか
□情報提供者 : ちだあゆみさん


義オトートの墓埋め。 何だか知らないけど、葬列組んでお墓のある山の周りを三回半回った。
当時私は長男の嫁!ビリッケツだったから二回半しか回れず、一人でやり直しさせられました…。

【え?先に火葬?!】
■地域 : 青森県 弘前市
□情報提供者 : makiさん


死亡→帰宅→納棺→線香寝ずの番→出棺→火葬→通夜→葬儀→法要→埋骨
の順で葬儀が執り行われる。
 通夜には既に遺骨となっていて、知らせを受けた人だけが最後のお顔を拝見できる。葬儀法要を執り行い、雪が積もってなければ埋骨。雪の季節はお寺に遺骨を預かっていただきます。預かるタイミングは初七日。春になったら埋骨します。上京し、友人のお母様の通夜に出た時に棺がある事にびっくり。。。。弘前が変わっているということに、その後気づいた。


■地域 : 北海道 函館市
□情報提供者 : 321さん


函館に限らないと思うが、遺体は通夜の前に焼いてしまうのは驚いた。通夜の席で「どうぞ顔を見てやってください」というシーンはあり得ない。それじゃ遺体を見守るという「通夜」も,遺体と別れを告げるという「告別式」も意味ないじゃん,と今でも思っている私は千葉出身。


■地域 : 新潟県 新発田市
□情報提供者 : ricaさん


告別式は、焼いた後にします。なのでこちら(私は横浜)の感覚で「告別式12:00」の案内を間に受けて、12:00頃、出向くと「最後のお別れにお顔を・・・」ということは出来ません。


【うちは土葬だ!】
■地域 : 茨城県 関城町 NEW!
□情報提供者 : もつさん


10年以上前の話ですが、16歳の従兄弟が亡くなりました。当時その地域は土葬だったのですが、特筆すべきは出棺の時。

家の中から棺桶を運び出すタイミングで、親族がお金や駄菓子を棺桶に向けて投げるのです。相当な量を一気に、です。

お金は硬貨が中心ですが、お札も結構な数が混ざっていた記憶があります。それを小学生位の子供が一心不乱に拾いまくる、というかなり?な風習がありました。

関東には家を新築するときに屋根から餅をまく風習が所々ありますが、お葬式でまくのをみたのはそのときが初めてでした。当時僕は高校生でしたが、
「うわ〜あの飛んでった一万円拾いてぇ〜!」
とか不謹慎にも思ってしまいました。
ちなみに棺桶の上に乗っかったお金やお菓子は土葬の為の土を掘った人達で分ける決まりになっているそうです。

そのとき感じた事は、「土葬って優しい」という事でした。
つい昨日おとといまで生きてた従兄弟が、焼かれる所を見ないで済んだ。と思ったのです。当時僕は高校生なりの死生観で
「あ〜土葬って優しいなぁ、火葬ってなんか厳しいなぁ」 と思っていました。


■地域 : 滋賀県南部の甲賀郡
□情報提供者 : Mr.Spockさん


 まだ土葬の風習が残っております。
 新たに埋葬するときは、墓地の地図があり、埋葬者、年月日、埋葬場所が記入されます。

「この場所はもう**年経ったからそろそろ良いだろ
「そうだな、もう墓標(木製)も朽ちて無くなってる事だし…」

てな感じで、埋葬場所を決めて行きます。
 祖父の葬儀のときは、頭蓋骨が出てきました。

「おぉ、連れが居て寂しくないだろう。」

なんて言いながら、埋葬したのを記憶しています。

□情報提供者 : ちゃろさん

 前日とかに親戚の男の人たちがスコップで掘るんです。
 大変そうですよ。人骨が出てくるし。
 雨の日は最悪のようです。

 ちなみに、墓場まで自宅から人手で運びます。
 位牌とか遺影は良いのですが、1mはある花筒や棺おけは大変です。


■地域 : 長野県 飯田市
□情報提供者 : NYさん


 田舎の葬式は飲み食いに始まり飲み食いに終わる…。
 そんな宴が二日間続いた後、祖母は生々しく土の下に眠すのですが、まず、親戚一同で棺桶を担いで町内を回ります。
 昔は町内一周したそうですけど、今じゃそこまでやってられないみたいでそれなりに回って、坂の上のお墓にみんなで埋めにいきました。


【ちょと前まで土葬だった!】
■地域 : 香川県 丸亀市広島町
□情報提供者 : Poohさん


広島町というのは、瀬戸内海に浮かぶ島のひとつです。
本土(香川県の島ではないところ)は火葬なのですが、島ではいまだに土葬です。

■地域 : 福島県 南会津郡栗生沢
□情報提供者 : ulutolaさん


ちょっと前まで土葬をしていた。

■地域 : 岩手県 浄法寺?
□情報提供者 : 漆田恵司さん


以前、 たしか土葬だった様な気がした

■地域 : 山梨県 韮崎市穴山町
□情報提供者 : あめおとこさんさん


叔父の義父の葬儀の時、黒白幕ではなく青白幕の葬式でした。(神前式?) また、仏教ではないのでお坊さんではなく、神主さんがおり、お経はありませんでした。お焼香の前に柏手を打つとか、なにか歌を歌った記憶があります。土葬だったはずです。今は認められてないと思いますが。

■地域 : 岐阜県 山県郡伊自良村
□情報提供者 : 熊崎さん


私は1994年に岐阜県山県郡伊自良村にマイホームを建て引っ越してきました。  引っ越してきてすぐに近所でお葬式がありました。同じ部落だったのでお手伝いをしたのですが、なんとこの村は土葬でした。(当一昨年郡内共同の火葬場がきてからは、今のところ土葬はありません。)

 部落の共同墓地というのが山のふもとにあります。共同墓地といっても区画整理されているわけではなく、そこら辺に木の墓標が適当に立っています。周りは木々に囲まれて一日中薄暗く、ゲゲゲの鬼太郎にでてきそうないかにもといった雰囲気です。
 そこで、地の人が
「ここらへん掘るかー」
と適当に場所を決めて穴を掘り出すのです。家人には全く了解を得ません。
 古い墓標は朽ち果ててしまうため、どこに誰が埋まっているか全くわからない状況で、
「何か出てきたらどうすんだよー」
と思っているところへ追い討ちをかけるように
時々骨が出てくるよ。今掘ってるところは、
 地面がやわらかいでなんか出てくるぞー」
と脅かすのです。

【ゴージャス死亡広告】
■地域 : 高知県 土佐山田町
□情報提供者 : まじょさん


一般人でも新聞に死亡広告を出します。喪主を筆頭に、喪主の妻,喪主の兄弟,その配偶者まで、ずらずら名前が並びます。父が喪主だったので、その新聞を持ってきましたが、えらくなったよう気がしました。

■地域 : 沖縄県
□情報提供者 : 布熊さん


 沖縄で朝刊を買ってぶったまげたのは「死亡広告」。
 死亡広告って、有名人や著名人や偉い人が出すくらいですが、沖縄では
「このひとどう見ても普通のおじいちゃんだよなあ」
みたいな人でもでてくる。

 しかも、死亡広告って、名前が出てくるのは喪主とか、葬儀委員長と称する会社の現社長とかだけで、あとの親族は「親戚一同」ですよね。

 しかし沖縄は違ったんです。
 故人の子供全員、その妻、孫、故人の兄弟、続々と名前が連名で出てくる。しかも親戚なんかも沖縄県内だけじゃなく「在大阪」「在東京」「在横浜」など国内各地から、果ては「在アルゼンチン」「在ペルー」(沖縄の方は南米に移民された方が多いのです)など世界各地からゾクゾクと親族が連名で故人の死亡広告に名を連ねます。

 さらには町内会長、友人代表(しかも「代表」してるくせに何人もの連名)など、関東じゃ考えられん光景が紙面に展開されておりました。

 死亡広告欄も関東じゃ下のほうにちょこっと出るだけですが、当然沖縄じゃこれだけ連名になるもんだから、欄も当然でかくなり、見開き一面どどんと「死亡広告面」になっております。
 沖縄在住の友人に現地でその話をしたところ

「昔、どこだかの偉いさんが亡くなった時は
 見開き一面その人の死亡広告だった」


「沖縄には琉球新報と沖縄タイムスという2紙があるけど、
 死亡広告で競争がある。なにしろ広告収入が馬鹿にならない」

などなど、もうカルチャーショックの連続でした。
 あれだけ死後もがんがんやってもらえるなら、僕も沖縄に移住してしまおうか と本気で考えるほどの衝撃でした。

■地域 : 北海道 檜山郡江差町
□情報提供者 : ゆりさん


この町では死亡広告と言えば、“チラシ”なのです。

死人が出ると葬儀会社が印刷所に手配して、白い紙に黒枠の死亡広告チラシを作り、新聞に折り込むのです(新聞の死亡広告とダブルで出してる方もいます)。
人口1万人ちょっとの小さな町ですからこういう事が可能なのかもしれませんが・・・

北海道の中で、あちこち10回くらい引越ししていますが、死亡チラシは実家以外では見たことありません

【(お)寂しお見舞い】
■お寂見舞い
■地域 : 愛知県の南西部、三重県との県境に近い地域
□情報提供者 : 田口薫さん


 お通夜にきていただいた方が持っていらしたのが「香典」ではなく「お寂しお見舞い」と称する「饅頭」やら「和菓子」やら(香典を辞退していた、というのも関係しているようです)。

 お通夜が終わってみれば使いきれるはずもないほどの量のお菓子の山!!皆さ ん大体10個入りぐらいの菓子折りを持ってきてくださったのですが、手つかず のお菓子の箱が30箱ほど残っていたのを記憶しております。

■お寂見舞い
■地域 : 愛知県 岡崎市
□情報提供者 : 水谷さん


 愛知県の南西部の方が書いていた酒なしのお通夜、これは初めて聞きました。 結構 友人・知り合いもいるのですが、そんなお通夜は聞いたことがない。
 お寂見舞いは私が住んでいる岡崎市でもちゃんとあります。饅頭なんかを持っ てくるんですよね。ただここいら辺りは香典もしっかり持っていくみたいです が。

■お寂しお見舞い
■地域 : ?
□情報提供者 : Poohさん


 私がしらなかっただけかもしれませんが、通夜の時にお寂し見舞いと称して饅頭などを持ってこられる方がいました。またそのお返しとして、そうめんを渡していたのにはぶったまげました。

■さみし見舞い
■地域 : 長野県 飯田
□情報提供者 : NYさん


 「さみし見舞い」と言います。「お」はつきません。
 葬儀が終わって何日かして・・家の人が寂しいだろうという理由で近所の人が大量に残らず全部やってきて(近所の人のみ親戚は関係ない)、ひたすら飲み食いをする風習です。
 近所の人は手ぶらできます。家族は残る力をすべて使っておもてなしをするのです。確かにこれでは、死んだ人を忍んで寂しがっている暇はありません。
 豪華な料理とたっぷりの酒でもてなさないと、50年は近所中の噂になるらしいです。

■さみし見舞い
■地域 : 名古屋&知多半島一帯
□情報提供者 : NYさん


 ここでも「さみし見舞い」というのがありました。 お通夜とお葬式両方に出る場合、お通夜の時は手ぶらでは何だから・・ということで御菓子を持って行くのです。お通夜だけでる時はお金を持っていくだけです。
 和菓子屋でも洋菓子屋でも
「さみし見舞いでお願いします。」
というと
「さみし見舞い・だれだれ」
と書いてくれたのし紙をつけてくれるほど一般的なので、不思議に思ったことはなかったんですよ。
 で、お通夜が終わった後にこの御菓子で、お茶を飲んで故人の話をしようというわけです。お通夜のお参りが終わって帰ろうとすると
「お茶を飲んでいきませんか」
などと呼び止められたりします。
 高校生の時、友達のお父さんが亡くなってみんなでお通夜に行った時は、親戚の方が甘酒などを外で作っていて全員に振るまってくれました。まあ、少しでも遺族の悲しみをやわらげようという風習ではあるらしいです。

【その他いろいろ!】
■お風呂に入れない NEW!
■地域 : 釜石市
□情報提供者 : eitoさん


釜石市では、喪家の方は葬儀が終るまで2〜3日の期間お風呂に入らないそうです。
理由はわかりません。夏場は最悪だそうです。

■テントの冬料金 NEW!
■地域 : 豪雪地帯
□情報提供者 : eitoさん


葬儀社サンに伺った話です。 豪雪地帯では、テントの設営料に夏料金と冬料金があるそうです。
通夜の際にテントを張ったのをそのままにしておくと雪でつぶされるので、その都度設営し直すからだそうです。

■四番目と九番目 NEW!
■地域 : 埼玉県桶川市
□情報提供者 : YKPoohさん


 祖父が亡くなって早8年。菩提寺であるお寺(浄土真宗東本願寺大谷派)からお墓を分けてもいい、と有り難いお話がありました。
 細かい方角やらはわかりませんが、とてもロケーションのいいところでさぞかし祖父母も落ち着けることだろうと二つ返事でお願いしましたが、一列に並ぶ形のそのお墓の中で、入口から数えても中程の通路から数えても“9番目”なのです。
 以前に別の石屋さんから
「端から4番目(死)、9番目(苦)というのは避ける人が多い」
と聞いたことがあって、父は9番目にどなたかが建てた後にすると決めました。
 知ってしまった以上、ナニかあったときに
「アレのせいではないか…?」
とは思いたくないという気持ちのようでした。

 ただ、ご住職としてはあくまでも
「この宗派は数字などにはこだわらない宗派だ」
とはおっしゃっていたそうです。

■お骨は混ぜる
■地域 : 岐阜県大垣市
□情報提供者 : NYさん


 母によると、焼いて出てくる時、普通はそのまま残ってなくて、灰の中に紛れた骨を拾うんだとか。
 母は、焼き場の係りの人が焼き終わったらよく混ぜて人間の形を残さないんだと言っていましたが・・そんなもんなんでしょうか?
 それはさておき、とにかくそのまま生々しく残っている骨を血縁の濃い順から一つずつバラバラにしていくというのが古くからの伝統なんだとか。

■案内焼香人
■地域 : 尾張地方
□情報提供者 : 海田さん


 一般に焼香順は、喪主、親族、来賓、一般……
となると思うのですが、うちはまず、「案内焼香人」が焼香をしたあと、来賓、喪主、親族、一般の焼香順でした。
 しかも、「案内焼香人」は一昔前まで、喪主と同じ服装でした(さすがに父のと きは礼服でしたが)。

■喪主の服装 NEW!
■地域 : 尾張地方
□情報提供者 : 海田さん


 喪主並びに故人の配偶者は白装束ですが、喪主の白装束は、江戸時代の大名とか が着ていたような服(着物の上に肩がつっぱった襟。羽織?)(※注)みたいなのがつけて、 袴をはく)でした。

 仕事の関係上、愛知県並びに北陸地方の葬儀に数多く出席しましたが、こんなのは 初めてで、会社関係の方が弔問に来たときは、少々恥かしかったです。
 でも、一番恥かしかったのは、喪主である義兄だったかもしれません。

(※管理人注:裃(かみしも)のことだと思われます。昔の侍装束で、地方の祭礼などで、まだ残っているところがあります。)

■歌い回る通夜
■地域 : 富山県 新湊市
□情報提供者 : まちゃみさん


お通夜の日には町内の子供が集まり、歌を歌って町内を練り歩きます。
歌の中身は

○○(町名が入る)の□□(家の名前が入る)
 おこやけで(お通夜だから)
 まいにきて(御参りにきて)
 くだはれま(下さいな)


そのうちお坊さんがやってくるので

ごぼはん(お坊さんが)
 いらはったけで(いらっしゃったので)
 まいにきて
 くだはれま


に変わります。

歌い終わるとお菓子とおこずかいがもらえて、子供にとってはちょっとしたバイト気分でした。

■とにかく参列 NEW!
■地域 : 愛知県 名古屋市
□情報提供者 : NYさん

結婚して名古屋の下町にきて二年目。隣の隣に住む一家のおばあさまの葬式に出ました。
実は・・私はこの方をしらんのです。この一家の事も全くしらんのです。
別に普通のご家族なのですが、道でも会ったことがない。
それでも前の家の方が誘いにきてくれたので、それらしく出かけました。
引っ越してきたばかりで私が知らないだけかと思ったら、近所の人が誰もその家の事をしらんのです。
 私の住んでいる所は名古屋のはずれの下町。昔は濃い人間関係が形成されていただろうしきたり。そのしきたりだけが残っていて、人間関係は今時の都会と同じ。
でも葬式の時はそれなりに出てきてくれるので
「人情未だすたれず」
と思ったら
「こういうのに出ておかないと
 後で何を言われるかわからないから
と言う人ばっかり(誰が何を言うの?)。
 こんなに見知らぬ人に形だけ盛大に、冥福を祈ってもらうのって……。一体葬式ってなんなんだ。なくなったおばあちゃんも困っていることでしょう。

■お経の長さ
■地域 : 愛媛県 岩城村
□情報提供者 : オカノさん


お経が長い、病死で30分,事故死で45分ぐらい掛かる。

■みんなで火葬場まで
■地域 : 青森県 弘前市
□情報提供者 : makiさん


火葬場まではマイクロバスをチャーターするのが一般的ですが、こちらは葬儀を出す家の経済状況。全てお金ですっ。

■通夜ぶるまいが無い
■地域 : 青森県 弘前市
□情報提供者 : makiさん


通夜では、来ていただいた方には香典返しとジュース、ビールを袋に詰めて渡します。もてなしはありません。秋田、東京と移り住み、葬儀に出席の時はもてなされてきたので、ちょっと拍子抜けと同時に遺族側としては、これほど楽なものはないのかも。

■みんなで幽霊?!
■地域 : 山口県 柳井市
□情報提供者 : ひさこさん


20年以上まえに母方の祖父がなくなったとき。出棺し、霊柩車がある場所まで運ぶ時、その列に参加する人たちは三角巾(よく幽霊がかぶってるアレ)をしていたのを覚えてます。しかし、今年、配偶者である祖母の時には三角巾をしませんでした。これも時の流れなのかな〜なんてしみじみ思いました。

■男手集う村の葬式
■地域 : 岐阜県 山県郡伊自良村
□情報提供者 : 熊崎さん


 おとき(葬式で出す食事)の準備もちょっと変わっています。
 準備をするのはすべて男。買出しから、ご飯炊き、おかず作りまで全部男がやるんです。しかもで。五徳を並べて薪でご飯を炊くんです。お茶も、味噌汁も全部薪。ガスなんてありません。まるでキャンプです。
 女性も多少お手伝いしますが、洗い物くらいで、後は何にもやらなくていいのです。本葬が始まっても作業着のままお参りします。

■塩は踏むもの
■地域 : 奈良県 生駒郡
□情報提供者 : tanishiさん


 お通夜や葬式に出席すると、「清めの塩」をもらいますよね。
 お通夜には同僚数人で手伝いに出席したのですが、その帰り、私を含む同じ寮に住む3人で、塩の話になりました。
 私と1つ上の先輩は、

先輩:「この塩、寮の玄関で(体に)振る、それとも自分の部屋の前?」
私 :「寮の玄関じゃないですか?」

などと話していたところ、もう1人、私と同期の同僚が、

同僚:「振る?踏むんじゃないの?

と言ったのです。

 彼は奈良県 生駒郡の出身なんですが、彼の田舎では、通常、清めの塩を地面に撒いて踏むんだそうです。
 これには、私も先輩も「聞いたことない」と驚きました。ほかにも、塩を踏む地域があるのでしょうか。

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Chizu Yamamoto
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