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なんか、うちの会社やばいらしでぇ。
そんなこんなで、社長の愛人率いる“???”な部署に所属してしまったまま、半年が過ぎました。
依然景気は低迷しています。所詮一発屋だったのでしょう、次に続くヒット商品を開発できず、会社の売り上げは、暴落し始めた小豆相場のように、とどまるところを知らず落ち続けてきます。
夏が近づくにつれ、販売促進の仕事は徐々に減っていきました。
まずお金のかかる「ノ×ノ」「ア×ア×」(伏せ字にすると、なんだかHだ)などのファッション雑誌掲載の広告は、なくなりました。
そして間もなく、最後の砦だった業界紙の広告さえなくなってしまいました。
「広告を減らすと、同業者から景気が悪いのかとかんぐられる」というみえっぱり社長の意向(わがまま?)にそって、なんとかふんばって来たのですが、もう限界が来たようです。
こうなると、われわれ販売促進部は存在価値を問われ始めました。
なにせ、広報担当、営業の皆様必死で稼いできたお金を消費する部門なのですから、社内でますます小さくなるほかありません。あとで分かったのですが、このころすでに社員の給与・ボーナスは借入金でまかなっていたようです。
普通ならば、こうなる前に人員整理をして、部署を解体するところでしょうけれどなにせウチのボスは「社長のコレ」ですから、そういうわけにもまいりません。
そして秋が近づくころ、社長は大博打をうちます。
会社の起死回生をかけた新事業・直営店事業部をたちあげ、なんと販売促進部を吸収してしまったのです!
「直営店事業部」とはなんぞや?
ウチの会社は、百貨店や量販店や、小売店への卸が専門で、自社でオンリーショップは持たない主義でした。 直販ルートを開設すれば、当然一つあたりの純利益はあがります。ここに目をつけた社長は、急遽事業部を設立。
私たちデザイナー・広告プランナーは、新店のショップデザインや、ディスプレイなどを担当することになりました。当然事業部長はわれらが愛人本部長。(ハイハイ・・・)これでわれらの(愛人の?)存在価値は、なんとか認められた形になったのです。
そして直営店はこれから、ガンガン利益を生んでくれるのです。
・・・・・と、いうのは表向き。社長の第一の目的は、新店舗出店を理由に銀行から融資を受けることだったのです!(愛人を会社に残しておく、ってのもあったけど!)
不景気で、入居店舗のないショッピングモールや、専門店街に破格の値段で出店し(たとえば、保証金ナシとかね)、什器や店頭機器はすべてレンタル。こうして実際の出費を極力抑え、残りを借金の返済や社員の給料 に当てていったのです。
こうして社長は急場をしのいだのですが、当然開店したお店にもさらにお金はかかります。毎日の電気・電話・空調などの維持費、家賃・・・・etc。もともと売り上げが落ちているところですから、毎日の売り上げは20万いけばいいほう。当然、またお金が足りなくなってきます。
「店舗維持費+会社の維持」という前にもまして悪化していく経営に、とうとう社長は決断します。
「もう一軒、店を出そう!」
と・・・・。(・・・バカ?)
現状維持のために、また新店を出し、融資を受け、費用を稼ぐ・・・。
懸命な皆さんはもうおわかりですね。これが危険な自転車操業の始まりだったのです。
この後、社長はさらに新しい出店計画をたて、融資をうけまくり、資金が底をつくと新たに出店。この作業をくりかえしていきます。
このころ「元・販売促進部」メンバーはいったいなにをしていたのでしょう?
新部門では、店舗デザインが、メインの仕事だったはずですが、こういった急場しのぎの出展計画に、デザイン性など必要なく、結局居場所のない状態に。(トホホ〜)
男子社員はもっぱら什器やマネキンの搬入搬出係。私と先輩の女子社員はといば、なんと次回・次々回開店予定の直営店予想図の制作。
これをどうするのかというと、社長が新たな融資を得るために各銀行・信用金庫をまわって、これを見せ、プレゼンするんです。
信じられないでしょ。でもホントなの。出展計画も定かでない店のデザイン・・・・・オイラ情けなくって泣けてくらァ。
借金のためにパース図を描いたデザイナーは、私ぐらいのもんでしょうね。
仮にも株式会社なのにぃ。
今日のひとこと:
外出ボードの社長の行き先は「×××信金」。
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