3つの辞表


さあ、とうとう自分たちの部署がぶっつぶれてしまいました。
あんまりにもいきあたりばったりの発表に、一同笑いっぱなしでしたが、まぁ笑ってばっかりでもなんなので、さっそくリーダーが本部長に、ことの次第を正しにいくことにしました。
まがいなりにもこの部署の最高責任者にして、取締役の一人なわけですから、今回の事態、まったく知らなかったとは言わせません。どういう答えが返ってくるかみものです。



本部長がおわします、本社のとある部屋へなぐりこんだリーダー。聞くところによると、
「外出中で直に聞けなかったのですが・・・」
と、穏やかに話をはじめました。
しかし、本部長から返ってきた言葉は、まるで他人事のような台詞。
そうなのよねぇ。会社もこんな時だからねぇ・・・」
おいおいおいおい!!説明はそれだけかぁぁぁ!!
力一杯対岸の火事をきめこんでいます。

業をにやしたリーダー、
「では、この部署がなくなったとしたら、
 我々はどうなるんですか。」
「そうねぇ・・・
 リーダーとチーフは、営業にでも入ってもらうかも・・・
 あの子(私のことです)はMacが使えるから、
 企画室にいけるわねぇ。」



この本部長のあきれた言葉をひっさげて、リーダーは私たちの所に帰ってきました。
「本部長は俺たちに、いまさら営業になれと言ったぞ。
 それから、おまえは企画室にはいってパソコン使えって。」
一同これには、気持ちが重くならざるを得ませんでした。
リーダーもチーフも制作畑の人間。しかも数年間はこの世界でご飯を食べてきたのです。いまから営業になどなれないというのが二人の意見。
なんとか営業行きは免れたものの、ファッション系のデザインに関しては、ズブの素人の私。パソコンとて、レンタルで入れたMacが一台あるのみ。おそらく企画室勤務とは名ばかり、インストラクター止りなのは目に見えています。それも、遅くてもレンタルが引き上げられてしまうまでの命。契約更新出来る余裕などないはずですから。
これでは体のいい飼い殺しです。



続けてリーダーの報告は続きます。
「本部長は、さっきの言葉の後にこうも言ったぞ。
 『私もね、昔デザイン室から
  こっちの仕事や販売の仕事にまわされた時は、
  やっぱり悩んだもんよ。だからがんばってね。』
 だと。」
かぁ〜〜〜〜〜!!!!
あんたのは違う!!!あんたは追い出されただけやんか〜!!おまけにやりて店長とタイマン張って販売に回っただけやんか〜!!!
本当に、何ということを言うのでしょう、この方は。
このように怒ったり悩んだりの私たちですが、リーダーの言葉がある決心を呼び覚ましてくれました。




「おまえたち、ここまで言われて、こんな仕打ちを受けて、
 まだこの会社に残るのか?
 チーフだって売るもののなくなった会社で
 いまさら何を売るんや!
 お前も企画室とかなんとか言われても、
 知識もなくて便利にこき使われるのがオチや!
 俺はもう、こんな会社はがまんできない!
 出ていくぞ!」

ここまできて、結婚したばかり・就職したばかりだった私とチーフの二人も、とうとうふっ切れました。
「わかりました。私も一緒に辞表を出します。」



それから、30分ほどを使い、3人そろって辞表をしたためました。
例文はそこらへんに転がっていた転職雑誌の後ろのほうから引用し、用紙はA4のコピー用紙をコピー機から拝借。封筒は転職用にリーダーが買い置きしてあったのをみんなで使いました。
なにぶんはじめての辞表なもんで、
「なぁ、書き出しは“退職願”それとも“退職届”??」とか
「やっぱり、一身上の都合って書いたぁ??」とか
「インクやっぱり黒ですよね?ボールペンでもいいのかなぁ?」
とか、なんとなくはしゃいでしまう3人。不謹慎極まりないですね。

ようやく書き終わった全員の辞表は、リーダーが代表してもっていくことになりました。さすがに世紀の(?)一瞬なので、めいめい持っていくか?とリーダーも聞いてくれたのですが、ちょっと怖かったのとチーフもお任せすることにしたので、わたしもならってお預けしました。今思えば、自分で叩きつけるのもイキなはからいだったでしょうに・・・返す返すも残念です。



さて、私たちの決意は、サラリーマンらしく命令系統をたどって、いちおう本部長を通すことになりました。 辞表を持ったリーダーを前に本部長は
「残念ねぇ・・・がんばってほしかったけど、
 残った私たちも、これからはどうなるか分からないから、
 引き留められないわ
 辞表も、直接社長にお渡ししてきて。」
と、社交辞令丸だしの言葉で激励し、辞表の仲介も拒否。
ここにきて、あきれる言葉もなくなったリーダーは、そのまま社長室へ赴きました。



当の社長は、リーダーからわたされた3つの辞表を前に、これまた神妙な顔つきで
「すまん。誠にすまない。」
と、頭を下げ謝ったそうです。
個人的には、大喧嘩でもやらかして、社長の太っ腹にボディーブローの一発もお見舞してほしかったし、そのほうが、ドラマとしても(?)盛り上がるんでしょうが、現実は双方いたって冷静で、言葉も少なく終了したのでした。



それもそのはず、社長はあの発表のあと、閉鎖・存続を問わず各部署から尋常ではない数の辞表を受け取っていたのです。
その中でも一番多かったのは、山奥の配送センターから。ここはとうとう敷地建物の売却が決定し、社員・パート問わず全員退職することになりました。
また、アジア諸国で製縫や素材の輸入を管轄していた海外事業部も閉鎖。貿易事務のエキスパートや英会話に長けたエリートの方々もこの会社を見放した形になりました。

そして、取締役の中にもとうとう退職希望者が出ました。
社内で1、2を争うアブラギッシュ・オヤジで、社長をもっとも信頼し、その人柄に惚れ込み、取引先から喜々として引き抜かれてきたという逸話のある人物です。たとえ最後の一人になろうとも、きっと社長についていくと思われていた人物だけに、その辞意は衝撃でした。
その取締役は毛筆の達人で、己が辞表も墨をすってしたためたそうです。
しかし、もっとすごかったのは筆の美しさよりも中身。実際に読んではいないのですが、何でも
「退職に際し、××××社(ウチの会社ね)、ならびに社長とは
 今後一切の関係を断絶致したい。」
という内容の言葉が、面々と綴られていたそうです。ひゅ〜かっこいい〜!!
本人が言っていたのですから(なんて人!)間違いはありません。



とうとう、創業期から共に戦ってきた役員からも離反者が出るようになってしまいました。
さすがに取締役の辞表はすぐに受理されず、預かりの形をとり、なんとかなだめにかかっていました。結局この方の辞表は倒産まで受理されることはなかったようです。
しかし、自分の決断とはいえ、社員が会社を離れていくのを目のあたりにし、いよいよ社長は弱っていきました。
しかし、まだ、本部長の手は握ったままです。彼女だけは離そうとはしません。こんな事態になっても、彼女の生活と収入だけは守り抜く所存のようです。かーっまったく。







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