謎多き訪問者


新春の訪問者を迎えてからというもの、社長はみるみるやせていきました。もともとかなり太っていた人でしたが、あの一件からめっきり老け込み、朝礼もさぼりがちになりました。たまに現われるたびに細くなるウエストに、会社の運命を見るようで、感慨深いものがありました。


さて、借金取りのその後に話を移しましょう。あれ以来大挙しておしよせる、ということは無くなったのですが、とうとう騒ぎを聞きつけた取引先がひっきりなしに訪問してくるようになりました。このへん関西繊維業界の横の強さ、情報の早さを感じますね。

まず、繊維関係ではないのですが、ウチのキャクターパジャマの生命線・アニメの版権を一手ににぎっていらっしゃる、巨大玩具メーカー「B」から、呼び出しがきました。さすがにこればっかりは相手からノコノコやってくるはずは無いので、社長が東京にある「B」の本社へ出向いて釈明することに。(ちなみにこのときの出張にかこつけて、社長は埼玉で一泊したことはいうまでもない。こりないヒトだなぁ。まったく)



また、大手だけでなく、生地関係の取り引き業者も業をにやし、粛正体制にはいります。
「売掛金を回収するまでは一切の取引を停止させていただく!」
と、えらい剣幕。これによって、アパレルメーカに生地が入らないという命取りの現象がおこってしまったのです。
とはえ、支払能力がすでに無くなっていたウチの会社にとっては頭は下げられても金は出せないというのが実情。
おまけに、こんな状態でも開発計画はストップしなかったものだから、生地はないのに商品はつくらねばならないというジレンマに陥ります。
そういうわけで企画室のデザイナーたちは、サンプルの生地にも事欠くありさまで、メーカーにもかかわらず、街の生地屋さんに出かけては、布地をメーター買いしてくるハメに。
こんなことをしてもしょせんは一時しのぎ。サンプルは完成しても、生産体制になど入れるはずがありません。経費をチビチビ使いながら、商品化のあての無いサンプルだけが完成していく・・・まさに涙々の物語です。




さらに激動は続きます。本社のほうに謎の客がやってきたのです。
その訪問があった日の朝、各部署に受付からまたもや内線が走りました。(この会社は内線が走ると事件がおこるなぁ。刑事ドラマか!)
「本日お客様が社内視察にこられますので仕事場をきれいにしてください」
ただし、この段階では、どこのお客様かなんて言わないのです。
そして現われたのはグレーのスーツの中年サラリーマン2人組。髪形も七三でいかにも品行方正といった感じ。あいさつもそこそこに、総務部長を案内役に社内をつぶさに見て回ります。
あくまで人当たりは良く、しかし視線はかなりしっかりしてました。その証拠に、仕事上ほとんど、見る必要のない倉庫や物置にはじまり、柱一本糸屑一本のたぐいまでチェックしていきます。



この、謎の2人組に、販売促進部のメンバーも興味津々。同期が受付嬢というチーフにさっそく探りの電話をいれてもらいました。
「さっきのお客さんて、だれ?」
「・・・“N・I”さんです。」
N・Iとはウチに大口の融資をしていた、超有名大手商社のことです。(ああ!書きたい!!)
ここは商品の縫製を海外へ出すときに付き合いがあり、経緯は不明ですが、かなりの借金があったようです。そして、この日は滞っている借金取立と、担保物件の下見に現われたのが真相。これには社内もかなりビビりました。依然社長以下上層部は口を固く閉ざしたまま。
「とうとうウチの会社はのっとられるのか?」
「N・Iに吸収合併されるのか?」
「そしたらオレたち商社マンか?・・・・ええなぁぁ・・・」
と、まぁ不安・願望いりまじった意見が飛び交いまくり、N・Iから来た謎多き訪問者は、社内にとてつもない動揺を与えて去っていったのでした。



さて、この話には後日談があります。訪問の直後、総務部長があるおマヌケな事件をおこしたのです。
それは世に言う(?)「住所録事件」。
ある日、年度もおわりに近づこうというこのときに、
「住所録を作り直します。全員規定の用紙に必要事項を記入の上、提出のこと」
という社内通達が総務部長から出されました。しかも、今までの用紙よりもはるかに詳細な項目がならび、自宅と実家の地図までかかされる始末。
「なぜ、こんな時期に?」
「なんでこんなに詳細なんだ?」
「どうして地図が必要なんだ!」
社員の不審感は積もり積もって、ある答えを導きだします。
「ひょっとして・・・・N・Iが査定に入ったのでは・・・?」
「そうだ!ウチの会社を吸収したあと、使える社員・使えない社員を選定しているんだ!」
社員この時期はずれの身上書まがいの書類を、N・Iによる会社吸収活動の一環と見たのです。ただでさえ、一人暮しの女子社員など、自分の自宅の地図をがどこに流れるか不安がり、真相を求める社員たちも後をたたず、総務はちょっとしたパニックに陥りました。



ところが・・・・真相は情けないほどおマヌケだったのです。
ちょうどそのころ取締役の一人の家に不幸があり、主だった社員がみな取締役の実家に駆けつけたのですが、いかんせん場所がわからず遅刻するもの電話するものが後をたたず、葬儀場へたどりつくのが困難でした。その事を苦々しく思っていた総務部長が、手隙な時期になったのを見計らって、一斉に社員宅の地図を書かせたたのです。ホントに、まぎらわしいことこの上ないったら。
この一件以来、社内での総務部長の株は一気に下がり、社長からも「余計なことすな!」と一括されたとか。彼にとっては、まさにふんだりけったり。気が回るのも考えものです。(と、いうより時期を読め、というべきか)



生産ラインがストップした今、頼みの綱はただ一つ。
販売・営業の運命やいかに?



今日のひとこと:
名前のない客、
それは経営の死神?!








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