新春・初騒動


いよいよ激動の新年が明けました。
1995年。私にとってもこの年は、一生忘れられない年になるとも知らず、無常にも年始休暇は明けていきました。



どの会社も松の内ですから、門松立ててお祝いを〜てな感じで、新年ムードで仕事始めをむかえるものです。証券会社なんかなになると、おねちゃんたちが振袖きちゃったりなんかして、もうはなっからお祝いムード。
ところが、盆暮正月、一切関係無しという非情この上無い会社がありました。そう、それこそわたしたちの会社です。



まず、年頭に際し、どんなショボい会社でも、“年賀のおことば”くらいあるもんです。ウチだってそうでした。いや、そのはずでした。
新年初出社の日の朝は、全社あげて社長の言葉ではじまり、というのが前年までのパターンだったそうです。 しかし、この年は・・・朝9時ごろ、総務部から全社に、雷のごとく内線が走りました。
「本日、社長のご都合により、
 拝賀式開始はおくれます。
 各部署で待機してください。」
べつに、不審な事とも思わず、お正月特有ムードのわたしたちは「正月どっかいった?」などとだらだらしゃべりながら待っていました。



ところが、30分待っても、1時間待っても呼び出しがありません。
さすがに変に思って、総務に問い合わせたところ
「ちょ、ちょっとまって。
 はじまりそうになったら、呼ぶから!
 今、手が離せないの!
という、なにやらあわただしい様子。これは、なにかあったな?と思い探りをいれてみました。
すると、社長の周辺ではとんでもないことがおこっていたのです!



なんと、営業開始とともに、玄関には年末の集金が未回収だった取引先の方々が、ずらり20名、大挙しておしかけてきていました。そうです。わが社は正月早々借金取りをお迎えしていたのです。
このにっちもさっちもいかない状態に、社長は年に一度の拝賀式すら行う事を許されず、最上階の会議室に、取締役ともども軟禁状態
総務部の女子社員は総出で朝からお茶を出す作業におおわらわ。総務だけでは人手が足りず、各部署の1年生社員まで借り出されるしまつ。
この「お客様」方は、朝のお茶を頂き、そのままお昼までぶっちぎりで論議を続け、おまけに終わる気配すら見えない。しかたなく「お客様」の為にお昼を御用意。小昼をはさんでも休憩などとれるはずもなく、そのまま3時のお茶を迎えてしまいました。
そのたびに、本社中の若手は総動員でお茶やらご飯やら、最上階まで運びまくります。



会議室に入るたび、社員の耳は当然ダンボで、話の糸口を握ろうと必死です。何食わぬ顔をしながら聞き耳をたてていると・・・
「・・・で、どうなんですか?社長」
「いや〜そこは、もう、絶対に、絶対に
 きちんとさせていただきます」
「絶対絶対って、具体的にどうするんです」
「いや、もう、そこは・・・・・」
案の定、こんな危機的状況に直面しても、使用語彙が「なにがなにしてなんとやら」の社長。なんの解決にもならない言葉を繰り返すばかり。
何度お茶を運んでも、一向に進展していない状況に、ダンボの社員もあぜん。
いつまで続くか分からない正月からの論争。このままいくと7時のご飯、10時の夜食まで取り寄せかねないなりゆきです。ひとまず社員全員、この日は残業もそこそこに帰宅することに。



翌日、さすがに来客の皆々様は帰っていらっしゃいましたが、かわりに朝っぱらからくたくたの取締役のおじさんたちが早朝会議の為に出社していました。当然その日も朝礼は中止
この一件を境に、社長が社員の前に姿を見せることが、だんだん減っていったのです。
そして、こんな本社の状態を尻目に、本部長は正月を本社で過ごしたあと、すっとんで埼玉へ逃げてしまいました。一説にはトラブルに巻き込まれないために、社長が本部長を本社から逃がしたのだ、ともいわれました。どっちにしても、取締役の一人というにはあまりに無責任です。(植木等じゃあるまいし・・・)




もろい砂の城に、ついに亀裂が!!!
動き始めた崩壊は、もう止まらない!




今日のひとこと:
新年なのに、討ち入り気分








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